第22話 悪役と真実

 真正面から特別な存在だと、そう言われてしまった。

 え、なにその。

 俺も……正直、そう。

 普通の依頼人だとは思わなくなって、きて、いる……んだけど。

 つい、恥ずかしくなってしまった。

 言ったヒルドも少し顔を赤らめている。

 今のなしと言いたげだが、少し俯いて、チラチラと俺を上目遣いで見てくる。

 何だこの可愛い生物は。

 普段とのギャップが大きすぎる。

 戦場に似つかわしくない雰囲気になりそうなので、コホンと咳払い。

 何にせよ、ガトリング砲のコイツを倒すことができた。

 銃声が止んでいるから、あっちはあっちで何とかなったのだろう。


「ヒルド様!」


 声がする方を向くと、司令官の爺さんがお供を連れて走ってきた。

 今度は様付けか。いよいよヒルドの株が上限を突き抜けたと見える。


「鉄仮面は」

「この通りです」


 そう言うと、うつ伏せで倒れている鉄仮面に司令官の爺さんたちが群がる。

 生臭い血がどくどくと出ている以外はほぼまるまる残っている。

 意外なものを見たかのように、彼らはとても驚いていた。


「流石はアサシン。ここまで綺麗な状態に残っているとは」

「トドメはヒルドが刺したけどな」

「……お見それいたしました。まさしく貴方は聖女だった」


 司令官の爺さんはそういうと、手を組んで簡単な祈りをヒルドに向かって捧げていた。

 他の隊員も皆そうだ。

 都合のいい事だと思うが実際ヒルドはそう思わせる何かがある。

 そういうカリスマのような力が彼女を守る方に動くなら、それに越したことはない。

 皮肉を言いそうになったが、彼女のために務めて堪えることにした。


「爺さん、そっちはどうだったんだよ」

「何とか倒した。だが、以前戦った時より銃が効かなかった。榴弾砲を叩き込んでやっと倒したくらいだ」

「コイツ、多分弾除けの魔石を組み込んでるぞ。いくら巨体だからって、スラグ弾で立ってられる筋肉密度でもないだろうからな」

「――」


 そう言うと、司令官の爺さんは悲しそうな顔になった。

 何だいきなり。そう思うと、周囲の幹部クラスの連中も似たような反応をしている。


「ヒルド様。今こそ全てをお話する時だと我々は考えています」

「全て?」

「特にこのほぼ無傷の鉄仮面があれば。我々は真実に辿り着くはずです。ですが」

「なんでしょうか」

「この事実をお話したならば、貴方は大きな衝撃を受けることになる。お覚悟はよろしいか」

「――!」

「脅しならもうやめてくれないか。大体、何でコイツが必要なんだ?」


 そう言うと、司令官の爺さんは腹を括ったというように、胸元から魔石を取り出した。


「これは情報全開示ステータス・フルオープンの魔石。この砦にある最後の一つだ」


 最近やたらと見るなそれ。

 こんなにポンポン出てくる魔石でもないのに。

 ただこれを使うと言うのは即ち、嘘偽りないものを示すという事に他ならない。

 信頼していいだろう。


「まさかコイツに使うのか?」

「そうだ。まだ肉体は朽ちていない。使うなら今しかない」

「年代モンにみえるけどいいのか? 壊れるかもだぞ」


 ペンダントにおさまったそれは、かなり古びたものに見える。

 形見だろうか。

 それとも大切な戦友から餞別に贈られたものか。

 それにできるくらい貴重なものではある。


「そのくらいの誠意を見せなければ、我々の無礼を詫びることができない――アサシン」

「なんだ?」

「これから起こることは筆舌しがたい。もし、私を責めたいと言うのなら……この命くれてやる」


 命をかけるってか。

 悪くない。誠意を示すなら。

 けど、いらない覚悟だ。

 

