第18話 悪役と疑念
「どういうことなんだ爺さん」
「言葉通りだ。彼女が無実だった場合の話だがな」
「……言っとくけど、ヒルドがやましい事をしていたらアサシンは規定に乗っ取って殺している」
「!」
ヒルドが目を大きく開いてこっちを見ていた。
流石に申し訳ないとは思うけど、これがアサシン。
命を奪う仕事だからこそ独自に厳しいルールを課しているのと同時に、依頼人にも厳しいルールを課している。
仮にヒルドが守るべき者ではないと判断したなら、俺は依頼人か護衛対象の彼女を手にかけていいという権利が出る。
……そんな権利は、聖堂に来てからすぐに放棄したけどね。
「それに俺は彼女自身からも依頼を受けた。個人的にも彼女を気に入っている」
「アサシン……」
「その意味、わかるだろ爺さん。
「理解している。そして、そんなアサシンを欺くならば相当な力が必要だと言うことも、シュナイダー卿はそう言うことができるということもな」
「シュナイダー卿はさておきだ。ヒルドはそんな人じゃない」
「
「ハッキリ言うんだな。そこまで言って、ここまで行動起こしてるんだ。証拠はあるんだろうな?」
「ある」
言い切りやがった。
けど、嘘じゃなさそうだ。
「が、おいそれと見せるわけにもいかない。彼女の身の潔白が示されたなら伝えよう」
随分と慎重だ。俺にも知られたらマズい事なのだろうか。
アサシンが中立だからこそ、情報が漏れるのを防ぐためか?
まあ顧客情報でなければ情報屋にも売るだろうし、商会に情報を共有する。
何故なら危険と隣り合わせのアサシンの身を守ることに繋がるからだ。
アサシン同士の繋がりは基本的に強い。
店長とニトが俺の事を家族だと思っているように、商会同士もまた基本的には仲がいい。
集会のあと、宴会の場では親戚の集まりみたいになるのもわりと好きだ。
それを知っているというのなら、この爺さんは相当アサシンというものに煮湯を飲まされてきたんだろう。
「ハッキリ言っておきます」
通る声で、ヒルドがそう言った。
皆黙り、部屋は水を打ったように静かになった。
「わたくしはシュナイダー卿が何かよからぬ事を企むだのは聞いたこともありませんし、彼をそんな風に思ったことはありません。ましてや私利私欲で子供達を送り出した事もない。悪事なんてもってのほかです」
「ヒルド」
「それを嘘だと思うなら、尋問でも拷問でも何でもするといい」
毅然とそう言い放つヒルド。
だが、わずかに震えているのがわかった。
口で言いながら、拷問が怖いんだろう。
なんて健気なんだ。
彼女からもっと殺意を受け取りたい。
こんな所で果てるなんて我慢できない。
彼女は守らなければ。
依頼ではなく、俺のために。
「爺さん、ヒルドを丁寧に扱いなよ。万が一傷物にしてみろ。地の果てまで追いかけて殺す」
「それが脅しじゃないことも理解している――おい、どうだ?」
司令官の爺さんがそう言うと、そばにいる隊員が首を振った。
隊員が何かを持っている。司令官の爺さんがそれを持ち上げた。
スノードームかと思ったが、違う。魔石だ。金属の台座に乗る水晶玉のような魔石だ。
「反応はありません」
「そうか」
「それは何だ?」
「ありたいていに言えば、嘘を見抜く魔石と言えばいいか」
嘘発見器か。なかなか抜け目がない爺さんだ。
こんな会話で嘘を拾い上げようとは。
逆にヒルドが潔白すぎるからこそ、鎌をかけて、そこから追求するつもりだったのだろうか。
「ヒルド・サンダルウッド。今日のところはここで終わりとしよう。こちらとしては疑念が晴れつつある。そこのアサシンによるところが大きいがね」
「……」
「客間を与えたいところだが、今は牢で我慢してくれ」
§
連れてこられたのは地下牢だった。
まさか作戦本部の真下にあるとは。多分命令違反とか重要参考人とかを閉じ込めておく場所なのだろう。
あまり使ってなかったのか、埃がひどかった。ただ爺さんが気を使ったのか、先に掃除する人が来てくれた。オマケに「用を足す時は見張りに言ってくれ」と言われる始末。
閉じ込めておく気があるのかないのか。本当に形式的なものなのだなと思った。
爺さんは言っていた。
疑念が晴れつつあると。
こちらとしては未だになぜ連れてこられたのかもすらわからないのに。
牢は六畳ほどの石畳で、ベッドが二つ。
