第05話 悪役と養父

「店長」

「ラムダ。プライベートではパパと呼びなさいと言っているだろう?」


 むっふふ、と不敵な笑みを浮かべる老紳士。

 養子とはいえ剣を突きつけられている息子、つまり俺のことを楽しそうに眺めていた。

 オールバックにした白髪に、黒いフレームの洒落たメガネ。

 鼻の下の髭は綺麗に整えられていて、一見すると素敵な紳士だと見間違えるかもしれない。

 ビシッとキメたストライプ柄のネイビースーツにファー付きのロングコート。

 赤めのネクタイをキッチリと締めた彼の手に握られているのは、服装に反して金装飾が目立つ、珍しいタイプの赤いステッキだ。

 ただこのステッキはただのステッキではない。

 中には日本刀のような片刃の剣が仕込まれているのだ。

 そんな物騒かつ洒落たモノを持つ彼は、俺の養父。

 宝石店の主人――いや、アサシン商会の一つ、「ワンドリッチ商会」の筆頭であるジェリー・ワンドリッチだった。


「おやおや、コレはまたレアな人物と仲良くなったものだね。ラムダ、君はついてるよぉ」

「確かに『突かれ』ましたけどね。有名人ですか?」

「有名だとも。彼女は名家サンダルウッド家の当主。代替わりしてから私財を投げ打ってまで慈善活動に熱心な、聖女とも名高いヒルド・サンダルウッドその人だとも」


 いつの間にか、俺とヒルドの間に入ってくる店長。

 ヒリヒリしていた空間にいきなり割って入られて、ヒルドも困惑しているようだ。

 

「いやはやヒルド嬢。私の息子が失礼をしました」

「息子?」

「ええ。彼はちょ〜と反抗期でネ。貴方のような素敵な方にも噛み付いてしまう、そんな年頃なのさ」

「……貴方は?」

「申し遅れました。私はしがない宝石店の主人。ジェリー・ワンドリッチと申します」


 仰々しくそう言うも、茶目っ気たっぷりのウインクを飛ばす店長。

 そんな事したら逆上するんじゃないかと思ったが、ヒルドは毒気を抜かれたように魔法の剣を解除した。


「なるほど。シュナイダー卿から聞いています。貴方があのワンドリッチ」

「貴方のパトロン、いや失礼、共同出資者とは古い付き合いでしてねぇ」

「存じています。の事も」


 話は見えないが……多分ヒルドには慈善活動の支援者のような人がいて、その人と店長が仲が良い。

 そこを通じて彼女は俺たちのような存在をちゃんと認識している、という事なのだろう。


「ご納得頂けましたかなレディ?」

「ええ。ならば剣を納めましょう。それでは」


 ヒルドはアッサリと身を引いて、俺にワビを入れる事もなくスタスタと去っていった。

 彼女は落ちていた募金箱を拾うと、見守っていたシスターたちの輪に入っていく。

 あそこでボランティアでもしていたということか?

 あの暴力令嬢が?

