第07話 悪役と親殺し

 ヒルドの口から出た親殺しという言葉。

 この世界ではどのくらいの重みを持つのだろうか。

 俺の元の世界だったなら、それはそれは酷いと思われるだろう。

 ただ歴史の勉強を振り返ってみると、日本でいう戦国時代あたりはそんな事日常茶飯事だった……。

 と思う。

 知らんけど。

 世界史に目を向けてもまあ似たか寄ったかなんだろう。

 で、この世界。

 魔法という技術体系が元の世界でいう蒸気機関に取り変わって進んだような、近世ファンタジーというべきこの世界。

 ヒルドの顔と好き放題に書き散らかされた新聞記事から察するに、この世界なりの手続きと慣例に則ってやったことだとしても、かなり重めの不名誉なのだろう。

 事実ヒルドのやったことは、批判は大きいものの法で認められている事らしい。


「親殺し、ね」

「わたくしは地獄に行くでしょう。ええ、それはいいでしょう。何もしなくてもそうですから」

「アンタのお父上様はその――」

「戦争犯罪に加担していた。度を越えた略奪に虐殺、人身売買。あろうことか自軍の武器や物資の横領まで。掘れば掘るほど、あの男の反吐の出るような犯罪が出てきました」

「そうか」

「自分でもわかっています。こんなの罪滅ぼしにもならないと。でも、そうしていないと自分が壊れそうだから」


 あなたのせいじゃ無いし、あなたの罪でも無い。


 なーんて、青くさい、慰めにもならない事は言わない。

 何故なら知らなかったとはいえ、ヒルドはその汚れて血に塗れた金で飯を食べて、その金で服を買い、その金で剣を納めて、その金で幸せに暮らしていたのだ。

 聡明だからこそ、知った時のショックは大きかったに違いない。

 文字通りの地獄のような苦しみに苛まれて、自死すら考えたはずだ。

 もしかしたら今がそうかもしれない。

 殺人的なスケジュールで自殺を続けていると考えれば納得だ。


「それでもこんな所に聖堂を建てたのは凄くないか?」

「ほとんど寄付です。わたくしが出したお金はそれに比べればほんの少し」

「寄付だって集めるのは大変だぞ。アンタの人徳って事だろ」

「貴族達が税金逃れにわたくしを担いだだけ。シュナイダー卿がそう持ちかけてきただけです」

「シュナイダー卿か」

「あの方はそれでもご立派ですけど、流石は元兵器しょうの長といったところでしょうか。したたかな人です」

「頭いい人って金をそうやって動かすんだな」

「だから、わたくしは聖女じゃありません。ただの人殺しで、自己満足に慈善活動をしている愚か者。恵まれない方々のその椀に、スープを注ぐのが精一杯」


 何だか嫌なこと聞いてしまった。

 税金逃れの寄付というのが生々しい。

 シュナイダー卿とやらはこのカラクリを作って、ヒルダに持ちかけ、ヒルダもさらなる罪滅ぼしのためと納得して案に乗ったのだろう。

 ま、これについては特にやましいことも無い。

 どう見ても合法的な節税方法のはずだ。

 貴族達もスタッフとして名を連ねれば平民受けがいい。

 誰も損しない。

 損するといえば、現場で苦労するのを誰がやるか。

 それはヒルドがやっている。

 裏では貴族達の節税のためという理由があったとしても、ヒルドの活動量は凄まじい。ほとんど寝てないはずだ。罪滅ぼしという点では十分だと思う。

 俺個人としては、だけど。

 親を殺してまで巨悪を止めたという事について、ある一定の理解と敬意を感じていたりする。

 だから、


「それでもアンタは正義を成した。痛みを伴ってね」

「正義ですか」

「ああ。正義。おまけにやる必要もない激務をこなしてる。それは事実だ。誇るべきだよ」


 素直に本心を伝えた。

 飾ることのない正直な気持ちだった。

 それを言うなり、ヒルドの顔に浮かんでいた自嘲の笑顔はいきなり消えて、キョトンとした顔になっていた。


「わたくしに侮蔑ぶべつの目を向けないのですね。誰もが笑顔で寄ってきても、どこかそういう目を向けて来たのに」

 

