第19話 悪役と救い
とはいえ、だ。
死んだら依頼失敗だ。
やりようはあると言えばある。
一か八か、コイツが油断することに賭けてみよう。
この興奮具合から察するに、分の悪い賭けでもなさそうだ。
それに、この声。
もしかすると――
「おいアンタ。どっかで聞いた声だな。もしかして会ったことあるか?」
「ある。あの時は散々やってくれたなアサシン」
チャ、とリボルバーをこちらに向けてくる男。
聞いたことがあると思ってカマをかけてみたけどやはりだ。
こいつ、あの時貧民街でヒルドを襲ったリーダーだ。
司令官の爺さんと、捕まった時の話を思い出す。
こいつは多分罰を受けて降格しているはずだ。
問題ありとこっちに戻されたと思えば、ここにいる理由は納得できる。
――タイミングが悪かったな。
ヒルドとカチ合うなんて。
こういう奴と合わせないように司令官の爺さんはあえて地下牢に入れたと見える。
地下牢へはけっこう人の目があるはず。見張りの子が見張りとして頼りなくても、第二第三の関門があるのは理解していたし、そう作るのは普通だ。
多分ヒルドと会う事は禁じられているはずなのに、こいつは何とか搔い潜ってここに来たということか。執念深いやつだ。
逆に見張りの子が頼りなくてよかったかもしれない。
この目は目的の為なら手段を択ばない目だ。見張りが男だったら多分、リボルバーで足を撃ち抜いたりして荒事になっていただろう。
俺はすぐヒルドへの射線を遮って立つ。
どけ、と言われたが無視した。
「アサシン。お前には用はない。あるのはそこの悪女だ」
「ヒルドは悪女じゃない。司令官の爺さんに聞かなかったか?」
「司令官の事など知るか。俺はソイツを殺す理由がある」
「一応その理由とやらを聞こうか。ウチの業界も理由というのはこだわりがあるから」
「どけ。本当に殺すぞ」
「撃ちたきゃ撃てばいい。その口径じゃ俺の体を貫通しない。ヒルドの盾としては十分だ」
「イカれてるのか! いいからどけ!」
「アンタさ、命令違反で処分されて降格だか何だかしたんだろ。流石に二回目の失敗は許してくれない、だろ? ヒルド殺したいなら今のタイミングはダメだ」
前に出て、牢から突き出た銃口を額につける。
意外な行動に驚いたのだろうか、男は目を見開いていた。
「てめえ」
「殺すなら迷うな、だ」
「!」
彼が引き金を引く前に、もう俺の手は伸びていた。
言葉で気を引いておいて、リボルバーを格子越しに掴む。
前もやったなこれ。
リボルバー銃は激鉄を掴まれたら撃つ事ができない。
引き金を強く引こうが何しようが無駄だ。
そのまま反対の手で腕を引き寄せると、男は格子が体に引っかかる。
そして、格子に相手の肘を打ちつけた後、格子を支点にミシミシと押しつければ――
「がっ!」
男が痛みに耐えかねて、ポロリと銃を落とした。
まあそうだろう。
腕ひしぎ十字形めを鉄の格子でやったのと同じだから。
離れて構えればよかったものを。
優位性に油断して、ヒルドを確実に撃つためにと銃を近づけたのが敗因だ。
こういうシチュエーションもしっかりと訓練している。アサシンを舐めすぎだ。
素早く銃を拾い上げると、男に向かって銃口を向けてから「動くな!」と大声を出す。
ビクン、と体が跳ねたのは見張の女の子だ。泣きそうな顔で、決心したかのようにショットガンに手を伸ばしたが遅かった。
狙いをつける前に、俺は男を人質にしていたからだ。
「君。銃を降ろしてこっちに投げるんだ。少しでも変なことしたら、こいつが死ぬ」
「ひっ」
「やめろ! コイツのいうことに耳を貸すな! 俺のことはいいから外に伝えろ!」
「もう一度言うよ。少しでも変なことをすればこの男は死ぬ。君のせいでね。君の事は撃たない。君は彼の死を背負ってずっと生きる」