 周囲も興ざめ半分、安心半分と言った様子でハケていく。

 さっきまでの熱狂がウソのようだ。

 まったく。

 なんて街なのだろうか。

 こちとら殺されそうになったのに、背後から聞こえてくるのは


「いいぞもっとやれ兄ちゃん」


 だの、


「せめて一矢報いてみろ」


 だの、こっちの気も知らないでテキトーな言葉ばかりだった。

 まあ、何かに似ているといえば元の世界のSNSと似ているのだが――。


「いいねえラムダ。実に紳士的な立ち振る舞いだった」


 睨むように見上げると、店長が楽しそうに俺の顔を覗き込んできた。


「見てたんですか」

「タマタマ通りがかってねぇ。見させてもらった。割って入ったのは余計だったかね?」

「助かりましたよ……それで、あの暴力令嬢は何者です?」

「帰りがてら話そうではないか。ここだと彼女に聞かれてしまうからね」


 そう言って歩き出す店長。何やら機嫌がいいみたいだ。

 俺は座っていたベンチから重い荷物を回収すると、真鍮板が入っている紙袋だけを店長に渡した。

 店長は油断していたようだ。

 受け取った瞬間に


「はおぅ!」


 と、情けない声をあげて、腰をトントンと叩いていた。


「ね、ねえラムダ? パパの腰、もう少し労わってくれないと」

「だから素材は届けて貰えばいいって言ってるでしょう」

「いやあ、ほら、やっぱり商売は人と人が合わないといけないから」

「ここに来てから素材の買い物、全部俺がやってるんですけど」

「キミにこの街を覚えてもらいたいからねえ」


 ジロリと睨むと、店長はとぼけた表情で誤魔化すばかりだった。


「で、続きです。何ですかあのヒルドってのは」

「彼女は今時の人だ。ラムダ、ちゃんと新聞読まないとだめだよォ?」

「新聞なんて虚構うそだらけなので読みません」

「古今東西新聞とはそういうモノさ。そも、マスコミとは真実を伝える者ではない。脚色して読者を喜ばせる職人さ」

「へぇ」

「書かれるものが半分ウソなのは仕方ない。お金が絡めば尚更だ。それを理解せずに買い、無駄に読んで、無駄に心を乱されるのは少し滑稽こっけいでもある、と吾輩は思う」


 なかなかに痛烈な皮肉だ。

 店長のこういうところ、わりと嫌いじゃない。


「けっこう辛辣しんらつですね」

「うっふっふ……しかしだ。人が育む『教養』というものは、そんな言葉のヘドロから身を守り、真実という宝石を拾うためにある」

「教養ねえ」

「君はちゃんと教養があるだろう? 。だから君は新聞を読むべきだ」

「店長のおかげです。教養で色街事情まで詳しくなりました」

「何だか嫌味っぽいなぁ。ねえ反抗期? 反抗期なの? パパ悲しくなるよ?」


 このウザ絡み、何とかならないのか。

 本当に遅れた反抗期になっちまうぞ。

 とは言え、向けてくる優しい目にはその気も失せてしまうのが悔しいところでもある。

 店長はとにかく優しい。

 俺を本当の息子のように扱ってくる。

 ニトに対してもそうだ。

 というか依存してるのかってぐらいベタベタしてくるし、甘やかしてくる。

 こういうのは、俗に親馬鹿っていうのだろうか。

 これで界隈では伝説のアサシンと言われているのだから、不思議でならない。


「ヒルド嬢に話を戻そう。彼女は慈善活動に熱心なかたわら、ああしてスキルで善悪判定しては警察権限を執行する。警察も大助かりサ」

「なんでそんな事するんですか」

「言うなれば贖罪しょくざい。罪滅ぼしってとこだネ」


 贖罪しょくざい、という言葉でつい足が止まる。

 彼女は何か大きな罪を抱えているのだろうか。

 足を止めた俺を、振り返り微笑む店長。

 この「わかってるよ」みたいな空気が嫌でもあり、安心したりする。


「サンダルウッド家は貴族であり武家。キミがココにくる前、都市同士で戦争が多くてねえ。彼女の父上はそこで、多くの武功をあげたそうだよ」

「戦争ですか」

「彼は英雄として凱旋したが、数年後に戦争犯罪が明るみに出た。告発したのは何を隠そう、実の娘のヒルド嬢というわけだ」


 何やら暗い話になりそう。

 と、いうのが顔に出ていたのだろうか。

 店長がニヤニヤしてこちらを見ている。


「ココからはサンダルウッド家の中の事だ。何があったかは推測でしかないが……結論を言えば、彼女は実の父を粛清しゅくせいして、当主になったのさ」

「親殺し、ですか」


 途端に彼女が禍々しい何かに思えたが、今更かと頭を振った。

 ここの世界は、俺がいた世界よりもちょっとだけ命の価値が軽いような、そんな気がする。

 特に貴族とかそういう連中は、まるで日本の戦国時代かってくらいドロッドロの勢力争いをしている。

 そんな中で外道も出てきて、民を蝕む連中が後を絶たないからこそ、俺たちみたいなアサシンがいるわけだ。


「彼女は自分の父の犯した犯罪の罪滅ぼしに、私財を投げ打って慈善活動に尽力しているのサ。健気だよねえ」

「ムシのいい話に聞こえますけどね」

「最初は皆そう思った。だが彼女の活動はハンパ無くてね。なんと孤児院併設の聖堂まで建ててしまった。貧民街のど真ん中に」

「えぇ……」


 規模が違った。

 募金だけじゃないの?

