第23話 悪役と誅殺

 誅殺の許可が出にくい。

 ここまで証拠が出ているのにもかかわらずだ。

 一瞬、カッと怒りが湧いてきた。

 が、すぐにそれは萎えて、そりゃそうかと思えた。


「何故、とは言いません」

『おや。そこはパパサイテーとか、パパ情けないとか詰ってくると思っていたけれど』

「アサシン商会本部とシュナイダー卿につながりがあるものがいる。いくら店長が証拠を揃えても、突っぱねる者が出てくる。そうですね?」


 もちろん詰りたかったけど、今はそんな事をしている場合じゃない。

 そもそもアサシン商会は一枚岩じゃない。筆頭同士が集まっている寄り合いなのだ。

 いくら伝説のアサシンである店長とはいっても鶴の一声とはならない。

 下手打つと店長がアサシン商会の全員に刃を向けられる事だってありえる。


『無論、束でかかってきても負けんがね。吾輩はつよ〜いから』

「……思考を読まないでください」

『ラムダの思っていることは手に取るようにわかる。息子だからね』


 浮かぶ魔力の映像越しにウインクはウザかった。

 だがすぐに、しゅんと肩を落とす。

 いつもおどけた感じの店長だが、この事実は相当堪えたようだ。


『吾輩も衰えたものだ。今回ばかりは吾輩のミスとしか言えん。商会本部からの仲介があったとしても、しっかりと裏を取るべきだった。旧友の名を聞き二つ返事など、素人がやる事をしてしまったな』

「それは仕方ないです。店長の大切な友達だったからでしょう」

『……』

「聞いてりゃ解りますよ。店長が自分から離れるくらいだから、余程大事な思い出だったはずです」

『ラムダ……』

「何十年も離れてれば人なんて変わりますよ。多分シュナイダー卿は、店長の善意につけ込むくらいの化け物になっちゃったんでしょう」


 慰めるつもりは無かったけれど、結果的にそうなってしまったかもしれない。

 人なんて意見がコロコロ変わるし、何十年もすれば人格すら変わるはず。

 それは俺が前の世界で受けた仕打ちから感じた、経験則みたいなものだ。

 シュナイダー卿は店長と別れてから変わったんだと思う。それこそ、古い友情も善意も全て利用するような化け物に。

 ただそれだけの事。

 最初から店長を疑ってはいない。

 俺の全てを知って、よくわからない世界からの放浪者を拾ってくれたこの人が、こんな事をするなどとは思っていない。

 脇が甘いとか糾弾するつもりもない。

 むしろ逆だ。

 アサシン商会の一部を抱き込んで、店長すら欺くその手腕が恐ろしい。

 俺たちのような世界では、一度結んだ絆は大事にするものだ。

 転生したてではイマイチよくわからなかったけど、今はわかる。

 こんないつ死ぬかもわからない世界、いつ謀略で裏切られるかわからない世界で絆や家族の繋がりは尊い。

 それは渇望に似ている。人の奥底で、どうしても繋がりを持ちたいという渇望だ。

 だから、店長は悪くない。

 俺だって信じるだろう。

 シュナイダー卿はそれにつけ込んだ。

 アサシンを敵に回すリスクを承知でだ。

 店長はしばらく目を瞑っていると、ふふ、と微笑んで目尻を拭いていた。


『やれやれ。息子に気を使われるとは。パパ家督譲っちゃおうかな』

「足腰が立たなくなるまでキリキリ働いてもらいます」

『えー……』

「店長。シュナイダー卿は何のために俺を護衛につかせたのでしょうね」

『推測の域を出ないが、一つは解放戦線との接触を避けるためだろう。せっかくここまで出資してヒルド嬢を騙していたのだからね』

「それは何となくわかります。あのギリガムが暴走したからこそ、ですね」

『もう一つは、解放戦線と接触しているうちにアサシンがヒルド嬢に疑いをかけ、その場で誅殺させるためかもしれん』

「保険って事ですか」

『君が解放戦線側の主張を聞いて、依頼自体に疑念を抱いた時の隠れ蓑だろうな。ともすると駆け出しで、ようやく名が売れ始めた君が指名されたというのも頷ける』


 調子づいた青二歳なら、ヒルドをうっかり殺して全部うやむやになるとでも思っていたのか。

 

 ――舐めやがって。

 

 ふつふつと怒りが湧いてきた。


『しかし疑問も残る』

「疑問?」

『例えばだ。エイブス……シュナイダー卿が心血を注いで作ったのが鉄仮面だとする。その理由はわかる。ゴーレムの魔術が失われ、ホムンクルスが禁止されて以来人は人に似た絶対的従者を常に求めてきた。戦争の駒にするなら尚のコト。彼は兵器廠の元長であって、火砲店の大店だからね』


