第17話 悪役と亡国
馬車から出るとそこには砦があった。
いや、なにかの前哨基地といえば良いのだろうか。
広さは野球場くらいか。立ち並ぶテントに、人、人、そして人。かなりの人間がいる。
よく見れば鍛冶場のような設備もある。銃を作る職人もいるし、剣を打つ鍛治師もいる。武器は潤沢にあるみたいだ。
ぐるっと囲むのは丸太の壁。等間隔に物見櫓が配置されていて、その上には狙撃兵までいる。
「何だここは……がっ!」
呆然と眺めていると、いきなり背中を銃で殴られた。
膝をつくと、複数人から銃を突きつけられる音がする。
めちゃくちゃ警戒されているということだろう。
なんせ俺はコイツらの仲間を惨殺しているのだから、仕方ないといえば仕方ない。
「何をするのです!」
ヒルドが叫ぶも、彼女もまた銃口を突きつけられてしまう。
「黙れ。そして動くなアサシン。少しでも動けば撃つ」
動くなと言われてハイそうですかと言うアサシンはいない。
どうしようかな。
自分だけなら脱出できるのだが。
何故なら俺のブーツのかかとには魔石がある。
ただ今はヒルドだけでなく、子供たちもいる。
流石に彼らを放っておくほど外道ではない。
とりあえず、手錠は外しておいた。バレてない。
指の関節を外して抜けるのは何度か練習している。
アサシンだって不慮の事態で捕まることもあるし、わざと捕まって潜入するなんてこともある。
あまりそういう事態になるような仕事はさせたくないと店長は言っていたけど、練習はみっちりやらされた。
「なっ……こ、こら。やめろ!」
ふと顔を上げると、そこには小さな背。
エマだ。エマが大きく腕を広げて盾になっている。
彼女だけじゃない。子供達が集まって、ヒルドのそばにも集まって身を挺している。
「エマ」
「……」
彼女は何も言わない。
が、その目は銃口を睨みつけていた。
いまさら銃が何だと言わんばかりだ。
皆地獄を見た。
それを救い上げたのは、確かに俺とヒルドかもしれない。
彼らは恩に報いようというのだろうか。
「やめて。お願い。わたくしを殺したいならそうしなさい。子供達に手を出さないで!」
ヒルドが叫び、子供達を抱きしめる。
しかし、子供達はそれでも盾になる。
流石のこれには、解放戦線の連中も困っている様子だ。
「銃をおろせ」
と、低い、やけに響く声が聞こえてきた。
声の方に顔を向けると、目つきの鋭い老人が立っていた。
軍服のようなジャケットを着ている。長く白い髭が印象的だ。
「司令官!」
「我々は民の味方だ。そして子供は未来の宝だ。銃を向けるな」
「しかし」
「それにだ。そこの小僧はアサシンだ。仮にヒルド・サンダルウッドを撃ったなら我々は皆殺しにされる。そうだろう?」
えっと銃を持つ男達が俺をみる。
仕方ない、とばかりに外した鎖と手錠を土に放ると、皆一様に息を呑んでいた。
「じいさん、アサシンを知ってるみたいだね」
「ああ。何度か一緒に戦い、何度か煮湯を飲まされた……そのしゃがみこんだ真似をして、かかとに手を当てているのも
なるほど、アサシンというものをよく知っているようだ。
「あんたは何者だ? よくブーツの中の魔石見破ったね」
「ただの司令官だ。この解放戦線の、一個大隊のな」
「大隊? 他にもいるってこと?」
「続きは屋根のあるところでしよう」
「断ったら?」
「アサシンはそんな愚行をしない。ヒルド・サンダルウッドを守る依頼を受けているのならば」
「――ダメだなこりゃ。降参だ降参」
ヒルドは気付いてないだろうが、近くの狙撃兵がこちらを狙っている。
周囲の連中を殺したとしても、動いた時点でいろんなところから弾丸が飛んでくる。
「安心しろ。君に罪は無い」
「あんたらの仲間殺したけど?」
「あれは半分事故。こちらの命令違反で処罰したことだ。それに報告では、君はあの人身売買のバイヤーを殺したそうだな。そして、非業の死を遂げた子に祈りを捧げていた」
「……」
見られていたらしい。
少し恥ずかしくなってしまう。
「行為はどうあれ、心ある者は民だ。ならば迎え入れるべきなのだよ」
「ヒルドだってそうだろ」
「彼女は容疑がかかっている」
