第106話 助けに来てくれました……そして……


 全てを思い出し俺は白花を助けるべく、遺跡の最奥へと辿り着いた。

 最後に見た時とは光景とは違い、崩れて大きな壁となっていた瓦礫は綺麗に片付けられ、その先には石製の祭壇があった。

 祭壇の両端には石柱が建っており向かって左側、の石柱に誰かが縛り付けられている。その姿を確認した俺はその者の名前を大空洞に響かせた。


「白花っ!」


 俯いていた彼女はすぐに顔をあげ、俺を瞳に映した。


「ゆたか? ……ゆたかぁぁ!」


 すぐさま彼女の元へ駆け寄る。ほとんど眠れてないのだろう、彼女の顔はやつれてしまっていた。


「大丈夫か!? 今外してやるからな?」

「うぅ……ゆたかぁ……」


 白花を石柱に縛る縄を解こうとするが、かなり硬く結ばれていて上手く解けない。


「あー駄目ですよ〜豊君」


 背後から聞こえた声に即座に振り向く。そこには鞄を持った由良が不気味な笑みを浮かべていた。


「……由良……なぜこんな事を?」

「なぜって……どいつもこいつも同じ事を聞いてきますね……私の願いを叶える為ですよ」


 由良は鞄から白い花を取り出す。白花の花だ。

 その花を頭上にかざしながら、由良は言葉を続けた。


「正直に言いましょう。君が今まさに助け出そうとしているそれは人間じゃありません。この花が生み出した人の形をした人ではない何か……いわば化け物なんですよ」

「……は?」


 素直な白花が化け物? なにを馬鹿な事を……。


「……理解力の無さは親譲りですね。例えばその化け物の感情が高まる時……例えば彼女が泣いた時、空に何かしら起きませんでしたか? 晴れているのに雷が落ちたり、いきなり雨が降ったり……」

「……ッ!!」


 思い当たる節はある。言われてみれば白花が泣いた時は、大抵雨が降っていた。

 彼女の目を盗んで学校に行った時、取り残された白花は涙を流し、快晴の空に雷が轟いた。夏に海に行った時は俺が熱中症で倒れ、驚いた白花が泣くと外は予報外れの大雨。その他にも思い当たる点は……たくさんある。


「どうやら……心当たりがあるみたいですね」

「そ、そんなのたまたまだろ!?」

「試してみますか?」

「えっ? ガッッ!??」


 突如脳天に信じられないほどの衝撃が襲う。脳が揺れた俺はその場に倒れた。


「ゆたかぁぁぁぁぁっ!」


 悲鳴交じりの声で白花が俺を呼ぶ。飛びかけた意識をなんとか手繰り寄せながら思考を巡らせた。

 今の一撃は由良ではない。なぜなら先程の衝撃は前ではなく明らかに背後からだった。

 ぐわんぐわんと揺れる視界で後ろを確認すると、そこには鉄パイプを持った男が1人立っている。倒れる俺を見下ろし、笑うその表情は初めて見た顔では無かった。


「久しぶりだなぁ……時庭」

「お前は……犬井……」


 この状況でよく思い出せたものだ。俺を殴った男の名は犬井。去年、杏に暴行を加えようとしたところを俺に殴られ、その後退学となった人物だ。


「お前のせいで俺の人生はめちゃくちゃだ。人1人の人生を潰したんだ。報い受けて当然だろう?」

「いぬ……い……ど……して……」


 その問いには「私が呼んだんですよぉ」と由良が答えた。


「犬井君は退学になった後も問題を重ねてねぇ……遂に親にまで縁を切られたところを、私が身元を引き取ったんですよ。五年前、私の失敗の主な原因は1人で動いた事です。あの時私がこの花の傍から離れず、協力者に君の両親を殺してもらえば私の計画は完成していたんですけどね……だから今回は君に恨みを持つ犬井君と利害が一致してね……こうして手を組んだんですよ」


 由良が語る内容に全てを理解できたわけでは無い。しかしその中でも理解できたのは両親の事だった。

 こいつが……父さんと母さんを……やっぱり杏は無実だったんだ。

 怒りで爪が食い込むほど拳を握る。こいつのせいで……父さんと母さんが……杏がどんなに苦しんだか……。


「おーおー怖い顔ですね。怒った時のその顔……お父さんそっくりだ……あっそうだ」


 何かを思い出したように由良さんは移動を始める。そして祭壇の前に立つとその祭壇の中心に白花の花を挿した。

 

「さぁ準備は終わりました。後は花が私の願いを叶えるだけだ」


 そんなのおとぎ話だと言ってやりたかったが頭へのダメージが大きいようで口が回らない。すると白花が由良に異議を唱えた。


「私、そんな力なんて持ってない! 花ならあげるから……これ以上豊に酷いことしないでっ!!」

 

 懇願する白花に由良は不気味な笑みを浮かべながら歩み寄ると、彼女の首を鷲掴みにした。


「あがっ!」

「……お前はこの花が作り出した、いわば本体を守るための人形です。そのままじゃ歩くこともできないこの花の代わりにお前が花を危機から遠ざける。ただそれだけの存在なんです」

「そんな……わたしは……」

「感情の起伏によってさまざまな事が起きるのは全てお前の感情を読んだ花の自己防衛によるもの。そしてその感情が極限までに達した時に願いが叶うのは、自身を狙う者の目をくらませようとする花の最後の手段といったところでしょうか……」

「違う……違うよ……私は人間だよ……」

「まだ言いますか。じゃあ証明してくださいね」


 白花の首を鷲掴みした手を離し、由良は犬井に合図をだす。


「へへっ……りょーかい」


 犬井がいまだ倒れている俺に鉄パイプを高く振り上げる。


「……いや……辞めてっ! お願いぃぃぃ!」


 白花の懇願を気にも留めず、犬井は鉄パイプを俺に……振り下ろした。

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