第14話 悪役と闇市

「何やってんだアンタ!」

「アサシン!? 何故ここに!」


 パッと、胸ぐらを掴んでいたヒルドの手が離れた。

 崩れ落ちたチンピラは情けない声をあげて逃げていった。


「何故ここにじゃないよ! 何だこれ。何してんだコレ!」


 指をさしたのは白目をむいて倒れる男たち。

 全員マフィアではないが、全員カタギじゃない。

 十中八九、チンピラやギャングの連中だ。

 誰も彼もが光り物や粗雑な銃を持っている。

 数も十を超えているのに、彼女は彼らを薙ぎ倒してしまったらしい。


「いや、その」


 ヒルドは恥ずかしそうに顔を赤らめて、キュッとドレスの端を手で握る。

 が、見てしまった。

 裾が少し浮いたその先、足にはブーツが見える。

 ヒールじゃない。

 軍用の、鉄板入りのだ。

 これは完全にやる気マンマンで外に出たに違いない。


「その、そう。職務質問。職務質問ですよアサシン。当家は警察権限がありますから。こうやって見回りをですね」


 絶対嘘ですね。

 胸ぐらを掴んだ相手に「解放戦線は?」と言うくらいだ、もしかしたら今回の事態を自分で解決しようかと思ったのかもしれない。

 まさか、昨日の戯れの言葉を本気でやろうとしたのか。

 何故、とか考えても無駄だった。

 ヒルドはそういうヤツなのだ。

 自分の手でやらないと気が済まないのだ。

 そういう性分なのだ。

 父を自分の手で斬ったのもそういうこと。

 殺人的な忙しさに文句ひとつ言わないのも、そういうこと。

 今良くわかった。

 この令嬢はお目付役が必要だ。

 手綱を握れる、それでいて腕っぷしの強いのが!

 並の連中じゃ絶対に手綱を掴んでいられない。

 じゃじゃ馬ってレベルじゃねーぞコイツ。

 信念の為ならマフィアを単騎で壊滅させる勢いだ。

 シュナイダー卿の依頼、案外単純だったのかも!

 いろんな連中に護衛させてダメで、最後にお鉢が回ってきただけかも!


「何うまいこといったみたいな顔してるんだ。アンタは! 命を狙われてるんだぞ!」

「それは子供達も同じです。孤児はいつでも悪に狙われているのですよ」

「いや、その理屈はおかしい」

「アサシンこそ。何をしているんですかこんな所で」

「そりゃ、解放戦線が襲う場所を――」


 やべ。

 あまりの光景に気が動転してた。

 いつもならこんな風に口を滑らすことはないのに。

 口を手で押さえたが、遅かった。


「見つけたのですか。解放戦線が出てくるところを」

「いや、そうとは限らないけど」

「どこです? 言いなさいアサシン!」


 グイグイと来た。

 詰め寄って、俺の顔を見上げてくる。

 魔石灯の明かりに照らされた彼女の顔は凛として綺麗だった。

 いやいや、そうじゃあない。

 ちゃうねん。

 見惚れてる場合じゃない。

 誤魔化せないか。

 コイツ、鉄火場に入り込む気だぞ。


「誤魔化そうとしても無駄です。わたくしはついていきますから」

「わ、わかった。わかったって!」


 観念するほかなかった。

 だって勢いがすごいんだもの彼女。

 言わないとはっ倒す、というオーラがすごい。

 こんな事がニトにバレたら一週間は笑いの種にされそうだ。

 俺は目的地に向かいがてら、今回のことを詳らかに話した。

 するとヒルドは

 

「では参りましょう。わたくしも入れるのでしょう?」


 とやる気満々である。どうしてこうなった。

 仕事の難易度が飛躍的に上がってしまった。

 ヒルドを護りながら、ブラックマーケットに怪しまれずに潜入して、解放戦線が出てくるのを待ちつつ、サブクエストとして人身売買のバイヤーをグチャグチャにする。

 当然潜入するのだから脱出までがお仕事。

 しかし無茶できない。

 ヒルドも一緒に脱出しなければならないからだ。

 無理じゃね、これ。

 だが日を改めようにも、この日が最大で最後のチャンスだ。

 人身売買だってこんな世界でもホイホイと商品が集まるわけでもない。

 それに解放戦線が今回のブラックマーケットに壊滅的なダメージを与えたなら、それこそ他のところが警戒してしばらく中止になるかも。

 そうしたらあの神出鬼没な連中を捕捉する事は困難だ。

 今日やるしかない。

 ヒルドと一緒にだ。

 いやマジで、どうしてこうなった?

