第16話 悪役と祈り
「何だ貴様は。ここに入るのは制限しているはずだぞ」
「そうか。そりゃ知らなかった」
「動くな! お前、ここのワンズファミリーの連中じゃないな?」
ということは、コイツもそうじゃないということだろう。
自己紹介をしてくれるとは。
ゆっくりと振り向く。
リボルバーを構える男。
片手で銃を扱う割には、震えている。
小心者で、あまり銃を使わないタイプ。
そのくせ握り方は慣れているから、多分自分より格下のものにちらつかせるのは多いのだろう。
身長は一七〇センチくらい。
体重は八〇かそこら。少し肥満に足を踏み込んでいる。
腹回りは太くて、でも指先は気持ち悪いくらいキレイだ。
歳は三〇を超えたあたりだろうか。
口ひげをして、眼鏡をしている。シャツは柄が入っている。
多分だけれども、ゲニーさんが言っていたバイヤーなのだろう。
「まあ落ち着いてくれ。手を挙げるから」
「なんだテメェ。なんだその態度は! カタギじゃないな!?」
「あたり」
グッと体を伏せる。
いきなり視界から消えたから驚いただろう。
ダン、と銃を打つ音。
ヒッ、と、子供立ちの悲鳴。
そして俺はと言うと、体を沈めながら腰に挿していた、投げナイフを掴み、放つ。
サメ子が用意してくれたものだ。
あいつはちょっと残念な子だが、いろんな戦いを想定して武器を用意してくれる。
「ギャッ!」
投げナイフが太ももを捉えた。
俺はクラウチングスタートのように踏み切り、低空を走る。
胸元のナイフを抜いて、横一線。
崩れたバイヤーの腕がスパッと斬れて、飛んだ。
「ぎゃあああああああ!」
広い空間にバイヤーの悲鳴が響く。
汗がブワッと吹き出して、血が吹き出す腕を抑えている。
俺はそのままガッと膝でそいつの顔を蹴り上げる。
ドゥ、と背中から倒れた。
顔は鼻血と涙でぐちゃぐちゃになっている。
けっこう力を入れて蹴り上げたから、歯も折れているかもしれない。
俺は見せつけるようにホルスターからショットガンを引き抜いて、バイヤーの顔に向けた。
「ひ、ひぃぃぃ」
折れた歯から空気が抜けるような、間抜けな悲鳴だ。
俺は笑うこと無く、銃口を鼻先に突きつける。
「俺はアサシンだよ。アンタはバイヤーか?」
「そ、そうだ。が、ガキを卸してる!」
「へえ。かなりの子供捌いてるんだ。儲かるのかい?」
「昔からガキを売るのはけ、けっこういい商売になる。何でもなるからな。兵隊にも、性奴隷にも、便所にもなる」
「ふぅん。じゃあさ、ヒルド、知ってるよな。聖女ヒルドだよ」
「し、知ってる」
「彼女、孤児を保護してるよね。アンタたちみたいな商売人には邪魔じゃないかな」
「逆だ」
「逆?」
「へへ。需要は常にあってな。供給がおいつかねえなら、価格が上がる」
バイヤーの顔が笑顔でゆがむ。
相当儲けている、ということなのだろう。
「今俺はどこでも引っ張りだこだ。聖女様様の特需ってヤツだ。その上、一番ハバ効かせてるシンシアの連中がガキを売らねえから余計にな」
「意外だ」
「な、なぁ。アンタどっかの組織からのやっかみだろ? ワンズの連中、儲けてるからな」
「だとしたらどうするの?」
「命を助けてくれたらお前らの組織に二割、いや三割引きでガキ卸してやる。その差し引き額だけ、お前らにバックが入る。悪くねえ話だ。なあ?」
何を勘違いしているのか、そしてあろうことか商談を持ちかけてきた。
俺がイラついているのも知らず、べらべらと調子良く話し出す。
「そうだ。あ、アンタにも一つやるよ。何がいい?」
「一つ?」
「何が好きだ? 胸の大きいのか? ならそこの斜め上にいる。いい声で鳴くぜありゃ」
「いや」
「じゃあもっと小さいのがいいか? そこに十に届いてないのがいる。そそるようなのだ。男の方も、具合がいいぞ」
「いや」
「な、なら。奥でベッドに寝転がってるのがいる。悲鳴上げるのがうまくてな。さっき客に殺されてなけりゃ、傷物だけど……」
「悲鳴は好きだな」
「! じゃあもう一人おまけをつける! だ、だから!」