見張の子はいい子だと一目で分かった。
だからずるい手を使った。
君のせいで、と言うと完全に震え上がっていた。
しばらくすると、言うとおり銃をこちらに投げてきた。
俺は男に照準を合わせつつ、格子越しからショットガンを引き寄せる。
水平二連式。旧式だが使える。中にはバックショット弾が入っていた。火力としては十分だ。
「あと鍵だね。君、持ってるだろ?」
流石にそれは躊躇う素振りを見せた。
仕方ない、とリボルバーを男の膝に向け――
「やめて」
そっとリボルバー銃に手を添えられた。
ヒルドがいつの間にかそばに立っていた。
「ヒルド」
「その方はわたくしに用があると言っていました。話を聞きます」
「君を殺そうとしたヤツだぞ」
「理由があるはずです。アサシン、貴方達は殺意の理由を大事にするんでしょう?」
そう言われると何にも言えなくなる。
添えられた手が微かに震えていた。
「わかったよ」
銃を降ろす。
リボルバーのシリンダーを開けて、弾を出してベッドに放る。
ショットガンも弾丸を引き抜いて、静かに床に置いた。
「殺そうとした相手に助けられてりゃ世話ねえな」
「……クソ」
「貴方。わたくしが憎いのですか?」
「憎い。殺しても殺し切れないくらいに」
「何故ですか。わたくしは父を粛清した以外、人を殺めた事はありません」
「そうかい。なら私兵団はどうだ?」
そういうと、ヒルドは大きく目を開き、そして細める。
「貴方は父の私兵団の――」
「副長の息子さ」
「息子が何でヒルドを狙うんだよ」
「アサシン。貴様流れ者か? ソイツに解散させられた私兵団がどうなったか知らないのか?」
そこまで言われて、何となくだが察した。
確かにそれは、うねるような殺意が宿る。
ヒルドにとってはとばっちりのようなものだが、確かに理由だ。
「俺の父上はな。優しかった。戦場から帰ってきても、いの一番に俺に土産話だ。尊敬していた。だがな、そこのヒルド・サンダルウッドに私兵団も告発されてから全てが変わった」
「――」
「毎日家に投石があった。先に母が首を吊った。父は後を追うように喉に剣を突き立て死んだ! 俺は全てを失った。だから! 俺はアンタが憎い!」
そうか。
コイツもヒルドと同じ被害者なのか。
多分、その後父の非道の事も知っているのだと思う。
本来ならば父を憎むべきだ。
彼の怒りは最もだが、彼の父やヒルドの父によって弄ばれた命はどうなるのか。
論理的な思考ではそうなのだろう。
世間一般では「だから何だ犯罪者の息子が」となるのだろう。
彼だってそれを理解している。
だが。
家族をそんな風に、割り切って切り捨てられる人間がどこにいるのだろうか。
突如奪われるようにして消えた幸せを、父のせいだから仕方ないと簡単に納得できる人間などいない。
そんな中、自分の生活のすべてを崩したはずのヒルドが聖女と持て囃されていたとしたなら。
自分と同じ罪人の子であるのに、批判はあれど感謝されているならどうだろう。
我慢できないだろう。
殺したいくらい憎いだろう。
身勝手な殺意ではある。
それでも憎悪は燃え上がるのだろう。
俺はそれを否定しない。
それが人間だと思うからだ。
どうしようもない人間の業なのだ。
「……よく分かりました。貴方はわたくしを殺す権利があります」
「ヒルド、ダメだ」
「そこの貴方。鍵を。あと、ナイフか何かあるかしら」
ガクガクと震えていた見張の娘が、黙って牢屋の鍵を開ける。
本来してはならないのに、ヒルドの真っ直ぐな目に従わざるを得なかったのだろう。
見張の娘がナイフを抜いたが、渡すことには流石に躊躇していた。
しかし牢を出て歩み寄ったヒルドが微笑むと、見張の娘はナイフを渡した。
