第7話 カセットテープの怪

「え、大里くんに肝試しに行かないように言われたんだ?」

「そう」


 頷いた真を見て、桜は意外そうに目を瞬いた。


 真はお弁当のツルツルしたフォークでブロッコリーを刺しながら、頷いてチラリと廊下側の席を見る。

 大里はどこかに食べに出ているのか、本来大里の座っている席には大曽根を含む運動部女子のグループが座っていた。


「大曽根さんに行くって言っちゃったから、行くつもりだったんだけど、なんか大里くんに言われてからその事が妙に気になっちゃって。なんか、意味深じゃない?」


 真はそう言って、軽く肩を竦める。


 桜とはお互い弁当持参で席も近かったので、自然と食事を一緒に摂るようになった。

 一ヶ月近く食事を共にすれば、クラスの中では彼女が一番親しいと言える程度の仲になっていた。


 彼女は物静かで、誰の悪口も言わず、真は彼女といる時間に一切のストレスを感じなかった。


 ゆうりといる時の様に明け透けに何でも話せる訳ではないが、桜といる時間は穏やかに過ぎていく。

 真にとって居心地の良い相手だ。


 桜はチラリと視線を廊下の方に向けて、また真に視線を戻した。


「あまり話した事ないけど、大人しいし、確かに自分から話しかけたり、そう言うことは言わなさそうだよね。大里くんって」

「委員会一緒だけど私もそう思う。なのにわざわざ言いに来てくれたし、何か意味があるのかもって。なんか引っかかる感じ」


 真はそう言って、ブロッコリーをパクリと口に入れる。

 今日の弁当は綺麗に巻かれた、たらこのパスタがメインで入っている。

 ブロッコリーやウインナーも入っていて見た目も可愛らしかった。


(たまにはパスタも嬉しいな……帰ったらお母さんにお礼言ってまた作って貰お)


