第110話 暖かく笑いました


「えっ! その話本当なの!? 私が……豊と杏の幼馴染だなんて……」


 泣き止んで落ち着いた私に杏が語ったのは私が豊に出会う前のお話。彼女が言うには私はセカンドという名前で2人とは幼馴染の関係だったらしい。


「本当だよ。どうして私や豊……それに他の人達も白花を忘れていたのかはよくわからないけど……」


 確かに杏の言う通りだ。それに私だって今年の5月に豊と出会うまでの記憶が無いし、杏が言ったこともイマイチピンとこない。


 ……私は本当に2人の幼馴染のセカンドなのかな?


「でも、偶然って凄いね」

「え? なにが?」

「白花って名前。5年前、美奈さんがあなたを時庭家に連れて行くと言った時、『セカンドなんて実験体みたいな名前じゃなくてもっと可愛い名前をつけましょう』って言ったの。その時に決まった新しい名前も……白花」

「そうなの!?」

「うん。その事を忘れていたはずの豊が、あなたにもう1度白花と名付けた……なんか運命的だよね」


 杏の言う事が正しければ確かに凄い事だ。でも、この刹那でそれ以上に嬉しい事がある事に気が付いた。


 もし私がセカンドならば……いずれ訪れるはずだった時庭家との別れの時が無くなったという事。

 身寄りの無い私は元々時庭家に行くはずだった。でも、5年前の事件で有耶無耶となったけど、神社で豊が私を見つけてくれたおかげで当初の予定通りになった……まさに奇跡だ。

 眠り続ける豊を見つめ、少し口角上げていると病室の扉が開く。中に入ってきたのは源さんだ。


「おっ……杏ちゃん、白花ちゃん、豊を見ていてくれたんだな。ありがとう」


 源さんが私達とは向かい側である、豊の左側のパイプ椅子に腰をかける。

 正直私は源さんとも気まずかった。杏は「白花のせいじゃ無い」と言ってくれたけれど、源さんがどう思っているかはまた別の話。

 私の事を孫を失いかけた元凶と考えていても、仕方のないことなのだから。


「白花ちゃん……」


 体をビクッと震わせて、「なに? 源さん」と答えた。


「杏ちゃんや警察から一通りの事情は聞いた。豊がこうなったのは……白花ちゃんの為に動いたから……間違いないかい?」

「……うん」

「そうか……」


 少しの間、沈黙が続く。その中で私は源さんがこの後のどんな言葉を口にするのか怯えていた。「もう豊には関わらないでくれ」か……それとも「悪いが家から出て行ってくれ」と言われるだろうか? いずれにしても私に断る権利は無い。

 静かに唾を飲み込みながら源さんの言葉を待っていると、源さんはゆっくりと右手を動かし、眠る豊の頭を優しく撫で始めた。


「……よくやったなぁ、豊」


 いつものような優しい表情で源さんが包帯で頭をぐるぐる巻きにされている豊を撫で続ける。思いもしなかった言葉に私は「え……?」と声を漏らした。


「聞いたぞ豊……そんなになってまで、白花ちゃんを必死に守ろうとしたんだってな……お前のおかげで白花ちゃんも杏ちゃんも皆無事だ。豊は自慢の孫だよ」


 源さんの言葉にどういうわけか私の目からは、再び涙がポロポロと溢れ始める。褒められているのは豊なのに……。

 そんな私の頭も誰かが優しく撫で始める。隣に座る杏だ。

 

「ほらね? 白花は悪くないんだよ?」

「うぅ……あんずぅぅ……げんさぁぁん」

「全く…相変わらず泣き虫なんだから」

「ふぐっ……うぅぅ……」


 泣くじゃくる私に杏がハンカチを取り出し、私の目から溢れ続ける涙を拭う。その様子を見ていた源さんは私に微笑んでいた。


「きっと思い詰めていたんだろうけど、白花ちゃんは白花ちゃんらしく……いつも素直で笑って過ごしてくれた方が、俺も杏ちゃんも……それに豊も嬉しいなぁ」

「ほんと……? 私が素直だったら皆嬉しい?」

「もちろん」

「当たり前じゃない!」


 2人の返事に胸の中で突っかかっていたものがジュワっと音を立てて溶けていく感覚がした。時庭家に来てから何度も味わったこの感覚……。

 

 私は……ここにいて良いんだ。


「ありがとう……杏、源さん。私、うしうじするのやめる!」

「うん、白花はそうでなくちゃ!」

「ありがと杏! 素直で良い子の私でいたら豊もきっと早く目覚めるよね?」

「……そうだね!」


 杏と笑いあった私は豊に視線を移す。眠ったその顔を改めて見ると、鼓動が高鳴る。

 

 やっぱり私、豊が大好きだ。

 

 そう思った瞬間、が頭に浮かぶ。

 

 ……よし! 杏も源さんも素直な私でいいって言ってくれたし、もう我慢しない!


 豊に顔を近づける。そして……豊と唇を重ねた。


「豊……大好き」

 

 あぁ……なんどやってもキスの幸福感は凄い。


「し、しししししし白花っ!?」


 震えた声で私を呼んだ杏を見ると、先程まで優しかった彼女の表情は嘘だったかのように冷たく引き攣っていた。


「ど、どうしたの杏?」

「今、豊になにをしたの!?」

「キスだよ? 杏知らないの?」

「それくらい知ってるよ! どうしていきなり豊にキスしたのって聞いてるの!」

「豊を見たら、『キスしたい』って思ったの! だから素直になってキスしたの!」


 杏がプルプルと震えだす。一方で源さんは驚愕の表情で「最近の若い子は大胆だな……」と呟いていた。

 すると杏が突如立ち上がる。まるでトマトのように顔を真っ赤にさせて。


「白花っ! そこに正座しなさーいっ!!」


 この後、何故か杏にしこたま怒られた。

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