第13話 悪役と情報
思いっきりむせているゲニーさん。
流石にこれはニヨニヨしてしまう。
「なっ、おまっ! ヒルド様の事なんでッ!」
「卒院式見てた。俺、ヒルドの護衛を任されたんだよ」
「マジかよ……」
「大丈夫、誰にも言わない」
「く、クソ。そういう事か。あのシュナイダーのジジイ、相当なやり手だがアサシン商会まで使ってやがったか」
「相当なやり手だね。シュナイダー卿って」
というと、ゲニーさんは何だか複雑な顔をしていた。
「……ああ。あんなバケモンみたいなジジイ見た事ねえ。ああいうのは敵に回さないに限るぜ」
「相変わらずだね。そういうところも」
「そらメンツを汚されたら出るもんも出なきゃあいけないがな」
ゲニーさんは残ったワインをグイーッと飲み干す。
「……世の中にはオレらみたいな悪党よりも怖えのはいっぱいいる。ドラゴンの尾を踏んで儲かる話はねえ。つまり、そういう事だ」
メンツは当然として、カネにならないことはしないという徹底ぶりは流石だ。
だからそんな歳で404地区を取り仕切り、飛ぶ鳥落とす勢いで出世しているのだろう。
「おいラムダ。その、なんだ。ヒルド様、狙われてんのかよやっぱり」
「うん。狙われてる」
「どこのどいつだ?」
「解放戦線って名乗ってた」
「生け捕りは……しねえよなぁ。アサシンだもんなぁ。お前ら全部殺しちまうもんなぁ」
「それは偏見だよ。ちゃんと生け捕りしようとしたよ。でも邪魔された」
「邪魔されただぁ!? アサシンの仕事をかぁ!?」
「そうだよ。筋肉モリモリの鉄仮面に」
何だそりゃ、と言われたので見たままを伝えると、ゲニーさんはまた引いていた。
くわばらくわばらと、そう言いたげだ。
「キナ臭えと思ってたが、このヤマやべえな」
「でも解放戦線だか何だかを皆殺しにすれば納まるとおもうけどね。何か知らないかな」
「知ってるっちゃあ知ってる。というか、俺に言うかそれ?」
「だから頼ったんだよ、兄貴」
「兄貴はやめろ」
とか何とか言って、結構嬉しそうにしているような、そうでないような。
俺はゲニーさんに頼ったのは他でもない。
彼が若くてここに上り詰めた、その力に頼るためにきた。
彼が他のマフィアと一線を画すのが、情報の力。
彼は情報屋を何人も雇っては、カネのにおいを正確に嗅ぎ取る。
俺も他に、アサシン商会の息がかかった情報屋を知っているし、頼めばサメ子も集めてくれる。
だけど、一番鮮度が高いのはゲニーさんのところだった。
「今回は俺のお願いだから情報料払うよ。ニコニコ現金払いでもいいし、信用あるアサシン商会本部を通じてもいいよ」
「いらねえ」
信じられない言葉が聞こえてきたので、一瞬だけ固まってしまった。
「……ゲニーさん、どこか具合悪いの?」
「何でお前に心配されるんだよ!」
「いや、その、お金」
「あの人の事ならゼニは取らねえ」
ウッソだろおい、と言おうと思ったがやめた。
ゲニーさんの目がマジだった。
これ知ってる。
推しをマジで応援する目だ。
「そ、そうなんだ。でも何で?」
「オレがいい女だと思ったからだ」
「は、はぁ」
「誤解すんなよ。女に困ってるわけじゃあねえ」
「ゲニーさんモテるからね」
「うるせえ。いいか。ああいうのはな、善悪抜きにして守らなきゃあならねえ。解るか」
「わかる気がする。だってヒルド、凄い努力してる。ほんといつ寝てるかわからないくらい」
「だろ」
そこでニマッと笑うのが怖い。
ガチ惚れしてるじゃんこの人。
「俺は社会のダニだからよ。ああいうのが眩しいんだよ」
短い言葉に、色々詰まっているような気がする。
この辺りは察してあげるべきなんだろう。
多分ゲニーさんが思っている言葉は、マフィアの世界では生死に直結すること。
メンツは地に落ちて、舐められてしまうこと。
それでもゲニーさんは、ヒルドに羨望の目を向けたんだろう。
彼ができる事があるとしたら、汚いだろうが何だろうが金を出すこと。
彼は多分、そういう心を寄付で洗い流しているのだと思う。
「そういうとこ好きだよ兄貴」
「やめろ。他のところで言ったらブッ殺すぞ」
「殺せるならね」
「ケッ! バケモンめ。ヒルド様に死なせたらマジで殺すからな」
「させないよ」
「わかってる。お前はやるといったらやる男だ。俺はそう言うところを気に入ってるし、だからオメエがとにかく怖え」
「お褒めいただきどーも。じゃあ、ヒルドのアンチを皆殺しにしたいから、情報ちょうだい」
ゲニーさんは言う前にもう席を立って、自分の机から何枚か紙の束を持ってきた。
俺の前に置いて、突き出してくる。
