第21話 悪役と強襲

 ガトリング砲に正面から立ち向かう。

 どう考えても自殺行為だ。

 正直に言えば逃げたい。

 俺は正義の味方じゃないんだ。

 だがやるしかない。

 ヒルドが俺に依頼をした。

 俺は受けてしまったのだから、途中から投げ出すことは許されない。

 そうなると後ろからの増援が恐ろしいが、司令官の爺さん曰く心配ないとのこと。

 ここは天然の要害。背は山で、切り立っているから超えようものなら魔法が必要らしい。

 魔法が使われたならすぐに魔法を検知する魔石が反応。即座に迎撃態勢がとれるようになっているそうだ。


「そういうのを全部分かった上で、あいつらは正面から突破してきたって事か」


 その意味は二つ。

 一つは正面から突破できる火力があるということ。

 それはもう見たら解る。

 丸太の壁の穴は別に爆薬でも持ってきたのだろう。

 そしてもう一つ。

 それは、あいつ等が魔法による輸送を必要としない。

 つまり、この世界では隠密行動をとりつつ作戦展開できる兵器、あるいは兵装であるということ。

 どこの誰があんなのを送り込んだのか。

 解放戦線の話が本当ならシュナイダー卿だという。

 何故ここを襲うのか。

 ヒルドを取り戻しに来たのか?

 ならばもう少し抑えめにやるはずだ。

 なのにさっきからドカドカと榴弾の雨を降らせてくるし、ガトリング砲のクランクを回す音が響き渡っている。

 もしかして、シュナイダー卿の闇に気づき始めたヒルドは用済みになったという事なのだろうか。

 するとヒルドが外に出てから既に見張がついていた可能性がある。

 いや。

 あの聖堂内部からシュナイダー卿に連絡して、監視をされていた可能性だってある。

 いよいよ誰が味方なのか敵なのかわからなくなってきた。

 少なくともアイツらはここの場所で動くものを全部殺すつもりでいる。それだけはわかる。

 俺はショットガンを構えながら、静かにテントとテントの間、時々ログハウスめいた建物の間を縫うようにして進んでいく。

 段々と銃声が近づいてきた。

 抵抗している解放戦線の隊員たちが頑張っているようだが相手の武器が武器だ、かなり苦労するだろう。


「ヒルド。本当は戻ってほしいんだけど」

「愚問です。苦しんでいる人がいるなら助ける。それがわたくしです」


 それが俺の護衛難易度を跳ね上げているんですけどね、というのはもう言わないでおこう。彼女はこういう人だ。

 再びガトリング砲が回る音が聞こえてきたので、なるべく体を低くする。

 元の世界にあったように、モーターで回るわけではないからそこまで連射力は無い。

 ダッダッダッダッと規則正しい発射音が響き、十数秒もするとカラカラカラカラ、と空撃ちの音がする。

 こんな連射力でもこの世界では脅威だ。

 複数の弾薬を装填するのはまだリボルバーだけで、ライフルは精々五発程度が装填できるボルトアクション式。ショットガンに至ってはポンプアクションもできておらず、良くて俺の持ってる三連発が限度だ。

 そんな中で止めどなく、十数秒とはいえ弾丸を放ち続けるというチート行為。本来なら荷車のようなものが必要なのに、それを軽々と片手で運用できるのはそれだけで化け物だ。


 ――なんか、コンセプトがニトと似ているような。


 首を振る。

 例えあの巨体がホムンクルスであったとしても、人間の体には変わりない。

 そして森羅万象あらゆるものに無敵だとかはありえない。

 よく耳を澄ませて、よく相手を見る。

 それが効率よく強い相手を殺すコツだ。

 さっきから薙ぎ払うような銃撃は脆弱な建物を粉砕している。

 ただ狙いという狙いをつけていないようで、とにかく破壊行動に一生懸命のようだ。

 そして気づいた。

 リロード時間が長い。

 発射間隔にかなりの時間がある。

 俺たちはその間に、なるべく腰を低くして、頑丈な建物の影を進んでいく。

 ようやく足音が聞こえるところまで来て、倉庫から顔を覗かせて様子を見る。

 相変わらず、異様な巨躯だった。丸太のような手足に、プロレスラーのような体躯。右腕は肘から先がガトリング砲だった。背中には箱のようなものを背負い、上は空いていて長いマガジンのようなものが何本も飛び出ていた。