 大聖堂をおっ建てるって。

 どういう事なの。


「もちろん後ろ盾あってのことだ。彼女の援助に真っ先に手を上げたのが五大貴族の一人シュナイダー卿。そして追随するように貴族が寄付を始めた……というわけだヨ」

「貴族の後ろ盾? 平民に嫌われてるあの貴族たちが?」

「嫌われているからこそさ。わかるだろう?」

「イメージアップって事ですかね」

「正解」

「なんだかなぁ」

「ただヒルド嬢の努力は本物だ。そこは、皆が理解している」


 なるほど、意味がわからない。

 ただあの悪役令嬢は化け物みたいにアクティブということがわかった。

 さらに剣の実力は達人級。

 しかも複数の魔石から生成した強烈な魔法剣のオマケつきである。

 どえらい人と喧嘩したんだなと、今更になってそう思った。

 いやまあ、喧嘩というよりは因縁いんねんをつけられたに近いのだけれど。


 ――もしかしてあの募金は、だったんじゃないのか。


 寄付金は貴族達から入るのだから、金策が無いというわけではないだろう。

 そもそも、本人も金持ちだし。

 孤児がナントカとか言ってたし、街に出て孤児を保護する目的もあるかも。

 その上で、あのヒルドが悪い奴はいないかと目を光らせていたということか。

 最初から自治目的で歩き回って警察権限を振り回していたら、警察が面目丸潰れだから気を使ってああしてるのか。

 なるほどなー。

 ……いやいや。

 まてまて。

 なにその気の使い方。

 同い年くらいの女子が考える方法じゃない。

 そもそも罠じゃんこれ。

 対悪人の。

 おっかな。

 中央広場に出る時は気をつけよう。


 主街道を折れて、裏路地に入る。

 すぐに我が家、裏路地の魔石店『ワンドリッチ商会』にたどり着いた。

 ドアベルの音に気づいたのか、エプロン姿のニトがバックヤードの入り口からひょっこりと顔をだした。

 ほのかに魚を焼く匂いと、バターの香りがただよってきた。

 さっき激しく動いたからか、くぅ、とお腹が鳴ってしまう。


「二人ともお帰りなさい。今日はお隣さんからいいお魚貰ったから、ムニエル作ってるの」

「それは楽しみだ。そうだ聞いておくれよニト。ラムダはあのヒルド嬢に出会ったのだよ」

「あらあら。それはそれは。で、どうだったラムダ?」

「どうだったって」

「? 今度あの子を護衛するとか、そういう話じゃなかったっけ?」





「――は?」





 横にいる店長を睨みつける。

 店長は「ははは……」と頬を指でかいていた。

 どうりでヒルドが簡単に引き下がったわけだ。

 シュナイダー卿とやらから店長の事を伝えられていたのだろう。

 いやいや。

 まあ。

 それは良いとしてだ。

 何で黙ってたんだこのアラフィフは!


「俺、何も聞いてませんよ!?」

「ホントなら今日帰ってきて伝えるつもりだったんだけれど……あんな風に出会っているとは思わなくて」


 だからあんなタイミングで割って入ってきたのか。

 多分めっちゃ焦ったんだろうな。

 俺と保護対象がケンカしてるんだもの。

 それを今まで隠してたのもすごいけど、反動でドワッと汗拭き出してるな店長。


「ニトには何で先に話したんですか!」

「嬉しくなっちゃってつい」

「ついって……」

「今回の仕事はネ、シュナイダー卿ご指名のお仕事なのだよ。かの五大貴族……まあ吾輩の旧友なのだが……それはそれとしてキミの名を出した。吾輩も鼻が高くてなぁ」

「そーそー。ラムダも出世したって事。今日はケーキも用意してあるんだから。お祝いしなきゃね」


 だからニトは朝から機嫌が良かったのか。納得。

 チンピラが来た時、わりかしテンションが高いからヘンだと思った。

 そのうち店長もエプロンを着始めて


「よーしパパも腕を振るっちゃうぞ」


 と、無駄に高くてニトに怒られたパスタマシンを取り出していた。

 こうなると俺は邪魔でしかない。

 ホケーッと眺めていると、ニトがどんどんとご馳走を作っていく。

 店長もパスタを作り終えて狭いダイニングテーブルには皿でぎっしりになった。

 ワンドリッチ家では仕事がない時は必ずこうして夕食を共にする。

 店長が一家団欒を大切にしているからだ。

 誰も血が繋がっていないのに、本当の家族のように接してくるのは滑稽こっけいでもあり。

 いや。

 ちょっぴり嬉しかったりする。

 それはそうと、食べている間に店長にさっきの護衛のことについて聞いてみると、



「なんかね、ゲリラっぽいのに狙われてるみたいなんだよネ」

 

「脅迫文もめっちゃ届いてるみたいで。本人は問題ないって言ってるけど、シュナイダー卿が心配したそーだヨ」



 という、全くもってフワッとした情報しかもらえなかった。

 これについては後で商会本部から正式に来るだろうからまだいい。

 五大貴族というとびっきりの依頼人だ、それはそれはしっかりした資料が来るんだろう。

 それに対して店長だ。

 いつもいつも仕事の振り方がテキトーすぎる。


 最初から酷い滑り出しで、護衛対象とのファーストコンタクトは最悪中の最悪。

 唯一、依頼とお金の出所だけは百点満点。

 それ事以外は全て〇点というこのクソみたいな護衛依頼。

 苦労するんだろうな〜。

 大変なんだろうな〜。

 そう思っていたが、その不安は的中することになる。



「――帰りなさい。ここは、貴方のような人がいる場所ではありません」



 数日後、貧民街にある大聖堂。

 正式に依頼を受けたので彼女の元を訪れたら、いきなり拒絶されてしまった。

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