悪役と令嬢 ~姉を殺した犯人に復讐したあと警官に撃たれて死にましたが、転生した先で親殺しの令嬢を守ることになりました~

西山暁之亮

第01話 悪役と配信

 最後の男の首をき切った。

 男の口にはガムテープをぐるぐる巻きにしていたから、汚い悲鳴を聞かずに済んだ。

 しゅうしゅうと音を立てて、男の首元から血がき出していた。

 使い終わったナイフを置いて、はぁ、とへたり込む。

 殺したのは三人。

 高校生から二十代前半の男。

 既に刑が決まっているクソ共だ。

 皆椅子いすしばり付けて、思いつくだけの拷問をして、殺した。

 部屋には血の匂いが充満している。

 隅に置いた机と、複数のモニターを見てみる。

 YouTubeやニコニコ動画はもう見れないようになっていた。

 海外の動画サイトは何個か生きている。

 Twitter上では切り抜きで、拷問動画や殺人動画が大量に出回っていた。

 流れるコメントは批判の嵐と、驚くことに賞賛しょうさんも半分くらい混ざっている。

 みんな血を見るのが結局好きなんだなと思った。

 どんなエンターテイメントでも、血が流れれば流れるほど人気になるものだ。

 それが正義の元に行われているなら、尚更いいエンターテイメントなんだろう。


『そんな事をしても君の姉さんは喜ばないぞ』


 そんなコメントが流れてきた。

 知った事かと、カメラとマイクに向かって吐き捨てた。


「こいつらは姉さんを犯して、散々殴って殺した。いい気味だ」


 再び批判の嵐と、やはり賞賛しょうさんの嵐。

 WEB投げ銭もいよいよ一千万に到達しようとしている。

 このクソ袋になった連中は、俺の姉をレイプして殺した。

 彼ら半グレに足をつっこんだような不良の連中に動機は無かった。

 ただただ姉が目に留まって、犯そうってなっただけらしい。

 見つかった時は体の至る所にタバコを押し付けられた跡や、骨を折られたような跡があった。

 捕まった彼らの所持品から動画を撮っていたことまでわかった。

 それが何の間違いかSNS上に流れて、死体になった姉を笑いながら犯し続ける連中の動画が日本中を震撼しんかんさせた。


 だから、俺はやり返した。

 散々に拷問して、殺した。


 誰もが背を向けるような、戦場でゲリラが捕虜ほりょにやるような奴だ。

 鏡を見ると俺の真っ白な髪が血で汚れて、桜色になっていた。

 髪は姉の遺体を見た時、ストレスで一気に真っ白になってから、ずっと白髪だ。

 それを憐れむ声が世間で広がり、普通なら捜査にかなり時間がかかるはずなのに、数か月で全員逮捕されるという事になる。

 世論に押されてハイスピードで進んだ裁判の後に、彼らが刑務所に護送ごそうされる――

 俺はそこをかすめ取った。

 やり方は簡単だ。

 闇バイトを使った。


『日本の恥に抗議をするため、護衛隊に車で突っ込んだら百万円』


 サルしか引っ掛からないような見出しの募集。

 驚くことに、一時間で募集の倍の希望者が集まった。

 ここから拉致までの詳細は省く。

 ただ一つだけ言えることは――

 カネの為なら重機やらなにやらを用意するやつもいる。

 護送車にレンタカーで突っ込むことをいとわない人間がいる。

 そして、半分くらい正義感で参加している奴がいる――とだけ言っておく。

 カネについては問題なかった。

 両親は既に十四才の時に他界していた。事故だった。

 俺と姉は、両親の残してくれた保険金でとりあえず生活はできていた。

 それを使った。

 この日のためにだ。

 闇バイトの連中が必死になるように、前金とボーナスまで用意した。

 拉致は簡単に成功した。

 予定通りに届いた三人をさっき拷問して、それを配信していたというわけだ。

 全てが終わったので、ネットの反応をボーっとながめる。

 その間、俺はずーっと勃起をしていた。

 姉さんを殺した相手に復讐できた。

 嬉しくて嬉しくて、そのままやろうかと思ったくらいだ。

 多分顔もだらしなくなっていたんだと思う。

 流れるコメントはますます激しさを増している。

 ライブ動画の同接数は加速的に増えていった。



『首斬りラムダ、こいつは本物のサイコ野郎だ』



 首斬りラムダというのは、動画の配信中につけられたあだ名。

 少年Aが人の首を横一文字に斬って『Λ』。

 つまり、ラムダというわけだ。

 しょーもないセンスだなと思った。

 だから何だ。

 いちいち名前を付けないと、ショッキングな事を受け止められないらしい。


「そろそろかな」


 もうだいぶいい時間が経っている。

 日本の警察だって無能じゃない。

 それに俺は配信あたって、特定できるヒントをいくつも垂れ流していた。

 そうしているうちにサイレンが聞こえてきた。

 ババババと、ヘリコプターが舞う音もする。

 いよいよかなと思った時に取り出したのは散弾銃ショットガン――の、エアガン。

 ただ拷問の時の血が被っているからか、本物のように見える。

 あとは、これも闇バイトから受け取ったもの。

 警察官のリボルバー。

 拉致のどさくさに警官まで暴行して、盗んだもの。

 ボーナス二百万と書いたら必死になったやつがいたらしい。

 三十八口径、アメリカなら豆鉄砲とバカにされそうだが人は問題なく殺せるヤツ。

 二人目の膝を撃ち抜くときに一発ずつ使っただけだから、弾はまだ残っている。


 ガン!


