第10話 悪役と鉄仮面

 バラバラと、舞い上がった石が落ちてきた。

 背中が痛む。

 爆風が背中を叩いた。

 衝撃で吹っ飛ばされたが、身を挺して守ったヒルドは無事のようだ。


「痛ってぇ……くそ、何なんだ。ヒルドは平気か?」

「え、ええ……アサシン、貴方は!?」

「俺のことはいい。ただ高い魔石が壊れちまった」


 起き上がり、ヒルドに手を見せる。

 俺の手に嵌められているのは宝石のついた指輪。

 薬指の魔石が砕けていた。


対衝撃魔法ブレイク・ショックの魔石だ。第二種魔法の横流し品だけどね」

「一体何が」

「わからない……そうだ、アイツは?」


 背後を見てみると、酷い有様だった。

 覆面の男は腰から上が無くなっていた。

 その背後には爆ぜた石畳の跡がある。

 さらに言えば、赤く光るサークルのようなものが覆面の男の死体の周囲をウロウロしていた。


「魔力照準!? 狙われたってのかよ」


 俺はヒルドに「隠れていろ」と言うと、ショットガンを構えながら赤いサークルへと近寄る。

 やや遠い場所から照射されている、そんな気がする。

 俺がいた場所は、この広場と一ブロック先の道路とつながる一直線の道。

 馬車が一台、ちょうど入り込める程度の広さの脇道のようなところ。

 狙われるとしたら、道路をこえてさらに奥の建物の上。

 俺の世界でのグレネードランチャーの定点目標の距離は一五〇メートル程度。

 この世界のグレネードランチャーの榴弾も大体同じサイズ。

 撃った奴がいるだろう地点と、その距離はおおよそ合致する。

 角の壁に背をつけて、チラリと覗いてみると――


「な、なんだアイツ」


 予想通りのその場所には、巨躯の男がいた。

 体長二メートルはありそうな、全身黒いロングコートで身を包んだ筋肉質な男だ。

 一度顔を引っ込めて、ポーチから単眼鏡を取り出してもう一度覗いてみる。

 異様な男だった。

 性別は正確にはわからないが、ガッシリした体つきから多分男。

 顔は元の世界でいう、溶接の時に使うような鉄仮面をつけている。

 異様なのは右腕だ。

 巨大なリボルバー銃が接続されている――と言えばいいのだろうか。

 多分連発式のグレネードランチャーだ。

 この世界で個人携行できる榴弾砲の最新式。

 魔石によるレーザーポインターのような照準器をつけている。

 しかも、あれはただの照準器じゃない。

 魔法で榴弾の着弾範囲をある程度操作できる、そういうヤツだ。

 時々魔法という技術は、元の世界でも成り立たなかった構想を簡単に実現できることがある。

 あれもそういう類のものだろう。

 鉄仮面が俺と目が合った。

 単眼鏡には光を反射させないシェードを被せてあるのに、目が合った。

 砲撃に備えていたが、鉄仮面はフッとグレネードランチャーを降ろす。

 そのまま何事も無かったかのように、背中を向けて去ってしまった。

 

