第15話 悪役と死者
「アサシン。どうやってオークションを止めるつもりですか」
「殺すと言っても色々ある。基本的には、君の望むようにしてあげるよ。あの劇場を血のプールにしろというのなら、そうしようか」
ヒルドが考え込んでいる間に、武器をチェックする。
三連中折式ショットガンは問題ない。
愛用のグルカナイフは研ぎたてで、ベッドのシーツに滑らせるだけで斬れる。
魔石も十分。
手榴弾も十分。
その他、弾薬ポーチも腰にじゃらじゃらとつけて、準備万端だ。
確認しておこう。
俺は彼女から依頼を受けた。
この場で彼女が認識する悪を全てを斬れ。
即ち、このブラックマーケットを殺せと言う事。
殺し方にも色々ある。
その中で効率的かつ、決定的に叩き潰すなら、そうだな……
「ヒルドはこのオークションを殺したい。そうだね?」
「はい」
「なら、顧客リストを見つける。これで十分だ」
「顧客リストですか?」
「こういうブラックマーケットは会員制でね。ただ入出許可ってだけじゃない。裏切ったら容赦しないっていう連判状みたいなものにもなってるんだ」
実際、現代日本でも同じようなことが児童ポルノ動画等で行われているらしい。
会員制か、それに準じる形で売る側が顧客名簿を作る。
基本的に秘匿されるものだが、何らかの制裁の際にこのリストは使われる。
例えば顧客の金払いが悪いだとか。
通報しようとしただとか。
社会的地位を危ぶんでバックレるとか。
そういう時に制裁ができるようになっているということだ。
時々、そういうので急に捕まる有名人がいると思う。
あれは多くの場合は制裁処置だと、まことしやかに囁かれていた。
で、この世界のこのブラックマーケット。
客を見るに誰も仮面や身を隠すものを身に着けていない。
ということは、互いに顔見知りでお互いを縛りっているということ。
客同士でトラブルがあったり、誰かがここを露見させようとしていたらすぐ運営に通報して、制裁のため警察機構へ密告したり、場合によっては直接脅しに行く。
武器でもあり、命綱でもある顧客リスト。
これを手に入れることができれば、ここを取り仕切るマフィアもおしまい。
ブラックマーケットに参加した連中もまたおしまい。
人身売買の大きな拠点が潰れることになる。
多分、ゲニーさんはそうなってくれればと思っているはずだ。
全ての急所なだけに、厳重に保管されているだろう。
多分支配人室か、ここの支配人が持っているかわからないが、どっちかだろう。
「顧客リストを手に入れれば、ここが潰せると」
「ワンズファミリーは大打撃。ここを取り仕切るやつは責任を取らされる。つまり殺されるって事だ。客たちも全員監獄行きか、しょっぴかれる前に自決するだろう」
「自決、ですか」
「効率のいい殺し方だと思わないか? それともやっぱり血で染めるかい? 俺は一向に構わないぞ」
「いえ。子供達もいます。これ以上、地獄を見せたくない」
「じゃあ、そうしよう……ああそうそう、まだ城郭警察は呼ばないでくれ」
ビクリ、とヒルドの肩が震えた。
はめていた腕輪のその縁をなぞろうとして、だが俺の声で止めていた。
「何故ですか?」
「考えてもみてくれ。ここまでの規模のブラックマーケットだ。警察だって誰か一枚噛んでるだろう。通報した途端、ここはお開きになって、ガラガラになるはずだ」
「汚職ですか」
「珍しいことじゃないよ。何人か斬ったことがある」
「……この世は、救いがないのでしょうか」
「アンタがその救いだろ」
そう言うと、ヒルドは首をかしげていた。
本当に無自覚らしい。
あの激務の中、子供を救うために身を粉にして働いて、時には立った一人で銃を持つ連中に
父を殺したと言っても、既に父ではなく
その汚名を受けても、誰からも評価されずとも。
見捨てられた民を根気よく救い続けて。
必死になって贖罪を続けていたから聖堂が建った。
見送る子どもたちは皆、笑顔で、幸せいっぱいだった。
だからこそ、聖女と呼ばれるようになったのではないのか。
「ヒルドは殺意を俺に預けた。なら、行く末を見守ればいい」
とはいえ、まだアサシンを使ったことが無いからだろう。
ヒルドの顔は暗かった。
既に一線を超えているというのに、まだ
それがいじらしくて、可愛いと思ってしまう俺もどうかと思う。
VIP席のドアを開ける。
赤絨毯が敷かれた通路を歩いていく。
階段のあたりに昔の劇場のなごりなのか、見取り図があった。
たいして改装しているはずはない。
ここの階段を降りて、廊下をまっすぐステージの方向に行くとスタッフのみが入れる職員専用廊下がある。
