第08話 悪役と善人

「なんだ祝砲か。まぎらわしい」


 窓の外を見て、ホッとした。

 銃を放ったのは護衛兵達だった。

 多分空砲だろう。

 いつの間にか卒院式の準備が整っていたらしい。

 中庭では制服を着た孤児達が並んでいた。

 その後ろには今回の卒院式に呼ばれただろう、出資者みたいな連中が大勢スーツ姿で座っている。

 卒院する生徒達の正面、壇上の側にはシスター達が立ち並ぶ。

 壇上の上にはこういったイベント用の瀟洒なドレスを着たヒルド。その横には杖をついた老人がいた。


「あれがシュナイダー卿か」


 優しそうな顔の老爺だった。

 あれが五大貴族の一人。

 元城郭都市フェレゼネコの兵器廠の長。

 今は自分で作った銃器メーカーの会長を務めているという。

 シュナイダー火砲店といえば、銃把を握る者なら知らない者はいないほど大きな店だ。

 俺の握っているショットガンはアサシン商会お抱えの鍛冶師に作ってもらったけれど、半分くらいはシュナイダー製の部品が流用されている。

 人の命を奪う『死の商人』が孤児院経営のパトロンだとは。

 なかなか皮肉が効いている。

 だがもしかしたら、ヒルドと同じ罪滅ぼしなのかなと思ってしまう。

 何故なら彼が孤児に向ける視線は、それはそれは優しいものだったからだ。

 自分の孫に向ける慈しみのようなものと言っていい。

 横にいるヒルドも気を許している顔だ。

 善悪をスキルで判断できる彼女が横でそういう顔ができるというのなら、多分シュナイダー卿はそういう人なのだろう。

 ヒルドが卒業証書のようなものを孤児達に渡すと、シュナイダー卿はその度に孤児に語りかけている。全員にだ。

 そうして幸せいっぱいに、そして厳かに卒院式が執り行われると、敷地の外で待っていたのは馬車の列だった。

 馬車は悪路もものともしない軍用のもの。察するにシュナイダー卿の家業で出た型落ちを流用しているのだろう。

 馬車に乗る子供達はヒルドに見送られると、馬車の窓から身を出しながら、ここまで聞こえる声で感謝を伝えていた。


 きれいな光景だった。

 

 ヒルドは自分の事を愚か者と言っていたが、ああして馬車の列を見送る姿は本当に聖女のように見える。

 シュナイダー卿もそれではと帽子を傾けて馬車に乗って行ってしまった。


「……ん? あれ? ゲニーさん?」


 来賓らいひん席で、一人残っておいおいと涙を流しているコワモテがいる。

 見紛うはずもない。

 あれはシンシアファミリーの若頭、ゲニー・ガラムだった。


「あの人もココに噛んでるのか。まあ、寄付とマネーロンダリングはワンセットだしな基本」


 カネが集まるところには必ずマフィアがいる。

 それは元の世界でもそう。

 慶弔けいちょう関係の請求書でなんか見慣れた名前の店があるなと思った。

 多分あれはゲニーさんのフロント企業なのだろう。


「変だな。お供がいない……あらら、ヒルドのところに行ったぞ?」


 のっしのっしとヒルドに近寄って、何か讃えるような事を伝えている。

 ヒルドはスキルで悪人判定をしているからだろうか、心底嫌そうな顔をしている。

 が、一応ここに呼ばれるほどの出資者だからだろうか、ゲニーさんが近づくと作り笑顔で対応していた。

 ゲニーさんはそれに気づかず感動しっぱなしで、果てには



『何か心配事があったらシンシアファミリーが飛んできますぜ』



 と言っていた。

 当然ここまで声は聞こえないが、訓練した読唇術で分かった。


「ゲニーさん推し活でここに来てるのか。そりゃお供がいないわけだ」

 