 なんかもう色々イレギュラーすぎて、全てを忘れて踊りたくなる。


「アサシン。心配は無用です。わたくしはそれなりに剣を使えますから」


 グッとサムズアップするヒルド。

 何だこいつ。

 いやそれは知ってるよ。

 アンタさっき見せたよそれ。

 ホントにガトリング砲でも持ってこない限りは大丈夫なんだろうよ!

 ってかさ、何でそんなに張り切ってんの?

 もしかしてさっきの連中で鬱憤を晴らしたな?

 この暴力聖女め。


「チンピラ十数人ぶっ倒してたんだ。その心配は最初からしてない。どちらかと言うとアンタが暴走しないか心配してる」


 と言うと、失礼ね、と言わんばかりに頬を膨らませるヒルド。

 変なところ子供っぽいなコイツは。

 なんだか頭が痛くなってきた。


「いいか。真面目な話だヒルド。これから行く場所は本物の悪党の巣みたいなところだ」

「理解していますよ」

「理解してないよ! ――君がショックを受ける事がかなりあると思う。それこそ父上様の本性を見た時みたいにな」

「ならば、絶対に行かなければなりません」


 あーもーもうどうにでもなーれ。


 ということでヒルドとばったり出会ってから三十分ほど。

 途中チンピラに絡まれること二回。

 俺がなだめる前にヒルドが踏み込み、雷のレイピアが彼らを問答無用で悶絶させた。

 彼女に限っては警察権限があるから職務の範囲内。

 問題ないけど問題だらけに見える。


「全く。夜はロクなのがいないんですから」

「夜じゃなくても、そろそろ胡乱な連中の巣窟だ」


 貧民街からさらに東。

 東の城壁に近い場所は、さらに荒廃した場所になっていた。

 ところどころに建設予定だとか、区画整理予定だとか書かれた看板がある。

 だが一向に進まないあたり、ここら辺が危険だという事を示している。

 城壁もここだけ清掃や補修が進んでいなくて汚い。

 汚損もそうだが、崩れているところも見えた。


「ここは人が住んでいないはずですけど」

「シッ。ちょっとそこに隠れてくれ」


 廃墟と化した建物の裏に二人で隠れる。

 ヒルドが怪訝な顔をしていたが、しばらくして聞こえてきた音に納得したようだ。

 ガタガタと鳴るのは馬車の音。

 通り過ぎていくのは、明らかに金持ちのそれだった。


「あれは――?」

「客だろうな」

「言っていたブラックマーケットの?」

「多分な。ちょうどいい。ついていこう」


 別に馬鹿正直に走る必要はない。

 舗装されていない、土むき出しの道が幸いした。

 馬車の通った場所にわだちがある。

 しかも複数。

 皆ここを通っているということだ。


「随分と車輪が沈んでるな。大人数か、太った連中が乗っているのか」


 いろいろと想像できる。

 俺が首を刈った連中の半分は後者のやつら。

 私腹を肥やしてブクブクと太った豚どもだ。

 チラリとヒルドを見る。

 彼女に、これから見るだろう地獄に耐えられるだろうか。


「アサシン。アレを」


 彼女が指さす先。

 ゴーストタウンを中ほどに行ったところで、一つだけ明かりがついている建物がある。

 三階建ての、だが三階が半壊しているそこには馬車が止まっていた。

 そこから出てきたのはやはり太った男たち。

 いい身なりからすると、上流階級、いや貴族の三男坊とかそんなあたりか。

 周囲を何気なく見回すと、キラリと光る箇所がいくつか。

 ライフルのような長物を構えている奴らがいる。

 多分、解放戦線対策なのだろう。

 俺たちはそのまま客を装って、建物の前に立つ。

 いかつい、黒いスーツを着た男が立っていた。

 俺はゲニーさんから貰った招待状を見せると、それまで値踏みするように見ていた態度が軟化した。

 しばらくすると奥から案内人が出てきて通された。

 流石はVIP待遇のチケットだ。傍のヒルドも疑われずにいる。

 入った建物はダミーのようだった。

 通された通路の奥には地下へ続く階段がある。

 そうしてたどり着いたのは大きな観音開きのドア。

 両隣に屈強なスーツの男が二人、門番のように佇んでいる。

 案内人が「シンシアの方々だ」というと、門番の二人は仰々しく礼をして扉を開いた。


「ここは――」


 ヒルドが驚いていた。

 俺も驚いた。

 広がっていた空間は予想以上に広かった。

 正面フロアからすぐ先がバルコニーになっていて、その下にはさらに広い空間がある。

 円のテーブルが並べられていて、そこが一つ一つ商談の場になっているようだった。

 チラリと見えた範囲では、サメ子の店の二階にあったような胡乱なアイテムみたいなもの。

 魔石や、絵画、壺やよくわからない美術品。

 果ては羊皮紙のスクロールのようなものが取引されている。

 参加している客は誰もかれもが金持ちそうな恰好をしていた。


「地下劇場を改造した場所でしてね」

 

