第27話 悪役と怨敵
危なかった。
顔が吹っ飛ばされるところだった。
石の柱は俺の頭があった場所まるまる砕け散っていた。
走りながら鉄仮面を横目で見ると、円盾はかすり傷一つついていないようだ。
鉄仮面自体はというと、悠々と大型ショットガンに散弾を装填していた。
よく見れば武器腕じゃない。
左手は盾だけかと思ったら手で持っている。
……そういうタイプもいるのか。
「ラムダ! こっちです!」
ヒルドの声がする方に向かって走ると同時に、別の手榴弾を二つ取り出して投げる。
一つはさっき投げた手榴弾。
もう一つはスモークグレネード。
あの鉄仮面の下がどうなっているか想像もしたくはないが、少なくとも
何とかしてヒルドの隠れる柱に辿り着くが、当てずっぽうで放たれた弾丸が近くを通過してヒヤリとした。
「ラムダ。大丈夫ですか」
「問題ない。けど、この間合いで盾とショットガンは辛い」
「わたくしの剣ならミスリル合金くらいは……」
ドガン、と柱が穿たれる音。
また当てずっぽうの銃撃だが肝が冷える。
「これはナイトシリーズと言いましてね。護衛と局地戦闘に特化したものなのですよ」
シュナイダー卿声が聞こえてきた。
声色が変わらず、まったりとした言葉遣いが腹立たしい。
「
ヒルダが震えた。
俺はヒルダの手を握って「罠だ」と言ったが、ヒルドの目はどんどん鋭くなっていく。
「彼らはいわゆるフレッシュゴーレムという奴です。はるか昔、恋人の死を嘆いた錬金術師が作り上げたという忘れ去られた技術なのですよ」
「そんなものの為に子供達を使ったのですか!」
隠れながらヒルドがそう叫ぶと、近くに再び散弾が着弾する。
段々とナイトシリーズとやらの狙いが正確になってきた。
「ええ。ええ。彼らも喜んでいるでしょう。確かに一旦肉体を離れることは辛い。ですが仲間と共に常にあり、これからは民から戦を遠ざける防波堤となるのです」
「おのれえええ!」
ヒルドが叫んだ。
待て、という前に彼女は飛び出していった。
煙が晴れ、視界が戻る。
剣を両手に構え走るヒルダは獣のよう。
足に魔力の燐光が見える。
魔法を使っているのだろう。
距離は二十メートルほどあったはずが、瞬きの間にもう鉄仮面に肉薄していた。
しかし、そんなヒルドに対して「かかったな」とばかりに微笑むシュナイダー卿。
ここに来て初めて、仄暗い正体が滲み出ていた。
「貴方も青いですねヒルド・サンダルウッド」
「うああああああああ!」
ヒルドがグッと、深く踏み込んだ。
やがてバネのようにして飛び込んでいく鋭い突き。
鉄仮面は最初こそヒルドをショットガンで狙っていたが、思ったよりも低く踏み込んできたために照準を合わせられなかったらしい。
ドガン!
至近距離からの銃撃。
だがヒルドは地を滑るほどに低く弾丸は当たらない。
弾除けの魔石もあってか、弾丸の方から避けていった。
「あああ!!」
伸び上がるヒルドの剣は、真っ直ぐに鉄仮面の首元へと向かっていく。
鉄仮面は慌てて盾を引き寄せる。
ガキン!
剣と盾が打ち合ったとは思えない音が響いた。
ヒルドの剣は大きく弾かれていた。
剣自体は消失していない、盾自体に対魔法の魔石が仕込まれているのかもしれない。
すぐさま体制を立て直したヒルドは、そのまま怒りのまま突きを放ち続ける。
ガガガガガガン! と盾が打ち鳴らされ、そして徐々に削られていく。
ヒルドのラッシュは踊るように滑らかで、そして苛烈な連撃だった。
刺突もそうだが、切り返す刃で強かに手首や足を狙っているのもうまい。
鉄仮面は反撃しようと盾で受けるが、肝心の銃を向けられずにいた。
それだけヒルドの剣が鋭く、速く、そして手数が多いのだろう。
三度、ヒルドの体が深く沈む。
狙いは足だろうか。
鉄仮面も負けじとショットガンを振りかぶる。
銃剣のように銃身の下に取り付けた鉈を、ヒルドの首に落とすつもりだ。
「ヒルド!」
鉈ショットガンが振り下ろされる。
だがヒルドはそれをジッと見て、すんでのところで身をかわして避けた。
それだけじゃない。振り下ろした鉄仮面の腕に剣を突き立てていた。
鉄仮面は悲鳴こそあげないが、雷のレイピアを突き刺したところから血が吹き出している。
「何だと!?」
流石のヒルドの超反応には、あのジジイも驚いたようだ。
俺も驚きを隠しきれない。
ヒルドは復讐のために剣を学んでいたというし、なかなか強いとは思っていたけれどここまでやるとは。
剣だけならおそらく、俺なんか敵わないのだろう。
「ラムダ!」
呼ばれる前に俺はもう動いていた。
走りながら新たに弾丸を込めて、銃身を戻す。
俺に気づいた鉄仮面が、銃を握っていた腕を突き刺すヒルドに向かって盾で殴りつけていた。
しかしヒルドはすぐに雷のレイピアを引き抜くと、タン、とバックステップ。
鉄仮面の一撃は空を切る。
ヒルドが下がるのを見計らって、今度は俺の番。
「コイツはどうだ!」
ショットガンを鉄仮面に向けて、銃撃。
ドゴン!
