第03話 悪役と幼女
自己紹介がまだだった。
俺はラムダ。
ラムダ・ワンドリッチ。
パッと見どこにでもいる普通の店番だと思う。
普通とちょっと違うのは、髪が真っ白なこと。
生前のトラブルで色素が抜けてしまった。
もともとこんな名前だったわけじゃない。
異世界転生する前は
なんで死んだのかと言われたら、そんなに面白い話じゃない。
姉をレイプして殺した男たち
ネットにそいつらの殺人動画を配信した。
そうしたら機動隊だか何だかがなだれ込んできたので、銃を向けるふりをしたら撃たれた。
実際はエアガンだった。
でも、血まみれの俺が向けたら本物に見えたのだと思う。
自殺と言われれば、そう。
別にそれでもよかった。
死んだとして地獄に行くのはいい。
けど、ひと目だけ姉さんに合わせてくれと
ぐったりとする俺を抱えて、俺のために涙を流してくれた隊員は多分トラウマだったろうと思う。
何故わざと撃たれたのかと聞かれたので、
「あなた達の正義は姉を救えず、俺を殺した」
と、そうと言ったら、抱えてくれた隊員は大声を上げていた。
目を血走らせて、半狂乱といったようにだ。
ガラガラと彼の正義が
彼という個人については気の毒だと思う。
ただ彼に植え付けたトラウマは
それでもう少しマシな世界になればいいな――と思うのは流石にテロの考え方だ。
よくはない。
よくはないと思ったけれど、スカッとした。
ま、そんな話はどうでもいい。
そこで俺のしょうもない人生はおしまい。
死後の裁判で洗いざらい罪を話して、しかるべき地獄に行く。
だと思っていたのだけれども、俺は三途の川を渡る前に異世界に転生していた。
きれいな女神様が何かギフトやチートをくれるとかそういうのではない。
文字通り路地裏に捨てられるように、俺はこの
ああそうそう、強いて言えば中途半端に若返っていたのが気になる。
死んだときは十八だった。
でもここの世界では幼くなっていた。
多分転生当時は十四才くらいだ。
髪が真っ白なままだったのは文句があるのだが、誰に言えばいいのだろうか。
この頃の生前の俺はちょうど両親が事故で死んで、幸せが消えた時期でもある。
それがこの中途半端な若返りに関係があるのかどうかはわからないけどね。
そこからいろいろあって、ここの店長に拾われて、二年くらい経ってこうしている。
養父であり店長であるジェリー・ワンドリッチは少し特殊な仕事をしていた。
表向きはパッとしない、なんでこんな所にあるのかわからない魔石店の経営者。
そして裏の顔は法では
彼は業界の中でもその人ありと一目置かれる、凄腕のアサシンだった。
「ラムダ~。のど
ゲニーさんたちが帰り、再び
カウンターの席に座り、足を組んで本を読んでいると可愛らしい声が響いた。
バックヤードから現れて、トテトテと足音を鳴らしてやってくる幼女がいる。
ニトだ。身長は一三〇もないちんちくりんの幼女。
こだわりのゴスロリ服に、人形のような端正な顔。
ほのかに紫がかったショートボブの髪に、深い青の目。
これでも彼女はアサシンで、俺なんかより比べ物にならないくらい強い――そう言ったら、誰もが驚くはずだ。
ニトは「ん!」とビンを差し出してくる。レモンライムの入ったビンだ。
この世界にもレモンライムという清涼飲料がある。
元の世界のそれとは比べ物にならないくらい旨い。
俺がこの世界に飛ばされて、一番最初に飲んだのがコレだ。
当時うまそうに俺が飲んだからだろうか、ニトは必ずこれを持ってきてくれる。
礼を言ってビンを受け取る。
一口飲むと、さわやかなレモンの香りが鼻を抜けて気持ちいい。
俺たちみたいに血のニオイが鼻の
俺自身も仕事から帰って来た時は、これで仕事とプライベートを切り替えていた。
「お
ニトがてしてしと俺のふとももをはたく。
俺は何も言うことなく組んだ足を
「どしたの」
「嫌な客を対応した弟をなぐさめようかと思って」
彼女はそういうと、座ったまま手を伸ばして「いいこいいこ」と頭をなでてくる。
