第02話 悪役とマフィア

 ――二年後。


「スカした白髪しらがのニイちゃんよ。店主呼べよ。お前じゃ話にならねえ」

 

 困ったものだ。

 異世界に来てまで、銃を突きつけられるだなんて。

 警察官に撃たれて死んだのが原因だろうか。

 もっとも。

 今俺に銃を突きつけてるのは裏社会の人間。

 いわゆるマフィアという人種なのだが。


「早くしやがれ。脳みそぶちまけられてぇのかよ」


 コツン、と銃で後頭部を突かれた。

 白髪しらがって言われるのはちょっと傷ついたけど、実際俺の髪は真っ白だから仕方がない。

 それはそうと、この肌触り。

 おそらくは最近流行りの――この世界では、だが――リボルバー拳銃だろう。

 日本の警察が持っている、シリンダーというレンコン状の部品の穴に弾丸を詰めるタイプの銃だ。俺も使ったことがある。

 こんなファンタジーの世界に、銃。

 俺は異世界転生した時、そんなのアリかよと思わず叫んでしまった。

 ただこの世界、どうも自分の想像していたファンタジーの世界よりもちょっと先の世界らしい。

 俺たちの世界の基準で言うなら、蒸気だの何だの言っていた時代に魔法が技術に置き変わったような、そんな感じだ。

 外は石造りの街で、その建築様式けんちくようしきも見事なもの。

 元の世界で言うならばゴシック調みたい、とでも言えばいいのだろうか。

 こんな感じの雰囲気のホラーゲームをやったことがあるような、ないような。

 海外の観光地だと言われても全くわからない。

 歩いている人も時々耳が長い人や、ずんぐりむっくりの髭もじゃだったり、猫耳のようなものが生えている人もいるが、だいたいは人間だ。

 服装も技術も社会も風俗ふうぞくに至るまで、どこか十九世紀に近いような気がする。

 詳しいことは専門家じゃないからよくわからない。

 そんな雰囲気と思ってもらえればいい。

 俺が着ている服だって元の世界でも全然通じる。

 白いYシャツに茶色のベスト。

 細いネクタイに、黒のテーパードパンツ。

 この格好のまま前の世界でレストランに紛れ込んだなら、店員に間違えられるだろう。


「チンタラしてんじゃねえ。何か言ったらどうだ、ええ!?」


 チチとかすかな音。

 おそらくマフィアの男はトリガーに指をかけている。

 だがそれは同時に、撃鉄ハンマーを倒していないという意味でもあった。

 トリガーを引くだけで撃鉄ハンマーを起こし、倒すというダブルアクションに甘んじているのだろう。ということは、まだほんのわずかだがスキがあるということだ。


 俺がこうして逆転の機会をうかがっている間に、この残念極まりない状況を説明しよう。


 ここは魔石店ませきてん

 魔法を閉じ込めた石、通称魔石ませきアイテムを取り扱う店だ。

 魔石ませきはなでるとか、かかげるとか、はたまた身につけるだけとか、そういう簡単なアクションで誰でも魔法が使える便利アイテムだ。

 この世界のほとんどの人はこれで魔法を使う。

 とんがり帽子に魔法の杖というのは、昔も昔、クラシックスタイルであるらしい。

 そして魔法と言うものは、炎を飛ばしたり雷を起こすより、剣を早く振るったり、弾丸を安定して飛ばした方が早く殺せるという結論に至ったらしい。

 やれファイアーボールだとかサンダーボルトとか、そういうのは廃れ、お伽噺の中でしか出てこないそうだ。

 戦いを円滑に進めるために技術が伸び、用途や目的に様々に枝分かれしたた結果、いろんな魔法が技術として生活に浸透する。

 今はそういう時代で、そういう世界という事だ。

 そういった世界のいち技術の塊である魔石ませき

