第113話 あなたならこうすると思いました
豊を殺そうとした犬井は涼森はなたの兄。
衝撃の事実に私と白花は言葉を失った。
「う、嘘でしょ……? 涼森さんとあの犬井が兄妹?」
「な、なにかの間違いだよね杏!? 苗字だって違うじゃん!」
私の疑問を白花が代弁する。しかし、事実を告げた篠原は首を横に振った。
「はなたも元々は犬井という苗字でした。しかし父親のDVが酷く、はなたが幼い頃に両親は離婚、2人の兄妹の親権は母親がはなた、兄の方は父親にと別れました。涼森は母親の再婚相手の苗字です」
そんな……それじゃあ、今まで彼女は。
「篠原さん! 涼森さんは知ってたの!? 私達と犬井の関係を!」
「最初は知らなかったみたいです……でも少し前、父親にも縁を切られた兄の身元引受人として声をあげたのが、あの由良という男でした。それを母方にも伝えようとした時に知ったと……私と陽絵には相談してくれました」
いまだ真実を受け止めきれない中、ある疑問が頭の中で解けた気がした。
涼森さんが豊の見舞いに1度も来ない理由……人を自分自分にとって大切な人を兄が殺しかけた。そんなの耐えられるわけなんて……。
そう思った時だった。部屋の扉がコンコンとノックされると、白花が「はい」と言って扉を開ける。
「あっ涼森さん!」
白花の言葉に豊を除いた全員が入り口へ向いた。涼森さんの顔にはいつもの天使爛漫な雰囲気は無い。そんな彼女に次に声を掛けたのは親友である、篠原と雅だった。
「はなた!」
「来てくれたのね!」
「あっちゃん……ひーちゃん……」
「……やっと来てくれたのね」
「あ、杏先輩……」
自信は無かったが、涼森さんを見ても怒りが湧かない自分に安心した。話を聞く限り、彼女に罪は無いと整理できている証拠だ。
「豊のお見舞いに来てくれたんでしょ? ほら、早く入って?」
涼森さんを室内へ招き入れようとすると、彼女は「豊さん……」と呟き、ベッドでいまだに眠る豊を見た瞬間、表情を凍りつかせた。
「……っ!! や、やっぱり駄目!」
そう言い残して涼森さんは部屋に入らず、駆け出してしまった。
「「はなた!」」
雅さんと篠原さんの親友2人が彼女を追うために病室を飛び出す。
残された私と白花、そして江夏君の間には微妙な空気が流れた。
「江夏君は知ってたの?」
「あ、あぁ……少し前にな」
「そっか……どうして犬井は由良と手を組んだのかな?」
「陽絵から聞いたところ、犬井は豊を恨んでいた。そこを由良につけ込まれたらしい。あの日、はなたちゃんが由良に呼ばれたのは犬井が万が一由良を裏切った時のための保険らしい……犬井は妹だけには弱かったらしいからな」
だから、涼森さんはあの場所に来た理由を言いたがらなかったわけか。
「なぁ白花ちゃん、杏ちゃん。俺がこんな事言うのもおかしいが……はなたちゃんは関係ないんだ! だから……」
江夏君がそう言った時だった。再び病室の扉が今度は勢いよく開いた。見えたのは篠原と雅さんに捕まり、がっちりと拘束されたままつれこらてた涼森さんだ。
「捕まえましたよー! ほらはなた、大人しくしなさい!」
「いだだだだ! あっちゃん! なんか変な関節技みたいになってる!」
「大人しくしなさいはなた! 雅の名においてこの腕をへし折ってでも、行かせませんよ!」
「ちょ、ひーちゃんも……ってひーちゃんだけは本気で折ろうとしてない!? あだだっ! ちょ、マジで折れる! わかった! もう逃げないから!」
連行された涼森さんは諦めたのか、素直に病室に入って眠る豊を見下ろした。
「豊さん……」
今にも涙が溢れそうな涼森さんに声をかけたのは白花だった。
「涼森さん? あのね、豊はきっと事実を知っても今まで通り接してくれると思うよ」
「え?」
「だって豊は優しいもん! ね? 杏?」
「……そうね。ちなみに私と白花も何も怒ってないし、あなたはあなたでしょ? だからウジウジしてないでいつものやかましい涼森はなたに戻ってほしいんですけど……」
目を合わせず素直な気持ちを涼森さんに伝えた。すると、いつもいがみ合っている彼女の目からは涙が溢れ始めた。
「うぅ……うぅぅ……ごめんなさい」
泣き始めた涼森さんに白花がニコッと笑う。
「ごめんなさいじゃなくて、ここはありがとうって言うんだよ?」
「うぅぅ……ありがとうございますぅ……うえぇぇん!!」
泣きじゃくる涼森さんが雅さんからハンカチを受け取り、篠原に抱きしめられる中、私は再び豊を見つめた。
豊、これでいいよね?
眠っていた豊が微かに笑った気がした。
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