「何勘違いしてんだ?」
「へ?」
「俺が好きなのは、ゲスの悲鳴だよ」
ドゴン。
銃口を下腹部に滑らせて、撃った。
「ぎゃああああああああ!」
ドゴン。
右の肩を吹き飛ばした。
「――!!」
ドゴン。
左の足を吹き飛ばした。
泡を吹き出して、痙攣しているバイヤー。
俺は何にも考えず弾丸を再装填して、撃つ。
右足。左肩。腹。
弾丸を
ショットガンのヒンジを外し、排莢して、弾丸を入れて、銃身を戻す。
撃つ、撃つ、撃つ。
腰。胴。最後に頭。
グチャグチャになった。
肉塊になった。
それでも、何度も踏みつけた。
子供たちに見せつけるように、何度もだ。
子供たちは見ている。
じっと見ている。
それでいい。
俺が殺したのは、君たちの殺意だ。
君たちの無念だ。
君たちがやるべきことだ。
ゲニーさんのオーダー通りにしてやった。
牢に近づいたが、どの牢も鍵は開いていた。
つまりこの子達は、自力で脱出できないほどに心が縛られていたということ。
出荷するのを優先するあまり、鍵をかけていない。
これほどに酷いことはあるだろうか。
だがコイツが死んで、彼らはようやく解き放たれたようだ。
出てきた子供たちはじっと、バイヤーの肉塊を見ていた。
捕まっていた子供の一人が俺の手を引いた。
ついていくと、少し離れた場所にその少女はいた。
ベッドの上に縛られて息絶えている。
首には絞められた跡がある。
乱暴された跡もある。
周囲には簡素な椅子が並べられていた。
つまり、そういうことがあった。
見せ物にされたのだ。
「くそ」
そういう光景は慣れている。
慣れているはずなのに、どうしても、だめだ。
銃とナイフをしまい込んで、息絶えた少女のそばに行く。
目を見開いて、全てを呪う目だった。
彼女がこんな目をしていいはずがない。
まぶたを閉じさせる。
拘束を外して、手を組ませる。
そのまま俺も膝をついて、祈る。
「神様。俺はいい。せめて彼女には安息を」
神様がいるかどうかは知らない。
多分いる。
俺がここにきたのがその証拠だから。
こんな事をさせた神を恨めば良いのかどうか、それはわからない。
店長は言っていた。
何千、何万といる人間に神は等しく愛を与えてくれる。
けれど、人がいるだけ愛は薄まる。
一つのパンを大人数で分ければ取り分がすくなるようにだ。
等しく分け与えられた恩寵が届かないほどの邪悪に蝕まれてしまうことだって、人間にはあるのだろう、と。
だからこそ、その無念を晴らすためにも、我々のような市民のための刃があるのだろうと。
なら、神様。
俺に与えてくれる分を、この子たちに分け与えてくれないだろうか。
祈った。
すぐにヒルドのところに戻るべきなのに。
アサシン失格だと思う。
「神様。お願いだ」
そして、そのミスが、取り返しのつかないものになった。
「――動くな」
かちり、と。
頭に銃を突きつけられた。
またかと思った。
頭に銃を突きつけた程度でアサシンはやられない。
ここからいくらでも反撃できる手段がある。
例えば俺の小指にある指輪の魔石。
これは二秒だけ超反応を励起することができる。
二秒。
魔法の展開と同時に銃口を外す。
振り向きながらナイフを抜き、切り上げ、手首を落とす。
そして返す刃で首を切る。
それだけの挙動が十分できる時間。
やるか。
そう思ったけど、何か様子が違う。
いきなり人の気配が増えた。
そして突きつけられる銃も、俺が捌ききれないほどになっていた。
「アサシンとはいえ、音消しの魔石を聞き分けるのは難しいだろう」
「みたいだな。あんたら何だ?」
「解放戦線」
「何!?」
「アサシン!」
ちらりと、声の方向を見る。
するとそこには、覆面の男たちに捕まったヒルドがいた。
「ヒルド!?」
「動くな。無駄だ」
ヒルドはすでに両腕を後ろに回されて拘束されていた。
あの剣豪のような彼女をどうやって、と思ったがそばにいる男の持つ魔石が答えだった。
真っ白な、真珠のような魔石。
第一種魔法の魔石、その名も