 いろんなものに組み込まれているが、ウチで扱うようなアクセサリーに埋め込んで、健康器具だのお守りだの護符だのに使うのもまた、使い方の一つだ。

 街道からそれた脇道にある、誰も気づかないような店が俺の働いている店。

 店名は『ワンドリッチ魔石店』。

 外には立派なショーウィンドウがあって、店長が作った趣味のいいとは言えない装飾品そうしょくひんが並んでいた。

 魔石はどれもこれも第三種魔法が宿ったもの。

 第二種魔法のように免許も資格も必要もない。

 第一種魔法のように王家や貴族の家に代々伝わる~だとか、ごく限られた人間の扱う、軍用に転用可能なものとは違う。

 日常使いの出力の小さなものばかり。

 これといって珍しいものはない。

 客もほとんど入っていないのに、内装ないそうだけは立派。

 パッと見、太い客でも抱えてるのか=カネを持っていると思うのも仕方がない。

 俺はこの事態じたいおちいる直前まで、カウンターの席で本を読んでいた。

 不意にドアベルが鳴ったので、ああまた近所のマダムが買いに来たのだろうと思った。

 しかし店に入り込んできたのは、スーツを決めた二人組の男達。

 ひとりは大柄おおがらでいかつい顔の男。

 もうひとりは狡猾こうかつそうなヘビみたいな目をした男だった。

 の雰囲気じゃない。

 さっするにマフィア。

 彼らが口を開いた時点でそれは確信に変わった。

 どんな世界でも、こういうやからはいるらしい。

 ピカピカのスーツから見るに、の初心者だということも理解した。

 彼らの言い分は要約ようやくするとこうだ。



「誰に許可もらってここで店開いてんだ」

「ショバ代払え」



 あまりにもテンプレすぎて感動すら覚えた。

 ニヤニヤしている俺に腹が立ったのか、大柄の男――これもまたお手本のよう――がわめき散らし、もう一人のヘビの眼をした男が


「こいつ、キレると何するか解らねえぞ」


 と言う。

 流石にここまでやられると、何かの罰ゲームか訓練かと思った。

 この城郭都市じょうかくとしフェレゼネコ――その裏社会において『路地裏ろじうら魔石店ませきてん』の意味を知らない者がいる。信じられなかった。

 けれどもカウンターをバンと叩かれて、店長を呼べと言われた段になった時。あーこりゃマジで知らないんだな……と、気の毒に思った。

 でも、だからといって初心者をのもかわいそうだ。

 俺は言われるまま店長を呼ぼうとした。

 店長はここにはいない。

 多分色街。

 アラフィフなのに好きだなと思う。

 背後の二人に気づかれないようにため息をついて、通信用の魔石の箱を開けようとした。

 そうしたら何故か、こうして銃を突きつけられたというわけである。

 すぐに


「お、おい。いきなりはマズいだろ」


 と大柄の男の素の声が聞こえてきた。

 ということは、銃を突きつけてきたのは蛇のような眼をした男。

 冷静につめよるタイプかと思いきや、見た目よりもカッとなりやすいらしい。


「ラムダ」


 チラリとバックヤードの入り口を見る。

 そこにはゴスロリのドレスを着たちんまい幼女が、入り口の影からこちらをジッと見ていた。

 怖いとか、今にも泣き出しそうとか、そういうのではない。

 それはそれは楽しそうに。

 何やら喜劇きげきでも見るかのように笑っていた。


(どうしようニト。やっちゃう?)


 俺が小さな同居人、ニトに問う。

 すると彼女はニマニマしたあと、グイーッと親指でノドをかき切るジェスチャーをした。


(やっちゃえ! 神様は許して下さるって!)


