第12話 悪役と調達
「サリー、元気にしてたか?」
「えっへっへ、そう見えます? ウチはこれでも苦しかったんですよォ。旦那があんまり来てくれないからァ」
甲高いけど、やっぱりねっとりとした声が雑然とした店に響いた。
彼女はサリー・メイガス。
アサシン商会御用達の武器コンシェルジュであり、その他も扱う商人だ。
俺もよくお世話になっているし、先代は店長も贔屓にしていたとか。
「ショップ・メイガスにようこそ。人に言えないブツから武器弾薬、横流しの魔石から魔法触媒。パーティーのスーツからスケベな本まで。旦那なら日頃御贔屓のサービスだ。特別価格で
「最後は余計だ。いつからここは娼館になったんだ」
「冗談ですよォ。キッヒッヒ。お父様とは違って根が真面目ですねェ」
三白眼がヌラヌラと光り、ギザッ歯が見える口元がニチャアと開く。
このサリーは頭のてっぺんからつま先まで胡散臭い。店長なんかよりも比べ物にならないくらいだ。
不自然なほどに真っ青な、ストレートセミロングの髪。どこか卑屈に見えて、その実獲物を見るような視線。
派手な金刺繡が施されたローブを羽織るその中は、何故かビキニめいた水着のような服装。
腰から下はパレオなのかスカートなのかよくわからない。スリットが思いっきり入っていて、いつもパンツがチラチラ見える。
多分こいつも俺と同じくらいの年頃なのだろうけれど、不明だ。
女の子に言ったら悪いのだろうが。
なんとなく、サメっぽい。
サリー・メイガスなので、心の中ではサメ子と呼んでいた。
「サリー。武器を揃えたいんだ」
「相手はニト様が手ェ焼いたって鉄仮面のコトですかい? それとも旦那がカチあった解放戦線だか何だかですかい?」
「もう知ってるのか」
「それなりにはねェ。戦いが始まりそうなら、必要なものを揃えるのがウチのお仕事ですから」
「ちなみにどっちかでいいんだけど。正体とか知ってる?」
「知ってたらウチは代金に、旦那の一、二時間をよこせって言うかもですねェ」
そう言ってわざと胸元を見せつけてくるサメ子。
店内が薄暗いからか、どこかエキゾチックに感じる彼女が艶めかしく見える。
「食べられずに済みそうだ。とりあえず、貴族大嫌いズを殲滅できる火力を。最悪腕に連装グレネードランチャーを接続した変態とギリ戦えるくらい」
「キッヒッヒ。じゃあ早速上に行きましょうかねェ」
頷くと、サリーがカウンターに置いてあったベルをチリリリンと鳴らす。
すると彼女のカウンターの裏がゴゴゴゴ、と開き、再び階段が現れた。
サメ子がカウンターの敷き板を外して「どうぞこちらへ」と手招きしてくる。
俺がカウンターの中に入ると、サメ子は当たり前のように俺の右腕に抱き着いてくる。
そこそこ大きな胸を、あからさまに押し付けてきた。
「サービスですよ、サービスゥ」
こっちが何を言うまでもなく、ねっとりとした声でそう応えた。
階段を上がった先が、彼女の本当の店。
少し遺憾ではあるのだが、俺もテンションが上がってしまう場所。
何故ならその空間の壁一面に、武器が陳列されているからだ。
銃器から刀剣、用途不明な、しかしあからさまに武器と思えるもの。
手榴弾や爆弾、罠に使うワイヤーまでもが並んでいる。
それだけじゃない。今や骨董品だが、威力的には拳銃に匹敵する魔法のタクトなどなど。
見渡す限り、全て武器だった。
「さてさて。何がご入用です?」
「ショットシェル。いつもの散弾と、同じだけ
「殺る気満々ですねェ。貫通力抜群のダーツ弾がおススメですが、こんなのもいかがです?」
サメ子が弾薬の棚から取り出したのは、青と黒の縞模様の実包。
多分だが、これはサリーの趣味なんだと思う。