 よく見る。

 のっしのっしと動きが緩慢に見える。

 それはそうだ。ガトリング砲を腕につけ、あれだけの弾丸を背負っているのだから。

 よく見る。

 ガトリング砲はニトより小さい。

 俺の時代で言う、かなり初期のガトリング砲。

 長いマガジンを上から差すタイプで、左手でクランクを回している。

 なので、連射速度もそこまで速いというわけではない。これが魔力を動力とするモーターのようなもので回転していたら、俺も対処できないだろう。

 逆にいえば。

 クランク式だからギリギリ対処できる。


「口径が小さいな。対人用に特化してる」


 なるべく弾丸をバラ撒くタイプなのだろう。

 弾丸自体は俺の持っている散弾の中のペレット一つとそんなに変わらない。貫通力も丸太組みの建物を貫通できるかどうかぐらいだ。

 撃ち終わると長いマガジンを捨てて、背中のバックパックからヌッとマガジンを抜き出し、差し込んではまたアホみたいに弾丸をばら撒く。

 解放戦線の連中は遮蔽物から顔を出せず、身を乗り出した者は何人かハチの巣になっていた。


「間合いになったら一気に飛び込む」

「どうやって飛び込むんですか?」

「ここに飛翔魔法フライ・ハイの魔石が入ってるんだ」


 コンコン、と踵を叩く。

 俺のブーツのかかとには緊急脱出用の魔石が隠されていた。

 魔石でも呪文による魔法でも検知されてしまうから、潜入の時は本当に奥の手だけれども。

 こんな感じで戦いにも転用できるように訓練はしてある。


「君は身を低くして、慎重に近づくんだぞ。背後に回ってくれたら一番嬉しい」

「その後は?」

「そうだな……合図をおくるから、後ろから一気に斬り込んでくれ」

「後ろからですか」

「騎士道に反するから嫌かな?」

「いえ。父にやるためにたくさん練習しました。民を救うことに生かせるなら、それが一番です」


 ヒルドは頼もしく頷くと、両手に魔法の剣を展開して静かに建物から建物へと回り込んでいく。

 普段着とはいえドレスを召しているに動きに全く迷いが無いのには驚いた。

 流石貴族であり武家の家に生まれたという事か。

 彼女の父はヒルドを将校にでもするつもりだったのかもしれない。

 まさか実の娘に討たれるその基礎の力になったとは思わなかったはずだ。


「手慣れてるな。アサシンにでもなった方がいいんじゃないか?」


 度胸といい、剣の力といい、迷いの無さといい適性がある――なんて言ったらさすがにヒルドも怒るだろうか。

 頭を振る。

 今は仕事に集中しなければ。

 ショットガンを静かにブレイクオープン。

 普段使いのバックショット弾を引き抜いて、青い包装の弾丸を三つ再装填する。

 こいつはかなり強烈な弾丸だ。

 名をスラグ弾という。

 散弾が何個もの弾をばら撒くが、これには巨大な一粒が入っている。

 ショットガンでも撃てる強烈なライフル弾頭と言えばいいだろうか。コイツをぶち込めばヒグマだろうと何だろうと大人しくさせることができる。


「チャンスは一回きりだ」

 