 案内人がそう言うと、何やら鍵を渡してきた。

 VIP席の鍵らしい。

 確かにバルコニーと同じ階層、ステージの脇に小さなバルコニーがある。

 ステージを直接見下ろせる場所だ。


「欲しいものがあれば、通信用魔石で言えば入札できます。落札すれば、そのまま連れていきますよ」


 何を、と言う前にカーン、とハンマーで木の台座を叩く音がする。

 見ると、下に広がる空間の奥、ステージのような場所でオークションが開かれている。

 その商品を見て、ぶわりと、ヒルドの殺気が膨れ上がるのがわかった。


(待て。早まるな)


 俺がギュッとヒルドの手を握った。

 ヒルドを見ると、俯いて震えている。


「それではごゆるりと。ご夫婦で楽しむなら、あと三つ目の出し物でが出ますよ」


 案内人はそう言って醜悪な笑みを向けると、入り口の方へ戻っていった。

 俺は黙って震えるヒルドをVIP席に連れていく。

 VIP席はかなり豪華な部屋だった。

 キングサイズのベッドに、小さいながらもバーカウンターがある。

 そのまま泊まれるかのような設備だった。


「アサシン」

「ヒルド。よく我慢した」


 カーン、と音がする。

 そして聞こえてくるのは、落札を告げる声と、泣きじゃくる子供の声。


「クソ野郎ども」


 思わず、そんな汚い言葉が出た。

 青ざめてワナワナと震えるヒルドをベッドの端に座らせて、バルコニーから下を覗く。

 ステージに商品として出されていたのは、首輪をつけられた子供たち。

 皆裸で、金の首飾りや腕輪を嵌められている。

 そのまま連れていかれる子供は、暗幕の奥へと消えていった。

 いやだ、いやだと声を残しながらだ。

 あの子達の行く末は決まっている。

 性のおもちゃとして散々に遊ばれるのだ。

 あの豚のような連中にだ。


「アサシン、こんな、こんな事って」

「……言っただろ。ブラックマーケットだって」

「許せない」

「我慢してくれ。俺たちの目的は解放戦線だ。あいつ等も子供を拉致してる。それどころか、こういうところを襲って横からかっさらってる」

「何故」

「何故? 知らないよ。カネのためだろ。同じようにやるつもりだ」

「アサシン、わたくしは」


 ズズズ、と再びヒルドから殺気がにじみ出ている。

 その顔を見て、なんとも言えない気持ちになる。

 

「言いたいことは解る。だが抑えてくれ」

「抑えられません」

「だから言っただろう。本物の悪の巣だって」

「……あいつらは、父と同じです」


 顔を上げるヒルドの目には涙。

 つ、と頬を伝う涙は多分、燃え滾るような怒りの残滓だ。


「わたくしが斬った父は何をしていたと思いますか?」

「いや」

「敵地とはいえ拉致してきた女子供を散々に弄んだ。使い捨てのように剣を突きさして、投げナイフの的にして遊んでいた」

「――」

記憶開示メモリーアウトの魔石でこっそりと。寝ている父の記憶を読み取りました。戦場から帰ってきた父が語ってくれない、隠れた英雄譚を聞きたいと――そんな軽い気持ちからです」


 記憶開示メモリーアウトの魔石は確か第二種魔法だ。

 精神科医やらが使う、夢を覗いて心の病巣を診るもの。

 ヒルドの家は武家で、私兵団を抱えていた。

 とするなら、外傷を治す医者の他に心を癒す医者もいたはず。

 ヒルドがそういう者からこっそり拝借して使ったのだろう。

 そして、見たのは地獄の光景だったのだ。


「父は。女の子の乳房を切り取って犬に喰わせていた。仲間は。それを見て笑っていた。わたくしは、そんな外道の血が流れています」

「ヒルド」

「父を殺すために剣に励みました。証拠を集め、告発して、決闘を申し込んで、勝ち、父の胸に剣を突き立てました。その感触が今も残っているんです」

 

