第2週 へんなやつ

 「それ」って一体どういう事なんだろう?

 今日は「ムカエビ」だか、「ムカエボン」だかという、日本の宗教行事の日らしい。弾圧時代に、日本にいた「妹」に、聞いてみたものの、上手く付き合ってきた関係もあるので、結局よく分からなかった。

 さてもさても、「近代化」によって、中世倫理の中心であり、トップであったカトリックじぶんたちは、その役割を果たし続けるべく、方向転換の時を迎えた。

 その中の1つに、「その国の習俗に乗っ取る」というものがあった。大急ぎで儀式式文をラテン語から日本語に直し、日本人の文化を研究して儀式のスタイルを変え、名前を変えて…と、フランス革命からの長距離マラソンの後の短距離走を終えた時だった。

「日本にも、があるらしいよ。」

 いつの間にか、俺の行事扱いされていたハロウィンが、日本にもあるという。ガックリとしながら、しかも、それの始まりが今日だと言うではないか。しかもしかも、ハロウィンと違って、それは1週間続くらしい。

 ということは、初日から観察しないと意味が無いだろう。とりあえず、信者なかまから和装を借りて、和製ハロウィンに出てみることにした。


 和製ハロウィンには、たくさんの人間が来ていたが、とりあえず悪魔を追い払う、という趣旨はないらしい。よくよく観察してみると、どうやら祖先崇拝の類のようだが、それよりも場を支配しているのは、

 「楽しい!」

 「うまい!」

 「夏が来た!」

 そんな感じで、少なくとも「祖先のために」と考えているものは誰もいなかった。はて、祖先崇拝の性格を帯びた祭りなのに、祖先についての言及が全くないとは、こはいかに。

「おい。オマエ。」

「ん? …うぉ!? 悪魔!?」

オマエらは変わらないな!」

 後ろから語りかけていたのは、化け狐だった。小さな子供の姿をしているが、信仰じぶんのようなものにはすぐに分かる。

「なんだよー。せっかくが、吾輩達と祭りを楽しめると聞いて、社から出てきたっていうのに。まあ、とりあえずこれを食え。」

 ぬ、と、差し出されてきたのは、イカ飯だった。別に抵抗感はないが、差し出してきているモノに抵抗感がある。なんと言っても悪魔である。確かに悪意は感じないし、悪魔と言うよりもよくよく見れば、異教の神…の、一歩手前のように見えるが、いくら何でも、どうもありがとうとは受け取れない。

「なんだ? 穢れているのであれば、オマエが祓えばいいではないか。」

 それもそうだな、と、受け取ると、拍子抜けする程に、ただのイカ飯だった。

「いただきます。」

 とりあえず食べてみる。…うん。

「仕方ないのだ。この辺りの町民が、一夜漬けで作ったものだからな。だが、なら、その味の奥にあるものがわかるだろ?」

 まあ、確かに。そのイカ飯からは、祖先崇拝の感覚は微塵も感じられない。意味もなくなり、習慣化した「和製ハロウィン」を楽しむおじさんの姿が視える。

「まあ、今まで避けてきたことを、よりによって今日、やってきたのは、存分に吾輩たちも歓迎する。皆歓迎のために来たがっていたんだが、一度に行って、怖がらせてはならん、とな。じゃんけんで決めて、吾輩が一番乗りというわけだ。祭りは明日もあるし、今日を含めても七日後の送り火を持って終わる。」

「一週間!? 聖書の時代の婚礼か何かか?」

「わはは。オマエ達が秘匿し続けてきたものを、吾輩達が知るわけなかろう!」

 それはそうだ。

「まあ、今日は吾輩が案内してやる。明後日は花火大会もあるしな。とりあえず、出し物を楽しんでみなよ。子供は夢中になる、取っておきの出し物があるから。」

 そう言って、その異教の神に手を引かれた。連れてこられたのは、大小色とりどりのゴムボールが浮かんでいる、小さなゴムプールだった。弟の弟妹の何人かが、洗礼を受ける時に使っているので見たことがある。

「へい、スーパーボール掬い、1回200円だよ。」

 献金が必要なのか、と、思っていると、異教の神は、違う違う、と、手を振って、お手本を見せてくれた。

「いくらなんでも、オマエだって商売したことはあるだろ。これは町内会が予算を決めて、大赤字になるのを前提でやる祭りなのだ。ここは吾輩が持つから、よく見ておれ。」

 そう言って異教の神は、自分たちが普段使っているモナカよりも、幾分か分厚い、モナカの杓のようなものを受け取ると…。

 シュババババッ!!!

「すげぇなチビ助!こりゃ大記録だ!ちょっと待ってな、全部はいる袋持ってくるから!」

「友達にもあげたいから、このちっちゃい袋もほしー。」

「お? そりゃ友達思いのいい子だな。スーパーボウルはこれ以上上げられないが、イカ飯をあげよう。」

「わーい!」

 特にイカがこの辺りの名品な訳ではないはずなのに、と、思っていると、隣の出店がほい、と、2つイカ飯を渡してきた。

「兄さん、見ない顔だな。祭りは初めてだろ、オマケだ。」

 彼は普通の人間なのに、が見えるらしい。

「ほい、チビ助。こっちの大きいのに全部入れておくから、好きなスーパーボウルをこっちの袋にいれてプレゼントしてやんな。」

「わーい! ありがとう!」

「今度はその友達も連れておいで。」

 どうやら、彼には見えてないようだ。

「ほれ。」

「ん?」

 異教の神が、スーパーボウルを詰めるだけ詰めて、手渡してきた。

「ニチヨーガッコウなる時に、配ってやるが良い。ただし、このボウルこそ、学びを妨げる悪魔に他ならんぞ?」

 ニヤニヤ、分かりやすく笑うので、思わずクスッとした。

「お前さん、名前は?」

「なまえ? そんな大層なものじゃない。ただのだーれも手入れしない、社のキツネだからな。」

「キツネか。牛やヤギじゃないだけ、俺としてはやりやすいな。」

「吾輩、結構古くから「いるだけ」だけど、お前については、この近くに居を構えてから、吾輩からの飯も下賜も受け取っただけで、だいぶ言いたいことがあるぞ。」

「…そうだな。少なくともこの国に来てから外に出なかったヤツに対して、こういうことをする異教の神には、俺も言いたいことがある。」

 せーの、と、声を合わせて、お互いの顔を覗き込み、二は言った。


「お前って、変な奴だな!」

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