第06話 悪役と聖堂
アサシンの仕事は基本的に「標的を殺す」しかない。
その為には標的に対する厳正なる調査を行なって、殺すに足る理由があるならば素早くそれを
ただ、その頼み方によっては仕事内容に例外も出てくる。
例えば護衛と呼ばれるもの。
これは「目標に危険が差し迫る前に、それに襲いかかるその全てを殺してほしい」というものだ。
当然普通の暗殺よりもかなりカネがかかる。
護衛対象と一定期間、ほぼ一緒にいるのだから当然だろう。
傭兵崩れとは違い、アサシンは徹底的に人を殺すための技を磨き上げた一騎当千の者たち。
アサシンを護衛をつけた者を狙うなら、騎士団を揃える必要があるとまで言われるほどだ。
そんな高待遇をポンと寄越すシュナイダー卿の財力たるや凄まじい。
それを理解しているはずなのに、このヒルド・サンダルウッドという令嬢は――
「帰りなさい。ここは貴方のような人間が来る場所ではありません」
とすご〜く嫌そうな顔でそう言った。
一周回って清々しさすら覚えてしまう。
今、俺がハッキリと断られたのは貧民街にある大聖堂の中だった。
帰ってくださいの声が聖堂に響き渡って、危うく本当に帰るところだった。
場所は街の大正門から東に、
俗にいう、貧民街だ。
煌びやかな主街道周りとは打って変わってボロボロな、整備の行きわたっていない場所。
普通の場所よりも浮浪者は多く、治安も悪くて、よからぬ輩も多い。
俺の世界の言葉で言えば、スラム。
よくてその一歩手前だ。
神も仏もないようなその中に、ヒルドは孤児院併設の大聖堂を建てた。
区画まるまる一つ全部がその敷地。
海外の観光地がいきなりそこに現れたような、そんな景色だった。
浮浪者が溜まるかと思いきや、そうでもなかった。
何と言えばいいのだろうか。
元の世界で言うなら、神社仏閣を畏れるというああいう感じ。
聖域化している、と言えばいいのかもしれない。
ここは汚してはならない。
そういう雰囲気が漂っていた。
一ブロックでも離れれば喧騒が聞こえてくるのに、ここは本当に静かだ。
それどころか、孤児院の庭からは子供の楽しそうな声も聞こえてくる。
併設されている、学校のようになっている孤児院からだろう。
俺が訪れたのは昼前だったが、その時ちょうど大聖堂の外には炊き出しのようなものも行われていた。
それだけでも驚いたが、スタッフの中には当然のようにヒルドもいた。
エプロンをして、浮浪者一人一人にお椀を渡していたのだ。
生活に困窮しているだろう貧民街の人間は、彼女からスープを貰うと
「聖女様」
と言って祈りを捧げていた。
ヒルドはというと
「次の人がいますから」
とそっけなく言って、また次に並ぶ人のお椀にスープをよそっていた。
なるほど、これは確かにハンパない。
貴族が貧民に真正面から施しをするとは。
この世界は王族、貴族あるいは武家、平民と割とわかりやすい身分制度がある。
彼女は武家であって貴族であるから、けっこう上な令嬢、というよりもう当主のはず。
炊き出しはもとより、平民しかも貧民街に姿を現す事自体が超レアケースだ。
――それは自分の家の罪の大きさに比例するものなのだろうか。
とはいえ、その姿を見ていたら俺は毒気が抜かれて、この前の無礼も無しにしようと思っていた。
だから、わざわざ祈りの時間の邪魔をしないようにして待っていたのに。声をかけるやいなや、
「帰りなさい。何度でも言いますよ」
と、こうだ。
なんかもう泣きそう。
でもまあ、確かに拒否したくなるのも解るといえば解る。
今日の俺は店員ではなく、アサシンの装束に身を包んでいる。
グレーのフード付きロングコートに、中はシャツと厚重ねの革のベスト。ベストには愛用のグルカナイフが納められている。
腰のベルトに吊るしたホルスターには、切り縮めた
黒めのスーツパンツに厚底のブーツ。このかかとには飛翔魔法の魔石が組み込まれている。
腰のポーチには魔石信管式の
ここまで重武装なのは稀だ。
けれども不特定多数、予測不可能、想定外の敵に対応するなら、銃の中で最も手軽に火力と制圧範囲を確保できるショットガンと
俺はヒルドのような高等魔法は使えない。
自然とナイフと銃に頼るわけだが、そもそも魔法は探知されやすいからアサシンはあまり使わないのだ。
なので、かかとの魔石は緊急脱出用だった。
こう見ると、確かに普通には見えない。
警戒するのは当然だ。
けれどもこちらも仕事。
はいそうですかすんませんと帰るわけにはいかない。
「そうは言われてもね。俺はシュナイダー興からの依頼で、商会から命じられて来てるんだ。貴方の命を護るためにね」
アサシンではなく商会と言うのは、傍で心配そうに見ているシスター達のため。
そして、さっきから奥のドアから様子を伺っている教会の子供たちのためだ。
アサシンと普通聞けば警戒心を与えてしまうからだ。
なるべく正体は隠すように、がアサシン商会の全体の方針だった。
「不要です。この聖堂には護衛兵がいます。わたくし自身も代々伝わる護法と剣の魔石がありますので」
「こないだ見せてくれた、魔石と組み合わせた剣術だな? 銃を向けられても制圧できるようなヤツなんだろうね」
「体験した貴方が一番よく理解しているでしょう?」
「だがそれ以上の相手が出ない事もない」
「!?」
「例えばそうだな。こないだの募金活動? あの時に募金を装った爆弾とか、自爆魔法の魔石抱えたヤツがいたらどうする?」
「ありえません」
とは言いながらも、ゾッとした表情を浮かべたヒルド。
俺はそのまま説教みたいに続けた。
「護衛兵がいる上で俺が派遣されたってことは、そういう事じゃあないのか?」
「……」
「貴方のやってたことは立派だ。けど、あんな風に現場に出てまだ命があるのは幸運だと思ったほうがいい」
そういうと、ヒルドは少し悲しそうな顔になった。
その顔にやや違和感を感じる。
何か心当たりがあるという事なのだろう。
しかし彼女はすぐに真顔になって、俺をじっと見つめてきた。
おそらくは彼女のスキルとやらで俺を見ているのだろう。
しばらくするとヒルドははぁ、とため息をついた。
「ため息つくなよ。それだけアンタに死なれたら困るって事だろ。聖女様?」
「わかりました。わたくしの近くにいたいなら好きにしてください。ですが」
嫌そうな顔が、一瞬だけ憎悪が籠ったような、そんな表情になる。
「聖女と二度と呼ばないで。あと、子供たちに近寄らないで」
ぷい、とそっぽを向かれた。
再び心が折れそうになる。
ニトに泣きついたら笑われそうだ。
「……わたくしは、聖女なんかではありません」
ボソッとそう言って、彼女は聖堂を後にする。
ぽつんと取り残された俺は、仕方が無いので聖堂を散策することにした。
が、やめた。
だって。
広すぎるんだもの、ここ。
誰か案内してくれる人はいないかなと見回す。
祭壇の近くで不安そうにこちらを見ているシスター達を見つけた。
俺は咳払いをして仕切り直し、可能な限りの笑顔で近寄ると、
「シュナイダー卿からヒルド様を護衛する任を請け負ったものです。しばらくの間、何かとご無礼致しますがご容赦下さい」
シュナイダー卿の名を出すと、シスターたちはすぐに安心したようで、人を付けて隅々まで案内してくれた。
この大聖堂はコの字型に作られた建物だった。
中央に大聖堂、そして両脇に三階の建物が併設されている。
コの字の中は校庭になっていて、孤児たちが遊んでいた。
東側の建物が生徒たちの住む場所であり学び舎。
西側の建物がシスターたちの寄宿舎兼事務所のようになっていた。
「ここは多くの貴族の方々が出資して作った場所なんです」
案内してくれたシスターがそう言った。
同い年くらいの、初々しいそばかすのチャーミングな娘だった。
……こうして見知らぬ女の子と話せるようになった自分に少し違和感もあり、そして成長したな、なんて思う。
前の世界では引きこもりがちで、女子となんか話す事もできなかった。
それを治してくれたのは、悔しいが店長のお陰だ。
店長は夜の街が大好きで、ニトの目を盗んで頻繁に連れて行ってくれた。
『キミは女性から見て、思わず守りたい迷い猫のようにも見える。だから、彼女たちに取り入る術を身につけるべきだよォ』
ロクでもない技法だけど、確かに、効果はあった。
現に案内してくれる彼女。
名はシスター・シャンテというらしい。
最初は怯えていたけれども、俺がニコッと微笑むとそれだけ気を許して、聞いてもない事も教えてくれるようになった。
「シスター・シャンテは同じ歳なのに熱心でいらっしゃるのですね。貴方みたいな優秀な人がどうしてここに?」
「そ、そんな事ありません! ただ、私はヒルド様に憧れてこちらに転属をお願いしたのです」
と、褒めながら質問をして気分よくさせつつ、彼女がヒルドに敵意があるか無いかの探りも入れる。
夜の街のお姉さん方や、男娼も辞さないこの世界のホスト達に散々ダメ出しされて鍛えた甲斐があったというものだ。
あらかた案内されての結論。
ここはまるで軍事要塞か何かかと思うほどに頑強だ。
しかも護衛兵も詰めている。その詰め所に入って、自己紹介から談笑で仲良くなって、ついでに周回ルートや警備方法も見せてもらった。
全て問題なし。
むしろよく作り上げたと納得する出来。
仮に俺が暗殺に来たら相当苦労するだろうと思った。
護衛兵たちも衛兵ギルドから派遣されたプロ。
装備にも文句がない。
彼らの人格に問題なさそうだし、初心なシスター・シャンテにも変な目を向けていない。
ましてや、孤児に対しての小児性愛のケもない。
実に頼り甲斐のある、ムキムキのオッサン達だった。
総じて私有地としては最強固の部類に入る。