「その言葉で十分だ」

「ならばヒルド様を頼む。君は聖女を支える杖と見た」


 大した評価だ。

 けど、その言葉が俺の最悪な予想を確実なものにした。

 俺は迷った。

 このまま鉄仮面の正体を彼女に伝えていいものかどうかを。

 俺は薄々だが気づいている。

 でも、信じないと心が拒否している。

 もしそうなら俺も吐きそうになる自信がある。

 ましてや、彼女は――

 だが彼女は


「どうぞ。わたくしの容疑が晴れるなら」


 と、短くそう言って頷いている。

 手が微かに震えている。

 流石に彼女も勘付いたのだろうか。


 ヒルドを子供達をいけにえにする魔女と宣った解放戦線。

 

 子供達を攫うどころか保護して、鉄仮面の脅威と戦っている事実。

 

 シュナイダー卿に向けられる、荒唐無稽とも思える容疑。

 

 そして、あの鉄仮面が発した声。


 あの声は。


 ――幼い子供の声だった。


 司令官の爺さんの魔石が輝き始める。

 うつ伏せになって倒れた鉄仮面の背中に置かれると、ブワリと現れたのは映像だった。


「これは……わたくし? な、何故この化け物から……」


 そこに映るのはヒルドの顔だった。

 ヒルドが抱きしめる顔。

 ヒルドが匙で口にスープを運んでくれる顔。

 ボールを取って遊んでくれる姿。

 そして、夕焼けを背に棚びく彼女の金の髪。

 どれもこれもがヒルドの顔、顔、顔。

 中には布団に入り、ヒルドの名を唱え続ける男の子の声もある。

 ヒルドのようになりたいと、髪をとかしては微笑みあう女の子の姿もある。

 ヒルドのために。

 ヒルドが喜ぶために。

 一生懸命勉学に励み、その恩に報いるために頑張る姿が見える。


「ヒルド」

「まさか。まさかそんな!」


 やがて迎えられる卒院式。

 子供達の手を取るのはシュナイダー卿。

 子供達が迎えられたのは何もない部屋。

 突如として、周囲の仲間たちがバタバタと倒れ始める。

 通風口のような場所を見ると、ガスのようなものが漂っている。

 朦朧とする景色の中。

 覗き込むのは――


「シュナイダー卿!?」

「やはり、か」

「どう言う事だ爺さん!」

「今まで奴らを倒すのは必死でな。大抵倒した後はボロボロで、魔石を掲げても得られる情報は僅かだった。しかし君たちがほぼ無傷で倒したことで、この鉄仮面に宿る記憶をそのまま抽出できたのだろう」


 ビシビシ、とヒビ割れる音。

 見ると司令官の爺さんの魔石が割れかけていた。

 記憶を読み取ったり、こうして開示する魔法はかなり負荷が大きいと聞く。

 読み取る情報が多ければ多いほど魔石への負荷は大きくなり、最悪壊れてしまう。


「こいつらはフェレゼネコの都市間戦争終結後から各地に現れるようになった。ただ最初は本当に粗末な棍棒を振り回す、そんな程度だった」

「昔から……? けど、こいつらは火器を使っていたぞ。複雑な奴をだ」

「それは最近になってからだ。我々も驚いた。苦戦を強いられ、何人も同胞が餌食になった」

「最近っていつだ。いつ棍棒からガトリング砲に変わったんだ」


 司令官の爺さんは躊躇い。

 そして、決定的な言葉を口にする。


「その時期は、

「なんだと」



「ああ、やめて。サンティオ! レニ! ナサリー! ああ、あああ!」



 ヒルドの絶叫が響き渡る。

 次々に映るのは惨劇。

 生きたまま、彼ら彼女たちは切り刻まれていく。

 麻酔が効いているのか、すでに死んでいるのか。

 淡々と臓器が取り出されるのを、彼ら彼女たちは見ている。

 取り出す白衣の男たちは、その目を抉り。

 まるで宝石を愛でるかのようにして、液の入った瓶に丁寧に入れ込んだ。

 バリン、と映像が粉々になる。

 しかしそのまま割れた映像が残り、滲み出てくるのは憎悪のような声だ。


「ほんの数ヶ月前だ。ここからの映像を見たのは。ようやく抽出できた情報から、敵はフェレゼネコに有りと本部が決定を下した。命令を受けた私は大隊を動かし、ここに前哨基地を作り……かの都市に調査隊と救出部隊を潜ませたのだ」