いつもより強めよ反動で飛び出したのは、スラグ弾のような一粒の弾丸。
しかし即座に二つに分かれて、内包していたワイヤーがピンと張り、赤熱を帯びた。
サメ子が渡してくれたワイヤー弾。
弾丸が広がるように放たれ、間のワイヤーが相手を切り飛ばすという。
ヒルドの方を向いている鉄仮面の首元を狙って撃った。
ギャリィン!
振り向きざまに盾を構えた鉄仮面。
しかし、その盾の端がボロリと落ちた。
「な、なんだその弾丸は。まさかワイヤー弾か!? そんな危険で不安定なもの、どこで製造しているのだ!?」
「……サメ子め、なんて弾丸持たせるんだ」
危険はいいけど不安定なんて聞いてない。
あいつさては俺から使用感を聞く前提で渡したな?
でもまあ許す。威力がいい。ワイヤーが絡んで切り飛ばすかと思ったら、斬撃に変化しているというのがこの世界らしい。
続けて二、三と打ち込む。
ワイヤー弾が緋色の斬撃を虚空に残して鉄仮面に向かっていく。
流石にこんなマイナーな弾丸に対応しきれないのだろうか。
盾はどんどん削れて、三発目の弾丸で半分になってしまった。
「ナイトシリーズ! 叩き潰せ!」
流石は元兵器廠の長。
再装填するのを見計らって攻撃指示を出すか。
鉄仮面がダッと踏み込んで、鉈ショットガンを大きく振りかぶる。
一気に間合いを詰めてきたのは流石に驚いた。
が、攻撃は単調だ。
技の起こりも読みやすい。
鉈の一撃をサイドステップで避ける。
すぐ側で地面が爆ぜたのを見計らって、ナイフを掴む。
――自ら突っ込んできてくれるとは。
お陰で首がすぐそこにある。
接近した鉄仮面のそのスリットから、ギラリと睨みつける目が見える。
二つじゃない。
複数だ。
俺は嫌悪感を殺意に乗せ、一気に首に斬りかかろうとする。
「ナイトシリーズ! 戻れ!」
弾かれたようにして、ナイトシリーズが後方へ跳躍。
壊れた盾を尚も構えて、ショットシェルを再び再装填していた。
「惜しいな。もう少しで首を落とせたのに」
「貴様のスキルの事を忘れていた。処刑人のスキルだったな?」
「安心しなよ。アンタには使わない。ヒルドのオーダーは苦痛を与えて殺すことだ。覚悟しろ」
「できる事なら」
シュナイダー卿が口を開いたその瞬間。
ショットガンをブレイクオープンして廃莢。
散弾を装填して、すぐさま連射する。
狙いは鉄仮面じゃない。
未だに余裕の笑みを浮かべているクソジジイだ。
ピクリと反応したナイトシリーズが半壊した盾を構えて、それを受ける。
何発かは顔の仮面に当たったのか、鈍い音を立ててのけぞっていた。
「……この野蛮なアサシンめが。貴様らのような連中がいるから殺戮の輪は止まらない」
「いよいよ介護が必要な頃合いだぞジジイ。お前のその目の前にいる肉人形はどう作ったんだ? 殺戮そのものじゃないのか?」
「貴様らにはわかるまいよ。誰かが肩代わりしなければならないほどの多くの犠牲。守らなければならない人間から先に死ぬ。それが戦争というもの。お前が見たことのない、綺麗事など言っていられないあの地獄こそが本当の殺戮というものだ」
「守らねばならない犠牲とはあの子達の事を言うのではないですか!」
