第26話 悪役と強襲

 時刻は真夜中。

 もう誰もが寝静まっている頃合いに、俺たちはシュナイダー卿の屋敷へと向かった。

 シュナイダー卿の屋敷は城郭都市フェレゼネコの北東の端の端、貴族の中でもかなり上位クラスの人間しか住んでいない最上級区画の一番端にあった。城郭もすぐちかくにある。敷地をぐるりと囲む高い塀は何だか刑務所のようで不気味に思えた。

 すぐに突入するのかと思いきや、爺さんは少し待てという。

 指さす先は城郭の上。高さ三十メートルはあるその頂上には砲台があるが、その一つがなぜか内側を向いている。おそらくは城郭防衛軍の一部を抱き込んで監視しているに違いない。

 その砲台の付近でランタンがチラついていたが、いきなりフッと消えた。

 他にもこちら側に向いている砲台があったが、同じように次々とランタンの光が消えている。

 そうしてこちらに向いているすべての砲台のランタンが消えると、司令官の爺さんは侵入指示を出した。

 侵入と言っても特別なことはしていない。

 警戒魔法や設置型の攻撃魔法を無力化する魔石入りの杭を塀の打ち込むと、ハシゴを立てかけて次々に入っていく。それだけだ。

 ヒルドも俺もそれを使って難なく侵入することができた。

 中は公園かと思うくらいの庭がある。あとは奥に大きな屋敷があるだけだった。


「簡単に入れたな」

「斥候部隊の話では、警報どころか壁の内側には音消しの魔石が等間隔に埋め込まれているらしい」

「つまり、この敷地内で大きい音が出ようが何しようが他には漏れないわけだ」


 ということは、俺たちも派手にやっていいということ。遠慮なく腰の手榴弾を使えるということだ。


「四つの小隊であの屋敷に攻め入る。各員配置につけ。アサシン。君たちは予定通りに動いてくれ――」


 と、その時だった。

 カッ!

 いきなり庭園が明るくなった。

 よく見ると至る所に魔石灯が立ち並んでいる。


「爺さん!」

「慌てなくていい。予想の範疇内だ。散開!」


 ザッと小隊達が動き出す。

 やがてのっしのっしと、遠くの屋敷から現れたのは三体の鉄仮面だった。

 三体のうちニ体は腕に連装型グレネードランチャー。もう一体はガトリング砲だった。


「煙を!」


 司令官の爺さんがそういうと、至る所から煙幕が舞い上がる。

 やがて爺さんの号令と共に、至る所から鉄仮面へ集中砲火が始まった。

 解放戦線の面々は前哨基地では完全に遅れを取っていたが、今は違う。

 一人一人がしっかりと組織として動いては、サメ子から調達した最新式のボルトアクション式ライフルでガンガン追い込んでいる。

 しかし鉄仮面もまたただ撃たれるだけではないらしい。

 入った時には気づかなかったが、庭の至る所にある塹壕や土嚢の壁がある。鉄仮面達はそこに隠れて銃撃をやり過ごしては反撃をしている。

 一瞬にして庭が戦場のようになった。

 爺さんもまた戦闘に参加しながら、魔石通信で指示をしている。


「第二小隊は迫撃砲を打ち込め……聖女ヒルド! アサシン! 予定通りだ。ここは我々が引き受ける!」

「ありがとな。派手に戦っていてくれ」

「ご武運を!」


 俺とヒルドは互いの目を見て頷くと、静かに、そして背を低くして迂回しながら屋敷へ近づいていく。

 爆音と銃撃の音が響き渡る。

 時々火線が夜空を割いて飛ぶ。

 公園のような前庭がいきなり戦場になった。

 こんなに大暴れしたならすぐさま城郭警察が飛んできそうなものだが、壁に埋め込まれた音消しの魔石はそれを完全に遮断している。

 塀も高く、外からもチカチカと光だけに見えるから、多分パーティーでも開いているとしか思わないだろう。

 爺さん達が派手に暴れ、俺たちがコッソリと屋敷に近づいてシュナイダー卿を討つ。

 そんな典型的な陽動作戦が、拍子抜けするほどに上手くいった。

 罠も何もない。

 地雷や敷設式の魔石トラップがあると思っていたが何もなし。サメ子からもらった探知魔法の魔石が壊れているのかと思ったくらいだ。

 戦闘開始から十数分もかからない内に俺たちはもう屋敷に到着していた。

 

