第104話 いつかまた会えたら……
私は……誰なの?
初めて施設の外へ出た私は片手に白い花を持ち、ただ闇雲に雨の中をかけていた。
「うぅ……ううぅぅぅぅ……っ!」
堪えきれない嗚咽を漏らしながらも私は立ち止まらない。「花を持って逃げなさい」それが美奈さんから聞こえたのは最後の言葉だった。
きっと次会った時、「言う事を聞いて偉いね」ってあの暖かい手で私を撫でてくれるはずだから。
……いや、本当わかってる。もう美奈さんに会えない事を。それどころか湊さんも杏も、そして豊にも……。
私の大好きな人達にはもう二度と会えない。私は化け物なのだから……。
初めての外の世界。いつもは窓から眺めるだけだった私の憧れ。草原を走って、寝転んで……川に足を入れて冷たいねって笑いあいたかった……。
それがこんなことになるなんて……。
「きゃっ!」
足がもつれて大きな水溜りに倒れ込んでしまった。立ち上がろうとすると水溜まりに自分の顔が映る。その顔が憎くて憎くてたまらなかった。
「……消えて! 消えてよぉ!」
そう叫びながら水面を叩いた。
「うぅぅ……うえぇぇぇん!」
私は声をあげて泣いた。今日が終われば時庭家で素敵な日々を過ごせるはずだったのに……学校に行って友達をいっぱい作るって楽しみにしていたに……もう叶わない。
そう……私の願いは何一つ叶わない。
泣きながら私は知らない道をひたすら歩いた。
周りは田畑が広がるだけ、途中民家がなかったわけでは無いが、私に関与すると次はその人達に危害が加わるかもしれない。だから、誰にも頼れない。
だからあてもなく、ただひたすら歩いた。足の裏が痛い。こんなに歩いた事なんてなかったし、ましてや今履いてるのは薄いスリッパだ。
しばらく歩くと、とある建物が目に入った。今まであった民家と違って、人の気配は無く、今にも崩れそうな古い建物だ。敷地の入り口に建てられた看板には恵幸神社と書かれてあった。
めぐこう……それともけいこう? 神社って神様を祀るところだよね……?
ここなら入っても迷惑は掛からないかな……。
白い花を片手に、敷地の中に足を踏み入れた。
敷地内にあるのはポスト投函物があふれた社務所と小さい拝殿のみ、神聖な場所のはずなのにどこか不気味さを感じる。
「……寒い……」
当たりまえだ。今は4月、場所によってはまだ雪が見える時期らしい。
とりあえずこの雨風をしのごうと社務所のドアノブを回すが、カギがかかっていて回らない。
次に目に映ったのは拝殿だ。屋根の部分は腐っており、木造の柱も傷んでいたが、それでも何とか雨を凌げそうだ。
私は拝殿の前で膝を抱えて顔を
その音がたまらなく怖かった。
きっとあの救急車が向かうのはさっきまで私がいたあの施設だろう。さっきこの目で見たばかりだ。目の前で湊さんが刺され、美奈さんに弾丸が撃ち込まれるのを……。
「うぅ……うぅぅぅ……」
また涙が溢れてきた。しかし、いくら泣いても許されるわけでは無い。
私のせいで……私が持つこの力のせいであんな事に……。後悔と自責の念は徐々に自身への嫌悪を更に膨らませる。
大切な人を傷つけてしまった。私がいるから争いが起きた。
「……もう……消えてしまいたい」
そう呟いた時だった。
手に持った花が淡く輝き始めた。
花が輝くとき……願いが叶う。
由良の言葉を思い出した私が感じたのは……安堵だった。
そっか……私の願い叶うんだ……。
屋根の下にいた私は立ち上がり、拝殿横の雑草が生い茂る場所へ歩く。降り続く雨空を見上げると、体が花のように淡く光り始める。きっとこの花が私の願いを受け入れようとしていくれているのだろう。
私はもう消える。不思議と恐怖は無かった。
次第に体に力が入らなくなる。程なくそのままへたり込んだ私はそのまま地面に横たわる。
意識が朦朧とする。思ったより苦しさを感じなくて良かったとぼーっと花を見つめていた。
「……ねぇ……? もう少し私の……お願いを聞いてくれる?」
か細い声で私は花に話しかける。すると、花は応えるように輝きを強めた。
「あな……たは……寂しいかもしれないけど……こんな伝説がある、から……悲しいことが起きると思うの……だから、全部なかったことにしよう? わ、たしたち……は皆の記憶から消えるの。私達のことなんか忘れて……みんなはすこ……しでも……明るい未来を……歩いていくの」
絶え絶えの声で伝えた願いを花が聞き入れてくれたかはわからない。しかし、花の輝きは徐々に弱まっていく。
どうかこれ以上、私達の所為で悲しむ人が現れませんように……と願いながら霞む視界をゆっくりと閉じる。
意識が無へと向かうその間際、私はある人の笑顔を思い浮かべた。
もし……もし我儘を言っていいなら……生まれ変わったらまたあなたに会いたい。不愛想だけど優しい、あの人に。
また会えたら、あなたが作ってくれたべっこう飴をたくさん食べるの。
戸惑うでしょうけど、沢山抱き着いてあなたの温もりを肌で感じるの。
一緒に学校に行って、いろんな行事を楽しむの。
そして……次は後悔しないように「大好き」って言葉でたくさん伝えるの。
目が覚めたら目の前にあなたがいて……私をこう呼んでくれたらいいな……「白花」って。
地面に倒れた私の瞳から涙一粒、地面へ落ちる。
「……ゆたか……」
その言葉を最後に私は光の粒子となって消えていった。
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