そこから先が控室だとか、事務室だとか、突き当りに支配人室がある。
ここにあるのだろう。
この劇場からいって、控えてるマフィアもそういないはずだ。
外からの襲撃に備えて、銃を持っているやつは出払っているはず。
警備は薄いはずだ。
ただ必ず、鍵がかかっているはず。
まあそこは、何とでもなる。最悪壊せば良い。
俺とヒルドは腕を組んで、階段を降りる。
時々、子供たちの悲鳴が聞こえる。
その度にヒルドは震えて、我慢した。
だが手の先に、ジリジリと音がする。
雷のレイピアを抜きそうになっているようだ。
俺が彼女の手を包むと、ヒルドはうなずく。
それが何回かやっているうちに下層に降りて、あとは真っ直ぐ進むだけ。
と、その時。
正面からマフィアと、彼に連れられて歩く裸の少女がいた。
年齢は十二かそこらだろうか。
少女は顔をこわばらせて、裸にアクセサリーをつけていた。
彼女が出てきたのはこの奥にある、職員専用廊下からだ。
そこの扉は当然施錠されているだろうが、やつは開けて来たということ。
こいつから鍵を奪うとしよう。
「君」
少女を連れたマフィアがピタリと止まり、
「どうしましたか?」
と訪ねてきた。
言葉遣いがしっかりしている。
教育されている良いマフィアだ。
だが警戒という点はダメだ。
「さっきトイレで泣いている子がいたが、あれは商品じゃあないのか?」
「! ど、どこですか!?」
「こっちだ。大丈夫、その子はツレが見ている。なんなら買ってもいい」
そう言うとマフィアは一瞬迷っていたが、トラブルを回避することを優先した。
ヒルドに「ここにいてあの子を」と言うと、俺は廊下の直ぐ側にあったトイレへマフィアを誘う。
「どこですか?」
「そこの個室トイレの中だ」
「え、どこにも――」
胸元に手を滑らせる。
パチリと、ナイフを止めていたボタンを外す。
そのままグッと沈み込んで、足を切る。
悲鳴を上げる前に立ち上がり、口元を抑えて首にナイフを当てた。
「動くな。騒ぐな」
マフィアは今度こそ、本当のトラブルを目の当たりにして動揺していた。
「奥の鍵を出せ。武器もだ。ゆっくりな。少しでも変な事をしたら首を切る。アンタが死んだ後に調べてもかわらないってのを、よーく考えてな」
マフィアは言う通りに、ゆっくりと胸元から鍵と、そしてナイフ、拳銃を個室トイレの床に落とした。
「ご苦労さま」
「た、たすけ」
「死ね」
便器に顔を近づけて、ナイフを滑らせる。
ぬるりと刃が入り込む。
骨も、プリンにスプーンを入れるくらいに簡単に。
スキルというものは恐ろしい。
ゲームみたいになんとなくボーナスみたいなものとか、使いようによっては無双とかそんなんじゃない。
もうこれは、異能だ。
マフィアの首元から血が吹き出すが、全て便器が受け止める。
びゅっ、びゅっと心臓の鼓動と同じくらいになると手を離した。
マフィアは顔を便器に突っ込ませて絶命していた。
鍵と武器を拾い上げて、個室トイレを閉める。
これでしばらく見つからないだろう。
廊下に戻るとヒルドが女の子を抱きしめていた。
が、女の子は顔をこわばらせていた。
ショックとかそういうのではない。
心を凍りつかせた顔。
これは知っている。俺がそうなった。
ただの優しさでは元に戻ることができない。
「アサシン。この子が……」
「ちょっと俺に任せてくれないか?」
そう言うとヒルドは訝しげな顔をしたが、すっと離れる。
少女は動かない。
凍てついたようにだ。
彼女の内ももを見る。
やはりそうか。
なら、これが必要だ。
「さっきの奴は殺した」
殺した、という言葉に初めて反応を見せた。
ヒルドは口元を抑えている。
ショックだと、そう言わんばかりだ。
「俺の名前はラムダ。君は?」
「……エマ」
「エマ。階段のそばのトイレ。奥の個室だ。ヤツの死体が転がっている」
「アサシン!」
「黙っててくれ――そいつに、これを突き立てるんだ」
渡したのはさっきのマフィアが持っていたのナイフ。
そして、銃だ。
「君が殺したことにするんだ」
「わたしが」
「全部を取り返すにはそれしかない。君が殺せ。肉体は殺した。魂は君が殺すんだ。そうしないと君は永遠に、あいつらに魂を凌辱されたままだ」
「――」
「終わったら、二階の奥の部屋に隠れてろ。銃は見られないようにな。呼び止められたら、部屋の人に買われたと言え」
エマはうなずく。
うなずいた後、真っ青になっていた顔に徐々にだが、血色が戻ってきた。
「あとで迎えに行く。この白い髪以外を見たら――」
フードを取る。
エマが無表情のまま俺の髪に手を伸ばしてきた。
「撃て」
エマはコクリとうなずくと、裸で銃とナイフを持ったままスタスタと歩いていってしまった。