不思議なように思われるかもしれないが、彼女はこんな姿でもかなり年上だという。
なので俺の事を弟のように接してくるのだが、大体知らない人は兄と妹に見えるようだ。
そう思われるのは仕方ないと彼女は思っているが、だからと言って妹のように扱うとヘソを曲げるので注意が必要だ。
「笑ってたくせに」
「あんなの笑うでしょ。喜劇かと思ったわ。私ならまあ、殺してるかもしれないけど」
「物騒だなぁ」
「でも、貴方だって刃物を持っていたら殺っていたでしょう?」
「やんないよ」
「やるわよ。だって貴方は『首斬りラムダ』ですものね」
振り返るニトの笑顔は、可愛くもあり、どこか
身もふたもない二つ名で呼ばれるのは恥ずかしかった。
けど、俺は確かにこの業界でそう呼ばれている。
「いいなあそのスキル。『首斬り』だっけ?」
「そう」
「首であれば何でも無条件に斬れるんでしょう? なんでさっき見せてくれなかったの?」
「店が汚れるからだよ」
「そんなの掃除すればいいじゃない。さっきの銃で撃ったのもキレイにしてたし」
「けっこうアレ大変なんだよ? 薬品も臭いし。ニトがやってくれるならいいけど」
「
「君の『鉄腕』を出したらすぐでしょ」
そういうとムーっと
ふくれる頬を指でつつくと、やめなさいと手を払われた。
「私の本当の腕を見るときは、いっぱい血が流れるときだけよ」
「怖いなあ」
「そーよ。貴方の姉はおっかないの」
足をパタパタさせて、後頭部を俺の胸に押し付けてくるニト。
しばらくそうしていると上を向くなり目で訴えてきたので、頭をなでてやると満足そうにしていた。
サラサラの髪だ。まるで人工物のよう――と言ったら多分彼女は怒る。
何故なら彼女は人であって厳密には人じゃない。
違法に作られたホムンクルスの、その生き残り。
彼女もまた店長に拾われて、アサシンに身を転じたそうだ。
業界では店長の名と彼女の『鉄腕のニト』と言えばけっこう名が通るらしい。
俺も俺で少し知られてくるようになったけれど、二人に比べればひよっこみたいなものだ。
「ラムダの手は気持ちいいから好きよ」
「いっぱい人を殺してる手だけどね」
「アサシンなんだから当たり前でしょう。お父様も
急に
可愛い足音を立てて奥へと引っ込んでいく。
次に現れた時、その小さな手には何やらメモ用紙が握られていた。
「はい、今日はお買い物当番。いろいろ足りなくなってるからお願いね」
メモを受け取ってそれを広げると、思わず顔をしかめてしまう。
量が多い。食料の他に色々と種類も多い。
それに加えて……
「ねえ。お店の装飾品の材料もあるんだけど」
「お父様が注文し忘れた分よ」
「
「だからラムダに頼んでるんでしょう。お父様、素材切らすとサボっちゃうから。ちゃんと買ってきてよね」
「届けてもらえばいいのに」
「こういうのは人と人で会って買いたいんですってよ」
「ほとんど俺が買いに行くじゃん……」
「口答えしないの。今夜は美味しいご飯作ってあげるから我慢なさい」
そう言われるとはいとしか言えないのが悲しい。
彼女はこんな姿をしているが料理が得意だ。なので、ワンドリッチ
文句はここまでにして、降参とばかりに手を上げると、ニトは「よろしい」と言ってバックヤードに引っ込んでいってしまった。
「この間修理に出したナイフの調整が終わってるだろうから、ついでに取りいけばいいか」
「あら。サリーちゃんのところ行くの? 私も明日行くって言っておいて」
ニトの声が聞こえてきた。
ボソッと言った何げない言葉だったのだが、耳ざとく聞かれたようだ。
「違うよ。工房だよ。ナイフは別で出してる」
「でも同じ方向ね。色町で遊んではダメよ? サリーちゃんに手を出すのもあまり感心しないわ」
「今日は行かないし、サメ子に関してはどちらかと言うと喰われる方なんだけど」
「どうだか」
半分呆れているような声が聞こえてくる。
反論したかったが、収集がつかなくなる。
彼女に口答えはNGだ。
俺は立てかけてあったロングコートを
§
