第5話 祖父のおむすび1


 濃い緑の山と、若緑と茶色の田畑。


 風が吹くと葉がゆれる大地に囲まれて、一軒の工場がある。


 一階建てだが、二階建ての家より高い。

 その天井の高い工場でよく造られるのはタンクだった。

 建物ほどの大きさがある銀色のタンクが造られている光景は、テレビで見た宇宙船の秘密基地のようだった。


 その宇宙船のようなタンクによじ登り、右手のアーク溶接機から強く白い光を放ちながら作業する職人が祖父だった。


(溶接の光は絶対に直接見たらいけないよ。目がつぶれるからね)


 工場に行くと、大人たちはみんな口を揃えてそう言う。


 決して見てはいけない危険な光! 


 漫画やアニメで悪と戦う人々が操る光に似たそれはヒーローの証だと思った。

 父はあまり工場に連れてってはくれなかったが、そんな祖父の姿が見たくて、何度も何度も通った。


 工場の駐車場には一本の太い桜の木が植えてあり、春にはそこでブルーシートを敷いて工場の従業員みんなで花見をした。

 桜の花びらが散る中で飲み、食い、笑った。その時だけはいくら飲んでも母から怒られないオレンジジュースを飲んだ。


 祖父の膝の上で、祖父の皺だらけの手を握りながら、桜と工場の周りで畑を縁取るような草刈り後の白みがかった草と黄色の花々が咲いていた。


(タカオ。この工場を守ってくれよな)


 そう祖父が言うと、その後に決まって父は祖父の言葉を打ち消すように言った。


(タカ、お前は賢い子だ。俺たちに義理立てなんかしなくていい。自分の好きな道を行きなさい)


 まったく、どっちかにしてくれ。

 ずいぶん大きくなってからも、俺はそう思ったものだ。


 だが祖父も、父も、工場も、あの桜も……もう無い。


 俺のせいで、もう無い。

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