 ぶるぶると震えるヒルドは膝から崩れてしまった。

 おいおいと泣きださないのは流石だ。

 ――こうなると思ったから、連れてきたくなかった。

 解放戦線が来るまで彼女は待つことができない。

 それは、わかりきっていた。

 最悪、彼女をここで気絶させるつもりでいた。

 全てを終わらせてから抱きかかえて出ていこうと思ってもいた。

 さっきまでは、ほんの少し前まではそう考えていた。



 けど、気が変わった。

 今、変わった。



 ヒルドの話を聞いて、雷を撃たれたような衝撃が走った。

 わかる。

 今の俺の顔は。

 笑み。

 俺のまたぐらは。

 いきり立っていた。

 

 なんて、綺麗な。

 いい殺し方なんだろう。

 正義の殺し方だ。


 いい。

 いいなあ。

 なるほど。

 なるほど。

 なんとなく、彼女が気に入りだしているのが解った。

 俺よりな殺しをした。

 それがたまらないのだ。

 それがうらやましいのだ。

 俺は正義に殺された。

 彼女は正義を使って殺した。

 入念に準備をして、決して心折れず。

 機を待って、正面から堂々と。

 俺がやりたいことを、やっていたんだ。

 いいなあ。

 いいなあ。

 ああ、ダメだ。

 ダメなんだと思う。

 こんなのは、羨ましがってはダメだ。

 ダメなのに。

 嗚呼。

 君はこっち側だよと誘いたくなってしまう。

 ダメだ。

 ダメだ。

 彼女は聖女でないといけない。

 なら、俺は彼女の殺意を代行しないと。

 そうだ。

 それがお仕事だったじゃあないか。


「アサシン、わたくしは我慢できない。あそこの連中は、あの男に、父に見える」

「そうか」

「あのオークションを止めます」

「そうか」

「手伝えとは言いません。貴方の仕事を邪魔するかもしません」

「今更だね」

「貴方は貴方の勤めを。わたくしは一人でも――」

「命じて」

「え?」

「命じなよ」


 彼女の前で膝を折る。

 手を取って、白い甲にキスをした。


「何を」

「殺しをだよ」

「な、何故」

「あんたがそうしたがってたから」


 俺が見上げると、ヒルドがひっと小さな悲鳴を上げた。

 パン。

 横っ面を叩かれた。

 それも愛おしくなってしまった。


「いい。興奮しちゃうな」

「あなた、何を言ってるの」

「貴方があの豚どもを殺したがってる。俺がそれを代行するって言ってるんだよ」

「……!」

「俺はアサシン。殺意を代行する市民の刃。こういう時に必要な刃だよ」


 構わず、押し付けるように手の甲にキスをした。

 多分、サメ子もこんな感情を持ったのだと思う。


「やめて」

「命じて下さいお嬢様」

「あ、貴方は。貴方はわたくしを守るだけと」

「それはシュナイダー卿の依頼。正確には、貴方に降りかかる火の粉をすべて殺せ、だ」

「全て――」

「貴方自身の依頼は受けてない。報酬は後でいい。だから、ほら、言いなよ。殺してあげるから。あの豚ども全員。ほら、言いなよ。ほら、ほら」


 わかってるだろう。

 殺したいのだろう。

 だから、俺に命じてほしい。


「わたくしが、やるのです。この手で」

「ダメ。貴方は聖女だから」

「わたくしは聖女じゃありません! 既に汚れている!」

「汚れてない」

「!」

「聖女だよ。だから、殺意は肩代わりしてやるからさ。簡単だ。剣を握るのと同じ」

「剣を、握るのと同じ……」

「言えよ早く。お嬢様」

「言ったら、貴方は。この悪夢を、終わらせてくれるの?」

「剣にそんな事言うのか? 違うだろ。あいつらは、貴方のお父様とご同類だ。アンタはお父様に何をしたんだ?」

 

「殺して」


 言った。

 嗚呼、言った!

 渡してくれた。

 俺に殺意を渡してくれた!

 


「全て斬って。アサシン」


 震える声で。

 超えてしまったと言う後悔を孕んで。

 俺を真っすぐに見て、言った。

 聖女だ。

 アンタこそ聖女だ。

 誰にもできないことをした。

 罪も全部飲み込んで言ったんだ。

 いい。

 とてもいい。

 

「承りました、お嬢様」


 ――最高の仕事になりそうだ。

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