第11話 悪役と色街

「じゃあ、ヒルドを襲ってる解放戦線は偽物って事ですかね?」

「おそらくは。だが偽物だとしても疑問は消えない」

「?」

「何故、解放戦線なのか、さ。ヒルド嬢の活動を妨害して、殺害するのが目的というのであればもっと別の名でもいいはずなのにネ。聖女絶対殺すマンズとか」

「……店長のそのしょーもないネーミングセンスはさておき」

「さておかれた。パパ、ショックだよ」

「連中がどういう奴らかは理解しました。で、鉄仮面なんですけど……」


 ガシャアン!

 ドカッ!


 急に裏口の外から、何か鉄のようなものを激しく地面に叩きつけるような音がした。

 ただこの音は俺も、そして店長もよく知る音だ。


「おやおや。われらがプリンセスがご機嫌斜めのようだ」

「ニトも仕事に?」

「工業地区の地区長からの依頼でね。最近押し込み強盗が多くて、見つけ次第一網打尽にしてくれと。古い倉庫の一つや二つならフッとばしてもいいからと」

「そりゃまた気前がいい。また貴族の美術品です?」

「その通り」


 あの小さな淑女はそういう仕事を好むし、依頼者のほうも理解している。

 わざわざ依頼書の付記に


『美術品は好きなだけ見ていい』


 と付け加えられるほど優遇されている。

 普通、貴族の美術品は外に出されることは無いし、平民に見られないようにしたいというのが本心らしい。

 なのに、ニトは許されている。

 保管している貴族たちも了承している。

 むしろワンドリッチ商会のニトが護ることが箔になるくらいだ。

 何故それほど頼りにされているのか。

 俺も最初は疑問に思ったけど……恐らく、だからだ。


「ラムダ、続きは彼女を慰めてからだ」

「仕事を失敗するはずは無いんでしょうけどね。何か気に喰わないことがあったのかな?」

「ケアは任せたヨ」

「ニトはヘソを曲げたら怖いですからね」

「下手を打つと「お父様臭いからヤ」とか言われる。パパ悲しい」


 本当に半日くらい拗ねまくるもんね。

 俺は仕方なく裏口に向かう。

 静かに開けたドアの向こうには、の上にムスッとした顔で座るニトがいた。


「ニト。お帰り」


 むっすー、と。

 頬を膨らませて、小さな腕を組んで座る我らがプリンセス、ニト。

 俺の事に気づいているはずなのだが、よほど腹が立っているのだろうかプイっとそっぽを向く。

 しばらく待っていると「ん!」と両手を上げてくるので、俺はニトを抱き上げた。

 軽い、細い体だ。

 こんな体で、この二畳くらいしかない裏庭を占領している巨大なクランク式ガトリング砲を軽々と扱うとは思えない。

 これの重さはハンパなくて、重さだけで人が殺せる代物だ。

 俺も試しに持ち上げようとしたら腰を痛めたし、店長はギックリを起こしたらしい。

 ガトリング砲の銃口を見ると煤が付いている。

 撃ちまくったようだ。

 何かと交戦したということだろうか。

 彼女が仕事をしていた工業地区は、中央広場から西にある場所。

 俺のいた場所とはかなり遠いから、ドンパチしても気づけない。

 何があったのかと今見に行こうと思っても、多分城郭警察が更地になった倉庫を立ち入り禁止にしている。

 何があったかは、彼女の口から聞くしかない。


「ニト、どうしたの?」

「撫でて。撫でなさい」

「はいはい」


 抱きしめたまま、よしよしと背中をさすり、頭を撫でる。

 基本、彼女は子ども扱いをすると怒る。

 感覚的には俺よりちょっとお姉さんみたいに扱われるのが好みのようだ。

 しばらく無言が続き、さする音だけが響く。

 そうしているうちにニトがチュッと俺の首元にキスをするのが満足の合図。

 俺は何も言わず彼女を降ろすと、彼女は「はぁ~」と大きなため息をついていた。


「どうしたの? 仕事うまくいかなかった?」

「邪魔された」

「邪魔?」

「不届き者たちはいたわ。覆面の連中が十人ちょっと。ミンチにしてあげようと思ったのに。へんな鉄仮面が出てきて。半分取られちゃった」

「鉄仮面!?」

「?」

「ニト、君も鉄仮面を見たのか!」

「見たも何も! 獲物取られたし逃げられたし! 勢い余って倉庫三つも壊しちゃったし! ああどうしましょう。せっかく仲良くなってくれた倉庫番のおじさま達が悲しむわ。あまりにも頭にきて、私に銃を向けた不届き物を一人、

 

 倉庫番のおじさま達に同情する。

 ニトが立つのは愛用のガトリング砲でぼろ雑巾のようになった死体の中。

 彼女が魔法で体の中に納めている巨大な二本の『鉄腕』が雑巾を絞るように人間をグチャグチャにしている。

 地獄の鬼も裸足で逃げだすような惨状の中、


「やりすぎちゃったわ。ごめんなさい」


 なんてゴスロリ幼女が申し訳なさそうに言ってくるのだ。

 おじさま達は悲しむどころか震える膝に何とか喝を入れ、必死に笑顔を作って


「い、いいよぉ。ニトちゃんはえらいねェ」


 と言うのが想像できる。

 いやいや、ツッコミどころはそこじゃない。

 鉄仮面だ。


「ニト。鉄仮面ってさ、ムキムキで右腕が武器じゃなかった?」

「そうそう。思い出しただけでムカついてくるわ。図体デカいくせにちっちゃい銃振り回して。おまけに誘いも乗らないでさっさと帰るし!」


 踊りや遊びの誘いに聞こえるかもだろうが彼女の場合は殺し合いだ。

 見た目に騙されると数秒後にはミンチの運命。

 だが鉄仮面は彼女の戦力を正確に捉えたのか無駄に戦うことはなかったようだ。

 ほとんど俺と同じ状況だ。

 あの鉄仮面も、俺を見るなりすぐに消えていった。


「今度会ったら捻り潰す。絶対よ」 

「そうだね。ニトならできるよ」

「当たり前でしょ。この私を誰だと思ってるの?」

「怖いお姉さんだ」

「そう。貴方のこわーいお姉さん」


 俺は膝を折って彼女の手の甲にキスをする。

 そうして淑女として扱ってあげると彼女はたちまち上機嫌になった。

 ホッとした、と思った矢先。

 キィ、と裏口の扉が開いた。


「ふぅむ。どうやらその鉄仮面、ただの変態さん、というわけではなさそうだねェ」


 パイプを咥えた店長が出てきた。

 迎えにきたついでに立ち聞きをしていたようだ。


「お父様、聞いてたなら教えてちょうだい。アレ何なの?」

「さぁて。今賞金首の名簿に目を通したけれども、君たちの言う容姿に該当するものは居なかった」

「流れ者ですかね」

「にしては、色々なところに顔を出している。夕方は貧民街、深夜は倉庫。主街道を通らないと行けない場所なんだがねえ」


 確かに店長の言う通りだ。

 俺が仕事をしていた貧民街と、ニトのいた場所は必ず主街道を横切る必要がある。

 主街道は広い。俺の前の世界の感覚で言うと四車線の道がある感じだ。

 飛び越えるにも魔石の力が必要だし、飛べたとしても絶対に目立つ。

 あそこは夜でも灯りが煌々としていて、人がいる。気づかれるリスクは多いにある。


「ふむ。嫌なことを考えてしまったな」

「嫌なこと?」

「いや、忘れてくれたまえ。それより子供達? 今日は二人とも疲れただろう。パパが人気店で並んで買ったアイスがある。仕事の疲れは甘いもので注ぐのがイチバンだ」



 §



 翌日の朝はベーコントーストと牛乳、そしてサラダだった。

 ニトが朝からお肉が食べたいと言って、厚いベーコンにマヨネーズをたっぷり乗せたものを用意してくれた。

 俺はこれがけっこう好きだった。

 ベーコンもいいけど、特にこのマヨネーズがいい。

 意外にも元の世界と同品質、いやそれ以上だった。

 引きこもっていた時、ダラダラと見ていたYouTubeの動画で知ったけど、マヨネーズ自体はすでに18世紀に原型があったという。

 この世界はそこからちょっと先に行った、魔法が技術体系として進化した世界だ。マヨネーズがあってもおかしくはない。

 俺たちが美味そうに食べている中で、店長は


「朝から重ぉい」


 としょんぼりしていた。

 やはり歳には勝てないのか、朝からこう言うものはキツいらしい。

 しかしそこは子供が作ったものだからと無理して食べていた。ようやる。

 それでもコーヒーを淹れるのだから不思議だ。

 店長曰く、コーヒーは血と同じだとか。何言ってんだこいつ。

 ーー人殺しを生業にしているのに、そこらの家庭よりも家庭らしいことをしている。

 皮肉なもんだと思うけど、悪くはなかった。

 むしろいい。安心する。

 ここに姉がいたならな、と思うことがある。

 その度にこのちんちくりんのゴスロリをじーっと見てしまうのだけれど、


「何? お姉ちゃんに甘えたいの?」


 ニトは店長に似たのか、解ってますよみたいなニマニマ顔をすることがあった。

 その度に「別に」とそっぽむくけど、彼女に「ほら〜甘えてきなさいよ〜」ともて遊ばれてがいつものルーティンだ。

 そんな感じで朝食と短い家族団欒を終えて、俺は仕事に出る。

 仕事は今や聖女と崇められるヒルド・サンダルウッドを護ること。

 だがヒルドはあの要塞のような聖堂に、屈強な衛兵達に守られている。

 しばらく引きこもると言っていたので、正直俺の出る幕はない。

 というわけで、今のうちに別のアプローチで仕事を終わらせたいと思う。

 簡単なことだ。

 解放戦線を見つけて全員殺す。それだけだ。

 多分依頼主のシュナイダー卿はそれを望んでいるだろうし、最終的にはそうして欲しいのだろう。

 ならちゃっちゃとやるべきだ。

 必要なのは二つ。

 一つは武器と弾薬。

 もう一つは情報だ。

 裏路地から出て、主街道から枝野ように伸びる副街道を歩く。

 副街道といえど俺の世界でいう二車線くらいの幅がある。

 往来が激しいところはいつも活気があって、市場を開いているところは毎日が朝市のようだ。

 何個か副街道を渡っていくと、急に治安が悪くなったような場所に出る。

 周囲の建物は普通の場所よりもミチっと詰まっていて、普通ニ、三階くらいの建物が並んでいるはずなのにここは四階建ても多い。

 そのせいか日があまり差し込まずに、昼でも薄暗い場所だった。

 周囲もあまり治安がいいとはいえない。

 治安が悪い、というのは貧民街みたいにデッドオアアライブとか、そういうヤツじゃない。

 なんて言えばいいか。

 歌舞伎町。

 いや、吉原?

 だけど秋葉原?

 とにかく、そんな感じのカオスな空間と思って貰えばいい。

 並んでいるのは風俗店にアングラなブツを売る店などなど。

 商売女はそこらじゅうに立っていて、呼び込みも同じくらいいる。

 歩いているのも半分カタギじゃない。

 時々お忍びの貴族のような連中が護衛を連れているが、総じてロクな連中がいない場所だ。

 

「そこのお兄さん、寄ってかない?」


 昼間から派手な、そして布面積が薄い商売女が近づいてきた。

 が、フードから見える俺の顔を見るなり、


「ってラムダちゃんか。昼から人殺し?」


 と、色っ気のある顔からいきなり友達にでも出会ったかのような顔になる。


「昼間っからやるわけ無いだろ」

「そーなの? じゃ、ウチ寄ってく?」

「昼からそんな元気無い」

「若いくせにそんな事言って。お父様を見習いなさいよ」

「店長に会ったら言っといてくれ。ニトに言いつけるぞってな」


 そういうと彼女はぷーっと頬を膨らませると、フッと少し悲しそうな顔をする。

 やがて手を振って別れると、再び仕事の顔に戻って元の場所に佇んでいた。

 こうして歩いている中で、何人かに声をかけられてはなーんだと言われるこの場所は、店長のお気に入りの色街だった。

 正式には『第404番地区画』という名前がついているのだが、ウチでは色街で通じるし、その界隈の連中は404区画といえば通じる。

 ここは色々なところが集まる掃きだめのような区画だ。

 だからだろうか、表では決して見ることも触れることもできないものが転がっていたりする。

 例えば盗品の類だとか、横流し品だとか。

 今はめったに見ることの無い魔導書だとか。

 性風俗も表では一発アウトなところとか、はたまた金持ち専用の高レート違法カジノなどなど。

 あげればキリがない。

 警察が入り込めば手錠が足りなくなるだろうこの区画。

 誰もがヤバいとわかっているのに、なぜか摘発はされない。

 何故か。

 それはここが、貧民街とは違い統治されている場所だからだ。

 その統治しているというのは――


「ラムダの兄貴じゃないですか!」


 へこーっと頭を下げてくる蛇の目のような男と、大柄のスーツの男。

 完全にマフィアだが、どっかで見たことのあるような。


「あ、もしかしてこの前ウチに強盗入った二人?」

「へへ、その節は大変失礼しました……」


 ものすごく姿勢が低い。

 前の威勢はどこにいったのだろうか。

 でも前よりなんか、二人ともマフィアらしくなっているような気がする。

 陰の気が強くなって、過度にオラオラしなくても怖そう、みたいな。

 ゲニーさんの教育の賜物だろう。

 こんなに短い間にできたのは、多分俺に接触してから本当に怖いものを知ったから。

 もっとも、彼らの真新しい顔の傷を見る限り、愛はあれどまっとうな教育ではないみたいだけど。


「ってか、兄貴って何?」

「いやあ、ウチのボスの弟みたいだなって言われてるみたいですし」

「だから、ウチらにとっては兄貴なのかなって、そう思いましてね」


 まあ、それについては悪い気はしない。

 ゲニーさんはけっこう好きだ。

 確かに兄貴といってもいいし、呼んでいいならそう呼びたい。

 男らしい上に、腕っぷしも強い。

 仁義もわきまえているし、あまり大きな声では言えないけれどわりと優しい。

 当然悪党としては一級品で、横流しだのマネーロンダリングだの賭場経営だの、とにかく悪いことは片っ端から手を出している。このあたりの風俗店もだいたいそう。

 抗争では一度どゲニー・ガラムと事を構えると見るも無残な死体が転がっていると恐れられているほどだ。

 そんな向かうところ敵なしのゲニーさんは、アサシンを何故か酷く恐れている。

 どうやらそれは店長に原因があるらしいが、あまり語りたくないらしい。

 俺に対しても



『親しくしてくれるのはいいがな、人前で兄貴と呼ぶな。俺も皆の前では弟扱いしねえ』


『対等にいこうや。親しき中にも何とやらだろう?』



 ということを念押ししてくるくらいだ。

 その割にはスーツを一緒に仕立ててくれたりするから、よくわからない。


「ラムダの兄貴は今日はどんな用事で?」

「そうだな、ゲニーさんに用があるんだけど」

「取り次ぎましょうか?」

「だと嬉しいかな。一、二時間したら行くって言っといて」


 そう言うと二人は「ウス」と低い声で返事をすると、深くお辞儀をしてそのまま歩いて行ってしまった。

 ひとつ手間が省けて少し気分がいい

 鼻歌交じりで向かったのは、もう一つの行先だ。

 そこは404区画の中ほどにある、看板も何もない廃墟のような建物だった。

 両隣はネオンのような魔石灯が煌々と輝く相席酒屋キャバクラや風俗店なのだが、何故か挟まれたここだけがぽつねんと無表情で立っている。

 ドアを開けて入ると、中には小さな箱が置いてあるテーブルが一つだけ。

 近寄って箱を開けると、そこには手のひらに収まる程度の魔石があった。

 俺はそれの表面に人差し指を乗せる。

 すると魔石はふんわりと青く光って、カチリと音がする。

 やがてゴゴゴゴゴ、と音を立てて開いたのは壁の一角。

 奥は階段になっていた。


『キヒヒ、どぉぅぞどうぞ』


 甲高い、けれどネットりした、オタクっぽい女子の声が聞こえてくる。

 俺はそのまま階段を上がると、再びゴゴゴゴゴ、と音を立てて壁が閉まっていた。

 パッと明るくなった階段は、途中から高そうな絨毯が敷かれていて、階段左右の壁には高そうな絵画がかけられていた。

 相変わらず外と中が全然違うなと思って二階に上がると、店のドアは開いていた。


「旦那ァ、久しぶり」


 ところせましと違法品の並ぶ店内。

 その奥のカウンターで手もみするのは、真っ青な髪の少女だった。

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