「貴方の名は」
「ギリガム。ギリガム・アートランド」
「アートランド副長の事は知っています。わたくしも言葉を交わした事があります。いい人でした。しかし」
ヒルドはキュッと唇を真一文字にして、そして吐き出すように言葉を紡ぐ。
「戦場で父と非道を行っていた。断ずるしか方法はありませんでした。それがあの地獄のような戦場で生き延びるため、
「……」
「わたくしのせいで貴方は不幸になった。世間はもしかしたらアートランド副長のせいとも言うかもしれません。ですが、貴方の殺意は貴方だけのもの。だから」
ヒルドが何をしたいのかは理解した。
だから俺はソッと牢を出て、ヒルドのそばに立つ。
「貴方のしたいようにしなさい」
「なんだと」
ヒルドがナイフを手渡した。
ギリガムは驚いていたようだ。
しかも、その後すぐにヒルドが膝を折り、手を組み祈りを捧げたのだ。
「ヒルド。本気なのか」
「本気です」
「俺の努力が水の泡になるんだけど?」
「……ごめんなさい」
「簡単に言わないでくれよ」
「これは貴方の依頼の外の話。護衛というのは本来、アサシンで言うところの護衛対象の脅威その全てを殺せ、そうですね?」
「そうだよ」
「ならば任務失敗にはならない。わたくしは
ギリガムを見る。
ナイフを握り、震えていた。
一応彼女を守るための行動はしている。
膝をつくヒルドから右ななめ前一歩進んでいる。
ギリガムがナイフを振り下ろそうものなら、脇腹に一撃見舞ってから反撃ができる。そんな間合いだ。
「いいですか。心臓に突き立てるのです。わたくしはそうした。この手でそうした。貴方もそうするべきなのです」
「う……ぐ……」
「わたくしは父に馬乗りになって、何度も刺した。大好きだった父を殺した。弄ばれた命の数だけ刺した」
ヒルドの目から涙が流れた。
泣き叫ぶことは無かったが、それでも涙は流れ続けていた。
その歪な、それでいて美しい表情に俺もこのギリガムという男も、そして見張の子すらも息を飲んだ。
みんな理解した。
理解しなければならなかった。
ヒルドは罪を全て受け止めている。
その上で自分が死んでも問題ないと思っている。
本気でだ。
「もうこの手は血に染まっている。貴方の言う通り、わたくしは悪女。生きてはいけない存在。理解してます」
ギリガムが狼狽えている。
受け取ったナイフの切先がさらに震えている。
ヒルドは動かない。
処刑を待つように、動かない。
「どうぞ」
ギリガムは動かない。
チャンスだというのに動かない。
ただただ呪い、憎悪を向けてきた相手が今目の前にいるのにだ。
彼は理解してしまったのだろう。
でも、それでも、積み重ねた殺意はやれと言う。
そういうのを殺すのも、俺の仕事。
「なあ」
「……!」
「俺はそばで見てたけどな。ヒルドは片時も罪滅ぼしを忘れたことは無かったぞ。見ろよその手を」
ヒルドの手は傷だらけだ。
子供達と遊ぶ手。
子供達を守る手。
貧民達に分け与える手。
手は顔の次に生き様を物語る。
顔が生きて来た道のりであるなら、手は今何を成しているかを表している。
「アンタが憎悪を燃やしていた時、ヒルドは身を削ってたんだよ。アンタがいつか撃ち殺すと思っていた時に、ヒルドは罪に胸が締め付けられていた。アンタが恨みを生きる糧にしていた時、ヒルドは緩やかに自殺してたんだよ」
「自殺――」
「アンタそれでも殺すのか。今も罪に殺され続けてる彼女を」
ギリガムが絶叫する。
ナイフを振り上げる。
そのままヒルドの胸に降ろせば絶命するだろう。
止めるなら今。
だが、やめた。
俺はアサシン。
人の殺意に敏感になった。
この刃に、殺意はない。
何故ならその殺意は今、俺が殺した。
だから止める理由がない。
カラン、と。