アサシンになってけっこう鍛えたはずなのだけれども、それでもこの量はひどい。
街道で何度も人にぶつかりそうになったので、中央広場に出ると適当なベンチを見つけて腰を下ろした。
この
街自体は京都のように
中央通りは南の大門から真っ直ぐ北に伸びて、俺のいる中央広場を通過して、北のどん詰まりである王宮にたどり着く。
王宮が近ければ近いほど地価も高く高級街が広がっている。住んでいる人間も貴族ばかりだ。
逆に門の周辺は大小様々な商店街が
一番住民の多いのは、俺が今座っている中央広場から東西に伸びる中級階層の住むエリア。
俺の店もこの一帯にあって、他の同業者も大体同じ場所にあった。
南の東西端から貧しく、北の中央に向かうほど富んでいる。
街の中を貫く主街道は北に向かうにつれて金持ちばかりが歩いている。
貧富の差がわかりやすい、ある意味残酷な都市だった。
「……こんなに素材買う必要あるのかな。店の商品、そんなに売れてないぞ?」
忌々しい、布に包まれた
大きさはA3サイズくらいで、厚さ1センチほど。それが五枚ある。
贔屓にしてる鍛冶屋がオマケに一枚くれたのだが余計だった。
それを片方の脇に抱えて、もう一方には大きな紙袋を抱えていた。
中は野菜だの何だのがギュウギュウになって、丸い円盤状のパンが顔をのぞかせている。
「もうちょっとこう、スーパーとかコンビニみたいにさー、市街地の中にお店が無いの?」
愚痴ってみたが、無いのは知っている。
思わずため息が出た。
とはいえ、こんな日も悪くはなかったりする。
オフの時は穏やかに過ごしたい。
別に仕事が嫌いというわけじゃない。
それでも日常的に血を見たいわけじゃない。
なのに、今日は銃まで撃った。
読むはずだった本は途中で飽きてしまい、続きがどうでも良くなってしまった。
文化的な最低限の生活をしたいのに。
このゴシックホラーのような異世界はそれを許してくれない。
ボーッと
身なりも様々。
瀟洒な装いの馬車に乗る貴婦人もいれば、小汚い布に包まって寝る浮浪者もいる。
教会のシスター達が恵まれない子供の為にと募金を集めていたりもする。
そうかと思えば傭兵のような連中が、剣や銃を腰に吊って歩いていたりする。
貧富も平和も荒事も全部混ぜ込んだような箱庭。
それが、
「……貴方」
「え?」
ふと、横を見る。
思わずほぅ、と
ニトに引けを取らない、まるで人形のように整った顔。
金の長い髪が美しく風に揺れていて、その釣り上がった目は
着ているドレスは落ち着いた
シンプルで飾り気の無いが、端々の
手にはなぜか指抜きの革手袋。
指にはそれぞれ大きな宝石の指輪がはめられている。
何故ここだけ厨二病みたいなものなのだろうか。
何故見た目は抑え目なのに、ゴテゴテの宝石の指輪だらけなのだろうか。
俺が首を傾げている間に、令嬢は言葉を続けた。
「貴方。真っ黒ですね」
「真っ黒?」
そう言われて少し焦った。
さっきペンのインクがシャツに飛んだのかと思ったが、シミ一つなかった。
彼女は尚も、冷たい目で俺を見ていた。
「違います。魂が真っ黒」
「は?」
「マフィアかしら。それとも人買いかしら。このヒルド・サンダルウッドの目の前に現れるとは。いい度胸していますね」
にわかに、ヒルドと名乗る令嬢から殺気のようなものが滲み出てきた。
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ここまでお読みいただき
ありがとうございます。
悪意の果てに流れ着いた異世界。
既にタガが外れた少年ラムダは、
それすらも受け入れる街で生きている。
彼が出会った令嬢は、果たして何者なのか。
魂が真っ黒とは、どういう意味なのか。
哀れなアサシンが懸命に生きるため、
皆様の応援を頂けたら幸いです。
※面白いと感じて頂けたならフォローや★★★、レビューなどなど
高評価よろしくお願いします!
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