 真は少し気分が浮上しつつあるのを感じ、ピンク色のパスタを口に運ぶ。


 桜は「んー」と斜めに視線を向けながら考え込んで、持ち上げて食べていた自分のお弁当を机に置いた。


「うーん、断れば良いだけなんだけどね……伏見さんが悩むのもわかるよ」


 そう言って、桜は視線をまた大曽根の方へ向けた。

 その視線を追ってそちらを見た真は、その意味に気づいてそっと溜め息を吐く。


 大曽根はいつも通り高い声を響かせて大きな声で笑い、周囲の女子とスマホで動画を見たり、写真を撮ったりしているのが遠目から見てわかった。


「あの子、どうやって納得させよう」

「それ、ね……」


 桜に苦笑を返され、真はうんざりした表情を隠さずに頷いた。

 自然と大きな溜め息が出て、そっとフォークを弁当箱の上に置く。


 正直、真は肝試しはどうでも良い。興味がないから。


 肝試しより、大曽根と関わるのが面倒なのだ。

 今日で魅力を感じなかったら、バレー部の勧誘をもう辞めると言われたから、見学に行くだけである。肝試しはそのついでだ。


 言って納得する相手なら、真はこんなにも悩まなかっただろう。ただ口頭で断れば良いだけなのだから。

 けれど、それだけならばもう何度も実行したのだ。


 大曽根はどう予想してもゴリ押しされるイメージしかない。

 ここ何日かの様子を見ていて特にそう思う。何故真をそんなにもしつこく誘うのか分からないけれど。


「お弁当食べたら、断ってくるよ。無駄かも知れないけど」

「上手く行くといいね」


 真の諦め混じりの言葉に桜はそう言って、困ったように控えめに笑った。


 そのままゆっくりと食事を摂り、食べ終えた真は渋々大曽根の席へと向かった。

 大曽根を含む五人の女子生徒が机をくっ付けて、どこか真剣な表情で食事をしている。


 真はその異様な空気に不審そうに眉を寄せて、自然と潜めた囁き声をかけた。


「ーー大曽根さん、食事中ごめんけど」

「キャアッ!!」

「!?」


 大曽根の横にいた別の生徒が、突然悲鳴を上げた。

 連鎖した様に、別の女子も短く悲鳴を上げる。


 突然の大きな悲鳴に真は何事かと驚き、体を大きく後ろにのけ反らせた。

 教室にいた他のクラスメイトも、何事かとこちらを一斉に見た。


「な、何ッ?」

「……なんだ、伏見さんかー……もうびっくりしたよー!」

「こっちのセリフなんだけど……何してんの?」


 安心した様に息を吐いた大曽根に、真が呆れを滲ませた声で言う。

 クラスメイト達は怯えを滲ませた声で、しかし明るく答えた。


「怖い話大会してたの!」

「うちらみんなバレー部なんだけど、今日夜肝試し行くからって、ノリで始まって」

「そういえば伏見さんも行くんだよね?」

「あ、その事なんだけど」


 口々にそう言われ、真は今がチャンスだとばかりに慌てて「やっぱり行かない」と言おうとした。


 けれど、続ける前に大曽根がどこか嬉しそうに口を挟む。


「そうだ、伏見さんも何か怖い話持ってない?」

「良いね、話してってよー!」

「えッ? 怖い話?」


 突然そう言われ、真は脳内で必死に怖い話を思い出そうとした。


 周囲の女子から期待を込めた視線を感じ、少し焦る。

 突然言われても、咄嗟には思い出せない。


 その時校内放送が鳴り始め、放送部が静かにアナウンスを始めた。

 それを聞いて、真は昔の出来事を一つだけ思い出した。


「うーん……怖いか分からないけど」


 前置きとしてそう言い、真はゆっくりと話し始めた。

 怖い話など普段しない。上手く話せているか分からないながらも、静かな口調で話し出す。


「中学生の頃の話なんだけどね」



 音楽室の掃除をクラスメイト複数人と担当している時、古い奇妙なカセットテープを見付けたことがあった。


 そこには合唱の為に用意された膨大な数のテープがあったが、何故かそれだけはラベリングもされず、捨て置く様にカセットテープの山から外れた所に放置されていた。


 そのテープはどこか異彩を放っていて、真は自然と手にとった。


 真がそれをひっくり返してまじまじと見ていると、クラスの中心人物だった男子が興味を持った様に声をかけた。


 二人でそれを見ていると、男子はどこか興奮したように


「再生してみよう」


 と言った。


 クラスメイトの言葉に、確かにそのテープが気になっていた真は、特に反対もしなかった。

 ただ、何となく胸がざわざわと落ち着かなくなっていた事を覚えている。


 音楽室にしかないような古いカセットデッキにテープを差し込んで、ジイジイと鳴る異音を暫く聴いていると、それは突然始まった。


 人の声だった。


 嗄れた老婆のような声が、ボソボソと何かを言っていた。


 一言も聞き取れない、妙に不快になる声で老婆はひたすら何かを話している。

 抑揚もなく、何と言っているか分からないが、何となく日本語だろうとは思った。


「何これ……気持ち悪い」


 集まっていた掃除のグループの他の生徒は、そう言って早くテープを止めようと急かす。


 それを無視して、男子生徒はテープを早送りにする。


「いや、裏も聴いて見よう」


 再生しよう、と言った男子が、止めて欲しいと言う女生徒を無視してテープを裏返した。


 同じ老婆の声で、ずっと何かを話している。

 その声は今にも死にそうな声で、けれどどこか怨みが籠った様な重量を感じるのだ。


 重苦しく、異常な空気が音楽室を包んでいた。


「ねえ、もうやめようよッ」


 怖がっていた生徒がそう言って一人、二人泣き出しても、男子はテープの再生を止めなかった。


 暫くしてテープは全ての音を再生し終えた。


 シン……と静まり返ったその時、やっと時間が動き出した様にみんなハッとして、そのテープを慌てて抜いた。


 その後どこにしまったか覚えていないが、恐らく元あった場所に放って戻したのだろう。


 その出来事から、一年程経った頃だろうか。


 真は不意にその出来事を思い出した。


 幸い、当時のグループの一人と席が近かった真は、授業の合間の時間にその事を話した。


「あの時、○○さん泣いちゃって大変だったよね」


 泣いてしまった生徒に、真が面白がる様にそう言うと、クラスメイトは不思議そうな顔をした。


「?ーー何の事?」

「えッ?」


 真が詳しく話し直しても、彼女は全く覚えていないと言う。


 背筋に悪寒が走った。


 泣く程怖がっていたのに、忘れてしまうなんて、そんな事はあるのだろうか。

 慌てて別の生徒にも確認したが、その人物も全く記憶にないと言う。


 「そんな訳がない」と思った真は、わざわざクラスを跨いでまで、当時裏面まで再生したがった男子生徒を捕まえて当時の話をきいた。


「ーー伏見、何の話してんの? 確かに音楽室の掃除をみんなでやったのは覚えてるよ。でも、カセットテープなんて、俺再生する訳ねーじゃん」


 彼は不思議そうな顔をしてそう言った。


 真はその顔を見てゾッとして、慌てて自分のクラスへと返った。どこか無垢な表情で、彼は真を見ていた。


 もしかして、自分が見た夢だったのかも知れないと思ったが、あの時の老婆の嗄れた、胃のあたりが冷たくなる様な不気味な声を今でも覚えている。



 それでも、結局誰もその日のことを覚えていなかった。


 真以外は。


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