第97話 5年前、失った記憶


 ――5年前。


 私は……人とは違う。

 皆とは違って、髪はまるでお月さまのように白くて、瞳は空みたいに青い。それだけの人なら、まだこの世界にはたくさん知るだろうけど、どうやら私には不思議な力があるみたい。

 

「今日はこの本にしようかな……」


 本棚の上段にある本を手に取る。ここはとある遺跡の研究施設内にある私の為に用意された空間で私にとって唯一の憩いの場所。ここにいる間は嫌いな注射や頭に重たい変な機械をつけてじっとしたりせずに本を読んだり、パズルで遊んでいられるからだ。

 しかし、手に取ったこの本を読むのは今回で17回目。別にこれがお気に入りというわけでは無い。ここには数百冊の本が本棚に詰まっているが、その全てを読み終わったのはずいぶん前の事。


 絨毯の上にそのまま腰を下ろせるスペースで本を広げたが、正直言ってあまり内容は入ってこない。本を読んでいるのはあくまで今まさにこの部屋の扉を開いたであろう、ある人物達が来るまでの時間稼ぎだ。


「おっいたいた!」

「お待たせー!」


 2人組の男女が私に手を振って近づいてきた。その声を聴いた途端、嬉しさでパッと表情を明るくさせた私は2人の元へ駆け寄った。


「おかえり豊、杏! 中学校はどうだった!?」


 2人の名前は男の子が時庭豊で女の子が波里杏。この研究施設で唯一私と年が近い幼馴染だ。2人は今日、中学校という場所で入学式という行事を済ませてきたらしい。


「んーこれと言って普通かな。クラスメイトもほとんど知ってるしなぁ……」

「えー制服とか着れて新鮮だったじゃん! 豊もちょっとそわそわしてたくせに」

「し、してねーよ!」


 2人のやり取りに思わず口角が上がる。きっと良い1日だったのだろう。


「いいなぁ……私も学校、行きたいなぁ……」


 一方の私は物心つく前からこの施設にいる。しかし学校どころかこの施設から出た事は1度もない。正直言って豊と杏が羨ましかった。


「んー早くセカンドの不思議な力の研究が終わるといいね。そしたらここからも出られるし、学校にも行けるよ!」


 セカンド。杏が言ったのは幼い時にこの遺跡近くで保護された私の名称だ。


「そっか……そうだね! じゃあ私、ここを出られるようになったら、いろんなところ行きたい!」

「そうなったら、いろいろ案内してやるよ」

「本当!? じゃあ私、恵花ガーデンってところに行きたい! 連れてってね豊!」

「もちろん」

  

 優しい笑顔を浮かべる豊にドキッとする。最近自覚したことだが、私は彼に好意を抱いていた。でも、彼に想いを寄せているのは私だけじゃない。


「あっセカンド! 今さりげなく豊とデートの約束した!」

「で、デート!?」

「そうだよ! 2人きりなんて駄目だからね? 私も行くんだから!」


 頬を膨れさせた杏が豊の腕を組む。まるで豊の隣は私の特等席だと言わんばかりの行動に胸がモヤっとする。当の豊本人はあまりわかっていないみたいだけど。


「あっそうだセカンド。これ」


 豊が鞄から取り出しのはパックに入れられ、1つ1つ丁寧に個別包装されたべっこう飴だった。


「わぁ! ありがと豊!」

「どういたしまして」


 私は豊が作るこの菓子が大好物だった。ただ砂糖を煮ただけ、味だって特別なにか隠し味を使っているわけじゃないけど、好きな人が作ってくれたお菓子。理由はこれだけで十分だ。


「えへへ……大事に食べるね!」

「無くなったらまた作ってやるよ」


 早速べっこう飴を1つ、口に頬り込む。シンプルで、それでいて優しい甘さが口の中いっぱいに広がった。すると、その様子を見ていた杏が人差し指を立てた


「ちょっとセカンド〜私にも1つ頂戴!」

「駄目ー! これは豊が私に作ってくれたの! それに杏は豊と家が隣なんだし、いつでも食べれるでしょ!」


 杏の頬が再びぷくーと膨れる。その美しい容姿から学校では人気者だと聞く彼女にそんな顔をされたって渡す気は微塵も無かった。


「おーおーやってますねぇ!」


 今度は違う男性の声が聞こえた。声変りの影響で声が馴染んでいない豊とは違って、しっかりとした成人男性の声。この憩いの空間の入り口へ視線を移すと、そこには髪はぼさぼさであるものの、少し新しめの職員着である白衣を着た男性、由良善明が立っていた。


「由良さん! こんにちは!」


 私に続いて杏と豊も「「こんにちは!」」と続いた。


「こんにちは~豊君に杏ちゃん。制服姿、似合ってますねぇ! 是非とも学校の話を聞かせてもらいたいですが、生憎急いでいてね……ほらセカンド、そろそろ時間だよ」

「えー! 今豊達が来たばかりなのにー!」


 正直由良さんがここに来た理由はわかっていた。私の力を研究する時間だが、タイミングが悪すぎると心からがっかりする私を豊が慰めた。


「まぁまぁ、俺達ならまだいるからさ。セカンドの用事が終わったら遊ぼう」

「ほらほらセカンド、豊君もこう言ってくれてる事ですし、さっさと済ませちゃいましょう」

「むー……今日は注射? それとも、またあの重たい機械を頭につけるの?」

「安心してください。今日はどっちもないです」

「ほんとっ!? やったー!」

「ふふふ……さぁ行きましょうか」


 私が部屋を出る直前、背後から豊と杏が声を掛けてくれた。

 

「行ってらっしゃいセカンド」

「またあとでね!」

「うん!」


 豊と言葉を交わしたのはこれが最後だった。

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