 だからいつもあんなに無愛想で、誰にも好かれないような顔をしていたのかな、と思った。

 少なくともシスター達はそう思ってはいない。

 彼女に保護された孤児達はヒルドを慕っているはず。

 それでもこう思うのは、彼女にカネの関係で擦り寄り、おべんちゃらを振り撒く人間が多いという事なのだろう。

 多分ここに積み上がってる半分以上の書類がそういう類のもの。

 ヒルドが人間不信になるのも頷ける。

 ただ、俺は違う。

 何故ならアサシンだから。

 人を殺すのが商売だから。

 そして、俺もまた己の正義に従って人殺しをしたからだ。

 皆に認められている分だけ、ヒルドはだいぶマシだと思っている。

 

「俺はアサシンだし。仕事で悪い連中の寝首を掻き切ってるから」

「親を殺したのですよ?」

「そうだな」

「そうだなって」

「でも血縁関係だけが親子じゃないと思うぞ」

「えっ」

「アンタが手をかけた時のお父上様は、もうアンタの知るお父上様じゃなかったんだろ」

「!」

「仮にも警察権限まで認められている武門誉高き名家だ。そんな悪党を裁けるのは、同じ家のアンタしかいなかった。だろ?」

「それは……そうですけど……」

「どうあれアンタは悪堕ちした男を斬り、非道を止めた。俺はそこを一番評価するけどね」


 そう言ってしばらくの間。

 執務室には不自然な静けさが広がっている。

 ヒルドは目をまんまるに開けて、次には疑念の目を向けてきた。

 やがて目をつむるとうなずいて、取り出したハンカチで目尻を拭っていた。


 ……やば。

 泣かした。

 泣かしてしまった。

 なんか知らないけど泣かした。


 こんなところニトに見られたら、また大笑いされるかもしれない。

 俺は割と本気で焦って、オロオロしてしまった。


「ま、また何か変な事言ったか俺!?」

「ええ、酷い事を言いました。わたくしが割り切れていない事を、あろうことかアサシンの分際で。ズケズケと心の中を土足で」

「ごめん」



「でも、少しだけ気が楽になりました。そんな事を言ってくれる人はいなかったから」



 そうして向けてきた顔は、ようやく年相応の笑顔だった。

 その美しさに思わずほう、と顔の筋肉が緩んでしまいそうだ。


「不思議な人ですね。貴方の魂は真っ黒なのに、よく見れば小さな白いものがある」

「気のせいだよ。アンタが言う通り真っ黒だ」

「ならば、こうしてわたくしをほだすのはアサシンの話術ですか?」

「それも違う。アンタにはそういうの使わないって決めた」

「何故?」

「こないだの事を謝ってもらってないから。謝ってくれなきゃ淑女レディとして扱わないって決めた」

「あはは」


 あははって何だよこの野郎。

 謝れよ。

 ちょっとショックだったんだぞ、女衒ぜげんって言われるのは。

 過去のトラウマで女性をダシにする職業は好きじゃないんだ。

 そう文句を言いたいところだが、初めて笑ったヒルドを見てすっかり毒気を抜かれてしまった。

 何だこいつ。

 可愛いじゃないか。

 くそ。

 良いなって思ってしまった。


「アサシン、貴方のお名前は……ああいや、わたくしが名乗るべきですね。私はサンダルウッド家が七代目当主。ヒルド・サンダルウッド」

「ラムダ」

「珍しい名前ですね。どんな意味が?」

「さてね。この街で拾われた時、それだけがあったから」

「――きっと、大事な名前なのでしょうね」


 それも、違う。

 ラムダというのはSNS上やマスコミが勝手につけた名前だ。

 最初こそ少年Aと呼ばれていた。

 犯人の首を横一文字に掻き切る動画を流してから、「A」の横棒を取られて「Λ」。

 つまりラムダというわけだ。

 店長が俺を拾った時、俺が生前やったことの全てを聞いた上で、俺を元の名前ではなくこっちの名前で呼ぶと言った。

