七つまではカミの子で

 くるくる、くるくる。

 この国に出ずる全ての命よ、おめでとう。

 汝は善為すものか、悪為すものか。

 陽なるものならばここを通れ、陰なるものならここを去れ。

 仮初の申告は、すべからず。

 これなる烏居はかみの裁可の下る場所。

 無限のうちを誤魔化すものなどできるものなし。

 くるくる、くるくる。

 問おう。問おう。

 汝は悪か、それとも善か。

 陰なるものか、陽なるものか?


⛩️


「くーりすーますーはこーろーしーもーゆるされるー。」

「何その替え歌。」

「うちの信者が歌ってた。」

「この国では、もうクリスマスは終わってるよ。」

プロテスタントお前ン家でさえそうなのに…。」

「まあ、いいじゃない。今日はお友達と会うんでしょ? 僕は家族サービスだから。じゃ、またね。」

 そう言って、弟は人の中に戻って行った。人混みの中に残された自分は、少し存在感を保つのが苦しい。別にと相性が悪い訳では無い。寧ろ挨拶に来たくらいだ。

 ただそう、目眩がするだけで。

「…ふう。」

「あれ〜、ローマンじゃん。大丈夫?」

「うぉ!?」

 カラカラと笑う異教の友人に声をかけられ、驚きが声を出す。

黙禅もくぜん、お前、鐘突きは?」

「さっき終わったとこ〜。いやー、威勢のいい子がいてね。今年の抱負を叫んで鐘をついたのが2人、それに連れられて気合いを入れたのが1人、鐘を壊しちゃったもんだから、…だから拙僧もちょっと息抜き〜。」

「………。」

「うん、当たり〜。」

「何やってんだあいつら…。」

「いやいや〜、全くキミのところに治まる人材じゃないね、彼女たち。去年は拙僧に、人の死を問いに来たよ。」

「ああ、のことか。尻拭いさせてすまないな。」

 そうこう話していると、僧侶との会話で大分ようになったのか、甘酒を勧められた。

「そんで、納得したのか?」

「うん。うんこと性欲の話を突き詰めて話して、仏道のひとつを見つけて帰ってった〜。また来るって〜。」

 まざまざと想像出来てしまい、甘酒が熱いだけの発酵飲料になっている。

掃衣の意味を説明したら、とても興味深そうに作り方を聞いてたよ〜。」

「先に謝っとく、すまん。」

 友人のところに言ったという仲間バカ2人が何を考えているのか手に取るように分かる。

「それにしても、今年は何だか鳥居が騒がしいな。」

「ん〜、今年は沢山産まれるのかな?」

「いや、子供がというより―――。」


 チリン、と、その時、小さな鈴の音がした。

 すぐに同族だと気づき、手に持っていたものを垣根において、それぞれ礼の形をとる。


 ちりん、ちりん、ちりん。

 小さな姿のこどもが、宇宙を内在したこどもが、静かに歩み寄ってくる。


「寿ぐ日を迎え、異教の身なれどここに参じてくださるばかりか、わしを迎え入れてくださったこの義、まこといたみいりまする。」

「この度は好い日取りでございますれば。」

「うむ。ぬしの名は分かる。黙して悟るぬしに似合う良き名付けじゃ。して、ぬしの名は何と名付けられたのじゃ?」

「私はローマン・カトリックと、そのように。」

「うむ、悪意のない良き名付けじゃ。意味を聞いても宜しいか?」

「ローマンとは、私が産まれ住んだ土地の名にて。ローマの意味は、「流れる」というものにございます。また、カトリックとは、ローマの地とは違う土地の言葉にございます。「あまねく」という意味にてございます。」