 聖女に熱をあげるマフィアの若頭、か。

 部下には口が裂けても言えないだろう。

 寄付もマネーロンダリングじゃなくて、ガチで寄付してる可能性が高い。

 あとでからかってやろうかな。

 部下が言ったら殺されるだろうけど、俺は大丈夫だろう。多分。

 そうしているうちに片付けが始まり、一時間もすれば中庭は元どおりになる。

 片付けを待っていた孤児達が待ってましたとばかりに飛び出て、ボール遊びなどなどはしゃぎ回っていた。


「ふう、疲れた……」


 ガチャリと扉を開けて入ってきたのはヒルドだった。

 イベント用のカッチリしたドレスではなく、普段着に戻っている。

 普段着と言っても中々のドレス姿だ。

 端が擦り切れているところもあるが、それはヒルドがどれだけ働いているかの証なのだろう。

 俺がいるのを忘れているのか、素の顔になっている。

 年が近いはずなのだが。

 今は疲れたOLのようだ。


「お疲れ様。いい卒院式だったよ」

「! あ、そ、そうでした。いたのですね」

「書類は一応全部みたよ。そこの塊を何も考えずサインするといい」

「ありがとう。今日はゆっくりと眠れそうです」


 そう言うと、ヒルドは応接用のソファーに座り、その背を背もたれに預けていた。


「満ち足りた顔をしていたな」

「唯一、わたくしの努力が報われたと思える瞬間ですから。あの子達はシュナイダー卿の施設や研究所で沢山働いて、お金を儲けて、幸せな家族を作るんです」

「あの大貴族もよくやるな」

「言いたいことは解っていますよ。あの人も半分は死の商人ですからね」

「半分?」

「今は家業を自分の子供に譲って、彼自身が運営しているのはほとんど平和利用のものです。あの人も罪滅ぼしをしたいのでしょう」

「だから信用してるって事か。スキルで見た魂も?」

「あの人は真っ白ですよ。一点の曇りもない青空のような人。魂はキラキラと輝いています。善人とは、ああいう人を言うんでしょうね」


 貴族に合法とはいえ税金対策とばかりに寄付を募らせて、ヒルドを旗印に大々的に聖堂まで建てたその手腕。

 ちゃっかりシンシアファミリーみたいな仁義のある反社会的組織を噛ませて、ダメ押しとばかりに俺のようなアサシンまで雇い、表からも裏からもこの大聖堂を護るその慎重さ。

 何か裏があるかと思いきや、マジで善人とは恐れ入った。



 ――正直に言えば、ヒルドに脅迫状を出したのは彼じゃないのかなと思った。


 