「甘い事を言いますねえヒルド・サンダルウッド。貴方は本当の地獄を知らない。取捨択一を迫られる生死のどん底を知らない。そして、世界はまだ戦いに満ちている。命はずっと選ばれ続ける。善悪正邪の境なく!」
その言葉だけは、ジジイの本音が出ていたのだろうか。少し熱が籠った言い方だった。
何を見たかはしらないが、理想と現実が混ざり合って語るその言葉は聞くに耐えない。
あいつはもう人の輪から逸脱しているのだ。
語るようで誰にも語っていない。
理想を掲げているようで、その悍ましさに気づいていない。
元の世界で言うならそう、陰謀論を語り他者を攻撃するネットのアホどもが金と力を持ったらああなるんだな、という極地と言うべきか。
姉が殺されて、そんな悪意に晒され続けた俺には良くわかるし、どんどんあのクソジジイが嫌いになっていく。
なるほどそう考えれば、ヒルドのスキルに奴が正義の人に映ったのは理解できた。
あいつは自分自身の行動をまるっと清く正しいと思っている。魂のレベルで、もうどうしようもないくらいに。
それを自覚した上でヒルドを誤魔化したならタチが悪すぎる。
いや、もしかしたらいつかヒルドが理解してくれるかもとまで思っていたのかもしれない。
「ならば私が最初から選び、その選んだ命を防波堤とする。私は彼らと共に怨嗟の輪を止めなければならないのですよ」
「わからないよ。何言ってんのかサッパリな。てか、言ってる事が矛盾だらけだぜ。気づいてないのか?」
ショットガンに再び弾丸を込めて、その銃身で肩を叩く。
もう沢山だ。こんなのに付き合うのは。
言葉尻から目を覆うような地獄を見てきたんだろう。
店長が言うには戦いを憎む奴だったんだろう。
店長が認めるほどに熱い男だったのかもしれない。
だが歪んだ。どうしようもないくらいに。
殺すべし、人間の敵。
アサシンとは市井の刃であって、人を人とも思わぬ悪党を屠る者。
あれを正義と高らかに声を上げられたなら、こちらのメンツが立たないというものだ。
「アンタの正義ごっこはもう沢山だ。カタをつけてやる」
「ほう。二人がかりなら勝機が見えたと思い込んでいるのかジェリーの息子。ナイトシリーズの強さは盾だけじゃないぞ」
「いや。ヒルドは必要ない」
「何!?」
「ラムダ!?」
「
手榴弾を取り出す。それが浅はかだと思ったのか、シュナイダー卿はプッと吹き出していた。
「確かにその手榴弾は普通のより威力が高いように見えるがねえ。ナイトシリーズはそんなのは耐えられる。最新の防弾繊維のコートの内側には、防爆の魔法術式が施してある。魔法剣を耐える盾も取り替えればいいだけだ」
「ああそうだな。そうかもだ。でもアンタはどうかな?」
「!?」
振りかぶり、投げる。
手榴弾は大きく弧を描いてシュナイダー卿の前に落ちた。
カランと音が鳴るその前に、ほぼ反射的にシュナイダー卿の前に立ち塞がり半壊した盾を構える鉄仮面。
「――??」
「
驚いただろうな。
爆発があるはずなのに、俺が向かってくるだなんて。
チャージ時間は少なかったが、たかが十数メートルの距離だ。そのくらいは飛べる。
俺も大きく弧を描いて打ち上がると、頂点を超えてゆっくりと落ちる。
ナイフを頭の上に振りかぶる。
向かうのはジッと手榴弾を睨む阿呆の首。
「し、しまった。ナイトシリーズ! それは罠だ!