そしてこれこそが、魔法が今メインウエポンとならない最大の理由。
魔法の歴史が深いだけ、対抗策もまた歴史が深いということ。
ただ連中がヒルドの持つ魔石を全て解除したわけではないだろうが、ショットガン数発は耐える弾除けの魔法がほぼ無力化されたのだろう。
そうなった時、剣は銃に敵わない。ヒルドの腕でも良くて相打ち。
ヒルドは降参せざるをえないだろう。
「少しは学んだみたいだな。人質取って、沢山の銃口を突きつける。それでまあ、アサシンに対してはギリギリのラインかな」
「黙れ」
「殺さないんだ。俺はあんたらの仲間、いっぱい殺したぞ」
「あれは作戦行動外の不要な戦闘だ。余計な死傷者を出したから、内部での処罰は終わっている」
「俺は恨んでるだろ?」
「黙れと言っている。これは警告だアサシン。これ以上何か言うなら、規定に則って射殺する」
――?
なんだ、こいつら。
ただの貴族嫌いサークルなのか?
まるで本当にゲリラ軍のようだぞ?
「貴様らを拘束、査問にかける」
「査問ねえ。前もそんな事言ってたな。アンチ貴族の連中がまるで警察みたいなこと――」
がん、と衝撃。
そしてビリビリと、痺れる感覚。
スタンガン、いや、この世界の対暴徒用ロッドか。
ヒルドが魔法の剣をかたどっていた魔法と似たものなんだろう。
流石の俺もこれにはたまらない。
薄れる意識の中、ヒルドの声だけが聞こえていた。
§
柔らかい感触だった。
とても心地良い。
誰かの膝枕だろうか。
多分姉さんだ。
両親が死んだ時、俺が引き籠もった時、姉さんはずっとそうしてくれた。
ああでも、これは夢だ。
姉さんは死んで、俺は異世界にいるのだから。
だとしたら、これは誰だろうか。
もしかしてサメ子の店で寝てしまったのか。
としたら、そうだな。
こんな寂しい気持ちを慰めてもらおうか。
手が頬に触れた。
首を振って、手にキス。
指を舐めた。
細い指だった。
ビクンと体が跳ねた。
サメ子のくせに。
なんだそれ。
俺、けっこうお前のコト気に入ってるのに。
今更そんな初心な反応するなよ。
そそるだろ。
腹に顔を擦り付けて……
あれ?
こいつ、いつもここ腹見せてなかったっけ?
サラサラしてる肌のはずじゃなかったっけ?
なんか、ごわごわする。
お前、ドレスでも着てーー
「ちょっと! アサシン!」
ビタ、と額を叩かれた。
視界が急に広がった。
見えたのは揺れるランタンの光と、ヒルドの顔。
何やら恥ずかしそうにしている。
周囲には人がいる。子供たちだ。子供たちが俺の顔を覗いている。
「あ、れ。ここは?」
「馬車の中ですよ」
起き上がると、床に座るヒルドがいる。
その周囲には、シャツやジャケットを一枚だけ羽織った子供たち。
あのブラックマーケットで捕まっていた子供たちだ。
確かに彼女の言う通り、ここは馬車の中。
かなり大きな、物資輸送用のものだ。
子供たちがいた檻をそのまま入れている。
鍵はかかっていた。当然といえば当然か。
「俺だけ手錠かけてある」
「武器も取られました」
ヒルドが無念とばかりに手を出してくる。
全ての指についていた魔石の指輪が外されていた。
俺も体を見ると、シャツに革のジャケット、あとはテーパードのスーツパンツ、そしてブーツだけ。完全に丸腰だった。
「どれくらい時間経った?」
「あれから二、三時間程度です」
「ここがどこだかわかる?」
「おそらくは城郭の外です」
ヒルドが指を指したのは馬車のホロの窓。
覗いてみると確かに、城郭都市ではなかった。
広い、ただただ広い草原。
視界の端、月夜に照らされた城郭が見えた。
「南東に十数キロってところか。なんでまた外に?」
「本隊と合流すると、そう言っていました」
「おいおい、城郭の外の連中だったのかよ」
ただのアンチ貴族集団かと思いきや、城郭の外に本隊がいるようなことを仄めかす。
――都市間戦争。
店長の言っていたことが、ふと頭をよぎる。
彼らはフェレゼネコに入り込んだ工作員という事なのだろうか?
「ラムダ」
キュッと、腕を握られた。
横にいたのはエマだった。
俺が助けた少女だ。
今はシャツのようなものを着ている。
ブカブカの、ついさっきまで誰かが着ていたようなものだ。
「エマ。無事だったか」
エマはこくんと頷くと、俺のそばに座り込んで、そのまま黙り込んでしまった。
ただ体を預けている。
ピタッとくっつけて、離れそうにない。
「やはり、アサシンだけに懐いてますね」
「どういうことだ」
「解放戦線が彼らを助けた時。エマだけが抵抗していたようです。何人か撃たれたみたいですが、気絶した貴方を見た瞬間素直に言うことを聞いたと」
「そうか――いや、待ってくれ。ヒルド?」
今、変な事を言わなかっただろうか。
「今、『助けた』って言ったな?」
「……ええ。そうとしか見えなかった」
「奴らは何を?」
「解放戦線はあそこにいたマフィア達を拘束して、既に落札された子供達も全て助けていました」
「この子達の服は?」
「解放戦線が用意してたもののようです。中には自分のものを着せる者もいました。食事を配り、もう大丈夫だと声をかけていた」
おかしい。
これでは本当に、いい事をしている連中のようではないか。
なら何故、善の極地にいるようなヒルドを襲う?
何故あんなにもヒルドを恨むんだ?
「ヒルド。連中をスキルで見たか」
「ええ。見ました」
「どうだった」
「灰色」
「?」
「黒も、白も。混ざり合って、何と言えない色。善悪の狭間に揺れている、そんな魂の色です」
「今までそういう奴を見たことは?」
「アサシン。人間誰しも悪の心というものはあります。真っ白に輝く人間は少ない。白く見える魂にもインクのシミのようなものがあるのです」
「想像できるな、それ」
「ですが。時々ああやって全て飲み込んで、割り切って行動する者がいる。そういう者の魂は、善悪が混ざり合うのですよ。例えば――」
「例えば?」
「――
ヒルドは自分でそう言って、困惑した顔になっていた。
「最初に解放戦線の人間を見た時、驚きました。わたくしと魂の色が同じなのですよ」
「……もしかして、君が囲まれた時、まだ言葉を交わそうとしたのもそのせい?」
ヒルドはコクリと頷いた。
遡ること、ヒルドが解放戦線に襲われた日。
少し意外だったのを覚えている。
俺には問答無用で斬りかかった。
しかし解放戦線相手には、まるで犯罪はやめろと諭すようにして言葉から入った。
ここの差が少し引っかかっていたが、今なら納得できる。
「ラムダ」
ギュッとエマが抱きついてきた。
俺は手を鎖で繋がれていたので手を回すことはできなかったが、それでも寄り添うことはできた。
「聖女様」
他の子供達がヒルドに集まる。
ヒルドは子供達を一人一人抱きしめると、
「必ず守ってみせるから」
と、気丈にもそう言っていた。
本当は泣き出したいくらいに怖いくせに。
本当は謎という、底の見えない暗闇に心が折れそうなのに。
そうやって他者のために祈ることができるのは、聖人の素質なのだろう。
そこからさらに三十分ほど経って、ようやく馬車が止まる。
出ろ、と言われ馬車の幌が開いた時。
その広がる光景に、俺も、ヒルドも、そして子供たちも驚いていた。
「なんでこんな所に砦が?」
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