 んなワケあるか。

 聞いた俺がバカだった。


「何すっとろい事してんだ! さっさと店主を呼べよ!」

「ずいぶんと張り切っていますね。初仕事ですか?」

「なっ」


 あたりだったようだ。

 きょをついたので、ゆっくりと振り返ってやる。

 一瞬の判断を奪われた彼は


「お前! 勝手に動いてんじゃねえ!」


 と叫んだ。

 銃口が震えている。

 これでは当たるものも当たらないだろう。


「なめてんのかテメェ!」

「いいえ。怖くて粗相おしっこしてしまいそうです」

「ウソつけこの野郎!」

「あの、一ついいですか?」

「うるせえ! 早くカネを出せ! 出さねえとぶっ殺すぞ!」

「……これからお金を取り続けようとしてる相手を殺したら、元も子も無いですよ」


 蛇のような目をした男はあっという顔をした。

 それを理解するだけの頭はあるらしい。

 相手の心に再び心のスキマができた。

 俺はごくごく自然に左手をあげて、向けられた銃の撃鉄ハンマーをガシッと握る。

 撃鉄ハンマーとは弾丸の尻を叩いて、弾頭を発射させるための部品だ。

 リボルバー銃はほとんどの場合、ここが露出している。


「!?」

「知ってましたか? こうすると撃てないんですよ」


 最初から撃鉄ハンマーを起こしていたらまた違っていたのかもしれない。

 とはいえ、最初から最後まで銃の仕組みをレクチャーする必要もない。

 いいや。

 何かもうめんどくさい。


 

 ――殺してしまおう。



 死体袋、まだ余ってたし。

 回収日も二日後だ。

 冷凍用の魔石は余っている。

 それにここは路地裏の店だ。

 客が来ることはほとんどない。

 つまり、目撃者はいない。

 問題ない。

 そう、


 静かに呼吸を整える。

 

 一、二、三を数えて心を穏やかに。

 四、五、六を数えて目をつむり。

 七、八、九を唱えれば。

 殺意の炎が、目にともる。


 俺は空いていた手で、カウンターに置いてあった羽根ペンを取る。

 先の尖った鉄製のものだ。

 それを相手の銃を握る手に、思いっきり突き刺してやった。


「あぎゃっ!」


 男がリボルバーを握る手を離した。

 すぐに銃をもぎ取って、こちら側に相手の体を引っ張り、同時にひじを入れる。

 こめかみにガツンと入ったひじは相手の意識を一瞬奪った。

 そのまま真下のカウンターに押し付けて、奪ったリボルバーの銃口を彼の後頭部にあてがう。

 ここまで数秒。

 大柄の男は何が起こったか分からず、俺が「動くな」と言った段でわざわざ胸元に手を伸ばし、そして静止した。


「お前ッ!」

「その胸元の銃をゆっくり置いて。そうじゃないとアンタの相方の脳をぶち撒いてから、アンタを撃つ」

「そ、そんな事できるのかよ! 俺たちが誰か分かんねえのか!」

「シンシアファミリーの人でしょ」

「!?」


 バカなのか、と言いかけたが黙った。

 俺に銃を向けていた男は腕とカウンターに挟まれてもがいていたが、キチッと音を立てて撃鉄ハンマーを起こすと途端に静かになる。


「ここら辺一帯にハバを効かせてるのはそこしかないもんね」

「解っててやってんのかテメエ! 相棒を撃ったらタダじゃすまねえぞ!」

「あなた達こそ。ここをどこだか知ってます?」

「知るか! シケた魔石店ませきてんなんていくらでもあるだろう!」


 それを聞いて思わず笑みを浮かべてしまったのだろうか。

 段々と大柄の男の顔が恐怖にまみれる。

 