 今ヒルドは時の人で、名実ともに文句は無い。

 ただ一点欠点があるとするとしたら、それはマスコミの印象。

 マスコミは未だに中傷じみた記事を書き、時には彼女が父親を粛清したことを何度もほじくり返す。

 仮にマッチポンプ的にヒルドが何者かに襲われて、俺の活躍により助かったとする。

 その瞬間、出資していた貴族たちがここぞとばかりにマスコミを非難し、シュナイダー卿が遺憾の意を大々的に表明したとしたらどうだろうか。

 彼らマスコミのせいで聖女の命の危機にさらされた、なんてことになったなら。

 恩恵を受けてる平民や貧民達はどうするだろうか。


 怒るだろう。

 暴徒となって、マスコミに襲いかかるだろう。

 自分たちの味方だと貴族を叩きまくっていたマスコミが、マスコミとは違い腹を満たしてくれる聖女を危機に晒したとあっては。

 日和見の層も怒りに酔い、暴徒として膨れ上がるだろう。

 物理的な殺意を持つ、ネットでいう炎上状態だ。

 どう見積もっても、マスコミ関係の人間に大勢の死者が出る。

 街頭に記者や編集者が吊るされるかもしれない。ここはそういう世界。

 で、騎士団が出てくる。

 暴徒の怒りは尚もおさまらない。

 とはいえ、騎士団も反撃するわけにもいかない。

 そんな事をすれば本当に内戦になる。俺がここに来る少し前の、都市間戦争時代の傷が開くようにだ。

 騎士団は暴徒の投石や違法魔石による攻撃に大盾で耐えに耐える。

 その中で騎士団側にも死者が出る。

 反撃したり歯止めが効かなくなる騎士団も出てくる。

 殺意が増幅していく。

 そうして本当に内戦状態寸前になったところで王宮がようやく重い腰を上げ、こう言うのだ。



「ヒルド・サンダルウッドは正しく聖女であり、マスコミによって命を狙われたことは甚だ遺憾である」


「しかしながら、聖女ヒルドは争いを良しとせず、彼女もまたこの事態に大変心を痛めているだろう」



 結果ヒルドは正しく聖女認定されて、全面的にバックアップしたシュナイダー卿は五大貴族の筆頭にのし上がる。

 民に売れなくなり、弱体化したマスコミの力は徐々に金のある貴族にすり寄って、今度は権威主義的な記事が増え始める。


 そして、本当の意味で民の支配が再び始まる。


 マスコミが正しく機能しないというのは、こういう事なのだ。


 せっかくの近世っぽい時代は本当に中世ファンタジーのような支配図に逆戻りして、暗黒時代を迎える。

 貧富の差は大きくなるだろう。

 隣人を愛する事を覚えた民は、弱肉強食の信奉者に戻るだろう。

 権力が肥大して、貴族はおもちゃのように民の命を弄ぶだろう。

 そんな悲惨な中でも、民は


「どうせ何をしたって変わらない」


 と絶望して、何もしない。

 サンドバッグのように打たれるまま。

 仮に選挙があっても、投票しない権利と称してせっかくの票もドブに捨てる。

 ただただ、指を口に咥えて。

 子供のように。

 事態を変えてくれる英雄の誕生を、無意味に待ち続ける――


 ――なーんてことを考えていたんだけど。

 流石に陰謀論が過ぎた。

 もしこの世界にネットがあって、こんな事書いたら炎上モンだろう。アホくさ。

 ヒルドがシュナイダー卿を善人と言えばそうなのだろう。

 そもそも、シュナイダー卿がそんな事を考えていたなら、とっくに店長が殺している。

 何故ならアサシンとは、もともとは貧する民、抑圧された民の為の力の一つなのだから。

 法では罰せない悪を誅する、どうしようもない時にだけすがることのできる外法の力。

 ああして生きていること事態が、俺の浅はかな陰謀論が間違っている証拠なのだ。

 無駄なことを考えていないで、護衛に集中しよう。


「ヒルド。今日はこれからどうするんだ?」

「……!?」


 一瞬、ヒルドが警戒したような顔を見せた。

 俺ははてなと首を傾げてしまうが、もしかして


「この後夕食でもどうですか」


 みたいなニュアンスに受け取られてしまったのだろうか。

 思わず懐中時計を見てみると、確かにいい時間。

 窓の外は夕焼け色に染まっていた。

 

「あ、いや。誤解しないでくれ。この建物から出るか出ないかを聞きたいだけだ」

「あ、ああ。なるほど。あとは書類整理をしてから、皆で夕飯を食べて、祈りをささげて寝るだけです」

「ならいいな。俺はちょっと外を見てくる」

「外?」

「なんで俺が護衛についているかイマイチよくわからないんでね。外回りをして、怪しいやつらを片っ端から――」



「大変です!」



 タッタッタ、と廊下を走る音と叫ぶような声がする。

 ヒルドがスッと立ち上がり、ギュッとドレスの端を握っている。

 扉が開くと、そこに現れたのはシスターの一人。かなり焦って走ってきたのか、息切れをしていた。


「何事です」

「貧民街の東で、また子供さらいの連中が!」

「またですか。場所は?」

「連絡があったのは東四区の四八番地広場です!」

「今すぐ向かいます」


 というと、俺が制止をするまでもなくバッと走り始めるヒルド。

 あっという間に外に出て行ってしまった。

 風のように、ビュッと。

 ものすごいスピードだ。


「おいちょっと! ヒルド!」

「あの、護衛の人! 確かラムダさんでしたよね!?」


 シスターがすがるように近寄ってきた。

 大分興奮している。

 俺は「落ち着いてください」と静かに言うと、彼女は少し間をおいて大きく深呼吸をしていた。


「お願い、ヒルド様を守って!」

「そのつもりですが……あの、いつもああなんですか彼女は?」

「いつもああなのです。そして、護衛兵や城郭警察が到着する前にコトが終わっているのです。でも、いつもそうとはかぎりません!」

「コトってなんです? 警察が出るようなことなのですか?」

「最近、貧民街に人さらいが出るようになって! ヒルド様はまだ保護できていない孤児たちを守るために戦っているのです!」


 うっそだろと、思わず目を丸くしてしまう。

 あんな激務の間に自警団みたいなことまでやっているとは。

 そんな事、聞いてないぞ!?

 窓の外を見ると、もう門から飛び出て走るヒルドがいた。

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