「あのジジイ何考えてんだ」

「ラムダ?」

「あの鉄仮面は有能だが万能じゃない。そして数は質に勝るのは世の常だ。あの鉄仮面が三体。確かに強烈だろうが小隊を何個か同時に相手するのは無茶もいいところだ」

「確かに。大昔、まだ人々が土塊のゴーレムやキマイラを戦争に投入していた頃は、常に歩兵が随伴していたと聞きました。アレもそれに代替するとしたなら、歩兵が必要になる……」


 なんともファンタジックな戦争史だけど、俺の世界でも同じ事が言える。

 例えば戦車。

 今でこそ装甲が改善されて必要は無くなったけれど、第二次世界大戦くらいでは歩兵が戦車に跨って随伴、警戒しながら運用されるというタンクデサントという戦法が取られた。個人携行型の対戦車用兵器に対応するためだ。

 あの鉄仮面は確かに硬い。

 至近距離のスラグ弾を耐えるくらいだ。

 しかし殺せないというわけでもない。

 爺さん達が今までやってきたように、複数の小隊から同時に攻撃するれば勝てる。

 あるいはヒルドの持つ魔法剣のように、第一種魔法の中でもとりわけ強力なものならば倒せる。

 ここまでやったジジイが、解放戦線の戦力を見誤るとは思えない。

 もしかして、あの三体が打ち止めという事なのだろうか?


