第09話 悪役と人攫い

 ヒルドの足の速さは尋常では無かった。

 到底自前の脚力とは思えない。

 多分、魔石の力だ。

 代々伝わる魔石とやらに、ああいう風に風魔法を応用した速度ブーストのかかる奴があるに違いない。

 それが証拠に、彼女の足には青白い魔法の燐光が表れては消えている。

 よく見てみるともう手には魔法の剣が表れていた。

 俺に切っ先を向けた、雷のレイピアだ。

 やる気満々、問答無用、見敵必殺の境地らしい。

 護衛兵の静止も無視して走るのは暴走した車のようにも見える。

 護衛兵のオッサン達も慌てているが、彼らはこの建物を警護する役目もある。

 案の定機動力は遅い。

 俺が追っかけた方が速いなこりゃ。


「もう! 手のかかる令嬢だな!」


 窓を開けて、ブーツのかかとに触れる。

 ヒィン、と魔石が魔力に反応する音。

 元の世界で魔法は使えなかったが、この世界に来てから感覚的に魔力が使えるようになった。

 念じる、と言えばいいのだろうか。

 体に流れる液体のようなものを、一点に流し込むような感覚だ。


「展開!」

 

 やがて靴の下に魔方陣が現れる。

 すぐに踵に生えたのは、半透明の小さな翼。

 大跳躍のための魔法だ。

 俺はそのまま窓の外から飛び出て、飛び立つときに一気に力を入れる。

 