「何だったんだ一体。ヒルドを狙ってるやつじゃないのか」

「ラムダ、一体何が!?」


 ヒルドが近寄ってくる。

 隠れていろと言っていたのに、魔法剣を構えて臨戦態勢だった。


「鉄仮面のマッチョがいた。腕に最新式のグレネードランチャーをつけてたぞ。心当たりは?」

「わかりません」

「なあ、アンタ本当は何かやってんのか? こいつらの殺意といい、妙な鉄仮面といい意味がわからないぞ」

「こちらが聞きたいくらいです! 貴方こそ何か厄介ごとでも抱えているのでは?」


 と言われると、言い返せないのが辛いところだ。

 時々嫉妬に塗れたアサシンが同業者に懸賞金をかけたり、バトルジャンキーめいた連中が私闘を仕掛けてくることもある。

 そういう連中に心当たりがないわけではない。

 ないが、こんな事をする連中ではなかったと思う。


「――さぁ、出てきて。もう心配ありません」


 考え込んでいると、いつの間にかヒルドが置き去りにされた馬車の後ろへ回っていた。

 ヒルドに抱えられているのは貧民街の孤児達だ。

 汚れた、ボロボロな服を着ている。

 しかしヒルドは自分のドレスが汚れるのも構わず、ひしと抱きしめていた。

 彼らは俺が暴れた光景にショックを受けたようで、目を丸くして呆然としていた。

 いや、それだけじゃない。

 過酷な環境に疲れ果てて、感情を失っている。

 ヒルドはそんな彼ら彼女らを等しく抱きしめる。

 その優しさに、感情の堰が決壊したのだろうか。

 突如大泣きを始める子供もいた。


「その子達も保護するのか」

「それがわたくしの使命ですから」

「そんな事してりゃ、孤児院がいっぱいになるんじゃないか?」

「そうでもありません」

「えっ」

「孤児達は大勢います。ですが、その分だけ食い物にしている者も多い。言葉巧みに誘い、悪の道へ落とす者もいれば児童売春や人身売買に消えていく子も沢山います」

「……反吐が出る話だな」

「無教養をいい事に洗脳して、節操のないマフィアや、特にギャングが使い捨ての駒にすることもあります。保護できるのはほんの一握りなのです」


 元の世界でもよくある話だ。

 世界に目を向けると、吐き気を催すような事例も沢山ある。

 例えば日本の歌舞伎町のトー横キッズがそういう連中の餌食になったし、いなくなったかと思えば別の街で等間隔に並んで少女達が立ちんぼをしている。彼女達の背後にいるのは推して図るべしだ。

 ヒルドはそういう本物の悪党とも戦い、子供達を守っているのだ。

 だとしたら、シンシアファミリーと聖堂が繋がっているのも納得。シンシアファミリーは悪と言えば悪だし、怒らせたらそりゃもう酷いが、民も頼りにできる任侠団体と言えばわかりやすいだろうか。

 店長が昔大きな貸しを作り、外道働きはしないと約束させたという噂もある。

 あのシュナイダー卿、本当にやり手なんだろう。

 元兵器しょうの長ともあれば、仕事が仕事なだけに裏の裏まで通じているということか。

 そんな事を考えていると、ヒルドは左腕につけていた金装飾のブレスレットの縁をなぞっていた。

 ふわりと虚空に現れたのは青白い光の魔法陣。

 ザザザ、とノイズが走ったかと思いきや、そこから聞こえてきたのはシスター達の声だった。


『ヒルド様! 無事ですか! 今どこですか!?』

「心配ありません。人攫い達は……ラムダが跳ね除けてくれました」

『ヒルド様、いい加減になさってください。貴方様はもう一人では無いのですよ!?』

「ありがとう。でも、これはわたくししかできない事。孤児も何人か保護しました。護衛兵をよこしてください」

『すでに何人か出ております。そちらへ向かわせますから』


 再びブレスレッドをなぞると、通信用の魔法陣がフッと消えた。


「驚いたな。それ、第一種の通信魔法だろ」

「……わたくしの家は武家ですから。そういうのもあります。私兵団を持っていたくらいですからね」

「私兵団?」

「父の代の、ならず者たちのようなものです。すでに解散させています」

「資料に書いてあったかな?」

「有名な話ですから、書く必要もないのでしょうね」

「世間知らずで悪かった」

「わたくしとしては、その方が嬉しいです」


 フッと悲しい顔をするヒルド。

 何故だろうか。

 同い年くらいのはずなのにもう、大分老けたようにも見えた。

 ずくんと、突然胸が痛くなった。

 この笑顔、誰かに似ているような、そんな気がする。


「もう大丈夫。聖堂に、いっぱいお友達がいますから」


 ヒルドが再び子供達を集めて、ギュッと抱きしめている。

 何だ、しっかり聖女しているじゃないか。

 周囲を見てみると、いままで隠れていた貧民街の連中が手を組み、ヒルドに向かって祈りを捧げていた。

 


