第107話 叫んでも変わりませんでした
――バギャッと今まで聞いた事のない音が無情にも大空洞に響いた。
思わず目を背けたくなる光景のはずなのに、瞬きすらできず、私の青い瞳は犬井という男が豊の頭に鉄パイプを加減無く振り下ろすシーンを映してしまう。
殴られた豊は体をビクッとは跳ねらせて、先程までかろうじていて繋ぎ止めていた意識を失い、動かなくなった。
「いやぁぁぁ!! ゆたかぁァァァ!!」
私が悲鳴を上げた瞬間、ゴゴゴゴゴと地が鳴る。たちまち地面が揺れ、大空洞を照らす数多の照明がチカチカと不規則な点滅を始めると由良がニヤリと笑みを浮かべた。
「良い感じですねぇ……もう少し心を揺さぶって見ましょうか?」
由良が再び犬井にアイコンタクトを送ると、犬井は笑みを浮かべながらもう1度、鉄パイプを振り上げた。
「いやぁぁぁ! もうやめてぇぇぇ!」
再び大空洞に私の叫び声が響くがそれも虚しく、犬井は鉄パイプを豊に向かって振り下ろす。3発目ももろに頭に受けた豊は先程とは違って、殴られても体をビクッと跳ねさせることは無い。その姿を見下ろす犬井は鉄パイプを肩に担ぎながらニタニタと笑みを浮かべていた。
「いやぁーさいっこう!」
「いやぁぁぁぁっっ!! ゆたかぁ!! ゆたかぁぁぁ!!」
悲鳴と共に揺れが大きくなり、照明の点滅は不規則さを増していく。
「あと一歩と言ったところでしょうか?」と由良が言うと、犬井が再び鉄パイプを振り上げる。
「お願いぃ!! もうやめてぇぇ! あなた達に協力しますからぁぁ!」
そう叫ぶと、犬井が振り上げた鉄パイプをピタッと止めた。
「協力? 例えば?」
「なんでもします……なんでもしますから……もうやめて……豊が死んじゃうよぉ……」
「ですって由良さん、どうします?」
犬井の言葉に由良さんは「うーん、そうですねぇ……」と顎に指を添えて考えたのも束の間、すぐに指をぱちんと鳴らした。
「じゃあ、そのまま絶望の淵へ沈んでください!」
「……え?」
由良の言葉を理解したのは私ではなかった。
「はいよ」
その言葉と共に犬井は振り上げていた鉄パイプを今日一番の強さで……豊に振り下ろした。
グチャッ!!
何かが潰れるような音が聞こえた途端、私の顔に飛び散った赤い液体がかかる。
それがなんなのか、目の前の光景を見ればすぐ理解できた。
「い、嫌……いやああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!」
断末魔のような叫びと共に、点滅していた照明が全て割れ、辺りは闇に全て包まれる。すると、程なくして突如大空間を1つの光が照らした。光源は私のすぐそばの祭壇に挿してあったあの花、そしてその状況を待っていましたと言わんばかりに由良が恍惚とした表情で花を見つめた。
「あぁ……遂に……遂に!」
由良は花をそっと持ち、頭上に掲げた。
「……やっと会えるよ……
誰かの名前を呼んだ由良が白い花に強く念じ始めると何も無いはずの祭壇の上に、まるで煙のようなものが集まり、徐々に人のような姿を形成していく。髪は腰のあたりまで長く、体のシルエットからして女性だと推測できたが、完全に人の姿となり得る前に弾けて消えてしまった。
「なっ……!? なぜだ!?」
取り乱した由良が再び花に命じた。
「俺の願いを叶えろ! 彼女をここに……!」
しかし先程の様な現象は起きない、それどころか花自身から発せられる光も徐々に弱まっていく。すると、由良は何かに気がついたのか、絶望を顔に浮かべ、膝から崩れ落ちた。
「そんな……それじゃあ私は今まで何の為に……」
由良がそう言うと非常用の照明が大空洞を照らす。放心状態となった由良に、犬井がため息をついた。
「たく……そんなチンケな花で願いが叶うとか……ガキじゃねぇんだからよ。まぁ俺としてはこいつに復讐できたからいいけど」
犬井は豊を足でツンツンと蹴る。頭から大量の血を流す豊に反応は見られない。
「何とか言ったらどうなんだよ時庭……あっそれとも、もう死んじまったのか?」
「もう、もう……豊に触らないでっ!」
今すぐに豊の元へ駆けつけたい。その一心で必死に私を縛る縄から強引に手を引き抜こうとするが、うまくいかない。縄と擦れ続けた手首のあたりの皮がベロンと捲れたのか、痛みを感じる。でも、そんな事どうでもいい。今はとにかく豊を助けなきゃ……じゃないと本当に……本当に豊が……。
「さて、ここには波里もいるんだってなぁ? あいつにもたっぷりあの時の続きをしてやらないいけないが……その前に」
犬井が私を舐め回す様に見た後、体の向きをこちらに変えて歩き始めた。
「お前、良いもん持ってるよなぁ? まずはお前から堪能させてもらうか?」
犬井が私の胸辺りに手を伸ばす。その手が私に届くその時、犬井の動きがピタッと止まった。
「……っ!? こいつ!」
犬井が自分の足元へ視線を移す。すると、左足首のあたりを何者かが掴んでいる。
犬井の足に手を伸ばしていたのは豊だった。
「……ろう……し……な……」
豊は今にも事切れそうな声で何か呟いていた。
「かえ……ろ……う……しら……はな……」
「……っ!! うぅ、豊ぁ……」
豊はまだ生きている。安堵も束の間、犬井が足を掴む豊の手を振り払った。
「また意識があったのかよ! まるでゴキブリだな!」
犬井が再び鉄パイプを振り上げる。
駄目……! 次殴られたら今度こそ豊は……!
「いやっ! お願いやめて! 何でもするから!」
「お前にはこいつを殺した後でたっぷり相手してもらうさ……じゃあな時庭」
「だめぇぇぇぇぇぇぇ!!」
その時だった。由良が握っていた花の輝きが強くなると、天井に吊り下げられた照明の1つが落下した。
その真下にいたのは犬井だった。
「なっ……!?」
間一髪のところで犬井は尻餅をつく形で照明の下敷きになることを回避した。しかし側にいた豊はかわせるはずも無い。
「ゆたかぁ!」
目を凝らすと照明はギリギリのところで豊には当たらなかったようだ。すると、先程強めていた花の輝きは再び弱まり、今度は完全に消えた。
「お、驚かせやがって……」
立ち上がった犬井が鉄パイプを拾い、再び豊を見下ろす。
「……いや! やめて!」
「さっきからうるせぇなぁ……じゃあ今度こそっと……」
犬井が2歩先の豊に近づいた時だった。
「動くな!」
突然犬井に強い光があてられる。眩しさから犬井が眉間の辺りに手を当て、光の方へ視線を変える。
そこには拳銃のようなものを構え、まるで特殊部隊のような装備の男が4〜5人ほどいた。
「な、何だお前ら……がっ!!」
逆光で視界を遮られた犬井に密かに近づいていた1人の隊員が背後から犬井に飛びかかると、そのまま犬井を抑え「クリア」と告げる。その言葉を皮切りに一斉に他の隊員達が動き始めると、聞き覚えのある声が私を呼んだ。
「白花っ!!」
声の主である杏が姿を見せた。
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