簡易的なものだが無いよりはマシだ。
ヒルドはそこに腰掛けて黙っていた。
俺はもうやる事がないのでベッドに寝転んだ。
チラリと見張りの兵をみる。
屈強な男かと思いきや可愛い顔をした女性隊員だ。
歳も俺たちに近い。これもヒルドに気を遣ったのだろう。
切り詰めた散弾銃をぶら下げてはいるが、あまり使い慣れていないのがわかった。
「何がしたいんだあの爺さん」
声が響いて、消えてゆく。
そこからは無音。
ヒルドを見る。
やはり暗い顔。
色々ありすぎて整理が追いつかない、そんな顔だ。
「ヒルド。大丈夫か?」
「……大丈夫に見えますか?」
「見えないね。でも五体満足だ、俺の仕事はまだ達成できてる」
「シュナイダー卿の依頼ですね」
「一旦請け負ったら、シュナイダー卿が何考えてようと守るけどね」
「あの人たちは、シュナイダー卿を悪の枢軸のように言っていましたね。わたくしの事は、子供を売り捌く悪女のように」
「そこんとこ、本当はどうなの?」
「本当とは?」
少し、イラッとした口調で返事をされてしまった。
彼女の見立てでは、シュナイダー卿はシロ。
むしろ、尊敬に値する人物と思っているのかもしれない。
「言い方が悪かったよ。シュナイダー卿が悪いこと考えていそうかなって事だ」
「あり得ません。都市間戦争を再び引き起こすなんてとても。なら何故、聖堂を建てたのです? わざわざわたくしをお膳立てしてまで」
「子供達を集めるのが目的とか? それとも寄付金を集めるため?」
「子供達は教育を受けて、シュナイダー卿の元で働いています。働く先も全て把握しています。平和利用のための魔石研究所や、城郭をはじめとした公共事業のための建設事務所。それに医療関係や医薬品関係の機関に至るまで――」
「いじわるじゃないけど一応聞くぞ。その場所に行ったことは?」
「――」
言葉が詰まった。
無いんだ。
とはいえ、流石にそこを責めるのは酷か。
なんせ彼女は激務の上に激務を重ねて、自殺と言うべき多忙さで日夜働いている。
把握できるとしたら手紙くらいだろうか。
俺が聖堂に行った時、何通かは卒院した子供らしき者からの手紙があった。
流石にプライベートのものだから深くは読まなかったけどね。
「……卒院した子供達の様子は手紙でわかる程度です。皆、感謝の言葉が書かれていました」
「感謝か。愚痴とかは無かった?」
「特には」
「そりゃ妙だな」
「妙?」
「孤児であることとか、ヒルドに引き取られたことを引き合いに出されて、悔しい思いをする事だってあると思うんだよな」
「それは……そうかもしれませんね……」
「そしたら普通は孤児院に帰りたいだとか、皆に会いたいとか、ヒルドに会いたいって書くはずなんだけど。あった?」
「……」
「中にはヒルドの事を恋してて、迎えに行きますとか言う子もいたりするかもだ。どんなに優秀だって十四歳だし、マジに熱を上げる子もいるかも。そんな熱い思いを手紙にしたためるって事もありそうなんだけど」
いい歳して熱を上げる人もいる。ゲニーさんとか。
実際、ヒルドは美しい。
俺も油断しているとコロッといきそうなくらい。
知り合って浅い俺でもそうなのだから、子供達の中にはガチ恋をする子もいるはずだ。
「そういう手紙、あった?」
「ありませんでした」
「みんな感謝だけだった?」
「ええ……判を……押したように……」
ヒルドが手のひらで額を抑え始めた。
俺の言ったことはあくまで可能性の一つだ。
すでに一度地獄に落ちている子供達がその程度の嫌がらせなど屁にも思っていない事だって全然ある。
だがこんなバカげた規模の反貴族、反戦団体が雁首揃えて悪女と言う。
シュナイダー卿の目を掻い潜るように、ヒルドの事を調べようとしているのだ。
流石の俺だって変だと思う。
ましてやヒルドだってそのはずだ。
「お、おかしい。今考えると。アサシンの言うとおり、わたくしは子供に求婚すら受けたこともある。大きくなったらねと言って、そのまま何もなかった。成長したと思えばそれまで、です、が……」
判を押したように、皆ヒルドに感謝だけを伝えていたという違和感。
あの積み重なる書類の上、事務仕事が苦手な彼女には気づく暇すらない。
ましてや忙殺されている彼女なら尚更そうだ。
――それに付け込まれたとしたら?
