第120話 沢山貰ってました
時は2月14日、今日はバレンタイン。いつもより、浮き足だった雰囲気の校内。登校するや否や、自分の下駄箱を覗いて微かに落胆の表情を浮かべる男子生徒がほとんどの中、例に漏れず俺も下駄箱の中をいつもより意識しながら上履きに手を伸ばす。
「……あっ」
下駄箱の中には明らかに上履きではない物が見えた。それも1つじゃない。
まじかよ……。
驚きつつも心は若干の高揚を感じていた。
杏や白花は別として、正直言って暴行で停学歴のある俺にバレンタインなどあるわけないと思っていたが……義理な本命かは別として、貰えるのは素直に嬉しい。
「あーーっ! 豊がチョコいっぱい貰ってるぅ!」
突如叫んだのは背後で俺の下駄箱を覗いた白花だった。
「うわっ! びっくりした! なんだよ白花!」
「豊……下駄箱に入ってるの全部チョコだよね!? 杏ぅー! 豊の下駄箱に……えーと1、2、3……4つもチョコ入ってるよぉー!」
白花の声は生徒玄関中に響く。おかげで他の男子から刺すような視線が俺に集められた。
今すぐこの場を離れたい気持ちに駆られ、急いで上履きを履いて下駄箱に入れられたチョコを鞄に入れようとすると、先にチョコレートを手に取った者がいた。杏だ。
「ふーん……これは1年生から……こっちは2年生」
次々とチョコレートの差出人を確認していく杏。そして最後に手に取った他の物より一際手の込んだチョコを確認すると、まるでゴミを見るような目つきで舌打ちを鳴らし。チョコの封を開けて中身を全て食べてしまった。
「お、おい! 杏!」
驚く俺を他所に一度に大量のチョコレートを口へ放り込んだ杏はハムスターのように頬を膨らませている。そしてごくりと喉へ流し込むと、特に感想を言うことも無く、白花の手を引いて教室まで歩き出してしまった。
「行こ、白花」
「うわっ! あ、杏! どうしたの?」
「なんでもないよ? ほら、モテモテの豊なんて置いて行こ?」
ご機嫌斜めの杏は白花を連れて先に行ってしまった。
あいつはなんで怒ってるんだ? このチョコが原因か?
ふと杏の顔色を変えたチョコが入っていた箱を確認してみると、そこには「あなたの将来のお嫁さん、涼森はなたより」と書かれたメッセージカードが目に入る。
杏の怒りの出所がわかったところで貰ったチョコレートを丁寧に鞄へ入れた俺は教室へ向かった。
その後授業が始まると、時計の短い針があっという間に正午を回る。
いつものように俺と東、そして杏の白花の4人での昼食の時間を迎えると東が俺を見てニヤニヤと笑みを浮かべた。
「豊、聞いたぞ? チョコたくさん貰ったんだってな?」
「そ、そうだな……」
正直今その話題は辞めて欲しかった。
ほら見ろ、同じスペースで昼食を口に運ぶ杏と白花がジト目で俺を見ているじゃないか。
「豊さーん!」
この状況を確実に悪化させる人物の声が教室に響き渡る。教室の入り口から俺の元まで飛ぶ勢いで駆け寄ってきたのは、はなただ。
「豊さん! 私からのチョコ食べてくれました!?」
「あ、えーと……その……」
返答に困っていると、杏がにっこりと笑って口を開いた。
「あら涼森さん、チョコレートご馳走様でした」
「は、はぁ!? なんで杏先輩が私が愛とその他諸々を込めて豊さんに作ったチョコを食べちゃったんですか!?」
「うふふ……あまりにも美味しそうだったからつい……ちょっと待って? あなたチョコに何混ぜたの?」
「さぁ……なんででしょう? まぁ豊さんへのチョコはあれだけじゃないですし、1個くらいはくれてやります。豊さんへのチョコはあと5個ありますから!」
そう言ってはなたがもう1つのチョコを取り出す。たまらず杏がチョコを没収しようとはなたに飛び掛かる。
2人がクラス中の視線を集める中、教室の入り口から再び俺を呼ぶ声が聞こえた。
「時庭豊!」
声のした方を見ると、一ノ瀬会長がそこにいた。
「会長!? 3年生は卒業まで休みじゃ?」
「きょ、今日は用があってな……それにもう会長じゃないと言っただろ!」
「そうでしたね……じゃあ一ノ瀬先輩、どうしたんですか?」
「え、えっとな……」
柄にも無くもじもじとはっきりしない一ノ瀬先輩は覚悟を決めたかのように1度深呼吸をして、俺になにかを差し出した。
「こ、これを!」
差し出されたのは丁寧にラッピングされた長方形型の箱だった。
「え、えっ!? まさかこれって!」
予想外の人物からのチョコレートに困惑を隠せずにいると、一部始終を見ていた周囲のクラスメイト達はざわつき始めた。
「何々っ!? 一ノ瀬先輩も時庭君の事を!?」
「あいつ……どんな手を使えばあんなハーレムを築けるんだよ……」
様々な視線が俺に向けられる中、一ノ瀬先輩に詰め寄る者がいた。先程までいがみ合っていた杏とはなただ。
「一ノ瀬先輩? あなたとはあまり話した事はありませんが、はっきりさせたい事があります。ちょっといいでしょうか?」
「な、波里杏? 一体なんのことだ!?」
笑顔の杏に後ずさる元生徒会長。そんな彼女にはなたが追い打ちをかける。
「おい、ちょっとツラ貸せや?」
「お、お前にいたってはなんかキャラ変わってないか!?」
慌ただしいバレンタインデーはやっと半日を終えた。
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