 ブワッ、と。

 ありえないほどの推進力が、俺のジャンプに距離を与える。


 何もなければせいぜい数メートルだけ飛んで、三階の上から落ちて骨を砕くか最悪死ぬのだろう。

 だが魔法による跳躍は校庭を越え、その先のあまり整備されていない道路を超えて、向かいにある建物の屋根まで飛ぶ。

 そして着地。

 ヒルドが向かった先を見ると、もう彼女は豆粒のようになっていた。

 シュナイダー卿が向かったのと逆なのはたまたまだろうか。

 頭をコンコンと叩く。

 余計なことが気になるのは悪い癖だ。

 俺は屋根を走り、そして建物から建物へ跳躍しながらヒルドを追いかける。

 跳躍魔法フライ・ハイは一度使うと次使うのにかなり時間がかかる。

 それはチャージ時間という、身もふたもない呼び方をされていた。

 というよりこの踵の中の魔石のように、一般人は免許が必要な第二種魔法以上の魔石は大体そうだ。

 ヒルドの持つのは恐らくそれ以上のはずだが、多分代々伝わると言うくらいだからチャージ時間が極端に少ないのだろう。

 例えアサシンであっても、そういうのを持つのは基本的に無理。

 なので、ここから追いつくかどうかは俺の日ごろの鍛錬にかかっている。


「屋根伝いに追いかけっこなんて久しぶりだな」


 屋根を走り、崩れかけた瓦を踏みぬかないように走る。

 これがなかなか難しくて、拾われてからの訓練期間では夜の街でこればかりをやらされていた。

 そのお陰か、何とか彼女を見失うことなく追いつくことができた。

 ようやく彼女が立ち止まったのは小さな広場だった。

 広場と言うか、空き地と言えばいいのか。古い二階から三階建ての住居が集まったところに、ポッカリと空いた空間。そこでヒルドと何やら覆面の男たちが対峙している。

 俺は屋根の上から周囲を伺う。

 ヒルドと対峙している男たちは見えているだけで五人。馬車を一台使っているようだ。

 馬車の中にはちらちらと子供たちの手足が見える。

 本当に人攫いなのだろうか。

 こんな白昼堂々やるとは。

 ただここは貧民街だ。

 警察の介入はほとんど無い。

 あったとしてもかなり到着が遅い。

 そして周囲の住人は当然、こんな連中に反抗する力も気力もない。

 孤児たちが攫われそうになっているというのに、誰も助けようとしない。

 それどころか、かかわりが無いとばかりに目を伏せるだけだ。


「また貴方達ですか! いい加減にしなさい!」


 ヒルドが魔法のレイピアを掲げると、覆面の男たちが嘲るように笑う。


「随分と早いお出ましだなサンダルウッド? 子供たちを奪われるのがそんなに嫌か?」

「今すぐ子供たちを解放しなさい。でないと痛い目を見てもらいます」


 ヒルドがザッと剣を構える。

 いつの間にか左手にも短い魔法剣が握られていた。


「性懲りもなく魔法剣か。俺たちがただただアンタに斬られるだけと思ったか?」


 リーダーがそういってスッと手を上げると、ヒルドの背後から再び数人の男たちが出てくる。

 旧式ではあるがライフルやショットガンを構えながら、何人もヒルドの後ろに回っていた。

 気配遮断ステルス、いや隠密歩行ナイト・シーカーの魔石を使っている可能性がある。

 どれも準一種、あるいは第一種魔法の魔石。

 どこかの横流し品を使っているのだろう。



 脅威度、赤。



 アサシン商会で言うところの「即殺するべし」。

 俺は胸元からペンダントのように釣っていた魔石を噛んで、建物の影に降りる。

 落下制御グラビティ・ゼロの魔石。

 高いところから落ちてもふわりと降りることができる第二種魔法の魔石。

 泥棒に応用できるからだろうか、これは免許が必要な類のもの。

 主に聖堂の壁や城郭を清掃、点検をする職人が持っている。

 警察に見つかって職務質問されたら一発アウトなやつだが、アサシンはそういった法律はだいたい無視している。

 俺たちは、そういう世界の住人ではないからだ。


「! 卑怯な!」

「何が卑怯だヒルド・サンダルウッド。善人ヅラして子供たちを貪る魔女が」

「何を! わたくしは孤児たちを! 恵まれない子供たちを幸せにするために!」

「貴様……この期に及んでしらを切るのか。もういい。査問委員会に連れていく必要もない。俺の独断だ今すぐここで殺して――」



「それは困る」



 話に割って入るように物陰から姿を現してみる。

 ヒルドの後ろの回った連中の、さらに横から姿を現した形だ。

 覆面の連中は「いつの間に!?」という顔をしていた。


「誰だお前は!」

「護衛だよ」

「護衛だと!? たった一人、しかもガキが何をできる!」



 ――静かに呼吸を整える。


 

 一、二、三を数えて心を穏やかに。

 四、五、六を数えて目をつむり。

 七、八、九を唱えれば。

 殺意の炎が、目にともる。


「こういう事ができる」


 右手を胸元、ナイフのホルスターへ滑り込ませる。

 同時に踏み込んで、一番近くの覆面の男に急接近。


 フヒュッ!

 カッ!


 逆手に持ったグルカナイフの刃鳴りと、竹のようなものが鉈に斬られたような音。

 すると目の前の覆面の男がズッ、とズレて、ボトリと落ちた。


「く、首が!?」


 覆面の連中から情けない声が聞こえてきた。

 奥のヒルドは……あらら、目を丸くして驚いている。

 ヒルドは誤算だったけど、いい感じで皆ビビッてくれた。

 これでいい。

 多人数戦で大事なことは、恐怖を煽ること。

 店長に教わった。

 恐怖は精強な軍団でもたちまち烏合の衆になると。

 だから俺はグルカナイフを仰々しく血払いして、両腕をダラリと下げる。

 いかにも何かしてきそうという、という態勢になる。

 そして被っていたフードの中から口元だけみえるように、二ィィと笑ってやった。

  