 §



 流石ヒルドも、今日は休むと私室に入っていった。

 ここから数日は外に出ない方がいいぞと提案したら、彼女は素直にそれに従うと言った。

 俺の前では表情を変えず、保護した孤児たちに常に寄り添っていたが、ショックは大きかったようだ。

 保護した孤児達はシスター達が面倒を見ることになり、護衛兵達は非番の連中まで呼び寄せて聖堂は厳戒態勢になった。

 こうなるともうこの聖堂は要塞に近い。

 何かあったら魔力通信で呼ぶようにと伝えると、俺は一旦家に帰ることにした。

 既に日は暮れて、月が空に昇る時間。

 夜でも城郭都市フェレゼネコは明かりが絶えない。

 大門から王宮に抜ける主街道は煌々としていて不夜城とまで言われるほどだ。

 だが一歩路地裏に入ると、スッとひと気が無くなって静かだ。

 家につくと店は閉められて暗かったが、バックヤードに明かりがついていた。

 キンキン、と真鍮板を掘る音が聞こえてくる。

 店長が作業をしているのだろう。

 裏口から入ると、やはりバックヤードの工房で店長が作業をしていた。

 小さなハンマーとタガネで彫金をしている。

 俺が帰ってきたことは既に気づいていたようで、


「おかえりラムダ。もう少しで終わるからそこで待つといい。美味しいコーヒーを淹れてあげよう」


 と、振り返らずにそう言った。

 お言葉に甘えてダイニングで待っていると、作業エプロンをつけたままの店長がやってきて、何をいう事もなく頭を撫でてきた。

 子ども扱いされているのが嫌な半分、安心半分。

 緊張がほぐれたのだろうか、一気に疲れを感じてしまった。


「聞いているよ。ヒルド嬢を守ったと。上々ではないか。流石は我が息子」

「ですが、少し問題が」

「それはつまり、護衛任務を一旦離れてでも口で伝えたい、そういう情報があるということだネ?」


 大事なことは面と向かって、と言ったのは店長だった。

 俺は事の顛末を詳らかに話すと、店長はコーヒーミルをコリコリとひきながら聞いていた。


「ふぅーむ。解放戦線に謎の鉄仮面ねえ」

「心当たりないですか」

「前者はある。一言で言えば、貴族支配を良しとしない連中の集まりさ」

「反貴族団体って事ですか」

「そーそー。しかし最近貴族も表向きは市井の顔を伺うようになったから、なりを潜めたはずなんだけどネ」

「貴族が市井の顔を伺うようになった?」

「ラムダが来る大分まえ、都市間戦争が活発だった頃まではわりと大きな顔をしていたんだがねぇ。かの戦争が貴族の横暴によるものとバレてから、大分おとなしくなったのさ」

「貴族のせい? 王宮は何してたんですか」

「今では信じられないけどね。かつて貴族、特に上級貴族と呼ばれるもの達は王宮よりも力があったのさ」


 そんな事あり得るのか?

 と思ったが俺の世界の歴史でもけっこうある事だった。

 YouTubeの歴史動画くらいでしか知らないけれど、たとえばドラキュラのモデルになったワラキア公とかはそう。最初は諸侯達の力が強すぎたけど、ワラキア公が粛清して中央集権化したってヤツがある。

 それがこのフェレゼネコで行われていたのかもしれない。


「最初こそ皆従っていたけど、戦争が長引くとだんだん市民も不満が募ってくる。やがてマスコミが貴族達の横暴を暴くと、解放戦線のような反貴族団体が声を上げ、実力行使をした。結果、この街は荒れた。暴徒で溢れ返ったわけだ」