――ヒルドのようにワーカーホリックな人間ほど使いやすい人間はいない。
――仕事さえしていれば余計な事を考えなくていいから。
「アサシン。ま、まさかシュナイダー卿は本当に。わ、わたくしはまさか」
「今は何も言えない。不確定情報が多すぎる。そもそも解放戦線を全部信じたらの話だ。彼らこそ嘘をついている可能性だってあるんだよ」
「そ、そうですね。そうですよ、ね」
俺だってそうあって欲しい。そうじゃないと、シュナイダー卿はアサシン商会すらを騙したことになる。
店長がグルってことは無いだろう。しかし旧友というのは気にかかる。もしかして、そこら辺を利用してファクトチェックを不十分にさせた、なんて事はないだろうか。
アサシン商会については白黒付かない。都市間戦争の内紛を抑え込んだ大物の依頼とあっては油断をするかもしれないし、内通者がいるのかも。
それ以前に一線を引いているとはいえ、シュナイダー卿のコネや財力は兄弟だ。
公的文書はお手のもの。周囲からの声だって金で買えるだろう。下手をすれば税金でも何でも思いのままかもしれない。都市間戦争を本気で起こすというのであれば――できるのかもしれない。
だが、そのつもりなら何故ヒルドにかかわる必要があるんだ?
何故子供達を集める必要がある?
シュナイダー卿は最初から大きな事業を健全に運営している。少なくとも、表面上はそう見える。人身売買で、彼にとって小銭のようなカネを稼ぐなんて意味があるのだろうか。
――子供達の体そのものが必要だとしたらどうだろうか。
――例えば、部品とか。
――臓器密売のように。
――魔石の触媒にするとか。
ゾッとしたが、やめておいた。
考えを止めた。
ありえない。
元の世界で臓器密売が何ちゃらとか、そういうのを見過ぎだ。
それに臓器移植が必要とかそういう話なら、この世界なら尚更いらない。
何故かといえばこの世界には魔法がある。
治癒魔法も現代医学のそれを遥かに超えたヤツがある。
手が生えるとか見たことあったけど、そんなのありゃ西洋医学とか執刀医とかいらないと思えた。アサシンの頼る医者はみんな闇医者だけど、メスの代わりに持っているのは第一種魔法の魔石が埋め込まれた杖。つまり、回復魔術師というヤツだった。
百歩譲って何か禁忌に触れるような魔石の触媒にするというのであればそれも荒唐無稽な話だ。
そんなのを作って何をするつもりだろうか。まさかあの歳で力に渇望しているというわけではないだろう。動機が見当たらない。
「おい」
ガン、と牢を叩く音がする。
ふと見ると、何やら険しい顔つきの男が牢の前に立っていた。
二十代後半くらいの男。身長は高く、一八〇センチくらいある。髪はワイルドに逆立っていて、目には憎しみがこもっている。
体はよく鍛えているようだ。明らかに他の隊員達よりも逞しい。実力も頭ひとつか二つ、抜けているのだろう。
その視線の先にあるのはヒルドだ。
彼女をジッと睨みつけている。手にはリボルバー銃を握っていた。
「ヒルド・サンダルウッド。出ろ」
「あ、あの! ここは立ち入り禁止です! そもそも、そんな命令は受けていません!」
見張の女性隊員がそういうが、男は「黙れ」と低い声で脅すと黙ってしまった。
まずいな。
この男、殺気が凄まじい。
今にも撃つ、そんな勢いだ。
このままでは反撃できない。
ヒルドを守るには――
盾になって死ぬしかないかな?
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