 廃工場のドアが勢いよく開いた。

 ドカドカと入ってくるのは機動隊のような人。

 手にはサブマシンガンのようなものを持っている。

 俺が実況動画の中でこのエアガンを散々見せつけて、実際にリボルバーを使ったからだろう。

 俺はすぐさまリボルバー銃を自分の頭に突き付けた。

 すると機動隊の人たちは一瞬おどろいたような顔をして、しかし再び銃を握りしめた。


佐治原響さじわらきょう! その銃を降ろせ! おろしなさい!」

「そっちこそ動かないで。動いたら今すぐこの引き金を引きます」


 膠着状態こうちゃくじょうたいが続く。

 多分背後のディスプレイでは、撃ち殺せと沢山コメントが流れているはずだ。

 俺としては今すぐにでも頭を撃っても良かった。

 どうせ捕まっても死刑だ。

 よくて無期。

 俺は死んだようなもの。

 なら早くこの世界から退散しても問題ない。

 でも。

 どうせ死ぬと言うのであれば。

 意味のある死を、迎えたい。

 突如、隊員の一人が銃を降ろしてヘルメットを脱いだ。

 精悍せいかんな顔つきのお兄さんだ。

 多分、いい人。

 被害者の遺族なのに、何故かSNSで誹謗中傷ひぼうちゅうしょうを受け続けた俺にはわかる。

 この人は、いい人だ。


佐治原さじわらくん。もうやめてくれ。こんな事は間違っている!」

「そうですね、間違っていると思います」

「君はまだ十八歳だろう? 何故人生を棒に振る事をしたんだ」

「俺の人生は死にました。姉が無残に殺されたその日から」

「君の姉さんはそんな事を望んでいない!」

「姉さんが望んでいるかどうかなんて知ったこっちゃありません。俺は、そうしたかった。そうしなけりゃならなかった」

「誰かが君を止めたはずだ。誰かが君をあわれんだはずだ! 君はその思いを踏みにじった!」

「本当にそう思います?」


 廃工場に、水を打ったような静寂が訪れる。

 

「実際は誰も俺に近づかなかった。誰も俺を助けなかった。ネットは殺された姉の画像でオナニーするヤツまでいる。どこに生きる理由があるんですか? こんな糞みたいな世界で」


 そう言うと誰もが黙る。

 銃を突き付けてる他の機動隊の人たちも少しためらっているように見える。

 ああ、それじゃあダメだ。

 ダメなんだって。

 俺は畳みかける事にする。


「お兄さん、教えてくださいよ。俺は誰に助けを求めればよかったんです? 親はいません。親戚は俺と姉をうとましく見ていたか、性的な目的で近づいてきました。姉はもとより俺も女に間違えられる顔ですからね。

「……!」

「それに事件の後、この真っ白な髪を気味悪がって誰も近づかなかった。外に出ても、誰も!」

佐治原さじわらくん! 捨て鉢になってはいけないんだ!」

「俺は俺の正義を貫き通します。アンタたちがそうするようにね」


 俺がリボルバーを捨てて、ショットガンを向ける。

 その瞬間、発砲音と、身体にとてつもない衝撃が走った。

 腹を、胸を、熱いものが通り抜けた感触。

 どろどろと流れてくる血。

 撃たれた。

 撃たれるってこういう事なのか。

 なるほど。

 二人目はこんな痛みを受けたのか。

 

 あいつに、とっても辛い思いをさせてやった。

 とても、とても嬉しい。


「やめろ! 救護班を!」


 お兄さんが他の隊員を制して俺に駆け寄ってくれた。

 最期に男に抱きかかえられるとは。

 まあ、これはこれで悪い気は起きない。

 チラリと、残っている配信を見る。

 発砲に興奮するコメントがたくさん。

 あれはエアガンだぞと非難する声がたくさん。


 ――誰も、俺の死については何も言わない。

 

 それでいい。

 これが大きな前振りになる。


「た、隊長。これはエアガンです……」


 他の隊員が、俺のエアガンを拾い上げて、震える声でそう言った。

 こんな若いのに隊長なのか。

 すごいなぁ、と素直に思った。

 

佐治原さじわらくん。なんてことを。をするだなんて!」

「うふ、うふふふ……」

佐治原さじわらくん? ……ひっ」


 めいいっぱいの笑顔を向けてやった。

 涙を流すお兄さんの顔が、みるみるうちに歪んでいく。

 お兄さんは良い人だ。間違いない。

 誰からも尊敬される正義の人なのだろう。

 だからこそ、

 俺の復讐は、この人がトリガーになって完遂かんすいするはずだ。


「……ですか」

「な、なにを」





「あなた達の正義は姉を救えず、俺を殺した。その気分はどうですか」





「う、うわあああああああああああああ!!」





 とっておきの一撃を差し込んでやった。

 俺をあわれんで、俺を本当に心配してくれたのは多分この人だけなのに。

 そんな底なしの善人だからいい。

 テキメンにこの皮肉は効くはずだ。

 彼が半狂乱になって叫ぶその声は、カメラを超えて世界に伝播でんぱする。

 壊れるお兄さんを引き金に、じわりじわりと、このクソッタレな国の人間に響いていくはずだ。

 

 お前たちは見ていただけで。

 誰か助けてやれと言うだけで!

 


 ――楽しい。

 どんどん混乱して、お互いに憎み合えばいい。

 何が正義かそうでないかとか、そんな下らないことでどんどん憎しみ合うといい。

 ネットですべてを見た気になって、妄想で出来上がった世界を呪えばいい。

 全ての人が、憎しみに削り殺されますように!

 言い合い、ののしり合い、口舌の刃で斬り合って!

 争って、争いまくって、血を流しますように!

 呪われてしまえ!

 全て呪われてしまえ!



 

 はは。

 あははは。

 ははははははははははははは!





 てっきり地獄に落ちると思っていたのだけれども。

 俺が目を覚ましたのは、石造りの美しい街だった。

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