「遅い」
ナイトシリーズというくらいだから、要人警護に特化したタイプなのだろう。
あの盾も、切り詰めた化け物みたいな口径のショットガンも背後の誰かを守るためにある。
決定的だったのは俺がジジイを撃った時、反射的に防御していたこと。
あいつは俺たちを殺すと言う命令のそれ以上に、ジジイを守れという最上級の命令が常にある。
それが弱点。
ジジイが脅威に晒されたなら、自身は身を挺する。
さっきアレだけ目の前で爆発したのだ、戦うことができる判断力があれば手榴弾を警戒するにきまっている。
ブラフはテキメンに効く。
そして、いくら頑丈だからと言っても俺のスキルに対してはどうだろうか。
この『首ならばどんな刃物を使っても無条件に首を落とせる』という異能じみたこの力に対しては。
ぬるり、と刃が入った。
それはそれは簡単に。
プリンにスプーンを差し込むほどに柔らかい感触。
わずかにカッという音を立てて、俺のグルカナイフが鉄仮面の首を通り抜ける。
着地して、すぐさまヒルドの方に飛び、彼女を背にナイフを構える。
やがてズッと鉄仮面の首がズレて、落ちる。
残った体は膝から崩れ、首の断面から大量の血が流れていた。
「バカな。こ、こんなにあっさりと」
「アサシンを舐めすぎだジジイ。さて、お楽しみタイムだけど――」
チラリとヒルドを見る。
彼女は強く頷いた。
今、彼女は引き金を引き。
あるいは、剣を抜いた。
嗚呼。
この瞬間がたまらない。
ニヤケそうになる顔を必死にこらえて、すでに腰が抜けた外道の前に立つ。
「こ、殺すのか。私を!」
「そうなるな」
まずは右足。
次に左足。
ナイフをズッと差し込んで、少しだけ
「ぎゃあああああああああああ!」
「痛いかよ。あの子たちはもっと痛かったぞ。ヒルドの痛みはもっとだ!」
くちをパクパクと開けて、目をカッと見開く。
敗北した悔しさと、俺を罵る言葉が渋滞を起こして喉に詰まったのか。
さらに右肩にナイフを刺したところで止める。
これ以上の痛みを与えると、このご老体はコロッと死ぬ。
それはダメだ。
彼女のオーダーを解釈するに、これ以上のない絶望を与えることだ。
「ジジイ。アンタの時間はあと五秒だよ」
さっき放り投げた手榴弾を拾い上げて、ピンを抜く。
そして肩で息をするジジイのそばにコトリと置いた。
ジジイは目を向いてそれを払い除けようとするが、足も右腕も効かず、左腕だけがしゃかしゃかと虫のように動いている。
「く、くそ! な、嬲るのか!」
「それは焼夷手榴弾。アンタは焼かれる事になる」
ヒルダの元に戻って、手を取る。
甲にキスをして、仕事の完了を伝える。
ヒルドはじっとシュナイダー卿の行く末を見ていた。
焼夷手榴弾が破裂して、ジジイが炎に包まれる。
声にならない声がホールに響き、足からグズグズと崩れていった。
「ああ」
かほそい声が聞こえた。
だが妙なことにそれは、歓喜にも聞こえる。
もっと苦しめばいいのに。
コイツは往生際まで人を不快にさせるのか。
「は、はは、は。こ、これが……死。ああ、どうしようも……ない。これが……我が願いを成…………就」
それを最後に、ジジイの小さな体はどしゃ、と床に伏せて動かなくなった。
ごうごうと音を立てて悪党が燃えていく。
俺とヒルドはそれをじっと見ていた。
ヒルドの目からは涙が流れていた。
喜びの涙はわずか。
おそらく燃え盛る火に、苦痛に蠢く子供達の姿を見たのだろう。
「わたくしは」
ヒルドが声を詰まらせながら言葉を紡ぎ出す。
「この光景を絶対に忘れません」
「そうだな」
「ラムダ」
「なんだ」
「わたくしは、どうしましょう」
「どうしましょうってのは?」
「わたくしはこの光景に喜びを感じている」
「俺もだよ」
「違うのです」
「?」
「悪を打ち滅ぼしたという
「!」
「わ、わたくしは。仇をとったという事ではなく。どこまでもわたくしだけ。子供達の顔が消え失せた。頭の中から!」
「ヒルド……」
「外道です。外道の血が流れている。わ、わたくしは……わたくしは醜い……」
ヒルドはそのまま膝から崩れて泣いてしまった。
そんな事はないと言いたかったが、俺は喜びを顔に出さないのが精一杯だった。
――彼女には、アサシンの素質がある。
ああ、なんてことだろうか。
なんて出会いなのだろうか。
ヒルド。
ようこそこちら側へ。
しばらくそのままだった。
ホールは石造りだったので、燃え移る事なくジジイの体だけが炭になった。
あたりに立ち込めるのは人を焼いた匂いと、鉄仮面が流した悪臭漂うドロドロした血の匂いだけ。
外もいつの間にか銃撃が止んでいた。
多くの人間が駆け寄る音がするあたり、解放戦線が勝ったのだろう。
ヒルドを抱き寄せて、彼女の頭を撫でる。
彼女は黙って俺の胸に顔を埋めていた。
「ラムダ」
「なんだい」
「気になることがあります」
「気になること?」
「先ほどシュナイダー卿の言葉、覚えていますか」
「なんだっけかな。仕事が終わったと思ったらどうでもよくなっちゃったから」
「あいつは
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