 これは俺の世界の言葉で言い換えるならこうか。

 奴隷制度は世界的に廃止され、クローンは禁忌とされ、ならばと人を殺す代替のロボットを求めた。もう一言加えるなら、今は特攻ドローンがそれを補っている――か。

 どんな世界でもそういうものを求めるというのはある事なのだろう。


『であればだ。魔法による解析を

「!」

『秘密裏に子供たちを集め、ヒルド嬢のスキルを騙し、解放戦線すらも疑念に留まらせる。そんな事をしているのに、

「そんな装備を施す場所が無かったとか、必ず生還するから要らないとか、そういう線はありませんかね?」

『だとしたら大マヌケもいいところだが……ふむ』


 店長は黙り込み、パイプを口にくわえてタバコを蒸かせていた。

 確かに妙だとは思った。

 だが情報全開示ステータス・フルオープンの魔石は人や生物の情報をお構いなしに、詳らかに暴露するからこそ禁呪指定ギリギリと言われている。

 あの魔石の力が強いだけといえばそれだけだ。

 とはいえ魔法の歴史は長く、対策の歴史が長いからこそ魔法が主力ではなくなったこの時代。

 特別な魔法と魔石だからといって、対抗策が無いと言い切れるのだろうか?

 まあいい。

 今更だからどうだというのだ。

 殺す事には変わりない。


「店長。やはり誅殺許可には時間がかかりますかね。俺、今すぐにでも殺しに行きたいんですけど」

。本当はパパが出張って全部斬り倒してやりたいくらいだが、吾輩が動くとちょっとネ』

「伝説も大概にしてくださいよ店長」

『酷ぅい! とゆーか、皆がそう呼んでるだけなんだが!?』

「はいはい。で、そんな伝説のパパは何をしてくれるんです?」

『……もうちょっと可愛くパパって言ってくれないかな』

「今ふざけてる場合じゃないんですけど?」

『怒らないでくれたまえ。シリアスが続くのはガラではないのだから。そうだねぇ……これからラムダがするというのなら、誰にも邪魔させない空間を作ることくらいはできる』

「それで十分です。他のアサシンの横槍ほど脅威はないですから」


 シュナイダー卿がアサシン商会本部のどこまで侵食しているか知らないけれど、グルになった奴がアサシンをけしかけてくるなんて事もあり得る。

 その時点で市井の刃が私物化されたと粛清対象になるのだけれど、最初からそのリスクを飲み込んでやっているとしたら厄介だ。下手をするとアサシン商会内部で戦争が起こる。

 そんな事を気にせず、思う存分殺ってこいということか。それで十分だ。


『ついでにニトを一時的に派遣することを許可しよう。普通、同じ仕事に二人以上つけるのは商会に説明を求められるが……事態が事態だ。ちょっとくらいならかまやしないさ』

「彼女が一瞬でも出てきたら百人力だ」

『だが、彼女については目立つ上に火力も暴風のようなものだ。吾輩の作った静寂も解ける。一度きりの切り札と考えてくれたまえ』

『ラムダ』


 ヌッと、店長の映像の下から生えるようにして現れたのはニトだった。


『助けが欲しいなら、遠慮なくお姉ちゃんを甘えなさい?』

「そうだね。でも、なるべく俺がケリをつけたい」

『あら勇ましい。けど、私たちは家族なのだから。危ないと思ったら全てを破壊してでも割り込みますからね』


 ウフフ、と微笑む彼女は可愛くも恐ろしい。

 ただ店長の言う通り、彼女は一度きりの大火力だ。

 鉄仮面の持っていた二倍の口径のガトリング砲をぶん回す姿はほとんどドラゴンのそれ。

 建物ごと吹っ飛ばすほどの火力が必要になった時にだけ、彼女を呼ぶことにしよう。


『それとラムダ。ヒルドちゃんのところに早く行きなさい』

「え?」

『え? じゃないわ。女が一人にして欲しいというのは、一緒にいて欲しいということと同じなのよ?』

『え、ソーなの?』

『はぁ〜。コレだからウチの男どもは。いい? こんな通信さっさと切って行きなさい。でないと『鉄腕』でお尻叩いちゃうわよ』

「ニト。それ、死んじゃうんだけど……」

『いいから行く! それで唇奪うなり致すなりして、彼女の不安を取っ払ってやんなさい』


 ヌッと出されたのは、小さな手の卑猥なサイン。

 中指と薬指の間に親指がニュッと出ている。

 この世界でもそのハンドサインあるのかよ。

 やがて


『どこでそんなの覚えたの! パパ泣いちゃうぞ!』


 と店長がいつもの通りのテンションになり、ニトがやかましいとばかりにベチベチと店長の頬を叩いていた。

 こんな時に何やってんだと思いながら通信を切り、ニトの言う通りすぐにヒルドの元へ向かった。


 ヒルドは作戦本部の大きなテントの中にある客間にいた。

 司令官の爺さんが気をつかって、この砦の中で一番快適な場所を提供してくれたらしい。

 部屋の前には俺たちを檻の前で監視していた女の子が立っていた。

 俺を見るなりギョッとしていた。

 まあ仕方ないか。脅したからな。


「そんなに驚かないでくれよ。さっきは悪かった」

「い、いえ。そんな事は」

「怖がられちゃったな……あれ、何持ってるの?」

「あの。聖女様は今、体を清められていて」


