第114話 始まってしまいました


 豊が目を覚まさないまま、私達は冬休みが終わり3学期を迎えた。


「白花、急いで!」

「うん!」


 放課後前のホームルームを終え、皆が帰りの支度を始める中で忙しない様子でコートを着て帰りの支度を進める私と白花に1人の女子生徒が私達に近づいた。


「杏ちゃん、白花ちゃん! もし良かったら今日、みんなでカラオケ行くんだけど一緒にどう?」

「ごめん、私はパス! 白花は?」

「私もパス! ごめんね、せっかく誘ってくれたのに……」

「ううん! 時庭君の事もあるし、しょうがないよ! でも仲間はずれにしたくなくて誘ったの! 落ち着いたら遊ぼうね!」


 気を利かせてくれた女子生徒が「また明日ね」と言い残し、私達の元から去る。時計を見ると、乗りたいバスが来る3分前だ。


「やばっ! 白花、行こ!」

「うん!」


 教室を出て、玄関で靴を履き替える。そして外へ出ると私達と同じタイミングで玄関から出てきた生徒が1人……涼森さんだ。

 互いを見つめつつも言葉を交わす事は無いが、行き先は一緒だ。寒さで頬が赤く染まり、白い息を吐きながら学校前のバス停まで駆けだした。


 これが最近の私と涼森さんの日常、特に決めたわけでも無いのにどちらが先に豊の元へ行けるかを競い合っていた。

  

 学校からバス停までは1分程度、その距離をわざわざ走るのは先にバスに乗れば出口に近いポジションを相手より先に取れるからだ。

 先にバスから降車出来た方がより早く豊の元に辿り着ける。これが鉄則、それを理解している涼森さんも死に物狂いでバス停を目指しているのだ。

 しかし今日の勝利の女神は私に大きく微笑んだ。校門を出た途端、私達を呼ぶように車のクラクションが短く2回鳴った。


「おーい!」


 校門を出たすぐの道路に停めてあった見覚えのある車から誰が私達を呼び止める。運転席の窓から手を振っていたのは源さんだ。


「あれ!? 源さんどうしたの?」

「お疲れ様杏ちゃん、白花ちゃん。たまたま仕事が近くで終わったから迎えに来たんだ。今日も豊の見舞いに行くんだろ?」


 その瞬間、私は勝利を確信した。バスであれば嫌でも他の停留所を回らなければいけない為、病院までの道のりは最短コースでは無い。しかし源さんの車で真っ直ぐ病院に行く事ができれば、負ける事は無い。


「うん! ありがと源さん!」


 ちらっと涼森さんを見て、ふふんと勝利の笑みを浮かべる。彼女も状況を理解したのだろう……ぐぬぬと悔しそうな表情を浮かべた。


「あれ? はなたちゃんも一緒なのかい? はなたちゃんも一緒に乗っていくかい?」


 源さんが非常に余計な一言を口にした。


「本当ですかぁ!? 是非お願いします!」


 即座に食いついた涼森さんが「勝負はまだまだこれからよ!」と言わんばかりにハンッと私にほくそ笑みながら車に乗る。


「2人ともなにしてるの? 早く行こーよ」


 見かねた白花が車に乗る。私は助手席のドアを開き、腰掛けた座席のシートベルトをバックルに挿した。


 本来であれば学校から病院までは車で7〜8分程度、しかし降り積もった雪が路肩に寄せられ車道が狭くなる今の季節は車の流れも悪くなる。

 いつもより5分程押して病院に着くや否や、私と涼森さんはすぐさま車を降りて入院病棟の入り口を通った。


 勝負は全くの互角、エレベーターは待っていられないから豊の病室がある階までは階段を登る。


 階段を登り終えた時点で涼森さんとの勝負は完全に互角。 豊の病室まで20メートル程、私と涼森さんは同時にラストスパートをかけた。


 あと15メートル……10メートル。両者一歩も譲らずにいると、背後から怒鳴り声が廊下に響いた。


「こぉぉらぁぁぁ! 廊下を走るなぁ!」


 あまりの迫力に私と涼森さんは立ち止まって、恐る恐る振り返る。そこには、この階の主任ナースである中年の女性が私達を睨みながらこちらへ向かってきていた。


「またあんた達かい! 病院ではお静かにって何度言ったらわかるんだい!」

「「すいません」」


 主任ナースの言葉の通り、彼女に注意されるのは今日が初めてではない。ガミガミと叱られる私達の横を上機嫌の白花と源さんが通り過ぎて行く。


「ふんふ〜ん! ゆったかゆったか〜!」

「先行ってるな、2人とも」


 結局、主任ナースに搾られた私達が豊の病室にたどり着いたのは白花達が着いてから10分程後だった。


「ふぇ〜疲れた……」と漏らす涼森さん。

「あの主任さん、怒ると長いのよね」と続く私が豊の病室の扉を開く。


「杏、涼森さん、お疲れ様」


 げっそりした私と涼森さんを白花が笑顔で迎える。彼女のそばの豊は変わらず眠っていた。

 すると、私達2人分の椅子を用意してくれた源さんが真剣な面立ちで切り出した。


「よし、揃ったな。3人とも大事な話がある」


 いつもは優しい源さんにどこかピリッとした雰囲気を感じる。白花と涼森さんにもそれは伝わったようで彼女達の顔は笑っていなかった。


「ど、どうしたの源さん?」


 私がそう返すと、源さんは表情を変えずに豊を見つめていた。


「3人とも……もう、ここには来なくていい」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る