「それとも、性能試験でもしてんのか」

「ラムダ。ここが開いています」


 ヒルドがそういうのは、屋敷の側面。小間使いが入るようなドアだった。

 鍵が空いているということはトラップが仕掛けられているかもしれない。

 ヒルドはその点しっかりと警戒していたようで、鍵がかかっているかいないかがわかる程度にドアをひき、そして止めていた。

 俺はヒルドに変わると、ドアを静かに開けて隙間から顔を覗かせる。

 小さなランタンを腰のポシェットから取り出して、見える範囲を警戒した。


「ワイヤートラップも無い。魔力反応式の仕掛けもない。本当に鍵が開いているだけなのか」


 思い切って、しかしゆっくりとドアを引いてみる。

 奥に鉄仮面が待ち受けていたり、私兵が銃を待ち構えている事もなかった。

 ましてや勇敢なメイドがフライパンを振りかぶっているという事もない。


「静かだ。誰もいないのか?」

「そんなはずは。この規模の屋敷です。メイドだけでも数十人必要なのに」

「……」


 皆、ジジイのオモチャにされたのではないか。

 ヒルダも同じ事を考えたようで顔が引き攣っていた。


「ヒルド。俺の後ろから離れないでくれ」

「貴方は私の剣です。ラムダこそ、わたくしの手から離れないで」


 剣と来たか。

 嬉しいやら、恥ずかしいやら。

 真顔でそんな事を言うのも彼女らしい。

 シュナイダー卿の屋敷は薄暗かったが、俺たちが部屋に足を踏み入れるたびに魔力灯の明かりがついた。

 おそらく物体を検知する魔石灯が勝手に付けているに違いない。

 仕掛ければ爆発にも使える仕組みだが、それでも尚この屋敷にはそういったトラップが見受けられない。

 誰もいない広大な屋敷。

 生活感も何もない。

 まるで幽霊屋敷のようだ。

 ヒルドと一緒に歩いてしばらく。ようやくメインホールのような場所にたどり着いた。

 三階まで吹き抜けの、バスケットコート二つ分くらいある広いホール……のように見える。


「ラムダ。ここだけ変です。何というか」

「そうだな。ここだけ雑然としてる。なんだあの太い縄みたいなのは」


 薄暗いホールの中にチラチラ見えるのはまるで電力ケーブルのようなものもあれば、蛇腹状のダクトのようなものも見える。



「……陽動作戦。古典的なやり方ですが、たった三体のレギオン相手には有効ですね」



 しゃがれた声。

 優しそうに聞こえるが、今になっては悪魔のそれに聞こえる。

 初めて聞いた声だが、これが誰のものかはすぐにわかった。


「シュナイダー卿! どこにいるのです! 出てきなさい!」

「ここにいますよヒルド・サンダルウッド」


 バァッと一気に明るくなるホール。

 そこには異様な光景が広がっていた。

 いくつもの石柱が円形に置かれたホールの中は、まるでさっきまで研究がされていたかのように雑然とした空間になっている。

 机はかなりの数が置かれていて、その上にはフラスコだの何だのいろんな実験器具やら本やらが放置されていた。

 ――まるでここだけが何かの実験室のようだ。

 ホールの奥には確かにシュナイダー卿がいる。

 その背後にはスチームパンクのアニメから飛び出てきたような巨大なカプセルがあった。

 背後だけじゃない。

 巨大なホールの壁際にそういうカプセル状のものがいくつもあった。

 中身についてはよくわからない。

 培養液だけが入っていたり、そもそもカラだったりする。

 ここで子供達の臓器なんて浮かんでたなら、俺は躊躇なく銃を撃っていた。

 俺はこれらを知っているし、ニトが見たなら激怒するのだと思う。

 何度かそういう密造の場所を押さえて製造者を殺したことがあるし、店長に至ってはニトを拾った時かなりの数とバイヤーたちを血祭りにあげたと聞いている。


「ラムダ。あれは?」

「あれは『ホムンクルスのフラスコ』だ」

「ホムンクルス!?」

「その通り。最も本来の使い方はしていないですがね」


 本来の使い方をしていたならば、あそこは子宮のように子供とも肉塊とも思えないものが浮かんでいるはず。

 あるいは、本来の使い方をしていないというのであれば――俺たちが鉄仮面から抽出した映像通り、子供達の臓器が浮かんでいたはず。

 つまり、このカプセルの分だけ悲劇があったということ。

 彼ら彼女たちはまるで部品のように丁寧に扱われ、命を陵辱されたということだ。

 その銅の蓋とガラスの筐体でできたのは、それ一つ一つが小さな地獄だ。

 まだ生命の残滓が残っていたなら、おびただしい悲鳴が聞こえるはず。

 吐き気を催した。

 堪えなければ今ここで胃の中のものをぶちまけていたかもしれない。それはヒルドも同じようだった。


「シュナイダー卿。子供たちはどうしたのです」

「子供たちですか。ここに来たからにはおおよそ予想がついているかと思いますが」

「答えなさい!」



「もちろん、全員生きていますよ。あのレギオンとなってね」



 悪びれもなく、まるで愛しい孫の名を口に出すようにしてそう言った。

 ゾワゾワと肌が泡立つ。

 外道は掃いて捨てるほど見てきたが、ここまでのヤツは初めてだ。


「ジジイ。子供達をバラしてあの鉄仮面にしたな。何が目的だ」

「新たなる平和のための使者を作り出すため。彼らは生まれ変わり、人々を戦争から遠ざけるための戦士になったのですよ」

「……本格的にイカれてるみたいだな。肉人形作って平和の為だ? あの子達の命はどうだっていいのか」

「そもそもそこなヒルドが拾わなければそのまま無駄に散る儚い命です。


 ああ、こりゃダメだと今ので分かった。

 命を足し算と引き算で勘定している。

 現場に出ない軍部が戦争の折に、人の死をと考えて数を弾き出すアレを重度にこじらした、そんな感じだ。

 