「うむ。宇宙いのち全てに流れるものが、ぬしか。まことにまことに、良い名じゃ。」

「有難き。」

「して、わしの名なのじゃが、困っておる。」

「は?」

「はらがへって、うまく頭が回らぬ。」

 そこでローマンは、お待ちを、と、言ってから、甘酒と、何故か配られているポップコーンを貰いに行った。

「…ところでさ〜、これ意味ある問答なの?」

「もちろんじゃ。七つ過ぎるまではカミの子じゃ。それはわしもおなじことよ。」

「これでよろしいか。」

 持ってこられた甘酒とポップコーンを、狩衣の袖のまま持って、こくこくと飲み干し、ざらざらと噛み砕いた。

「うむ。良い名が必要じゃ。何かないか。特にローマンよ、ぬしの考えは何かないか。」

「…畏れながら、この地の氏神であれば、既にお名前があるのでは?」

「うむ、確かにそうなのじゃが、それではわしは、おぬしらとにはなれぬ。わしはそうじゃの、この神社の分霊わけみたまというよりも、神使と思うが良い。わしはぬしらの『せかい』のために産まれたのじゃ。飯も食うて、声もかけた。あとは名があれば良い。」

 何のことを言っているのか分からなかったが、とりあえずカミの使いに相応しい名はなんぞや、と、大真面目に考える。

 理由を知っている黙禅は、何だかその姿がいとおしく感じ、ほい、と、子どもを持ち上げて、同じ目線にしてやる。

「おまっ! 不敬じゃないのか大丈夫か!?」

「え〜? だって仏教拙僧たちってほら、にされてるからさ〜。ローマンも拙僧のカミの姿だと思って、気楽に名付けてよ〜。」

「そうじゃぞそうじゃぞ!」

 二人揃って、ぶーぶーと口を尖らせる。

 頭をがしがしと掻きむしり、ローマンはなおのこと悩む。


 そんな様子を、本殿の鏡の傍から、彼の父親が見ていた。

「この度は御姿を頂戴し、誠に恐悦至極にございます。」

「良い。は、本気ゆえ。それに応えた迄。」

「…護って頂けますか、私の、我が一族が抱えきれませなんだ、あの者らを。」

「何、寧ろ私は驚いた。あの者らの心は邪だが、澄み切っておる。」

 故に、はらからとしたのよ、と、鏡は笑った。


⛩️


 汝は悪か、それとも善か?

「私は悪です。」

 なればなぜ、この鳥居に挑まんとする?

「挑むのではありません。ご挨拶に参りました。」

 おのが信条を曲げてまで、そんなにも人肌が恋しいか。

「いいえ。私は私の信仰に従い、貴方様にご挨拶に参りました。貴方様もまた、我が神の御心。。」

 ほう、では汝は、ここには神が住まうと、敬うべき、拝するべきものがいると、そういうのが。

「如何にも。貴方様は私が父と呼ぶ方がこの地に遣わしたです。イスラエルに現れた子がイエスならば、この土地に現れた神の子は、貴方様です。」

 良かろう。では何故汝は、悪だと即断したのか。罪人という教えのためか。

「いいえ、そんな殊勝なことは思っておりません。私が悪なのは―――。」


 


 なるほど、威勢の良い。正直者め。

 では、望むとおり、縁を繋いで進ぜよう。


「こんにちは。」

「ひぃっ! あ、あの、宮司様でらっしゃいますか?」

「如何にも、矢追神社の宮司は私です。」

「神道の勉強をしたいのです。何かありませんか?」

「勉強というか、年に2回、神様に不敬を働かないための作法教室ならありますよ。」

「ぜひ勉強させてください。改宗する気のないキリスト教徒でも大丈夫ですか?」

「はい、神様は気にしないので大丈夫ですよ。では連絡先を控えさせてくださいますか?」

「はい、ありがとうございます。あ、これ。お供えです。これから暑くなってくので、どこに置けば良いですか?」

「ああ、社務所に置いてください。あ、あとこれ、お供えが終わったお茶漬けです。差し上げます。」

「ありがとうございます!」

「では、講習の連絡がありましたら、ご連絡しますね。―――ええと、これは…。」

「はい、百合愛ゆりあと読みます。」


 まあ、目論見は面白いことよな。

 そして正直なのにもまた良い。威勢も良い。

 おぬしが欲するならば、姿をその眼に与えよう。

 好く励むが良い。小さな人生ちから大局しんじゃを動かすというその心意気、天晴見事! その茨で作り出す道に、あざみの花を咲かそうぞ!

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