 顔は鉄仮面で覆われている。

 体は黒いロングコートで覆われている。この繊維が防弾であったなら威力は半減する。

 狙うのは露出している鎖骨から首のあたり。

 ここをえぐられたら、どんな生物でもひとたまりもないだろう。

 俺もヒルドのように建物やテントの合間を縫いながら、飛びかかる場所を探す。

 やがて鉄仮面が歩きながら弾丸をばら撒いている道路から逸れた、脇道のようなものを見つけた。

 ヤツはあの装備から、馬車が通れるような道路しか歩かないことは見ていて気づいた。

 掃除するように丁寧に練り歩いて、弾丸をばら撒いて、通路があったら覗き込んで、動くものがいたら弾丸をまたばら撒く。

 低く、四つ足の獣のようにその場に伏せる。

 不意に、柔らかい感触が左手に感じる。

 何かと思えば死体だった。

 武装した解放戦線の男。

 流れ弾に当たったのだろうか。

 悔しそうな顔をして絶命していた。


「……俺にその殺意を預けてみる?」


 死体は答えないが「いい」と、そう言われたような気がした。

 彼の見開く目を手のひらで閉じて、そばにうずくまる。死体のように静かにだ。

 のし、のし。

 ダッダッダッダッダッ……

 カラカラカラ。

 音で何をしているかわかる。

 時々背後から榴弾が炸裂する音と、号令により斉射の音が聞こえる。

 爺さん達が戦っている。

 こっちも反撃する連中もいるが、どうやら隊長格が撃たれて命令系統がグチャグチャになっているようだ。

 もう少し時間をかけたらこちら側は全滅する。

 爺さん達が駆けつけても遅いかもしれない。

 ヒルドはそれを良しとはしない。

 彼女は一人でも多くの人間を救うためなら、あの変態に一人で決闘にでも持ち込みかねない。

 今殺す。

 もう少し。

 のし、のし。

 ダッダッダッダッダッ……

 カラカラカラ。


 

 ――ここ。


 

 ゆっくりと顔を見上げる。

 予想通り、道路からこちら側を覗き込む鉄仮面の姿が見えた。

 死体の横にうずくまっていた俺に、アイツは気づいていない。

 ということは、人間と同等の視覚情報しか得ていないということだ。

 鉄仮面の顔が揺らいだ。

 おそらく道路の先で待ち構えている解放戦線の連中が銃撃したのだろう。

 口径が大きいライフル弾を受けているのに、ものともしていない。

 体に当たるも少し身をよじるだけで何ともなし。

 防弾繊維だろうか。ヤツは悠々と銃撃の中でリロードをして、再びクランクに手をかけ、射撃。隊員たちが隠れてるものにもお構いなしに弾丸を撃ち込んでいる。

 

 こちらに気づいていない。

 殺せる。


 そう思った時、既に手をかかとに伸ばしていた。

 魔力を込めて――


「展開!」


 クラウチングスタートの体制から、一気に飛び掛かる。

 いきなりジェットエンジンが点火したような推進力が、俺を一気に引っ張る。

 鉄仮面が高速で飛びかかる俺に気づいた時、もう間合いに入っていた。


「くらえ」


 トリガーを引く。

 ガツンと腕に衝撃が走る。

 ほぼゼロ距離で放たれたスラグ弾が、鉄仮面の胸に着弾。真っ赤な血を撒き散らした。

 その瞬間、思わず顔をしかめる。

 漂って来たのは腐り切ったような水の匂いと、薬品臭。それと血の匂い。

 不快極まりないそれが、空いた胸からドロドロと流れてくる。

 俺はのけぞる鉄仮面の体に着地すると、両足で思いっきり蹴って反対側に宙返り。

 着地して様子を見るが――


「! これで倒れないのかよ!」


 胸に大穴を開けたはずなのに。

 鉄仮面はそれでも倒れない。

 バカな、と口に出しそうだった。

 スラグ弾はいくらコイツが人並外れた筋肉ダルマだからといって、耐えられるはずもない。

 とすると、だ。

 おそらく弾除けの魔石を仕込んでいる。

 この黒コートの裏に仕込んであるのだろう。

 鉄仮面はギ、ギ、ギとまるでブリキの人形のように関節を軋ませると、仮面の奥からビカァと赤い光を放ってきた。


「もう一発ーー!」


 そう思ってショットガンを構えたが、唐突に背筋がゾクッとした。

 理由のわからない『予感』だ。

 そういうものには素直に従えと教えられている。

 そして飛び退いた瞬間。俺のいた場所には、あのクランク式ガトリング砲が叩きつけられていた。


「ソレを鈍器扱いするのか。勿体無い。俺が外してやる」


 ショットガンを構えて、撃つ。

 相変わらずとてつもない衝撃が伝わってくる。

 片手で扱うにはかなり反動が強い。

 その分だけ威力もお墨付き。


「――――――!!」


 バキィッ!

