第4週 彼は「山の者」にはなれない

 金がない。

 一体いつ、誰が、どのような資料を見て言いふらしているのか知らないが、教会というものはいつも金がない。本当にない。あるのは金にならない「付き合い」だけである。

 日本に「再上陸」する文化が出来ていたことは、世界中の信者なかまが驚愕した。その後、直ぐに迎え入れようとしたものの、離れ小島に残されていたのなどは、一丁前に『妹』になっていたのだから、驚きである。まあ、よくあることなので気にならない。自分や一族の名前を使って、オイシイ思いをしたいだけより、『もう習慣だから』と、住み着いてもらった方が、よほど、『御心』に合うというものだ。

「ばえー! 松茸じゃ、松茸じゃ! ばんさん、松茸! ほれ見ぃ!」

「…タケ子。俺は確かに日本のキノコには疎いが分かる。松の生えてない所に、松茸は生えない。」

「えー? ばんばは松茸じゃ言うとったいぞ。」

 久しぶりに、五島列島に思い出巡りにやってきたローマンであるが、「さんたまりあ」を懐かしんでいる間に、島の娘と『妹』に見つかった。何ぞ、懐かしむ暇もなく、何故かこうして、秋の味覚をかき集めることになっている。人間の少女に山菜籠なぞ持たせる訳にもいかず、自分が2人分背負っているのだが、何せ「鰯の頭も信心から」とはよく言ったもので、自分しんこうには、どれが有毒なものなのか分からない。この土地と共に生きてきた妹は、はるか遠くにせっせと入っていってしまい、とりあえず今は、毒がありそうなものと、絶対になさそうなものを、籠に入れ分けている。

 そして、申し訳ないが、キノコは全て、「毒がありそうなもの」行きだ。

「そりゃ、腹壊さなけりゃ、天主かみ様の賜物だからな。松茸でもシメジでも同じなのよ。」

「んじゃ問題なかね!」

「大アリだ! とにかく、キノコは全部こっちだからな。」

 よいしょ、と、背中を傾けると、娘はポイと、その大きな、とりあえずなにがしかが食べるのであろう「野の草」を放り込んだ。

 と、その時、ローマンは見たことのない「栗」が、娘の腰…と、いうより、尻についていることに気がついた。

「タケ子、ちょっと動くな。」

「お?」

「なんだこれ、随分と小さいが、栗―――ぐわぁぁぉぉ!!!」

 娘の尻に着いてる「栗」を取ろうとした瞬間、その横顔に、回転する鎌が直撃した。そしてそのまま勢いを殺せず、どってんと右回転する。

「あっぱ〜! みんン鎌が…!」

「こん野郎があちゃの尻にそん汚らよそわしかぁ手でなんばしよっとかー!」

ばんば!」

 これぞ山姥、とでも言わん形相で、一人の女が駆け下りてくる。だが、その外見は間違っても、『婆』と呼ばれるような歳ではない。

 大丈夫だったか、と、娘を抱き寄せ、養豚場の豚を見るような眼で、彼女は血まみれの兄を見下ろした。

ばんばあんなかよ。ばんばばんさんでも、痛いんは痛いんよ。」

「五島に遺した遺産まつえいにくらい、えいかっこしい!」

「だ、だって、タケ子が、栗を…。」

 右の耳から鎌を引き抜き、耳の中に溜まった血を叩き出しながら弁明すると、ローマンの妹は、ん?と、娘の尻を覗き込んだ。

「栗ぃ? こんがかかえ?」

「あ、明らかに、みじゅくだから…野原にかえそうかと…。」

「…アッハッハッハッハッ!!!」

 やっと、合点がいき、彼女は手を叩いて、ぷしぷしと血が出ている兄の頭を引っぱたいた。

「あーはいはい、ばんさんの下品げさかい癖かと思ったったい。すったら、栗おこわでもこさゆるかね。」

「わーい! ばんばのおこわ、何でも好きしーよ!」

「…俺、ここでこんな奇跡の起こし方、したかなぁ…。」

 それとも、そういう殉教のさせ方しかしなかったっけ、と、考えながら、塞がった傷の上から、血を掻き出す。一通り、すってんころりんとしたので、ローマンの服には、小さな「栗」が、全身にくっついていた。取るのは、とても痛かったし、しつこかった。


🍄


「…と、言うことがあってだな。お前の娘たちにはすまないが、俺はその「戦争」がどう転んでも「山の者」にはなれないんだ…!!!」

「自業自得ととばっちりの両方が100%同居って、有り得るんだね、兄さん…。」


 



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