「こんなナイフで不思議だと思うだろ。

「スキル持ちの護衛!? ま、まさか――」

「ヒルド、そこら辺の家の中に!」


 左腕に握っていた筒状のものをポイっと投げる。

 それは緑色で染められた魔石式スモークグレネード。

 ピンを抜く代わりに魔力を込めて数秒後、ドワッとふき出す煙が辺りに充満する。

 これで狙撃できない。

 二階から銃を構えている連中もこれで役立たずということだ。

 ヒルドを横目で見ていたが、建物の一つドアが空き、こっちだと手招きをしている男がいる。

 流石に見兼ねた者がいたらしい。

 もしかしたら、ヒルドに施しを受けた者かも。

 ボランティアはするものだなと感心。

 なら、ここの彼らの損耗は除外する。

 ヒルドを守るつもりだったが、あの行為に免じてなるべくスマートに覆面の男を殲滅しよう。

 俺は続けざまにもう一人の背後に近づき、口を押え、ナイフを当ててスッと引く。

 ポロリと、首が取れた。

 首から吹き出た血が飛び散り、煙をあけに染める。


「ひぃ! なんだ!?」

「撃て! 殺せ!」

「バカ! この中で撃つな! 同士討ちになる!」


 とリーダーに言われているのに、鮮血に向かって銃を撃つのはヒルドの背後に回った覆面の男たち。

 首を斬られた奴はズタボロになってその場に崩れ落ちる。

 当然、俺はもう別の場所に動いている。

 背を低くして、煙に紛れながら貧民街の街の建物の壁伝いを歩く。

 やがて一心不乱に仲間の死体へ銃を撃ちまくる連中の背後に立つ。

 煙の中でも花火のように光っているから、相手がどこにいるかわかりやすい。

 左手で引き抜いたのは三連ショットガンだ。

 中身は元の世界で言う12ゲージのバックショット弾。

 ショットシェルと呼ばれる弾丸の中には、ペレットと呼ばれる鉛玉が9個入っている。

 発射されると、この9個のペレットが銃身からバラバラに飛び出して、複数の的を巻き添えにできる。

 元の世界、日本ではショットガンと言うとゲームの影響か数メートルの近距離しか届かないというのがあるが、それは大きな間違いだ。

 対人、対獣用のバックショット弾の有効射程距離は30メートルから40メートル。この範囲でコイツに当たるとだいたい死ぬ。

 人間の皮膚を貫く程度の威力は270メートルから400メートルまで維持される。

 威力はペレットの一発が日本のお巡りさんの持つ銃と同じ。

 つまりコイツを一発撃っただけで、お巡りさん九人分の一斉射撃と同じ威力になる。


 ドゴン!


「うぎゃあ!」


 ドゴン!

 ドゴン!


「ぐぇ!」

「ぎっ!」

「がはっ!」


 銃身を切り詰めているから、けっこう弾丸が拡散される。

 敵の腕が引きちぎれた。

 敵の顔の一部がはじけ飛んだ。

 敵の脇の下に大きな穴が開くのがぼんやり見えた。

 残弾ゼロ。

 再装填リロード

 ブレイクオープン。

 銃の後方にあるヒンジを開ける。

 ガコンとショットガンが折れ曲がる。

 胸元のジャケットに刺したショットシェルを引き抜く。

 ショットシェルを装填すると、片手で持ち上げて銃をガシャン、銃身と戻す。

 銃口を上にあげて、狙うのは二階の窓枠からライフルを覗かせる男。

 ヒルドを見失って焦っているようだ。

 体を乗り出したそのときに、銃撃。

 窓枠のライフルの男は、指と顎の半分が吹っ飛んで、そのままダラリと窓枠にもたれかかるようにして絶命していた。


「畜生、どこだ!」


 ガガン、と銃声。

 ヒュンヒュンと擦過する弾丸。

 リボルバー銃によるものだろう。

 俺は再び壁伝いに大きく回り、リーダーの覆面の男がいた馬車の方へと回り込む。

 すると煙の切れ目から馬車の近くにいた覆面の男が二人見えた。

 リーダーじゃない。

 手にはリボルバー銃。

 二人とも武装はそれだけだった。


「お、おい。なんかヤバくない――がっ!」

 

 近くにいた一人の足を斬り、そのまま後ろに回って羽交い絞めする。

 仲間を盾にされていたからだろう。

 気づいたもう一人は銃撃をためらっていた。


「死んだよ、あんた」


 ドゴン!


 炸裂したバックショット弾が覆面を吹っ飛ばした。

 首だけになった覆面の男は膝をつき、そのまま倒れる。

 飛び散った脳漿のうしょうや吹き出る鮮血が霧になって煙に交じり、辺りは酷い有様になっていた。

 羽交い絞めにした男はもがいて抵抗したので、ショットガンを見せつけて頭に突き付けたら大人しくなった。


「そのまま頭に手を置いて膝をつけ。友達とになりたくないだろ?」


 そう言うと羽交い絞めにしていた男はガクガクと震えながら言う通りに膝をついて、手を頭においた。

 

「あとはリーダー……ってありゃ、逃げたか」


 いつの間にか煙は晴れていた。

 リーダー格の男は忽然と姿を消していた。

 広場は惨状になっていた。

 首が無い死体に、身体に大穴が開いた死体。

 建物の至る所に血が飛び散って、あたり一面に死の香りが漂っている。

 