ありがたく受け取ってみると、そこには地図やら何やら、数字がたくさん書かれていた。
「何これ」
「その解放戦線だか何だかが襲った場所だ」
「えー。あいつら子供保護とか何とか言いながら強盗してんの?」
「あのクソボケども見境がねえ。マフィアの連絡会でも議題に上がってやがる」
ペラペラと紙をめくると、なかなかに派手なことをしている。
確かにこれはアンチ貴族団体というより、武装集団。
いや、ゲリラだ。
店長の言う通り、何かを転覆せしめんとするゲリラ。
戦争も終わって久しい中で、国を内乱にでも引き込もうというのだろうか。
「あれ、ここの倉庫……昨日被害にあったばかり?」
「おう。アレだ、ニトの嬢ちゃんの守ってた近くだな」
「武器が取られてる?」
「そこシュナイダーのジジイの倉庫だったらしいぜ」
「連中、ここを狙ってたのか」
「さてな。ニトの嬢ちゃんも何人か残してくれりゃいいのによ。一人なんか首と胴と足が捻り潰されてやがった」
ニトがムカついて雑巾絞りしたってヤツだろう。
ゲニーさんが自分の倉庫を心配して見に行ったら、悲惨な光景が広がっていたのは想像できる。
「品質のいい銃まで持ってるのか。これで大聖堂でも襲うつもりかな」
「いや、武器の数からいってそうでもねえな。せいぜい強盗を円滑にするくらいだ」
「うーん、なら次襲う場所を特定できればなんとか」
「目星は何となくついてるぞ」
そう言うと、ゲニーさんがテーブルに広げた地図をトントン、と叩いた。
「連中は倉庫も襲うが、最近ブラックマーケットまで襲い始めやがってな」
「ブラックマーケットか」
「中でもガキ扱うトコは優先的に狙われてるな」
「子供かぁ」
「ついでに言っとくぞ。ウチはそういうのはやらねえ」
「知ってる」
「鬼より怖えワンドリッチ氏との約束だ。誓って、クスリとガキは扱わねえ」
ぶるる、と両腕を手で押さえるように震えるゲニーさん。
マジで何があったのだろうか。
この強面をビビらせるだなんて。
いつもの店長からは想像もつかない。
こないだなんて俺がコーヒーが濃すぎるといったら凹んで、半日ソファーでフテ寝してたのに。
「話戻すとだ。ガキ扱うのは、ワンズファミリーとカステルファミリーのシマだ」
「もうちょっと東のところだね……お、ちょうどいい。明日あるじゃん」
「ワンズファミリーのとこだな」
「助かったよゲニーさん。俺ここで張り込みしてみる」
「ちょ、ちょっと待て」
俺が立とうとすると、ゲニーさんが慌てて引き留めた。
「お前が何考えてるか解ってるぞ。客装って中に入り込むつもりだろ。正面から!」
「そうだよ」
「馬鹿なことはよせ。今みんなピリピリしてんだ。怪しいと思われたら殺されちまう」
「その前に殺すからダイジョーブ。皆殺しにして中で待ってた方が楽かもね」
「バカ、いや、オメエならできるんだろうがな! 解放戦線が怪しんだらどうすんだ」
「怪しむ?」
「先にブラックマーケットにスパイでも紛れ込んでたら、来るものも来ねえ。俺が解放戦線なら、先にそういうヤツを紛れ込ませる」
なるほど、と納得。
全部やっちまえばいいかなと思っていたけど、流石はゲニーさんだ。
「お、お前らアサシンは本当に皆殺しかどうかしかねえ。ちったあ加減を知れ!」
「教えてくれる兄貴は頼りになる」
「この……! マジで死んだ弟みたいな顔しやがって!」
なるほど。
優しくしてくれるのはそういう事情もあるのか。
こりゃもう少し甘えてもいいかな、なんて思ったりする。
「で、頼れる兄貴は何か策があるの?」
「ねえよ」
「無いのかよ」
「ただ中に入れるようにはしてやる……ほれ、招待券だ」
再び机に戻って取り出したのはチケットだった。
黒い上質な紙に、金の文字で色々と書かれている。VIP待遇席らしい。
「ワンドの連中はこすい連中でな。こうやってわざわざ送ってきやがる。出たら出たで同じ穴の狢みたいな事言ってきやがるし、出ないなら出ないでお忙しいんですねとか嫌みを言いやがる」
「マフィアの世界、めんどくさそう」
「ああめんどくせえさ。そして俺ァコイツらが嫌ェだ。何かとハエみたいにたかってきやがるからな」
「ふうん。じゃあ、ドサクサに紛れて死人が出たらスカッとするかな?」
というと、ゲニーさんはニヤリと笑った。
今度は真っ黒な笑顔だった。
多分これが俺の払うべき情報料、と言う事なのだろう。
ゼニはいらねえと言ったくせに、ちゃんと利は取る。
タダ働きは絶対にしない。
親しい間柄でも利用できるものは利用する。
しかし、その取引は実に公平なもの。
それがゲニー・ガラムというマフィアだった。