「容疑?」
「ああ、容疑だ。しかし」
指揮官の爺さんはそう言うと、どうしたものかと白いひげに触れていた。
「正直に言えば困っている」
「はぁ?」
「市民の刃であるアサシンがヒルド・サンダルウッドを守っている。これは、彼女の潔白を示す大きな要因だ」
「さっきから話が見えないんだけど。何、容疑って」
「――さあこちらへ。子供達の安全は約束する」
ヒルドをみる。
今は従うべき、と目で返してきた。
ただ容疑と聞いて何のことかさっぱり、という感じでもある。
コイツらの勝手な狂言なら、折を見て皆殺しにすればいいだけか。
仕方なし、ということで俺は降参の意味を込めて両手を頭に載せて指揮官の後についていく。
ヒルドも俺の後ろに続いていく。
子供たちは別の連中が連れて行こうとしていた。
横目で見ると、解放戦線には女性のメンバーもいるらしい。
「や! 離して!」
エマの声がした。振り返ると、子供たちの中で一人だけ暴れている。
「ラムダと一緒に行く!」
「エマ」
声をかけると、エマはすぐに黙った。
その従順な様子が少し怖い。
多分、俺の言葉しか聞かない。そうやって心を守っているんだと思う。
今まで地獄を見てきたのだ。いきなり優しくされると、罠じゃないかと思ってしまうのだろう。
「エマ。一緒に行くんだ。大丈夫。俺は平気。ここの人達は信じていい」
そう言うとエマは機械のように黙って、大人しくついていった。
連れに来た女性メンバー達はそれを見て色々と察したのだろう。
一瞬悲しそうな顔になっていたが、優しい声をかけてエマを連れて行った。
「アサシン。あの子は」
「解ってる。でも大丈夫だ。さっきの連中は外道でもなんでもない」
「そうですね。わたくしのスキルでも確認しました。差はあれどここの人々は善人です」
「ヒルドがそう言うなら安心だ。というかさ」
「?」
「もう少し自分のことを心配したらどうだ?」
「……わたくしはどうでも良いのです。貧困に喘ぐ民と、明日も知らぬ子供達の過酷な運命に比べれば」
こんな時でも子供の事を第一に考えているとは。
命がいくつあってもたりないし、俺の依頼は一度きりの命のためなのだから少しは考えてほしい。
けど、ヒルドはずーっとこうなんだろう。
そんな彼女を見て、俺たちを見張る解放戦線のメンバーは困惑の色を見せていた。
前を歩く司令官の爺さんも、目を細めて、何かを言いかけて、黙って前を歩いている。
何がなんだか、サッパリだ。
ただ一つ言えるのは、ものすごい嫌な予感がするということ。
うまく言えないのだけれども、俺が予想する事を大幅に超えたものが待ち受けているような、そんな気がする。
§
通されたのは一番奥の巨大なテントだった。
テントといっても天井と屋根がそうなだけで、壁や内装は木でできている。
そのまま奥に通されると、思わずアッと声が出た。
おそらく作戦本部みたいな場所なのだろう。この大陸の地図が掲げられていて、机が多く並べられている。
中には解放戦線のメンバーがいて、司令官を見るなり敬礼をしていた。
人種は様々だった。フェレゼネコらしい顔もあれば、北の山を超えたガルズ人もいるし、おそらくエルフも、ドワーフも、獣人もいる。
彼らは一様に司令官と同じような軍服を着て統一感があった。
「そこにかけたまえ」
作戦本部の部屋の奥には、少しだけ大きな玉座のような席と、その前にはやや古ぼけてはいるが瀟洒な模様の絨毯。その上には木の小さな椅子が二つ。
俺とヒルドがそこに腰掛けると、司令官の爺さんは玉座のような席にゆっくりと座る。
やっぱり俺だけ銃を向けられているのだが、司令官の爺さんは
「もういい。彼がやろうと思えば我々は皆殺しにされている」
といって銃を持つヤツを遠ざけてくれた。
「ようこそ解放戦線第三大隊の砦へ。歓迎しよう、とは言えないが、害意は無いことだけは伝えておきたい」
「第三大隊ね。アンタら何者?」
「一言で言えば亡国の旅団。城郭都市での圧政に耐えかねた者たちが寄り添い合う――言うなれば城郭を持たない都市だ」
「城郭を持たない都市、か」
「聞いたことがあります」