「ああ、あああ! 神様! そんな! わたくしは……」


 ヒルドは全てを見て、聞いてしまった。

 やがて俺にも入り込んでくる声、声、そして声。

 それは仄暗い地の底から響いてくるような声だった。


 ――なぜ。

 どうして。

 ヒルドさま。

 僕たちはヒルドさまのために。

 私たちはヒルドさまのために。

 せっかく生きていいと。

 言ってくれたのに。

 私たちは。

 僕たちは。

 こんなことのために。

 殺されるために。

 あの聖堂で。

 かりそめの幸せをもらっていたのですか。

 これがその対価なのですか。

 痛い。

 怖い。

 僕たちはつながる。

 助けて。

 私たちはつながる。

 死にたくない。

 何かを壊すために。

 ヒルドさま。

 人を殺すための道具になるために。

 ああ、いやだ。

 助けて。

 苦しい。

 僕たちはいけにえだったんだ。

 私たちは部品だったんだ。

 あの聖堂は生簀だったんだ。


 おのれ。

 おのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれ!

 何が。

 何が聖女だ。

 魔女め。

 人喰いの魔女め!

 憎い。

 憎い憎い。

 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い!


 騙したな。


 俺たちを騙したな。


 私たちを騙したな。


 俺たちを騙したんだな!

 

 ヒルド・サンダルウッド!

 

 僕たち私たち俺たち同胞を!


 騙したんだな!

 


 ……。

 …………。

 ………………。


 ……


 内部魔力炉が規定値に達しました。

 火器管制脳髄確認…………異常なし。

 タイプ05。起動。

 ご命令を。





「うわああああああああああああああああああああああああああ!!!」





 ヒルドが叫ぶ。

 俺は必死になって彼女を抱きしめる。

 喉をかき、人目を憚らず獣のように叫ぶヒルドを抱きしめるしかできなかった。

 聖女とは程遠い、とても見てられない顔。

 その慟哭は崩れた前哨基地に響き渡っていた。


 ――最悪だ。

 

 考えうる限り、最悪の事が起きていた。

 どうりで司令官の爺さんが言うのを迷ったわけだ。

 どうりでギリガムのような連中が、変な憎悪を向けるわけだ。

 鉄仮面の正体は子供達の残骸。

 ヒルドが愛を以って見送り。

 シュナイダー卿がそれを無惨に切り刻み。

 その怨念すらを糧にして動く生き人形。

 ゴーレム?

 ホムンクルス?

 いや、そういう括りはもうどうでもいい。

 事実は一つだ。

 あの聖堂は子供達を育て出荷する生簀。

 ヒルドは何も知らず、この化け物を作るために子供達を送り出していたのだ。



 §



 概要はこうだ。

 フェレゼネコの都市間戦争終結の後、他の都市ではいまだに戦争を続けているところがあった。

 解放戦線はそんな中で、戦場を引っ掻き回す第四の勢力、つまり鉄仮面とカチ合うことになる。

 最初は棍棒を振り回すだけの、粗暴な巨人族のような様子だったという。

 次第に統制が取れ始め、刀剣を使い始め、最終的には火器を使うようになる。

 その火器を使うようになったのは、ヒルドが聖堂を建てた時期に一致する。

 解放戦線は長く苦戦を強いられていたが、彼らも経験を重ね、ついに胴から上を残して鹵獲に成功。

 貴重な魔石を使うと、そこに現れたのは憎しみに染まったヒルドの映像だった。

 それが数か月前。

 店長が「最近ヒルドがゲリラに狙われている」といった時間間隔にもおおよそ合致する。

 解放戦線はすぐさま部隊を展開。ヒルドとシュナイダー卿を調査していたが、シュナイダー卿は当然のようにガードが固く、ヒルドに至っては聖女そのもの。とても子供たちを集めてバラバラにしてあんな怪物を生み出すようには見えなかった。

 捜査が思うように進まぬ中でイレギュラーが発生する。

 ギリガムだ。彼は過去フェレゼネコにいられずサンダルウッド家元私兵団の孤児達と徒党を組み放浪の旅に出たが、そこで解放戦線に合流した。

 ヒルドが悪の手先と知るや今回の作戦に志望。調査の中で個人的に脅迫文を出したり、子供たちの保護を目的にヒルドを狙い始める事になる。

 流石に司令官の爺さんも、ギリガムがそこまでやるとは思っていなかったようだ。事が事で相手が相手だ。隠密で、しかしハッキリとした証拠を得た上でしかるべきコネクションを通じて告発しつつ、子供たちを保護。時にはブラックマーケットを潰して情報を固めるはずだった。