 鉄仮面の右肘から先が吹き飛ぶ。ガトリング砲の機関部が粉々に砕けて、回転軸がひしゃげていた。

 大きくのけぞった鉄仮面。

 背後でチラリと見えるヒルダがグッと拳を握っている。

 これはチャンスだと、最後の弾丸をくれてやろうとしたその時。

 今度は明確な殺意。

 正面から。

 思わず横に飛んだが、俺の頭があった場所に飛んできたのは蹴りだった。喰らったら首の骨が折れる。必殺の蹴りだった。


「こいつ! 格闘もできるのか!」

『――――――武装破損。白兵戦闘に移行します』


 聞こえて来たのは無機質な声だった。

 まるでシステム音声のように響くそれが、恐怖を掻き立てる。


「ラムダ!」


 ヒルドの声が聞こえて、大きく飛び退く。

 ブゥン、と低空からアッパーが伸び上がった。

 危なかった。

 あんなの顔に食らったら一撃で死ぬ。

 ハンマーを思いっきり下からはね上げられたのと同じだ。

 けど、甘い。

 俺はあと一発残っている。

 そのガラ空きの脇に――

 と思ったが。

 そこに脇は無かった。

 気づいたら目の前の巨体が空を回転している。

 背負っていたはずの弾薬箱は既に廃棄されて道に転がっていた。

 こんな重装備だから緩慢な動きだったのに。

 それを外すや否や、鎖から外された獣のようにしなやかに動くとは。

 バケモノめ。

 やがて降り注いできたのは巨大なかかとだった。


「胴回し蹴りかよ!」


 こんな間合いで。

 こんなに軽やかにやるのか。

 何なんだコイツは。

 戦うだけに特化した生き物じゃないか。

 

「ンのやろ!」


 こんなのに付き合ってられるか。

 バックステップすると、ギロチンのように降り注いだ胴回し蹴りが地面を穿つ。

 即座に立ち上がり、次の体術に移ろうとした鉄仮面の真正面にスラグ弾を放つ。

 鉄仮面は正拳突きでも食らったかのように二、三歩大きくのけぞったが、すぐに鉄仮面の奥の視線がこちらを捉える。

 ――ヤバいな。

 弾丸を装填している時間がない。

 ここからはナイフの間合いになる。

 人の形をした相手なら、大抵の攻撃はよけられる自信はある。

 背後に回って首にナイフをあてれば終わりだ。

 俺のスキル『首斬り』は化け物だろうが何だろうが首を落とす。そういう必殺技のスキルだ。

 だが、この巨体はあんな体術をしかけてきた。

 まだ何か隠し球を持っているかもしれない。

 そうやって様子を見ているうちに俺の体力が尽きて、足がもつれた瞬間コイツに叩き殺されてしまうかも。

 風向きが悪い。


 ――というのは、俺がの場合だ。


 最初からそんな気は毛頭無かった。

 だから


「ヒル……」


 バシュ、と。

 言い終わる前に、何かが突き抜ける音。

 ビクン、と鉄仮面の体が跳ねた。

 鉄仮面の胸、心臓あたりから出て来たのは魔法の剣の切先。

 何だか前見たよりも太く、そして太い。レイピアというよりもクレイモアとか、そういう大剣のような厚さだった。

 多分本気の一撃。魔法防御だって施されているはずなのに、それすらも貫くとは。流石は第一種魔法。侮れない。


「ラムダにそれ以上は許さない」


 ズッと引き抜かれ、次には喉元にソレが差し込まれていた。

 鉄仮面は苦悶の声を上げる間もなくガタガタと震え、そして活動停止とばかりに膝をつき、倒れた。

 倒れたその先には、ヒルドが魔法剣を構えて立っていた。

 戦場に立つ、青いドレスの彼女は美しかった。

 思わず見惚れてしまいそうだ。


「流石。すごい一撃だ」

「魔力を全て乗せる技です。何度もできませんが、ミスリルメイル程度は貫くはずです」

「最初からヒルドに戦ってもらった方が良かったかな?」

「いいえ。どこまでいっても銃と剣。ガトリング砲相手には火を見るよりも明らかですよ」

「随分と謙遜するんだな」

「――それに、今の一撃は貴方の剣。そうさせたのは貴方でしょう。戦ってる中でも、わたくしの場所を常に見ていた。この剣は貴方が振るったものです」


 バレたか。

 実のところ、視界にチラチラ映る青ドレスの存在は気にかけていた。彼女の魔法剣ならあるいはと思ってたし、信じて良かったと思う。

 そもそもアサシンは戦う時、常に視野を広げるようにと教えられている。最初から挟撃を考えていたから、尚更そうだ。


「ラムダ」

「なんだい」

「無茶しないで」


 どちらかと言えばこちらの台詞なんですけど。

 そう言おうとした時。

 ヒルドが僅かに震えているのが見えた。


「もしかして心配してくれたのか?」

「悪いですか」

「俺はアサシンだぞ。ただの剣で銃。アンタの殺意の代行者だ」

「わたくしにとっては、それだけじゃない」

「えっ」

「……貴方を失ったら、わたくしは耐えられない気がします」


 声が、つまった。

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