「おーいヒルド? 生きてるよね?」

「ええ、無事です」


 隠れていた家からヒルドが出てきた。

 怪我はない。

 ホッとしたが、精神状態にやや難があるかも。顔が真っ青だった。

 ヒルドは周囲を見回して口元を押さえていた。

 この光景が信じられない、と言わんばかりだ。


「これがアサシンの仕事……なのですね」

「酷いなんて言わないで欲しいね。俺がいなかったらアンタが生きてるのは五分五分だった」

「理解しています。弾除けの魔石も持っていますが、何人にも撃たれたらどうなっていたかわからないでしょう。でも、こんな……」


 ヒルドはそう言うと、死体に近づいて手を組んで祈りを捧げていた。

 どこまで慈悲深いんだ。

 自分を殺そうとした連中だぞ?

 まあだからこそ、親を殺しても聖女と言われるのだろうけれども。


「こいつらに心当たりは?」

「ありません。時々現れる人攫いです。多分、彼らが脅迫状の主だと思っています」

「解放戦線とか言ってたけど?」

「確かに最初、そう名乗っていたと思います」

「こうしてカチあったことは?」

「あまり。こんな風に直接的に手を出してくるのは……」

「じゃあ理由はコイツに聞くしかないか」


 ぐり、と銃口を顔に向けると、覆面の男は解るくらいに震えていた。


「何でヒルドを襲ったの? いつも逃げるらしいじゃん」

「……」


 言わないつもりらしい。

 俺はスッと足に銃を向けて、引き金を引く。


 ドゴン!


 覆面の男は足の先を吹っ飛ばされて、その場にうずくまった。


「がああ!」

「これで少しは言いたくなったかな」

「アサシンやめて!」

「止めたいならシュナイダー卿に上申してくれ。俺は俺の仕事をしてる」


 ヒルドの泣きそうな声を制してショットガンをホルスターに納める。

 そうして愛用のナイフをポンポンと投げて弄ぶと、フヒュっと覆面の男の首に当てる。


「俺のスキルはね、『首斬り』ってスキルだ。レアスキルらしいよ。何万人に一人の。まーこの世界、スキル持ち自体がすごい珍しいんだけどさ」

「く、首斬り、だと!?」

「そう。むか~し、処刑人によく発現したスキルらしいけどね――首をね、力をいれずに斬ることができる。バターみたいに。俺が刃物を手にすると、何でもね」


 店長は「それこそギフトというものだよ」と喜んでいた。

 俺はもう少し何か無いのかと落胆したが、この仕事ではかなり生きるものだ。

 首に限っては抵抗なく、何でもヌルっと斬ることができる。

 鉄でガードしていようが何しようが、人であろうが何だろうが、抵抗なくだ。


「俺は捕虜ほりょを殺すことに躊躇ちゅうちょが無い。アサシンだから。でも聖女様の手前だ、慈悲を見せてあげるよ」

「慈悲、だと」

「ヒルドを襲う理由を教えてくれ。答えてくれたら病院に連れてってやる。どうする?」

「ぐ、ぐぅ……じ、地獄に落ちろ……魔女の……犬め!」


 ギロリと睨んでくる覆面の男。

 これは少し計算違いだった。

 烏合の衆だと思ったが、変にガッツがある。

 だったら尚更聞かなきゃいけない。

 どうしようか。

 気絶させてアサシン商会の二次団体のところへ連れて行こうか。

 二次団体はいろいろある。

 情報屋ギルドとか、いろいろと業務委託ができる団体だ。

 その中でも別名拷問ギルドと呼ばれる、尋問専門の連中がいる。

 そこで一週間も過ごせば、隠し事も小鳥のように囀るはずだ。

 俺が続けると、背後の聖女様が俺に斬りかかるかもしれない。

 さっきから俺を化け物のような目で見ている。

 顔は青ざめて、握る拳が震えていた。

 せっかくできたはずの信頼も一からやり直しか。

 大変な仕事だな、こりゃ。


「仕方ないな……ん?」


 ふと。

 ひゅるるるる、という音が聞こえてきた。

 何か花火でも上がるのかと思ったが、段々と近づいてくる。

 すぐに気が付いた。


榴弾りゅうだん!?」


 俺はすぐに振り返り、ヒルドに飛び、抱き着き、そして覆いかぶさる。


「アサシン!? 何を!?」

「口を閉じろ!」


 やがて地面に伏せた瞬間。

 背後で爆発が起きた。

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