 しかしギリガムの暴走はマフィアの縄張りまで荒らし、シュナイダー卿の武器倉庫まで荒らすことになる。ようは、目につくようになってしまったということだ。

 当然そんな動きはシュナイダー卿に気取られてしまい、結果俺が派遣されて、前のような斬殺劇になる。

 そして俺が依頼に疑問を持ち始めた。

 あとはここまでの流れの通りだ。

 司令官がヒルドに事を伝えるのを慎重になったのはこの経緯もあり、あんな風になるからを予測していたから。

 だが、そうしなければシュナイダー卿の悪事がここまで表面化することは無かっただろう。

 その立役者は、イレギュラーな行動をしたギリガムあってこそだった。

 彼が暴走しなければ、最悪ヒルドはトカゲのしっぽ切りのように殺された上で悪女に仕立て上げられ、シュナイダー卿はその間にさっさと荷物をまとめる――なんて事になっていたかもだ。

 的外れな憎悪がヒルドの潔白を証明するとは。皮肉と言うべきか、運命のいたずらと言うべきか。


「――以上が報告になります」


 通信用魔石を使って通話をする相手は店長だった。

 虚空に浮かび上がる店長は、明らかに落ち込んでいた。


『よくわかった。大変だったねラムダ。ヒルド嬢はどうしているかね?』

「アレから何とか落ち着かせて、今は司令室の客間にいます。しばらく一人になりたいと」

『彼女の事はとりあえず落ち着くまで待とう。それよりも――』

「店長。シュナイダー卿とはどういう関係なのですか」


 そう単刀直入に言うと、店長はさらに暗い顔になる。


『彼との出会いは三十年以上前の事だ。仕事で彼と腐れ縁になった。ありたいていに言えばそう、友だった』

「友、ですか」

『彼は家を継ぐのが嫌いでね。戦争を、戦いというものをとにかく憎んでいた。吾輩とも意見が分かれてな。何度も殴り合ったものさ』


 店長は遠い目をしている。

 何があったかはしらないが、シュナイダー卿との思い出は美しいものだったのだろう。


『仕事が終わり、吾輩と彼は会うことは無くなった。表の人間と裏の人間だ。仕方のない事だが……確かに、友情があった』

「店長……」

『吾輩は彼のために距離を取っていたのだがね。いつの間にか家督を継ぎ、かの都市間戦争の時は民のために大立ち回りをした。アサシン商会本部も彼の評価は高い。影ながら立派になったと誇らしくも思ったくらいだ』

「なら、俺の報告は到底信じられないですかね」

 

『いや、信じよう』


 その時、店長は真面目な顔でそう言った。

 どこか叱られているような、そんな気さえした。


『君は吾輩の息子だ。家族だ。疑いようもない。君の言うことは。ニトもそうだ。全て信じる』

「……」

『解放戦線についてもそうだ。君を通じて、信頼を提示してくれたのだろう?」


 そう言われて、俺は古びた羊皮紙のスクロールを掲げる。

 これはさっき司令官の爺さんからもらった信頼の証。

 俺が上司に伝えると言って手渡されたものだ。

 かつての都市間戦争の際に、貴族たちの横暴を止めるため秘密裏に王宮の者と交わした密約。

 すなわち自分たちが市井の味方であり、誓ってやましいことが無いことの証。

 これが表ざたになったなら、今の王宮もタダでは済まないし、解放戦線の行動も明るみに出て存在も危ぶまれる。

 そういう腹の中を提示して、信頼の質とする。

 アサシンをよく知る爺さんが、アサシン商会本部に納得させるだけのものを俺に預けた。そういう高度なレベルのものだ。

  

「それは彼らの命と同等のものだ。我々アサシンに提示する証言の担保としては十分だろう』

「では、紹介本部に誅殺を進言してもらえますか」

『当然だ。だが』

「だが?」

『その進言については――

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