 コイツは店長が言うに、元々は戦争も銃も嫌いで平和を願う青年と言っていたが――。


「もう沢山だ。アンタみたいなクソ野郎は。どうせ次に吐く言葉は大義とか何とか言い出すんだろ」

「ククク……青いですねえ。話を聞かず断ずるとは」

「黙れ。お前はヒルドを騙して集めた子供を切り刻んで遊ぶサイコ野郎。それだけで百回は殺せる理由になる!」

「――あ、貴方は! それでもなのですか!」


 わなわなと震えるヒルド。顔が真っ青になっていた。それに反するように、すでに手には雷のレイピアが握られている。


「ヒルド?」

「それとも怒りに震えるわたくしを嘲笑いたいのですか! この有様でも! わたくしのスキルから本性を隠したいのですか!」

「何のことですしょうかねえ」

「とぼけるな! なぜ貴方の魂はまだ、


 嘘だろう、と叫びそうになった。

 ヒルドのスキルは善悪を判定するスキルだ。

 罪深いものほど漆黒に満ちていて、もれなく悪党を見分ける。

 俺なんて彼女から見たならば真っ黒だという。


「ま、まさか……あ、あなた。これだけのことをして! 罪を感じていないのですか!」

「罪? はぁ?」

「ジジイ!」


 即座にしゃがんで、かかとに仕込んだ魔石に魔力を込める。

 本当は言い訳でもさせようとしたが、もう我慢できない。

 子供達をあのバケモノに作り変えた挙句、罪を何のことかと宣うその心。

 即殺するべし。

 慈悲など微塵もない。

 思いっきり魔力を込めて、魔石の力を解放する。

 ブワッと体が飛び上がり、大砲から放たれた砲弾の如くジジイへと向かっていく。


「くたばれ!」


 空中でナイフを抜いて、思いっきり振りかぶる。

 スキルもへったくれもない、怒りを込めた一撃。

 ジジイの右目からサクリと入って、左下の顎から抜け、目玉が飛び散る――と思いきや。

 あと数メートルというところで、いきなり現れた鉄の壁に阻まれた。


「くそ!」


 何が立ちはだかったのかはわからない。

 が、それは多分盾だったのだと思う。

 俺は瞬時に体を翻すと、その盾に蹴りを放つ。

 ガキィン、と衝撃。

 ミスリルの板が入ったブーツなのに、足から衝撃が伝わってくる。

 そのまま盾を蹴って跳ね返るようにして宙返りすると、すぐに左手でホルスターからショットガンを抜き銃撃する。


 ガガガン!


 三つの銃口から12番ゲージのペレットが雨あられと降り注いだ。

 こんなのを至近距離から食らったら、人間などボロ雑巾のようになる。

 いくら鉄板でも人では耐えられないほどの衝撃のはず。

 だが、目の前にある盾は全く揺るがない。

 よくみるとそれは円形の盾だった。胴から上半分がかくれる程度の大きさのものだ。そこの右端には三日月に欠けた場所がある。

 そこからニュッと出てきたのは銃身。おそらく俺と同じように銃身を切り詰めたタイプ。四つのバレルがひと束になっていた。

 異様なのはそのバレルの下にナタのようなものが接続されている――


「ラムダ! 危ない!」


 ハッとして、思いっきり横に飛ぶ。

 すると盾を構えた鉄仮面はそのまま銃撃してきた。

 ガンガンガン!

 腹に響くような衝撃がこだまして、俺のいた床石とコードのようなものが弾け飛んだ。

 どうやら俺のショットガンよりもさらに威力が上らしい。

 チラッと見た、弾け飛んだ床の穴を見るに俺の放つ散弾よりもペレットの数が少ない。ということは――


「10番ゲージか! こんなの食らったら四肢が弾け飛んじまう!」

『――近接戦闘に移行』


 抑揚のない、ツギハギされたような声が響く。

 着地と同時に、目の前にブワッと躍り上がる影。鉄仮面だ。あの鉈を接続したショットガンを大きく振りかぶっていた。

 

「チィ!」


 続け様に、今度は転がるように横に飛ぶ。

 ドカッ!

 鉈が思いっきり地面に叩きつけられ、再び床の石材が弾け飛ぶ。

 その間にショットガンの再装填を終えていた俺は、銃を構えつつ腰の手榴弾に手をかける。

 鉄仮面が鉈ショットガンを引き抜いたその時にはもう、ピンを抜いて投げていた。


「ヒルド! 隠れてろ爆発するぞ!」


 放り投げた手榴弾は鉄仮面の足元に落ちる。

 だが鉄仮面は慌てることなくサッと盾を構えて、膝を折って小さくなった。

 俺はすぐさま近くの柱に隠れると、爆音が響き渡った。

 魔石信管式のオーソドックスな手榴弾だ。

 中には爆薬と一緒に表面の破片、それに仕込まれたベアリングが四方八方に飛び散る。

 ヒルドとは十分離れていたし、彼女のことだからすぐに柱に隠れたはず。

 ヒルドの方を見てみると、やはりというべきか流石と言うべきか、彼女は柱の背後に隠れていた。

 鉄仮面はどうなったのか。

 少し顔を出そうとして、殺気を感じる。

 慌てて顔を引っ込めて、転がるようにその場を離れる。


 ガガガガン!


 四連射する音。

 爆ぜて、砕けて、パラパラと残骸が落ちる。

 振り向いて冷や汗をかいた。

 石の柱が粉々に吹き飛んでいたのだ。


 ――遮蔽物が効かない。


 奴を倒す難易度が一気に跳ね上がった。

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