ナイフがこぼれ落ちる音がする。
ギリガムがその場に崩れて、大泣きを始めた。
慟哭。
激しく、そしてみっともなく。
大の男がわんわんと泣いた。
やがて異変に気づいた他の隊員が入ってきて、司令官の爺さんまでやって来た。
ヒルドはずっと、ギリガムの行動を庇い続けていた。
§
流石は聖女様といったところか。
体を張った行動で、すっかり解放戦線の疑念を晴らしたようだ。
ただ、まだ司令官の爺さんはヒルドの容疑を口にしない。
信じたはいいが今度は言いかねている――そんな感じだ。
あの目は哀れむような目。
爺さんの抱えている真実とやらは多分、ヒルドに簡単に伝えてはならない事なのだろう。
落ち着いてから話をしようと言う事で、俺たちは放免になった。
放免どころか装備品まで戻される始末。聖女様様だ。
念の為罠を仕掛けられていないか確認したが、銃も弾薬も異常なし。
ナイフや装備品に呪いの類の魔法もかけられていない。
大した信頼度だ。
よりによって何故アサシンに武器を渡すんだ?
と、言ったら司令官の爺さんは
「君達アサシンは武器であって装置だろう? 殺意を代行する装置だ。その装置が機能不全のままでいる方が怖いことが起こる」
との事。
やはり、理解している。アサシンという本質を彼は理解している。
それは何度か使ったことがあるということ。
その時点で、市井の殺意を代行させるべき人間であったという証拠。
アサシンにものを頼めるということは、極めて信頼度が高いということ。
この司令官はシュナイダー卿のようにコネや実績があるわけではないから、余計にアサシン界隈の目からすると評価は高い。
だから俺はとりあえず、この処遇に罠は無いと信じる事にする。
俺もヒルドも客間を用意されたが、ヒルドは拒んだ。客として迎えられるほど綺麗な人間ではないと言って固辞した。
ということで現在、何故か俺と一緒に地下牢にいる。
ヒルドは簡易ベッドの上に寝ていた。
さっきまで敷かれていなかったふかふかな布団の上で、じっと横になっている。
俺も布団を用意されたので横になっていた。
無音の空間。
ヒルドの呼吸すら聞こえて来そうな静寂。
ヒルドは寝ていない。
壁の方を見て、俺に背を向けてじっとしている。
いろんな事が起きすぎて、それを整理しているのかもしれない。
当の俺はというと。
イライラしていた。
ヒルドが身を投げ出して、自分を殺せと言った時。
腹の底から怒りが込み上げてきた。
仕事が無駄になるとかそう言う事じゃない。
彼女の人格を全て否定したくなるような嫌悪感が、ぐるぐると腹の中を回っている。
彼女が自分の命を差し出す理由は知っている。
今すぐに罪を注げと刃物を渡されたら、簡単に喉を突く事も理解している。
だが、俺の中にあるものが納得できていない。
――姉さんは、生きたくても生きられなかったんだぞ。
――無駄にするくらいなら、その命をくれ。
「わたくしを殺したいですか?」
ハッとして振り向くと、ヒルドが寝たままこちらを向いていた。
目には涙を流した跡が残っている。
それが余計にイライラした。
「そんなわけないだろ。依頼が失敗になる」
「嘘」
「何だって?」
「貴方の魂が真っ黒になっている。わずかな白い部分も覆うように、黒い魂が膨れている。わたくしに向かって、四つ足の獣が唸るような、そんな色と形が見える」
「スキル様様だな。そうやって人を見てりゃ、危険を避けられる。俺もお役御免になるわけだ」
「……さっきはすみませんでした」
その言葉で。
ブチリと。
堪忍袋の尾がキレた。
気がついた時には、ヒルダに飛びかかっていた。
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