本当に俺の護衛がいるのかなと、首を傾げたくなるほどだ。
……マジで帰ろうかな。
いやいや、わざわざアサシンに護衛を頼んだのだ。
何かあるんだろう。
多分。
無いと泣く。
「最後にここがヒルド様の執務室です」
西側の三階の奥。
突き当たりの大きな扉の前。
確かにそこには執務室と書かれていた。
「ヒルド様は現在執務中です。ですがその、あまりお声をかけない方が良いかと」
「なぜですか?」
「沢山の書類仕事があって。ヒルド様はそういうのはあまり好きではないようです」
「現場主義なのですね。貴族らしくない、立派な方だ」
「そ、そうなんです! ヒルド様は本当に立派で!」
ヒルドを褒めると、シスター・シャンテも喜ぶ。
おそらくここのシスター達も似た感じだろう。
そういう感じで取り入って、協力者を増やすことにしよう。
「ありがとうございました。ここで十分です。貴方の熱心な仕事に感謝いたします」
そう言って手を取って、甲にキスをする。
キザかもしれないけれども、この世界だとこの行為は普通らしい。
特に淑女を労うときは積極的にやるべきだと、夜のホストのお兄さん達に教えてもらった。
「あ、そ、その! ラムダさんもお仕事頑張ってください」
シスター・シャンテはカーッと赤くなって、俯いて、そして天使のような笑顔を向けて帰っていった。
何だか騙したような、悪い事をしたような気になってきた。
だがこれも仕事だ。
気を取り直して扉の前に立つ。
難癖をつけられないように体のゴミを払って、身なりを整えた。
「ヒルド。入らせてもらうよ」
ノックをして、返事があったので入る。
最初に目に飛び込んできたのは大きな机の上に山盛りの書類。
その奥でヒルドがうーんと頭を抱えていた。
「すごい量だな。どこからこんなに来るんだ?」
ヒルドは俺をジロリと睨む。
が、あまりにも疲れているのだろう。
眉根を押さえてはぁ、とため息をついた。
「色々です。感謝の言葉や巣立った子供達の手紙。民の嘆願から、出資の事まで」
「あとは税金関係に諸々の諸経費。ついでに言うと苦情も――脅迫状も、とか?」
そう言うと、ヒルドは再び大きなため息をついた。
「聞いているみたいですね」
「全部目を通す必要はなくないか?」
「
「お、貴方からアサシンって呼んでくれたな。少し近づけたかな?」
「皆がいないからです」
「皆、ね。確かにシスター達はいい子達ばかりだ。シスター・シャンテなんてアンタを崇拝していたぞ。そんな彼女達がアサシンと話してると知ったら、まあ確かに悲しむだろうな」
「……いつの間に。シャンテは奥手なのに。名前を教えたのですか? 今日来たばかりの貴方に?」
「誰とでも仲良くなれる、そういう訓練をしている」
とはいえアンタにはやらないけどな、というのを必死で飲み込んだ。
理解してほしい。
これは割と俺の意地のようなものだ。
剣を突きつけられて謝られなかった。
それが気に食わない。
つまらないところにこだわっているのかもしれないけどね。
「あの子達に手を出したら……殺します」
「な、なあ。それやめないか。アサシンでも無いのに殺す殺すって。せっかく可愛い顔が台無しだぞ」
「可愛い顔ですか。フフ」
怒ると思いきや、なぜか今度は自嘲気味のヒルド。
無愛想、クソ真面目、そして嫌悪感しか浮かべなかったのに、ここに来て新しい表情だ。
「わたくしは自分自身を嫌悪しています。褒めても無駄です」
「何でだよ。綺麗で金持ちで、立派なことしてる。普通嫌われ者の貴族がここまで支持されてるんだ。すごい事だぞ」
「立派ですか。フフ。アサシン。わたくしが新聞で何と言われてるか知っているでしょう?」
曰く、暴力令嬢。
親殺し令嬢。
悪役令嬢に、人斬り令嬢――などなど。
読んできた新聞は皆酷い書き方だった。
「まあ、新聞で読んだ程度には。ただ新聞ってのは派手に書き散らすから――」
「そうでもありません。なんせ」
初めてヒルドが笑った。
しかし、それは真っ黒な笑顔だった。
何故か既視感が湧く。
ニヤァと、全てを嘲笑うかのような、そんな笑顔だ。
「噂通りわたくしは、父を斬りました。この手でね」
「――」
「アサシン。わたくしはね、卑しい親殺しなのですよ」
―――――――――λ―――――――――
ここまでお読みいただき
ありがとうございます。
殺人的な忙しさで人を救うヒルド。
聖女と讃えられてもその顔は暗く、
自分を親殺しと嘲笑う。
彼女は守るに値する人間なのだろうか?
哀れなアサシンが懸命に生きるため、
皆様の応援を頂けたら幸いです。
※面白いと感じて頂けたならフォローや★★★、レビューなどなど
高評価よろしくお願いします!
―――――――――λ―――――――――
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