「ワイヤー弾。二粒の魔石スラグ弾の間に鋼線が仕掛けられてましてね。発射されると真一文字に広がって、鋼線が熱を帯びるんでさ。撃たれた相手は剣で斬られたかのように、スパッといきますぜ」
現実にもあった。
ボーロー弾というものだ。
だがしかし、ほとんど無意味と言われた。
理想としてはワイヤーを飛ばして巻き付き、あるいは斬り飛ばすという恐ろしい効果があるらしい。
実際は内部のワイヤーがそもそも銃撃に耐えられず吹っ飛んだり、うまく弾丸が広がらず絡まったまま飛んでいくという。
インパクトだけは大きいので、何故かゾンビ映画などの創作の場では大活躍している。
しかしこの世界では魔法と言う別ベクトルの技術がある。
ボーロ―弾の理想そのままに、さらに凶悪な形で実現できるようだ。
「一ケース、もらっておくよ」
「まいどォ。あとはいつもより多くグレネードですかい?」
「頼む」
「任せてくだせぇ……そぉだ。旦那、ムキムキの変態と戦うなら、こんなのはどうです?」
「?」
こっちこっち、と腕を引くサメ子に連れられたのはカーテンに仕切られた暗い小部屋だ。
彼女がふりふり、と腕輪のついた右腕を振るうと、パッと魔石灯がついた。
そこにあったのは設置型の大砲のような武器だった。
武器というより兵器だ。
俺の胸あたりまである鉄筒から、なにやら禍々しい槍先のようなものがのぞいている。
「何これ?」
「打ち上げハープーンですぜぇ」
ハープーン。つまり
なるほど、この見えている刃は返しのついた
一度刺さったら二度と抜けない感じ。
俺の世界でいうなら、鯨狩りで使うようなものの、さらに凶悪版みたいなイメージだろうか。
「飛竜狩り船団の払い下げ品でねェ。ウチお抱えのブラックスミスに改造させました」
「はぁ……どうやって使うんだこんなモン」
「簡単でさぁ。どこか高いところに本体をセッティングして、コイツを打ち込むんでさ」
サメ子がそう言って、着ているロングコートのポケットから無造作にハンドガンを取り出す。
単発装填の、
例えるなら、カリブの海賊が持っていそうなヤツだ。
「ここには発信信号を出す魔石弾がセットされてます。コイツで打ち込んだ瞬間、仕掛けたハープーンが発射。目標に向かって空から振ってくるって寸法でさ。街のどこからでも、どんな所にでも落ちてきますぜェ」
「これが落ちてくるのか」
「ええ、ええ。榴弾も仕込めますぜぇ」
「い、いいよこんなの。あの鉄仮面相手でも過剰火力だ」
「でしょうねえ」
簡単に引き下がった。
ということは、ただ見せたかっただけか。
このサメ子、ウエポンコンシェルジュとしては一流だ。
しかし時々トンチキ武器を作っては見せびらかしてくる。
商売をする気があるのかないのかよくわからない。
「でも、こういうのはけっこう売れますぜェ?」
「思考を読むなよ」
「旦那は分かりやすいですからねぇ」
「はぁ……しっかし、物好きがいるんだな」
「旦那も物好きな方だと思いますが?」
「嫌いじゃない」
「でしょう? キッヒッヒ」
取り止めもない会話が続いて、
「じゃ、いつもみたいにソコで待っててくだせえ」
と言われて部屋の真ん中にあるソファーに座る。
サメ子はテキパキとグレネードや魔石を見繕っては革袋に入れている。
こんな変人ではあるが、やる事はやるので安心している。
ここぞという時に、弾薬や手榴弾が足りない事は一回もない。
ソファーに深く座って昨日のことを思い出す。
名実ともに聖女、しかし親殺しの罪の意識がつきまとうヒルド。
そんな彼女に憎悪を向けて、子供を攫いながら襲いかかってきた解放戦線、あるいはモドキ。
そして、俺とニトに出逢いながらも戦うことはしなかった、しかし明らかに異様な鉄仮面。
この仕事、ただ護衛するだけじゃないようだ。
シュナイダー卿の意図はどこにあるのだろうか?