と、ヒルド。思い出したようにそう呟いた。
「亡国の旅団。あらゆる戦場に現れて、戦争行為を破壊する者達」
「ヒルド?」
「父の記憶でも見たことがあった。都市間戦争中、所属不明の団体から攻撃を受け、両陣営が壊滅されたことが何度もあったと。彼らの人種はバラバラで、戦場に現れては全てをかき回す――」
「そう。それも我々の役目。貴族たちが引き起こした戦禍から、都市の外にある民を守るためだ」
「つまりだ。アンタらはフェレゼネコにかかわらずあらゆる場所でのアンチ貴族団体で、都市間戦争を憎むって連中ってことでいいかな?」
俺がざっくりまとめると、指揮官の爺さんは「それで構わない」と頷いた。
「我々の目的は身勝手な戦禍から全ての人々を救うこと。そして、人を人とも思わぬ支配層たちへ鉄槌を下すことにある」
「じゃあ、ここはフェレゼネコを睨んでる前哨基地ってこと?」
「そうだ」
「そうだって言うけど、戦争は終わったんだろ。もう任務完了ってことじゃないの?」
現在フェレゼネコは貴族が市民の顔を伺うようになっている。
それは過去に内戦寸前まで膨れ上がった憎悪によるものだと、店長は言っていた。
彼らが横暴な貴族を良しとせず、都市間戦争を憎むという意味ならもう見張る意味はないはずだ。
「任務完了のはずだった。フェレゼネコは都市間戦争を止め、内部も貴族の圧政から徐々に市民へと主役が変わり始めた」
「まさかマスコミ煽ったりしたのアンタらの仕事?」
「そうだ」
「そうだって。簡単に言うけど凄いことやってない? あんた達がやってるのは内政干渉どころか、やろうと思えば王政だって壊せるだろ」
「そういう事を続けている。様々なところでな」
「そりゃ途方もない話だ。まるで救世主だな」
「そうでもない」
「?」
「フェレゼネコの場合もそうだが、我々の作戦は
「……なんだって?」
「よくある話だ。王宮が貴族たちの増長を止められなくなるというのは。戦争へ発展させるほどに貴族の欲が強ければ、尚更な」
なんだか規模の大きい話になってきた。
ということは、彼らは貴族を弱体化させる専門集団。
そのお得意様は色んなところの王宮だと。
各都市で見られる貴族の横暴を、内部から徐々に徐々に変えて、壊す。
アサシンの殺人委託も大概だけど、コイツらの場合は革命委託とも言える。
俺の世界の常識では考えられないやり方だ。
「あなた達の仕事はよくわかりました。しかし、わたくしに容疑がかかっていることが解せません」
「ヒルド」
「わたくしの父が行ったことが罪というのなら、ここで首でも何でも差し上げます。私の父は、あなた達の言う貴族の横暴の、その手先だった」
しん、と静まり返る司令室。
ヒルドは言葉を続ける。
「父を支えていたのは他の貴族。略奪品や人身売買までフェレゼネコの貴族に卸していた。あの戦争は、そういう側面もあった」
「知っているとも。だから貴方は父を討ち、慈善事業を進めている。が、組んでいる人間がよくない」
「貴族達の事ですか?」
「いいや。シュナイダー卿だ」
俺とヒルドは思わず顔を見合わせてしまった。
こんなところでシュナイダー卿の名前が出てくるとは思わなかった。
「シュナイダー卿には謎が多い。都市間戦争では武器を供給して、内戦状態になると我関せずを決め込み、最後には王宮に恭順した。あまつさえ市民側に武器まで供給していた事実もある」
「それがヒルドと何の関係があるんだよ」
「彼は再び、都市間戦争を引き起こそうとしている、あるいはそれ以上のことを画策しているとしたらどう思う?」
爺さんの口からとんでもない言葉が出た。
都市間戦争を引き起こそうとしている?
あの優しそうなシュナイダー卿が?
普通ならないないありえないと鼻で笑うところだが――
「あり得ない。あの人は善意で聖堂に寄付しています。成長した子供達も引き取り、平和に続く仕事を続けているのですよ。わたくしのスキルがそれを証明している」
「スキルすら欺いている、と言ったらどうだ?」
ヒルドは言葉を失っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます