第98話 素敵な名前、新しい家族
「ねぇ由良さん、今日はすぐ終わる?」
「セカンドが良い子にしてたらあっという間ですよ」
今のは私を素直に研究を受けさせるための常套句だが、「そう言ってすぐ終わった事なんて1度も無いじゃん」とは口にしなかった。
長い廊下を歩き、いつも注射や検診を行う部屋の扉の前に辿り着き、ドアノブに手をかける。
しかし由良さんはその扉を通り過ぎた。
「セカンド、今日はいつもの部屋は使わないんですよ」
「そうなの?」とドアノブから手を離し、由良さんを追った。すると、背後から明るく、それでいて優しい女性の声が私を呼んだ。
「セカンドー!」
振り向くと、そこには茶髪を後ろで束ねた女性が手を振りながらこっちへ来ていた。そんな彼女の背後にはもう1人、背が高く、耳にかからない程度の黒髪の男性もいた。
「あっ
2人の姿の元へ駆けだし、勢いを緩めずにそのまま美奈さんに抱き着く。美奈さんはそこそこの勢いで飛んできた私を嫌な顔1つせずに受け入れてくれた。
「うふふ……セカンドは相変わらず可愛いねぇ」
「えへへ……私、美奈さんと湊さんに会えたら嬉しいの! あっさっき豊に会ったよ!」
何を隠そう、美奈さんと湊さんは豊のお母さんとお父さん。証拠は2人の胸につけられた時庭と書かれた名札だ。
連日学校が終われば、ここへ来る我が子に湊さんは少し呆れながらも、その表情は嬉しそうだった。
「今日も来てたのか。まったく、たまには外で野球とかサッカーでもしたらどうなんだ」
「湊、豊はインドア派のあなたの血を継いだのよ」
「そうだけど、俺と違って足も速いのに……中学でも部活には入らないらしいし、杏ちゃんも……」
私は正直豊と杏が部活というものに入らないと言ってくれて安心している。だって2人と会える時間が減っちゃうもん。
「セカンド、そろそろ行きますよ」
由良さんの言葉に渋々抱擁を終わらせると、美奈さんは由良さんに詰め寄った。
「ちょっと由良~あんたこの子が嫌がる事あまりしないでよね! 第一、この子にセカンドって名付けたのあんたでしょ? もっと可愛い名前つけてあげなさいよ!」
「そ、そんな事言われてもぉ……」
美奈さんにどんどん詰め寄られる由良さんはたじろぐまま。しかし美奈さんの勢いは止まらない。
「なによセカンドって、実験体みたいじゃない! 私や杏の両親は主に遺跡の採掘と調査が担当だから、セカンドについての研究は何も知らないけど……この子を泣かせたら私が承知しないないからね!」
「わ、わかってますよぉ……」
美奈さんは気圧される由良さん。この光景は珍しくは無い。そんな美奈さんを湊さんがなだめるまでがお約束だ。
「まぁまぁ美奈、由良君もこう言ってるし……」
「甘い湊! こんなに可愛くていい子なのに……ずっとここから出られずに可哀想じゃない! ……そうだ! セカンド、外に出られるようになったら家に住みなさい!」
「いいのっ!?」
美奈さんの提案は棚から牡丹餅だった。時庭家に住む、すなわちそれは豊と一緒に住めるという事だ。想いを寄せる人と同じ屋根の下で過ごす。考えるだけでドキドキが止まらない。
「お、おい美奈……いきなりそんな事言ったって……」
「あら? 湊は嫌なの? 部屋も余ってるじゃない」
「い、嫌じゃないけど。セカンドの意志も汲まないと」
「私、時庭家に住みたい!」
私の即答に湊は頭を抱えながらも「駄目だ」とは言わなかった。湊さんのこういうところ、豊に似てる。
「そうだ。その時が来たらあなたさえ良ければ新しい名前をつけない? もっと女の子らしくて可愛い名前!」
「えっ! つけてつけて! 例えばどんな名前!?」
「うーん……あなたのその綺麗でお月さまみたいに白い髪と……そういえばあなた花が好きよね? だから
「しらはな……うん! 私、それが良い!」
何故だか美奈さんが提案した新しい名前は自分の中にすっと溶けて行ったような気がした。
「セカンド、そろそろ本当に時間です。この話の続きはまた今度にしましょう……また今度ね」
「はーい。じゃあ美奈さん、湊さん! またあとでね!」
「えぇ、またね」
「またな」
いつものように優しい笑顔で見送る2人に手を振りながら私は由良さんと先に進んだ。
長い廊下の突き当りには地下に降りる階段があった。長い間ここに住んでるけど、この先は立ち入り禁止だったから1度も行った事は無かった。
「今日はこの先でやるの?」
「えぇ、黙ってましたが、もし上手くいけば今日でセカンドの研究も終わるかもしれないんですよ」
「えっ!? それ本当っ!?」
「嘘は言いません。だから、大人しく協力してくれますか?」
「うんっ! 私、頑張るね!」
「良い子ですね。じゃあ行きましょう」
今日頑張れば注射もあの重たい機械を頭につける事も無くなる。外に出られる。
そして……豊達と一緒に暮らせる。セカンドじゃなくて「白花」という新しい名前で……。
これから待っているであろう幸せな日々に胸を躍らせながら、由良さんと共に遺跡の最奥へ続く階段を降りた。
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