「そんな事があったんですね……」

「酷いものだった。至る所に死臭が漂っていた。地獄、と形容して差し支えないだろうね」


 酷い、の中身は聞かないでおこう。

 暴動、投石、貴族達の使用人からリンチされるとか、貴族が吊るされるとか、そんな感じなんだろう。


「幸か不幸か、他の都市でも同じように起きていた。至る所で市民が立ち上がっていた、というわけだ」

「偶然……いや、自然な事なのかもですね」

「こうなると最早、戦争どころではない。都市間戦争はなし崩し的に休戦。どこも火消しに必死になって今に至る。ここ十年の間に起こったことだ」

「下手するとこの街が廃墟になってたんじゃないです?」

「すぐに王宮が対応したのが良かったのだろう」

「王宮?」

「市民側に寝返った上級貴族と共に、民と貴族を取り持った。王宮は貴族が増長しないような仕組み作りを民に約束させた。貴族は王宮に従うことで、市民に殺されるのを防いだわけだ」

「うまくやったんだなぁ」

「ちなみに市民側に寝返った貴族達は今、五大貴族と言われている。他の貴族達の上役になっているネ」


 その一人がシュナイダー卿というわけか。

 ヒルドが善人、と言ったのも頷ける。

 今回の依頼にアサシン商会本部が乗り出してくるのも納得だ。


「簡単な歴史はわかりましたけど……なんかずるいなぁ王宮」

「戦略的に言えば大正解さ。しかし後年、その王宮の対応にも解放戦線の影があったとか、無かったとか」

「何でそこでフワッとした感じになるんですか」

「そこまで情報集めてないモン。あの時めっちゃ大変だったしぃ」


 口を尖らせて拗ねていた。

 いや拗ねんなよそこで。


「まあいいです。都市の歴史と解放戦線の概要はよくわかりました。ちなみにその時アサシンは何をしていたんです?」

「あ、聞いちゃうソレ? 地獄聞いちゃう?」

「簡潔にお願いします」

「つれないなぁ。ざっくり言えば、アサシンは真っ二つに割れた。吾輩ら市民の刃と、貴族に寝返った者にネ」

「勝ったのは市民の方って事ですね」


 店長が生きているということはそう言う事なんだろう。

 それが証拠に、店長は返答とばかりに微笑んだ。

 血で血を争う地獄だったんだろうなと予想。

 ……この時代に転生できてよかったなぁ。


 まとめるとだ。

 かつて都市間戦争があった。

 それは王宮すら歯止めの効かない貴族達の横暴が原因だった。

 やがて戦争が長引くにつれ、疲弊した市民の不満が爆発。

 マスコミや解放戦線みたいなのが扇動した結果、街は地獄と化す。

 内戦寸前で、ここぞとばかりに王宮が場を納めた。

 貴族達は王宮達に従う事で生き延び、市民達も矛を納めた。

 これ以降、貴族は市民の顔色を伺うまでになった。

 マスコミのサンドバッグに甘んじても、吊るされるよりはマシ。

 荒ぶる市民の力がトラウマになったわけだ。


 となれば、最初に店長が言った通り解放戦線なる反貴族団体の活動も、自然と縮小する。

 で、ヒルド。

 貴族達の寄付金で慈善活動をしている彼女は――あれ?


「吾輩も同じ意見だともラムダ」


 ことりと、いつの間にか俺愛用のマグをテーブルに置く店長。ふんわりと立ち上る香りがいい。

 マグを口に寄せて傾ける。この世界のコーヒーは少し苦みと、わずかなフルーティーな香りがする。嫌いじゃない味だ。


「本来、解放戦線がヒルド嬢を憎む理由も、襲う理由もない。何故なら彼女は父親を殺し、財産を投げ打ち、身を粉にして民を救っているからだ」



―――――――――λ―――――――――

ここまでお読みいただき

ありがとうございます。


身に覚えのない殺意。

異質な鉄仮面。

そして、聖女ヒルド。

アサシンを通じて結びついた、

底知れぬ謎と闇。

ヒルドは何に狙われ、

何に巻き込まれたのか。

かつての戦争と何か関係はあるのか。


哀れなアサシンが懸命に生きるため、

皆様の応援を頂けたら幸いです。


※面白いと感じて頂けたならフォローや★★★、レビューなどなど

高評価よろしくお願いします!

―――――――――λ―――――――――

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