 入浴中、ということか。

 で、彼女がバスタオルをーー

 そこで、気がついた。


「……他に、

「! は、はい」


 彼女の側には、シーツや長いカーテンが取り払われていた。

 当然だろうと思ったし、あの司令官の爺さんも変なところに気が回る。

 だから彼女を最初から見張りをつけたのだろうか。

 疑いが晴れた段階で、少なからずこんな事態になるだろうから。

 どこまでも抜け目のない爺さんだ。

 魔石の指輪も預かっているようで、宝石箱のようなものの中にそれらが並んでいる。


「バスタオル貸して。俺が拭いてくるよ」

「あ、あの! だ、だだだ男性の方はその!」

「わかってくれよ」

「えっ」

「内緒だけどさ……俺たち、関係なんだ」


 まあ嘘ではあるのだが。

 そう言うと見張の子はカーッと顔が赤くなり、おずおずとバスタオルを渡してくれた。


「ついでに、ちょっと外してくれると嬉しい」

「え、で、ででででもそれは!」


 俺は思わせぶりな顔をして、彼女に顔を近づける。

 あわわわと慌てている彼女の耳に、吐息が掛かるくらいの距離で囁いた。


「なら、外で聞いてるかい? 彼女、最中は声が大きいんだ。幻滅すると思うんだけど」

 

 まあ嘘なんですけど。

 で、見張の子は何を想像したやら。さらに顔が赤くなり、頭から湯気が立っている。

 しばらくの間の後、彼女は「ごごごごゆっくり!?」と言ってぴゅーっと逃げてしまった。

 初心な心につけ込んだようで少し罪悪感が湧いてしまうが、ここは心を鬼にしよう。

 この後、ニトの言う通りなら何も起きないはずだけど――事が事だ。彼女は暴れるかもしれない。

 そんな時、他の人間に彼女に触れて欲しくない。

 そう思ったから、二人だけの空間を作った。


「ヒルド。入るよ」


 ノックをしてドアを開ける。

 部屋は綺麗で、かつこの前哨基地には似合わない飾りばかりだった。

 誰を迎え入れる予定の部屋だったのか。

 思い返してみれば、解放戦線は王宮と取引する事もあると言っていた。

 ここはそういう人間を極秘裏に招き入れる、そんな部屋だったのではなかろうか。

 奥を見ると、白磁のバスタブからゆっくりと出てくる人かげがある。

 ヒルドだった。

 一瞬俺を見て目を見開いたが、もうどうでもいいとばかりに俺の前に立つ。

 濡れたまま、全裸でだ。

 白い肌だが、体全体に傷がある。

 おそらく、父を倒すために相当な修行をしたのだろう。

 胸には彼女の金の髪がかかっているが、そのシルエットは神秘的にも見える。

 恥ずかしさ半分、畏れのようなものも感じてしまい、視線を外してしまった。


「ヒルド。バスタオル持ってきたよ」

「ありがとうございます」

「出ていけとかキャーとか言わないんだ」

「こんな穢らわしい体を見られたところで、恥ずかしいも何もありませんよ」


 そう言う彼女の目は穏やかだった。

 憑き物が取れたかのような、そんな顔だ。


「ラムダ。こっちを見ないのですか」

「俺には刺激が強すぎる。タオルを渡したら、そこの端っこで壁とお話してるよ。体を拭いたら、早く服を着てくれ」

「ラムダ」


 穏やかな声。

 再び彼女の顔を見ると、目は尚も穏やかだった。

 不気味なくらいに、だ。


「なんだい」

「依頼をしたいのです」

「依頼?」

「そう。アサシンにしかできない依頼」

「シュナイダー卿を殺せというのならタダでやるよ。既に店長には報告した。時間はかかるだろうけど、誅殺許可がーー」


 ヒルドは静かに顔を振る。

 裸のまま近寄ってきて、もう手を伸ばせば触れられる、そんな距離まで近づいてきた。

 心臓が高鳴る。

 彼女の裸は刺激的すぎる。

 別に女の裸が初めてというわけではない。

 サメ子は脱がずとも、その豊満な胸としなやかな体を俺に押し付けてきた。何度も。下手な娼婦よりもエロティックで、何度も手を出しそうになった。

 けど、ヒルドは。

 まるでガラス細工のようで。

 神々しくて。

 触れてはいけないような。

 けど、今すぐ抱きしめたいような――


「違うのです」


 思わぬ言葉が聞こえてきた。

 一瞬、何かよくわからなかった。

 シュナイダー卿を殺せではないのか?


「違うって何が」

「殺して欲しいのは――」



「わたくしです」



 油断をした。

 ヒルドが素早く手を伸ばして、俺の胸のホルスターからグルカナイフを抜いた。

 それを自分の方に向けて、一気に胸を貫こうとしている。


「ヒルドやめろ!」


 慌てて手を掴む。

 しかし、ヒルドは凄まじい力でナイフを引き寄せようとしていた。

 女性の力ではなかった。

 全身全霊で、自殺を試みる。

 そんな、狂気の力。


「あ、あ貴方に殺されたなら! せめてラムダに殺されたなら! わ、わたくしは。わたくしは!」

「頼む! やめてくれ!」

「殺して。わたくしを殺してえええええ!」

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