第6話 大里の助言


「ふ、伏見さん……」


 自分の席で次の授業の準備をしていると、左側から小さな声で名前を呼ばれた。

 真は何も考えずそちらを見て、目を軽く見張る。


「大里くん? 珍しいじゃん。どしたん」

「あ、あの……昨日、すみません」

「昨日?」


 昨日何かあっただろうか。

 そう思って真は昨日の記憶を漁り、一拍の後納得した顔で「あぁ」と頷いた。


「あの先生と一緒に置いてったやつね」

「す、すみません」

「別にいいよ。終わった事だし」


 真はあっさりとそう言って、カラッとした笑顔を見せた。

 大里は困ったように眉を下げて、もう一度「すみません」とペコペコ頭を下げている。


「でも何だったのあれ」

「いえ……何でもないんです」

「まあ、言いたくないならいいけど」


 真はこれで話は終わりだろうと思い、大里から視線を逸らした。

 けれど、予想に反して大里はその場を動かない。


 視線をあちこちに彷徨わせて、何かを躊躇っているように口を開けたり閉じたりしている。


「まだ何かあった?」

「いえ、あの……えっと」


 大里は俯いて、言おうか言うまいか迷っているようだ。


 真はそれを見て、困惑と不審の間の顔をした。

 もう一度何の用か問いかけようとした時、大里が決心したように顔を上げた。


「あ、の、伏見さん……今日、明江トンネルに行くんですか」

「え?……ああ、うん」


 何故知っているのかと思ったが、良く考えれば大里は大曽根の斜め後ろの席だ。朝の会話が聞こえたのだろう。


 真は仕方なさそうに肩を竦めて頷いた。


「断り切れなくて。まあそういう所行った事ないし、一回くらいは話のタネになるかなって思ったけど……」

「行かない方がいいです」


 予想外にハッキリと言い切られ、真は目を瞬いた。


 驚いて少し口を開けたまま固まっていると、大里はハッとしたように言い重ねる。


「あ、あの、すみません……俺に言われてもって感じだと思うんですけど……でも、あの、本当に辞めておいた方がいいです」

「……うーん……でももう行くって言っちゃったからな……」

「あの、でも本当に危ないので!!」

「何が危ないの?」

「そ、それは……」


 大里はらしくなく大きな声で言い切って、真の言葉聞くとまた言い淀んだ。


 目をうろうろと動かしたまま、泣きそうにも見える顔で真を見る。


「詳しくは言えないんですけど、でも危ないんです……!」

「あ、ちょっと……」


 そう言い切ると、大里はくるりと身を翻して真の前から立ち去った。


「……ええ……」


 教室の喧騒の中、真は思わず情けない声を出して、足早に席へと向かう大里の背を見送った。

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