「な、何笑ってやがる……薄気味うすきみ悪いガキが!」

「理由ができたので」

「はぁ!?」

「あなた達の上司、ゲニー・ガラムさんに伝える理由ができたって事です。彼らは知らずに押し入った。だからってね」


 流石に上司の名を出されて抑えていた男も、大柄の男も顔を青くした。

 簡単な仕事だったはずなのに、なにやら大事おおごとになってしまったと思ったのだろう。

 けれど、今更もう遅い。

 俺は人を殺すのに全く躊躇ちゅうちょがない。

 何故ならそれは、俺の――の仕事なのだから。


「ほ、本当に殺れんのか……ぎゃあああ!」


 ダン、と。

 大柄の男に銃を向けて発砲。

 左の太ももに当たった。

 いい銃だ。

 どこの工房のものだろうか。

 多分、奮発ふんぱつして買ったのだろう。

 コイツを貰うために殺しても良いかな、なんて思ってしまう。

 大柄の男はなさけない声を上げてくずれていた。


「ぎ……ほ、本当に撃ちやがった! こ、殺す気か。マフィアを殺す気なのかよ!」

「俺はれますよ。なんたってココは――」

「ひぃ! た、助けて……」


 カウンターに押さえつけられた男がそう言った時。

 思わずカーっと頭に血が上る。


 ――生前もそうだった。

 ――復讐ふくしゅうした相手はそうだった。


 俺の姉を無惨むざんに殺したくせに、足にナイフを突き刺しただけで同じことを言った。

 一人ずつ首をかき切ってやったら小便をもらしながら命乞いをしていた。

 動画にして配信をしたら、全世界にそう泣きべそをたれていた。

 多分あいつらにレイプされた姉さんも「助けて」とそう言ったはずだ。

 でも連中は聞かず、犯して、おもちゃにして、殺した。

 そういうのが日本のいたるところで起きているのは知られていない。

 犯人たちも多くは反省をせずにしゃあしゃあと世に出て、再犯もする。

 そういう連中は心が黒に染まっている。

 人間じゃない。

 けだものだ。

 こいつらも同じなんだろうか。

 あいつらと同じ――


「ちょ、ちょっと待った!」


 バン、と店の扉が開いて、ガランガランとドアベルが鳴る。

 ふと顔を見上げると、そこにはストライプスーツの似合うダンディが肩で息をしていた。

 大柄の男よりもいかつくて、いかにもマフィアらしいマフィア。

 首に巻く赤いマフラーは派手なのに主張し過ぎないのは、彼からにじみ出る風格がそうさせているのだろう。


「やあゲニーさん。いらっしゃい」

「ら、ラムダ。やめてくれ! コイツらはつい最近入ったばかりのバカなんだ。何も知らないんだ!」

「そうだと思いましたよ」

「だからな? やめてくれ、このとおりだ!」


 ググッと頭を下げるゲニーさん。

 それを見るなり、膝をついてうなっていた大柄の男も、押さえつけている男もびっくりしていた。

 そりゃそうだろう。

 彼らにとっては神に近いボスが、こんな薄気味悪いガキに頭を下げているのだから。


「ゲニーさんがそう言うなら」


 パッと押さえつけていた男を離す。

 ホッとしたゲニーさんは、すぐに怒り顔になる。

 そうして尻もちをついていた蛇のような目の男を強かに殴り、その足で大柄の男に詰め寄っては顔をり上げて怒鳴っていた。


「馬鹿野郎! ここに押し入る奴がいるか! どうしてこんな事した! 言え!」

「ぼ、ボスがここに『挨拶あいさつ』にいけと……」


 鼻血を出しながら言う大柄の男。

 その言葉にゲニーさんは「このバカ」と顔を手でおおってそう言った。

 彼らがあまりにもアホすぎて、一周回って怒りがどこかへ行ってしまったようだ。

 多分だけれども、彼らは意味を取り違えてしまったようだ。

 おおかた「一発カマしてこい」とか、そういう感じに取り違えたのだろう。

 マフィアの中では格式高いと言われるシンシアファミリーに入れたのだ、気が高ぶるのもわかる。

 わかるが、そのいさみ足で生命を奪われそうになるとは夢にも思わなかったのだろう。


「このバカ共! そういう意味じゃあねえ! そもそもココがどこだかわかってねえのか!」

「ま、魔石店ませきてんです……」

「そうだな。おつむに犬のクソの詰まったお前らみたいなのでもそりゃわかるな。だが場所だ!」

「ば、場所って……」

「いいか! 『裏路地うらろじ』の! 『魔石店ませきてん』だ! ココまで言わせておいて解らねえなら俺が殺してやる!」


 ゲニーさんがぬうっと取り出したのは金にかがやく大型リボルバー。

 彼らしい銃だ。

 俺はかっこいいと思っているのだけれども、ニト曰く趣味が悪いとのこと。

 ふとバックヤードを見てみる。

 ニトは声を殺しながらも爆笑していた。

 しばらくの間の後、気づいた大柄の男がサーッと顔を青くする。

 続いてカウンター下でへたり込んでいた男も「ま、まさか……」と俺をお化けか何かを見る目でそう言った。

 ここまで待ってやるゲニーさんも優しいな、と思う。

 なんだかんだ言って、ちゃんと兵隊を育てるつもりなんだろう。

 俺ならもう、とっくに殺している。


「わかったようだな。お前らは殺し専門のに押し入りやがった! あろうことかウチに大恩だいおんあるワンドリッチ氏の店にだ! あやまれ! 早くあやまらねえか!」

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