「キッヒッヒ。旦那ァ」
のし、と俺に
まるで娼婦のように体をうねらせて、生暖かい吐息をかけてくる。
ローブの胸元を大きく開けて、その胸がこぼれそうになっている。
「ご用意できました。バッチリでさ」
「ありがと」
「お代頂きたいんですがね。いつものコレで三割引き、勉強させていただきますぜ」
そう言って彼女が右手に持つのは魔石だ。
それは第一種魔法の中でもとりわけ使う者が限られている魔石。
その名も、
かざした相手のステータス表示することができる。
書かれることは魔法の名前の通り、その人間の全てだ。
相手の能力や適性はもとより、今まで何回戦っただとか、何回人を殺しただとか。
果てはトイレの回数から、好みの食べ物や女性、はたまた自慰の数まで。
さらには強い思いやトラウマも映像として流れてきたりする。
――全てを開示する。
これがどれだけ、戦いのアドバンテージになるだろうか。
これがどれだけ、人の関係を破壊するだろうか。
こんなものが流通したならば、人はおそらく人としての生活ができなくなってしまう。
外を歩く誰にも、全て知られているのだから。
だから、第一種魔法。
時々第零種、つまり
裏の世界でも流通することは滅多にないが、何故かサメ子は所持していた。
「変わり映えしないのによくやる。いつでもいいよ」
「じゃ、じゃあ早速。キヒヒ。キヒヒヒヒッ」
魔石が輝いて、俺の胸の辺りからブワリと半透明の板が現れる。
サラサラと書かれていく情報は、俺の本当の名前や生年月日、あの日本での出来事も全て詳らかに再現される。
「あああ来た。来た来た来た! なんて。なんて酷い結末なんだ!」
ゾクゾクゾク、とサメ子が震えた。
彼女には見えている。
俺がやった事が全てだ。
俺が転生者ということも、全て。
家族以外にそれを知るのは彼女だけだ。
「ああ旦那! 可哀想な旦那! 違う世界から来た、とてもとても不幸なお客さま! ウチのだ。ウチだけのお客さまだ。ラムダの旦那は、ウチのお客さまなんだ!」
絶叫するサメ子。
顔は恍惚として、目がぐりんと白目を剥く。
そのままだらしない声を上げて痙攣すると、俺の体にしなだれてきた。
柔らかな胸を俺の顔に押し付けて、ハァハァと息が荒くなっている。
「こんな上等なお客さまを慰さめる武器を、力を。ウチは、ウチは力を売るんだ。離しませんぜ旦那ァ。ウチは、旦那の力になるんだ!」
「サリー」
「だから、ウチをもっと使ってください。ウチにもっと。もっと頼って下さいよォ」
彼女がどうして俺にこだわるかは、よくわからない。
だが彼女曰く、俺に出会ってようやく仕事にやる気が出たらしい。
そして、いつもこう。
俺の上で勝手に絶頂して、俺の胸に顔を埋めてくる。
最初は不気味でたまらなかった。
今は慣れたというか。
遺憾ながら。
心地いい。
俺の全てを受け入れてくれている、と思えてしまう。
しばらくしているとサメ子は顔を上げて、ニチャァ、という笑顔を向けてきた。
「楽しんだ?」
「最高でさ」
「何がそんなに楽しいんだ?」
「ウチは武器をお渡しする商人ですから。悲惨な方に。復讐を考えている方に。運命そのものを呪っている方に、切り開く武器を与えたいんでさ」
「運命を呪うかぁ」
「ウチも呪ったことがありましてね。切り開いたのは道徳でも愛でも何でもなくて、力でした」
「力……」
「旦那も、そうだったでしょう? ねえ? ウチと旦那は同類だァ」
「そうだな」
「最初に出会った時から、一目でわかってましたよぉ。キヒヒ」
その喜びを分け与えたいがための武器コンシェルジュという事なのだろうか。
ヒルドが聞いたならさぞ嘆く事だろう。
サメ子の魂も多分、俺と同じくらい真っ黒なはずだから。
「
「キッヒッヒ。恥ずかしい」
「客に
キャー、と再び顔を胸に埋めてくるサメ子。
本気で恥ずかしがっているのか、そうでないのか。
ぐりぐりと、俺の胸を指でなぞる彼女の手つきはエロい。とても。
でも、再び顔を上げてねちっこい笑顔を向けてくるのは子供のようでもある。
「旦那。ウチを捨てないで下さいね。ウチは旦那のために一生懸命仕事しますから。ね? ウチのために、いっぱい、いっぱい殺してください、ねェ?」
妙な商人に懐かれてしまったものだなと思う。
恋人でもなく。
体の関係でもなく。
友達でもなく。
ただ、商人と客。
けれど、呪った相手――運命という敵を共有している。強い結びつきがある。
だからだろうか、サメ子はイカれたど変態だが、少なくとも俺は信頼している。
油断しているとお互いに体を預けて、ズルズルと堕ちるように共依存になってしまう。
ある意味、綱渡りの関係だ。
「旦那。ウチだけ喜んでもナンだ。
「古くたって相当貴重なものだろ、それ」
「良いんですよォ。ウチと旦那の仲じゃあないですか。それに、鉄仮面のツラを剥がすにゃちょうどいい。その情報は後のお客様にもつながるかもだァ」
「ちゃっかりしてるな」
「商人ですから」
「ありがとう。サリーは頼りになるよ」
「そう言っていただけると商人冥利に尽きまさぁ――またのご来店、お待ちしてますぜぇ」
§
武器は揃った。
あとは情報だ。
サメ子の店から数ブロック先にそれはあった。
404区画の中程にある、明らかにまともでない建物。マフィアが入り口にたむろしている、その場所の地下が俺の目的地。
ここはいわゆる、違法カジノ。
そこのオーナーが、シンシアファミリーの若頭であるゲニー・ガラムだった。
俺が違法カジノの入り口に入ると、すぐさまやってきたのはあの新米の二人だった。
彼らに連れられて地下への階段を下がると、大きなホールには強面の連中が勢揃い。
皆一様に頭を下げてくるのがちょっと気持ちよくもあり、怖かった。
そういうのはいらないよと言っているのだが、どうやらこれはゲニーさんではなくさらに上の本家からの指示とのこと。
ウチの店長はシンシアファミリーに貸があるらしいけど、一体何をしたのだろうか。
やがて盛況しているカジノを突っ切って、奥の部屋に通されると、そこにはゲニーさんが大きな椅子に座り、帳簿やら何やら眺めては難しい顔をしていた。
どことなく、ヒルドのそれに似ていてつい吹き出しそうになるが我慢した。彼はあくまでもマフィアなのだから。目の前で笑ってはいけない。親しき仲にも礼儀ありってやつだ。
ゲニーさんは人払いをすると、嫌そうな顔をすることもなく
「レモンライムでいいか」
と言って側の部下に目を配ると、部下は何も言わずレモンライムを持ってきて、そして外に出ていった。ゲニーさんもワインを注いだグラスを片手に、応接用のソファーに座ってくれた。
「珍しいじゃあねえか。ウチに来るなんてよ」
「兄貴の顔見たかったから」
「兄貴じゃあねえ。だが別に悪い気はしねえ。ここだけの話にしとけ」
「そこ、こだわるね」
「こういう世界は、そういう繋がりが力にもなって、トラブルの種になるからな……ところでそりゃなんだ?」
なんだと言われたので、俺は革袋から一つずつ弾薬やら手榴弾やらを置いていく。
俺も改めてみたけれど、なかなかの火力だ。
確かにあの鉄仮面を殺し切れるだろう。
ゲニーさんは若干引いていたが、サメ子の店の後だと言うと納得してくれた。
「戦争でもおっ始めるつもりかよ。何を相手にするつもりだ今度は」
「ゲニーさんがお熱な聖女様を、亡き者にしようとする連中だよ」
ブバっと、ゲニーさんがワインを吹き出した。
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