 その真意はいまだにわからない。


「もし、わたくしが手を差し伸べたとしたら。ラムダはこんな事をすることも無かったのかしら」

「アサシンになった事をあわれんでいるというのなら、それは思い違いだよ。俺は今の仕事は気に入っているからね」

「そう、ですか」


 何やらガッカリしている様子のヒルド。

 まあ普通の感覚なら、アサシンとして育てられた不運な少年とか、そんな風に見えるだろう。


「そんなことよりもヒルド? 執務仕事が全然はかどっていないようだけど?」

「うっ……しょ、正直に言えば」

「言えば?」

「机仕事が苦手なんです。そろそろシュナイダー卿が卒院式にいらっしゃるのに終わらなくて。困っているのです」

「卒院式?」

「ここの孤児院は十四歳になると卒院になります。法律で働ける年齢ですから。そして、卒院した皆を雇い入れるのがシュナイダー卿なのです」


 アフターケアも万全な孤児院と言うわけだ。

 確かにシスター・シャンテと一緒に見回っていた時、孤児院たちの教育は目を見張るものがあった。

 東棟には教室もあって、シスターや外部講師らしき人物が読み書きを教え、計算も教えていたのだ。

 子供たちは真面目に聞いて、楽しそうに問題を解いていた。

 元の世界とは違って、この世界では読み書きと計算ができるだけで仕事につける。

 彼らは学びが力になる事を実感して、そして二度と路上での生活に落ちないようにと必死なのだ。

 卒院する頃にはそこらの学徒よりも頭一つ抜けた優秀な生徒ができ、そのまま雇えば即戦力。どこまでも無駄がない。

 そんな彼らを送り出し、迎え入れる一区切りが卒院式。

 厳かに、大々的にやるのだろう。

 間に合わないと、ヒルドが頭を抱えるのもわかる。

 それに彼女は激務の上の激務だから、ここでしかやる時間がないのだろう。


「もしよければ、俺が見ておこうか?」

「ラムダ、貴方字が読めるのですか?」

「普段は魔石店の帳簿もつけてる。それとも個人情報が心配か?」

「いいえ。仮にもシュナイダー卿の推薦ですから――そういえばラムダ、貴方はあのワンドリッチ氏とはどういうご関係?」

「雇用主で、養父だよ」

「なら尚更心配ありません。音に聞く伝説のアサシンの子であれば」


 急に手のひらを返しやがった。

 大体こうだ。

 店長の名を出す連中はいつもこう。

 このイラっとするのは多分、ちょっとした反抗心。

 理解してる。

 俺は多分ちゃんと店長を親だと思って、なーんか悔しいと思ってるみたいだ。


「ですけど……貴方はアサシンのはず。何故、そこまでしてくれるのですか?」

「アンタが過労かストレスに殺されたら、護衛失敗だからな」

「過労に殺される、ですか」

「この建物は見かけによらず防御力が高い。中庭でやっても狙撃の心配も無いし、あの衛兵達は優秀だ。俺の出番はない。やれる事はこれくらいしかない」

「あはは。おかしなアサシン」


 何だその笑顔は。

 可愛いな、くそ。

 さっき親を殺しただの何だので、自分を責めてた人間のする顔じゃないぞ。

 クソッタレ共の首ばかり掻き切って来たからか、こんなのは心臓に悪い。

 俺は務めて平静を保って


「いいから行きなよ。私室でしばらく休むといい」


 と言うとヒルドは


「変な人」


 と言って俺に席を譲ると、執務室の外に出ていった。

 しばらく書類を眺めて、はぁーっとため息が出る。

 こんなのアサシン失格だ。

 依頼対象に、ほんのちょっぴり心が動いた。

 いやでもこれは恋だの愛だのにはならない。

 と、思う。

 俺が感じたのはアレだ、エモいとか、そういう感じ。

 第三者のごく一般的な視線から導き出した、ただの結果でしかない。

 ヒルドは笑えば可愛いという、ただそれだけだ。

 それ以上の何でもない。

 うん。


