第102話 悪夢の始まり
由良の口から出た言葉は、にわかに信じがたい内容だった。
「今……なんて言いました?」
「だから〜そのナイフで指を切り落とせって言ってるんですよ」
この男はなにを言っているのだろう? そんなことするわけ無い。
「するわけないじゃないですか!」
「へぇ……じゃあ、セカンドの脳みそが飛び散ってもいいんですね?」
由良が銃口をセカンドの頭に向ける。黒く光る拳銃にセカンドは「ひっ!」と悲鳴を小さくあげた。
「ま、待って! どうしてそんな事しなくちゃならないの!?」
「セカンドの力は彼女の感情の起伏に比例して強く発揮されるんです」
「……は?」
感情? 起伏? どういうことなの?
いまだに理解できない私に苛立ったのか、舌打ちをした由良は大きく溜め息をついた。
「ここまで言ってもわからないとは……ようするにセカンドに絶望を感じさせればいいんですよ。大親友の杏ちゃんが自分のせいで傷つく、セカンドにとってはさぞ辛い事でしょうね」
絶句。まだ全てを飲み込めた訳ではないが、少なくとも由良の言葉はまともな人間が考え付くものではない事だけは、はっきりとわかった。それは縛られたまま、身動きのとれないセカンドにも伝わったようで、彼女は突如声をあげた。
「由良さんっ! 何言ってるの!? 杏は関係無いじゃない!」
パァン!
人生2度目に聞く発砲音と共に薬莢の匂いが鼻を掠めた。
「おや? 肩を打ち抜くつもりだったのですが……中々難しいですね」
セカンドの肩から赤い液体が流れ落ちる。もちろん彼女の血だ……腕をつたり、彼女を縛るロープを赤く染めていた。
「痛いぃ……痛いぃぃ……」
「辞めて! お願い!!」
「じゃあどうします?」
言葉の意図を理解した私は足元のナイフを拾う。そして任侠映画でよく見るようなヤクザが落とし前をつけるために自分の小指を切り落とすシーンのように、祭壇に左手を乗せ、刃を近づけた。
「駄目! 杏辞めて!」
セカンドが叫ぶ。もちろんこのまま自分の指を切り落とす覚悟なんて無い。証拠に「辞めろ」と訴えている本能が手を震わせている。
そんな私を見かねた由良さんはイラついたのか、舌打ちをして再びセカンドへ狙いを定めた。
「やはりセカンドに悲鳴の1つでもあげてもらいましょうか」
「いや……辞めてぇ!!!」
私の叫びも虚しく、由良が引き金を弾きかけたその時だった。
「ぐあぁぁぁっ!!」
突如、由良が悲鳴をあげた。
彼の体はビクッと大きく跳ねた後、小さく痙攣を始め、その場に倒れる。その体からはなにやら2本の細い線が伸びていた。その線を目で辿ると、2本の細い線は拳銃らしきものから出ていた。
それを握っていたのは美奈さん。そばには湊さんの姿があった。
「美奈さん……湊さん!?」と驚く私に美奈さんが駆け寄る。
「杏! 無事!?」
「わ、私は大丈夫! でもセカンドが怪我してるの!」
私の無事を確認すると美奈さんは湊さんにセカンドの救助を指示する。湊さんは由良が持った拳銃を彼の手元から蹴飛ばした後、セカンドを縛る縄を解こうとしたが余程固く結ばれているのだろう、解くのに手間取っている。
「くそ! 上手く解けない!」
「……そうだ! 湊さん、これ使って!」
私は手に持っていたナイフを湊さんに渡す。湊さんがすぐさま受け取ったナイフで縄を切ると、セカンドはその場に力なくへたりこんだ。
「セカンド!」と美奈さんがすぐさま駆けつけ、銃弾を掠めた肩の応急処置を始めた。
「あぁ可哀想に……もう怖くないからね」
「ありがとう……美奈さん、湊さん、それに杏も。……由良さんは死んじゃったの?」
セカンドの質問に美奈さんが「いいえ」と言って先程握っていた2本の線が伸びた拳銃のようなものを見せた。
「アメリカ製の銃タイプのスタンガンよ。念の為に持ってきておいてよかったわ」
「美奈……あまり見せびらかさないほうが……一応この国では禁止されてるんだし……」
2人の会話に張り詰めていた緊張の糸が緩むのを感じた。
良かった……これでもう安全だ。
ホッと一息つくと、冷静になった脳が思考を次へシフトさせる。なぜ、由良はあんな理解できない事を私に要求したのだろう? いや、それよりもこいつは……。
疑問の次に湧いた感情は怒りだった。
こいつはセカンドを……私のかけがえのない親友を殺そうとした。
煮えたぎる感情は私の足をいまだ横たわる由良へ進めさせる。
由良の元に辿り着くと、無意識に拳を握っていた。しかし、この拳をこの男に振り下ろす気などは無い。けれど、こいつにはなんらかの報いを受けさせてやりたい。そう思いながら由良をただただ見下ろす。
——その時だった。
「杏ちゃん近づいちゃ駄目だ!」
声を上げ、こちらへ走り出したのは湊さんだった。その表情は焦りと恐怖が入り混じっている。
次の瞬間、足元の由良がピクリと動き、すぐさま立ち上がっては私に突進をしてきた刹那、私の目には彼が両手で握った2本目のナイフが映っていた。
声をあげる暇も無く、ナイフは容易く服を貫き、その内側の肉に突き刺さる。
しかし私は痛みを感じなかった。当たり前だ。なんせ私の体にはナイフなど刺さっていないのだから。
それどころか、突き飛ばされた衝撃で尻餅をついた私の目線の先にはナイフが柄の部分まで深々と突き刺さった湊さんがいた。
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