第94話 逃げるのは辞めました
遺跡の最奥へ繋がる廊下をはなたと共に進む。しかし、この施設に入った時から俺はとある違和感を覚えていた。
夜とはいえ、この時間なら職員の1人や2人はいるはず。しかし、ここに来てからはなたを除いて誰も見ていない。そもそも警備員すらいないのは何故だ?
俺とはなたの足音だけが響く長い廊下はどこか不気味さが漂っていた。
「あの、豊さん?」
「ん?」
「本当に大丈夫なんですか? 豊さん、ここの話をするだけでも辛いんですよね?」
「それなら安心してくれ、これがある」
俺は由良さんに渡された錠剤を取り出しはなたに見せた。
「これは……なにかの薬?」
「精神安定剤だ。飲めば平気……とまではいかないが見ての通りここに入っても大丈夫なくらい良く効くんだ」
俺はそのままはなたに見せた錠剤を数えもせずに数錠口に放り込み、ごくりと飲みこむ。案外水が無くてもいけるものだ。
「そ、そんなに飲んで大丈夫なんですか……?」
「さぁな……でもこの薬の効果が切れれば、俺はここでまともじゃいられなくなる」
「そんな事言っても……」
はなたの表情が曇る。心配してくれているのはわかるが今は俺の事など、どうでもいい。一刻も早く白花を助けなければ。
「……あれ? 豊さん、そんなの待ってましたっけ?」
次に彼女が注目したのは、俺の左手首に巻かれたスマートウォッチだった。
「これか? 訳があってな……別にスマートウォッチくらい、今時珍しくもないだろ?」
「いえ、問題はそこじゃありません。私は豊さんの所持品はす・べ・て把握してます! 大きなものから下着の柄まで! でも、そのスマートウォッチは知りません!」
たった今とんでもない事を口走ったこの娘にドン引きしつつも、「知り合いだ」と伝えるが彼女の表情から納得という言葉は伺えない。
「まぁいいや……調べればすぐわかる事ですから。……そういえば杏先輩はなにしてるんですか?」
「杏はまだ病気が治らないらしい。数日前から連絡も取れないし、きっと家で寝ているんだろう……」
「そうなんですか……でも、こんな大変な時に……」
「そう言うな。杏にはこれまで数えきれない程助けてもらってきたんだ。俺がこの遺跡で両親を亡くしてからも、ずっとこの場から俺を遠ざけるように守ってくれた」
「……私、思うんですけど、それってなんか違うと思います」
「え?」
突如はなたは立ち止まり顔を俯かせる。しかし、すぐに俺の顔を見つめた。その眼は真剣そのもの、しかし心なしかどこか悲しげでもあった。
「私、杏先輩のやってる事は間違ってる思うんです」
「な、なんでそんな事を? あいつのおかげで俺はっ!」
「私だって杏先輩の行い全て否定するわけじゃありません! でも杏先輩がやってる事って、豊さんをいつまでも辛い事から離れさせて、目を背けさせてるだけです!」
「そ、そんなわけないだろ!」
「だってそうじゃないですか! もし私が杏先輩なら……誰よりも豊さんを知って0て大切に思っている人なら一緒に乗り越えようとします! 杏先輩がそんなだから……現にこうして豊さんは訳のわからない薬に頼らなきゃ、まともにご両親が亡くなったこの場所に花も供えられないじゃないですか! 豊さんだって本当はわかっているんでしょう!?」
叫ぶはなたの目には涙が浮かんでいた。
その涙には俺に対する想いが込められている。そう感じた。
すると感傷的になった彼女はハッとした表情を浮かべ、頭を下げた。
「ご、ごめんなさい! こんな時に関係無い事を……」
「いや……はなたの言う通りだ」
「え?」
「本当はずっとわかってたんだ。『このままじゃ駄目だって』でも、優しくしてくれる周りに……特に杏に甘えてたんだ。ありがとう、はなた」
「豊さん……」
もう、逃げるのは辞めよう。
心の中でそう誓い、残っていた薬を近くのゴミ箱に捨て、はなたの頭を撫でた。
「よし、行こう。まずは白花を助けなきゃ」
「はい!」
再びはなたと共に廊下を進み始め、更に少し奥に向かうと職員に幼い子がいても大丈夫なようにと設けられた絵本や玩具が置かれたスペースを見た途端、再び忘れていた記憶の断片が蘇った。
懐かしいなぁ……あそこにある本はあらかた読んだっけ、といってもそこを使っていたのは俺と杏くらいと……あとはあいつくらいか。
「……え?」
思わず声が出た。
過去の記憶を思い浮かべた途端、突如知らない光景が頭の中に過る。
俺と杏しか使わなかったあのスペースで本を読む少女の光景、先程もいきなり頭の中に現れた少女だ。
しかし相変わらず、少女だという事がわかるだけ。髪や顔などその他は霧がかかったようにぼやけていた。
これは俺の記憶なのか……?
それとも薬の飲み過ぎでおかしくなったのか?
混乱しつつも、はっきりしている事が1つだけあった。
そうだ……あの場所で彼女に初めて会ったんだ……。
会った? 誰に?
渦巻く疑問が更に俺を混乱させる。
「豊さん……大丈夫ですか?」
「……! あ、あぁ……」
「それなら良いですけど……それよりもあの部屋、見てください」
はなたが指差した先は他とは違って、明かりが漏れ、人の気配を感じさせる扉だった。
誰かいるのか? それにたしかあの部屋は……。
「あそこは父さんと母さんの部屋だった場所だ」
「えっ!」
驚いたはなたが大きな声を廊下に響かせると、突如扉が開く。
そして中から1人の人間が姿を見せた。
「誰っ!?」
――言葉を失った。
現れたのは知らない人物ではなかった。
驚く理由はそれだけじゃない。その人物はここにいるはずが無い。その扉から出てくるわけがないのだ。
腰丈まで伸びた黒髪、通り過ぎる者はたちまち振り返るであろう美しい顔立ち。
また漫画のような大きな瞳に俺達を映した彼女も、言葉を失っていた。
部屋から出てきたのはこの場所を最も嫌う、俺の幼馴染。
杏だった。
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