「まあでもほら、それにだ。護衛対象と良好な関係を保てそうだから。いいんだ。うん」


 俺はそう自分に言い聞かせて、書類をさばいていく。

 想像していたよりもかなり時間がかかってしまった。

 整理し終わって、店長から貰った懐中時計を見てみるともう三時間も経っていた。

 多分俺だから三時間で終わったけれど、ヒルドだったら半日かかっていたかもしれない。

 どうも彼女はこういう事が苦手なようで、積み重ねた頭から馬鹿正直に処理していたようだ。

 こういうのはすぐやるもの、期限があるもの、答える必要がないもの、ただのクレームとおおまかに分けて、優先順位をつけてやるといい。

 見た感じ感謝の言葉が多い。

 次いで下級から上級まで貴族の気持ち悪い文面と寄付金についての話。

 あとは支払い調書。

 そして残るのはクレームと、問題の脅迫状だった。


「何だこれ。『子供達をいけにえに非道を続ける魔女』?」


 脅迫状の文言には思わずため息が出る。

 これはアレだ、生前SNSとかにいた『根本的にあたまと認知のご支援の必要な、独特な世界に引きこもった方々』の言い分とよく似ている。

 活動的になると環境保護活動と称して油性製品反対というのを油性マーカーで主張している。

 自然分解されず永遠に残るプラスチック製品反対と言いながら有名観光スポットの泉を炭で黒く汚すも、炭自体も自然分解されないから千年単位で残ることを知らない。

 彼らは今日も元気に油性製品反対、プラ反対と言いながらポリエステルの服を着て、ナイロン製のリュックに正義を主張する荷物を詰め込んでいる。

 控えめに言って、バカである。

 そんなバカとどっこいなのが、こんな世界にもいる。

 つける薬はなく、死ななきゃ治らない奴らだ。

 眼の前にいたら、タダで首を落としてやるのにな。

 と、思っていたが、眺めているうちにちょっとだけ引っかかった。


「妙だな。書き方が理論整然としてる」


 感情に身を任せて非難をしている連中の言葉は、大抵文章を成していない。

 なぜ知っているかだって?

 それは俺が姉を殺されて報道があった直後、何故か俺を非難する誹謗中傷ひぼうちゅうしょうが殺到したからだ。

 普通慰めの言葉が来ると思うだろう?

 違うんだな。

 あの日本という国は、

 ああいう連中は感情のままに人を攻撃して悦に入るから、支離滅裂な言葉を何とか繋げている感じがある。

 あるいは嫉妬に狂ってグチャグチャに書き散らすかどちらかだ。

 が、ここに来てるのはちょっと違う……気がする。

 うまく言葉にできない違和感。

 できて「理論整然としている」という漠然ばくぜんとしたもの。

 だが、こういう感情を大切にしろと店長は言っていた。


「まるでヒルドが今、悪いことをしてるみたいな言い方だな」


 そんな疑い、あっただろうか。

 彼女についての資料自体はシュナイダー卿が用意してくれた。

 一応ファクトチェックとばかりに独自に調べたけれども、彼女が新聞に良くない事を書かれている割には悪事だの何だのは出てこなかった。

 彼女は真っ白、潔白。

 今日ここに来て、炊き出しの場やこの書類を見る中でそれが確信になった。

 彼女は善人面しながら悪事を働けるような人じゃない。

 罪滅ぼしとはいえヒルドはこれだけ身を粉にしているのに、何が不満なんだろうか。

 彼女は一体、何に恨まれているのだろうか?



『なんかね、ゲリラっぽいのに狙われてるみたいなんだよネ』



 不意に店長のフワッとした言葉を思い出す。


「ゲリラっぽいのって何だよまったく。ここは戦場かっつーの」

 

 奇妙な脅迫文を眺めつつ、店長のテキトーな言葉にイライラしていたその時だった。


 ドドドン、と。


 外から銃声が聞こえてきた。

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