多分ブラックマーケットの話のあたりからコレを思いついたのではないだろうか。
頭の回転が速いのもまた彼の力であり、魅力であったりする。
「こいつはオレのボヤキだが……最近ヒルド様に感化されちまったもんでな。
「へえ」
「最近ガキを卸すバイヤーがチラチラ、ワンドのトコに出入りしてるってのも聞いてる」
「あらら。そりゃいけないね」
「いけねえよなあ。誰かよお、見せしめにグチャグチャにしてくれねえかなー、なんて思うわけだ」
「なるほどねえ。グチャグチャね。よぉく解った。
「おお怖え……行くなら気ぃつけろよな」
「ありがと兄貴」
「兄貴はやめろ。ヒルド様によろしく言っといてくれ」
§
何とか目星がついた。
これでサッサと仕事が片付く。
俺は一旦荷物を家に置いてから大聖堂に向かった。
ヒルドの様子を見るためだ。
ヒルドは中庭で子供達と遊んでいた。
俺を見るなり眉間に皺がよっていたが、同時にホッとしたような顔にもなった。
安心した。
ゼロから再スタートかと思ったが、まだ信頼はあるようだ。
「お兄ちゃん、ヒルド様の護衛だよね?」
そう言って近づいてきたのは女の子だった。
十歳を少し過ぎた辺りだろうか。
「そうだよ」
「ね、昨日ヒルド様守ってくれたんでしょ?」
「ああ、まあ」
「すごーい! ヒルド様に追いつくなんて!」
わーっと歓声が上がったかと思ったら、いつの間にか子供達に囲まれていた。
どうしようとヒルドに視線を送ったら、ヒルドも困惑していた。
そのまま何故か遊ぶ流れになって、一時間くらい。
夕食の時間になって皆引き上げていったが、俺はというとヘトヘトになって、中庭のベンチに座っていた。
「舐めてた。子供の体力舐めてた」
「これ、どうぞ」
ヌッと出てきたのはビンに入ったレモンライム。
顔を上げるとヒルドがいた。
「ありがと」
「子供達に懐かれるなんて。本当に不思議な人ですね、貴方は」
「あんなに血で汚れたアサシンなのにって?」
「ええ」
「ストレートに言うな。傷つくぞ」
「いえ。わたくしの手も血に汚れてますからね」
「……嫌味で言ったわけじゃない」
「知っています」
フッと笑ってくれた。
夕焼けをバックにして、たなびく金の髪が綺麗だった。
「アンタを襲った解放戦線とやら。ちょっと目星がつきそうだ」
「もうですか」
「その為に一日中出てたからな。早ければここ二、三日でカタがつくよ」
「流石はアサシンですね」
「アンタはしばらく外に出ないようにしてくれ。どこで連中が待ち伏せしているかわからないからな」
「それならご心配なく。ガトリング砲でも来ない限りは、わたくしは生き残れます」
「本気なのが怖ぇな。まあ、下手に連中が襲いかかって来た方が、存外連中の正体を明かせるかもな」
「えっ」
「アンタが捕まえて警察権限で吐かせたら、連中の城郭警察を向かわせればいい。仮にも聖女様のお言葉だ。警官達も張り切るだろうよ」
「……なるほど……そういう手が……」
「ヒルド? 言っとくけど冗談だぞ? 簡単に捕まらないから、アイツらはこんなに活動してんだから」
「! な、何でもありません。ご武運を」
ご武運を、と来たか。
一瞬本気な目をしていたけど、ちゃんと冗談と取ってくれたようだ。
何かよそよそしいな、と思うが当然だと今更思った。
別に彼女と俺は恋人でも何でもないし、保護対象なだけなのだから。
ただちょっと、仲良くなりたいと思ってしまったのは多分、彼女のやり遂げた正義、あるいは醜悪な手段に俺が同情を感じているからだろう。
サメ子が俺に、俺もサメ子に向けたのと似た感情だ。
同類。
仲間。
そんな感覚。
これを言っても迷惑なだけだから何も言わないけれど。
ペコリと頭を下げて帰っていくヒルドの背は、何か寂しい。
これで終わりなのはちょっと勿体無いなと、そう思ってしまった。
――思ってしまった、が。
そんな湿っぽい展開になると思ったか?
残念、ならなかった。
翌日の夜。
俺は準備万端で月明かりの貧民街を歩いていた。
聖堂を通ってまっすぐ東。
さらに荒廃が進むゴーストタウンと化した区画が目的地。
ブラックマーケットに向かうその道中に、ヒルドはいた。
「さあ悪党。キリキリ吐きなさい? 解放戦線とやらはどこです?」
「ひ、ひいい! た、助けて! アンタがあのヒルド様だって知らなかったんだ!」
しばらく外に出るなと言ったのに。
彼女はおもっくそ外に出ていた。
その上で、チンピラたち薙ぎ倒していた。
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