想いと君と未来と
第119話 日常が戻ってきました
北海道恵花市。今朝の気温は−27度、今年で1位、2位を争う冷え込みの中、俺は白い息を吐きながら凍った歩道を慎重に歩いていた。
今日は退院して、初の登校。心なしか億劫だった学校も楽しみに思える。
「豊、大丈夫? 寒くない?」
右隣を歩く白花は家を出てからずっと病み上がりの俺が心配なのだろう。5分に1回はこの調子だ。
「大丈夫」
「そっか……えへへへ」
「何がおかしいんだ?」
「嬉しいの! だって豊と一緒に学校行くの久しぶりなんだもん」
笑みを浮かべた白花が俺の腕を組んだ。
「おい、お前はまたそうやって!」
思春期の男性として当たり前の反応を見せていると、左隣からこの極寒の朝を更に凍えさせるような冷気を感じた。
「ゆたかぁ~?」
冷気の正体はにっこりと笑って俺と白花を見る杏の視線だった。
「あ、杏!? 俺はなにも……!」
杏の笑顔に脳内はエマージェンシーコールを発令させていた。下手したらまた病院生活に戻るのでは!? とすら予想していた時、杏は俺の左腕にギュッと抱き着いた。
「あ、杏!?」
「……豊と一緒に登校できて嬉しいのは白花だけじゃないんだからね」
そう言って杏は更に強く腕を組む。
彼女達の気持ちは素直に嬉しい。嬉しいのだが大きな問題がある事も理解してほしい。
それは左右から美少女と腕を組み、登校している俺の事だ。
正に両手に花状態のまま、俺達は学校に到着するが2人は離れず、周りの視線に堪えられず、下を向きながら歩いていると、白く染まった校庭に大きな怒号が響き渡った。
「ごおおぉぉぉぉらあぁぁぁぁ!」
1人の女子生徒が茹で蛸のように顔を真っ赤にしてこちらへ駆け寄ってくる。はなただ。
「はなた! おはよう!」
「なに呑気に挨拶してるんですか豊さん! 復帰初日になんなんですか! その有様は!?」
「そ、そんなこと言われても……白花と杏が勝手に」
「でしょうね! こらそこの2人! 豊さんからはなれろおぉぉぉ!」
はなたが白花と杏を引き剥がしにかかる。静かな朝に見合わない騒がしい光景が俺達を更に目立たせた。
「白花先輩! ほら離れてください!」
「やだ! 豊とくっつきたい!」
「あーもう! 杏先輩も! いつまで私の豊さんにくっついてるんですか!」
「……」
「あっまな板には言葉は通じないか」
「誰がまな板よ! 私とサイズそんなに変わらないくせに!」
はなたの一撃にシカトを決め込んでいた杏が思わず食いつく。
この2人、前より仲悪くなってないか?
俺と腕を組んだまま離れない白花と共に杏とはなたの訳のわからないいがみ合いに溜め息をついていると、予鈴が校舎に響き渡る。この場ではあと5分で教室に入らなければ遅刻という警告に等しかった。
「やばっ! もう行かなきゃ……豊さん! 後で教室に行きますね!」
はなたがそう言い残して、先に校舎へ入って行く。その後ろ姿を杏は煮え切らない表情で睨みつけていた。
「ねぇ豊、まな板ってどういう意味? 杏、まな板なの?」
ここで白花が火に油を注いだ。それも業火に。
「さ、さぁな……俺もなんのことだか……」
咄嗟に我が身の保身の為にどっちつかずな言葉を返しながら、杏の様子を伺う。彼女はにっこりと笑ってこちらへ振り返った。
「2人とも?」
杏がそう言うと、背筋に悪寒が走り、白花は「ひっ!」と小さく悲鳴をあげた。
「ゆ、豊? 杏はなんで怒ってるの!?」
「さ、ささささぁな? なぁ杏さん? 何故にそんなに怒っていらっしゃるのですか!?」
「あら? 私、怒ってるように見える?」
見えます。それはもうカンカンに。
「ほ、ほら! 早く行かないと!」
逃げるように俺は教室へ向かった。
久しぶりの学校はクラスメイト皆が俺の退院を祝ってくれたおかげで、微かに感じていた緊張はすぐに解け、あっという間に時計は正午を回った。
「豊、飯食べようぜ」
東が早速俺の机の上で弁当を開く。すると、すぐさま白花と杏も弁当を持って集まっていた。
「お腹空いたー!」
「豊とご飯! 豊とご飯!」
久しぶりの4人での昼食、あの事件が嘘だったかのように変わらぬ学校生活にどことなく心が安らいだ。
「豊さーん!」
朝の宣言通り、はなたが俺達の教室に訪れた。ジト目で睨む杏を完全に無視しながら、はなたは俺の元へ駆けっ寄ってくる。
「あれ? はなたは弁当食ったのか?」
「はい! 2分で食べましたから! それよりも豊さん、チョコレートはビターとミルク、どっちが好みですか?」
唐突な質問に、どういうわけか杏と白花の箸がビタッと止まった。
「なんでそんな質問を?」
そう聞き返すと、はなたはきょとんとしたのも束の間、何故か東のと目を合わせ、両者は呆れた表情を見せる。
「豊さんは相変わらずですね……」
「ど、どういう事だよ?」
はなたが大きなため息を吐く。杏と白花は硬直したままだった。
「いいですか? 明後日はバレンタインデーですよ?」
その一言で彼女の質問の意味をようやく理解することが出来た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます