第111話 素敵なプレゼントでした
12月25日。
世間はクリスマスムード一色で、降り積もった雪が広大な北海道を白く染め上げ、街路樹にはイルミネーションが灯る。
その光景を私は病室の窓から白花と一緒に眺めていた。
「綺麗だね、杏!」
「そうだね。ほら、もうそろそろ源さん来ちゃうから急ごう?」
窓から視線を外し、作業を再開させる。私達は今まさに豊の病室にクリスマスの装飾を施している最中で、壁には折り紙で折った飾りやカード、リボンに簡易的な電飾などを飾り付けていた。
一通り終えた頃、最後の仕上げに私は鉢に植えられた小さなクリスマスツリーを豊のそばの机に置いた。
あれから豊はいまだに目を覚まさない。傷口は塞がり、最近では頭の包帯もとれたが、それでもこの先どうなるかは医師でも見通しが立たないらしい。
「そう言えば、涼森さん来ないね」
白花の言葉に「そうだね」と素っ気なく返す。
事件の現場には涼森さんもいたが、それ以来姿を見ていない。普段はいがみ合う事の多い彼女だけど、彼女の豊に対する想いが本物なのは知っている。それ故、豊がこんな状況なのに1度も見舞いに来ないことには思う所があった。
「きっと事件の事で忙しかったし、今日は家族と一緒に過ごしいるんじゃないかな?」
「そっか……涼森さんにも直接お礼を言いたいのにな」
白花が俯く。少し重たい空気が病室を包んだ。
「……もう! 今日はクリスマスだよ? そうだ!」
少しでもクリスマスらしい空気にしようと私は丁寧に包装された細長い箱を鞄から取り出して白花に差し出す。
「これは?」
「クリスマスプレゼントだよ」
「え……えぇ!?」
想像以上に驚いた白花が目を見開いてプレゼントを見つめた。
「杏が私に買ってくれたの!?」
「当たり前じゃない」
「えへへ……嬉しいっ! 開けてもいい?」
「もちろん」
彼女はすぐに包装紙を剥がし、箱を開けた。中身は白い毛糸で編まれた手袋だった。
「可愛いっ!」と言って白花はすぐさま、手袋を両手にはめた。私の思った通り、彼女の綺麗な髪の色ととても良くマッチしている。
「ありがとう杏ぅ!!」
嬉しさのあまり、白花は輝くような笑顔で私に抱き着いてきた。
「うわっ! 苦しいよぉ……」
「だって嬉しいだもん。大事にするね!」
「喜んでくれたようで良かった」
「えへへ……じゃあ私も……」
今度は私から離れた白花が、鞄から何かを取り出した。
「杏、はいこれ!」
彼女が差し出したのは可愛くリボンで閉じられた袋、彼女からのクリスマスプレゼントだ。
「わぁ! ありがとう! 私も開けて良い?」
「うん!」
リボンをほどき中身を取り出すと、中に入っていたのは茶色のマフラーだった。
「素敵なマフラー! ありがと白花、とっても嬉しい!」
すぐにマフラーを首に巻く。首の周りがポカポカして暖かい。そんな私の姿を見た白花は「良かった」と呟くと、白花のスマホが鳴り着信を知らせた。
「あっ源さんだ……もしもし源さん? うん……わかった! すぐ行くね!」
通話を終了した白花は手袋を外し、丁寧に箱に戻して立ち上がった。
「源さん、着いたんだけど料理が多いから運ぶのを手伝ってほしいんだって! 私、ちょっと行ってくるね!」
「わ、私も行こうか?」
「ううん! 杏はテーブルや椅子の準備してて! じゃあ行ってくる!」
白花が病室を後にすると、室内は豊が生きている事を知らせてくれる心電図の音が寂しく響いていた。
「豊……」
私のせいで美奈さんと湊さんは命を落とした。それがこの5年間、私に縛り付けられた重い……とても重い鎖だった。
不思議なものだ。あの事件の発端となった由良やセカンドの事は忘れていたのに、美奈さんと湊さんは私の所為で死んだという事だけは記憶の中に強く焼き付いていた。
今だからわかる。私はバレるのがただ怖かっただけなんだ。
豊には「心が壊れるのを防ぐため」と適当な理由で、あの場所から遠ざけていた。
両親を失って悲しみに暮れた豊のそばにいたのは、せめてもの罪滅ぼしだったのかもしれない。
もちろん、そのままでいるつもりは無かったし、いつかは言わなければならないとわかっていた。その時は豊にどんな事をされても素直に受け入れようと決めていたのに……結局、今まで言えずじまい。
逃げていたのは私の方。
でも、それでも貴方のそばにいたかったの……いずれ真実が明るみになるその日まで。
だけど貴方は知っても尚、怯える私をいつものあの優しい声で「大丈夫だよ杏」と言って抱きしめてくれた。
私がもっと早く、真実を打ち明けていたら……豊はこうはならなかったかもしれない。今頃一緒にクリスマスケーキを食べていたかもしれないのに……!
1粒、2粒と頬を伝い始めた涙を急いで拭う。直に白花達が戻ってくる。こんな顔見せるわけにはいかない。
「……豊……」
私の大切な人……今まで黙っててごめんね……そしてありがとう。
貴方にこんな感情を抱く権利なんて、正直私には無いと思ってた。
でも、もう逃げないから……どんなに辛くてもあなたがそばにいてくれたら私、頑張れるから……だから……。
眠る豊の顔に自分の顔をゆっくりと近づける。
この気持ちは涼森さんにも、もちろん白花にだって負けない。
「豊、私ねファーストキスの相手はずっと昔から決めていたの」
豊は答えない。でも、もう止められない。
良いよね豊? 今日はクリスマスだもの……。
「メリークリスマス豊……世界の誰よりも1番、大好き」
眠る豊の唇に、自分の唇をそっと重ねた――。
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