「さあヒルド。行くよ」
「アサシン……わ、わたくしは」
「あの子は君の管轄外だよ。
「……ええ」
「その時点であの子は死んだも同然だった。救うのは、そっち側に近い俺だったってだけだ」
「わたくしは今まで何をしていたんでしょうね」
「立派なことをしてた。気に病まなくていい。言っただろう、君の管轄外だ。死者を救うのは」
といっても、彼女は気に病むんだろう。
でも大丈夫だ。
彼女は強いから。
とりあえずエマはいい。
ここからなるべく早く支配人室に乗り込まないといけない。
そうして証拠を手にした上で通報したなら、城郭警察に汚職警官がいようが何だろうが動かざるを得ない。
証拠が無ければ、汚職警官はヒルドを語る不届き者と処理するだけで無視を決め込む。だがラックマーケットが崩壊する証拠を所持しているとしたら、そいつは黙って逃げるしかない。
奥の扉にはしっかり鍵がかかっていた。
奪った鍵で開けると、そこは打って変わって飾り気のない廊下だ。
人の気配はない。控室もカラ。というか、使っている感じがない。
事務室も誰もいなかった。
「二手に道が別れてるな」
事務室を超えたあたりで通路が別れていた。
そのまま真っすぐ行くと、多分あの大きな扉は支配人室だ。
もう一つの方は、多分ステージの裏まで伸びている。
地図には省略された記載があった。
ということは、舞台装置や搬入庫がある場所なのだろう。
控え室が使われていないということは、ここに商品――
すなわち、子供たちがいる。
とりあえずは奥。支配人室だ。
俺は扉に近寄ると、腰のポシェットから魔石を取り出す。
「それは?」
「
扉に魔石をあてて、フッと魔力を込めてみる。
すると魔石が振動して、やがて虚空に浮かび上がるのは半透明な画像だった。
人が聞こえないような音の反射で、物体を透過して中を探査する魔法。
主に地質調査や水源調査、あるいは海の漁で使われる第二種魔法。
見えたのはこれまた豪華そうなソファーに座り、ふんぞり返る男の姿。
そばには半裸の女性がいる。
お楽しみの後だった、ということだろうか。
奥には棚のようなものと、金庫のようなものが確認できる。
「アサシン」
ふとヒルドを見ると、既に練り上がった殺意が両手に形になっていた。
右に雷のレイピア。左に、鈍色に輝くショートソード。
剣客のようにして佇むヒルドがそこにいる。
「この先、わたくしに任せてほしい」
さっきまでアサシンを使ったことを後悔していたのに。
目的が近づいてきたからか、彼女の中の黒いものが外に出てきたのだろう。
燃えたぎる怒りの炎。
それを宿した瞳が宝石のようだ。
「いいよ。この部屋の中に脅威は無い。コイツが銃を持ってたとしても、君なら大丈夫。そうだね?」
「ええ。弾除けの魔石はあります。散弾を何発も打ち込まれない限りは、わたくしは踏み込むことができる」
「殺すのかい?」
「それは貴方にあずけました。あくまでも帳簿を手に入れるためです」
その際に、彼女の怒りをぶつけられるだろう支配人に同情した。
多分、ゾッとするような事をするんだろう。
あいつのペニスが繋がっていないことに金貨を賭けてもいい。
「貴方は子供たちを。道中に障害がいたなら――」
「やるよ。だから安心するといい」
俺が扉を開くと、奥の支配人が仰天していた。
ヒルドを部屋に入れると、「何だ貴様は!」という声と共に銃を取り出す音がする。
その瞬間、ヒルドは踏み込んでいた。
深く、鋭く。
流石は父を殺すために磨いた剣技だ。
支配人が銃を構えた時点で、もう間合いに入っていた。
レイピアを、低い体勢から突き上げる。
串刺しになったのは銃を持っていた手。
バリバリバリと雷魔法が流れて、支配人の絶叫が響き渡り、そばの女の悲鳴が聞こえる。
「ごゆっくり、お嬢様」
そう言って扉を閉めると、さらに悲鳴が聞こえてきた。
豚の鳴き声のような、聞くに堪えない、情けない悲鳴だ。
尋問は仕事のうちだけど、お客さまがしたいというのならさせてやる。
それが顧客サービスというものだ。
§
やはり、たどり着いたのは舞台裏の搬入路だった。
そこは想像通りの場所。
広がる大きな空間には、檻が沢山ある。
そこに詰められているのは、裸の少年少女たちだった。
まだまだオークションは続くのだろうか。
「誰だ!? そこで何をしている!」
銃を向ける音。
リボルバー銃。
シリンダーが鳴る音だ。
静かに振り返ってみると、そこには白スーツの男が立っていた。
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