第89話 突然の事に訳がわかりませんでした


 恵花市へ帰ってきて数日が経過した。

 学校から白花と共に帰宅した俺は自室で制服を着替えてリビングに降りる。少しすると俺と同じように制服を着替えた白花が姿を見せた。


「白花……べっこう飴作るけど、食べるか?」

「……いらない」


 ここのところ、白花は元気が無い。

 理由は杏がこの場にいないからだろう。


 恵花市に帰ってからというものの、俺は1度も杏に会っていない。

 白花が言うには俺が帰ったきた当日、もちろん杏も俺を迎えに来る気満々だったらしいが、急に体調を崩したようでそれから結局自分の家で安静にしているらしい。


「杏……大丈夫かな?」

「一応、連絡はつくし……すぐに良くなってまた3人で過ごせるさ」


 白花にそうは言ったものの、ここまで体調不良が続いている杏の事は俺も心配だ。

 しかしどんなに連絡しても「大丈夫」としか返ってこないし、見舞いに行くと伝えたら「感染力の高い病気だから来ないで」とまで言われる始末。

 しかし辛いのは杏はずだ。

 家族もいない家に1人で何日も過ごしているのだから。


「……白花、杏が良くなったら快気祝いに美味しい物でも食べ行こう」

「……うん! 私、お小遣いいっぱい貯めたから杏にご馳走する!」


 白花に少しだけいつもの笑顔が戻る。

 そんな彼女につられて口角が上がったのも束の間、家のインターフォンが来客を知らせた。


「誰だろう?」


 インターフォンの応答ボタンを押す。カメラのモニターに映ったのは見知った男性の顔だった。


「はい」

『あっすんませーん。由良ですー!』

「あっはい! 今行きます!」


 速やかに玄関へ向かい、扉を開けると相変わらずボサボサの髪によれた白衣を着た由良さんが疲れた顔で薄ら笑みを浮かべていた。


「いやーお久しぶりっす! 豊君!」

「お久しぶりです由良さん。今日はどうしたんですか? じいちゃんは最近忙して家を空ける事が多くて今日もいないんです」

「知ってますよ。同業者ですもん。それに私が来た理由は源先生じゃないんです」

「え?」

「まぁ、この場で話すのもあれですから……あがっても?」

「え、えぇ……どうぞ」


 家に迎えた由良さんをリビングへ連れると、まず彼はある物をじっと見つめた。


「……何度いつ見ても綺麗な花ですね」


 由良さんの目線の先にあるのは白花が持っていた白い花。以前家に来た時も「あの花を譲ってくれないか?」と頼み込むほど興味を示していた。


「そんな目で見ても、この花は渡せませんからね?」

「わかってますよ。ところで、この花の持ち主の白花さんは?」

「……あれ? さっきまで一緒にいたんですけど……」


 リビングを見渡し白花を探す。

 彼女はリビングとキッチンを仕切る壁に隠れて顔だけ覗かせていた。


「白花? そんな所に隠れてどうしたんだ?」

「……」


 少し怯えた様子の白花に疑問を抱く。どうやら由良さんを警戒しているようだ。


「……どうやら彼女は私の事が嫌いなようですね」

「……すいません。いつもはこんなんじゃないんですけど……」

「いいですいいです。女性に嫌われるのは慣れてますから……」

「はは……それで家に来た目的は?」

「おっとそうでした! 今日は豊君に用がありまして!」


 由良さんは白衣の内ポケットをゴソゴソと弄るとスマホを取り出し、画面を俺に見せた。


「……なんですかこれ? 写真のようですけど」


 スマホに映し出された写真はどこかの施設を写したもの。そこが何処なのかはすぐ思い出せなかった。しかし何故か懐かしさを感じた途端、幼い頃の記憶が蘇る。


 ……この場所……知ってる……ッ!!?


「ひっ!」


 ――突如全身に悪寒が走る。

 腰を抜かした俺はスマホを投げ出した。


「……うっ!」

「豊っ!」


 頭を抑えて蹲まる俺に白花が駆け寄る。

 今の自分の反応で理解した。由良さんのスマホに映し出されていた場所は……


「あ……ああぁぁぁっ!」


 頭を抱えて取り乱した俺の体は拒否反応から体が震えだす。そして頭の中にまるで映りの悪いテレビのように古い記憶がノイズ混じりでフラッシュバックした。


 血を流して倒れる2人の人間……あれは……父さんと母さん? その2人の側にもう1人……ッッ!!!


「……うううぅぅぅ! あ゙あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙!」


 「これ以上は思い出すな」と脳が自己防衛頭痛を強める。

 頭を押さえて苦しむ俺を白花は抱き締めながら何度も俺を呼ぶが、それに答える余裕が無い。

 そんな俺達を由良さんは顔色1つ変えずに眺めていた。


「ふむ……これでも完全には思い出しませんか……まぁいい。豊君、これをいくつか渡しておきましょう」


 由良さんが俺の前に置いたのはいくつかの錠剤。恐らくなにかの薬だろう。


「……これ、は?」

「精神安定剤です。飲めば楽になりますし、もし君が真実を知る気になれば役に立つでしょう……毒じゃありませんからね? 証明として……ほら」


 錠剤を1錠摘まみ、口に投げ入れた由良さんはそのままゴクリと飲み込んで薬が害の無い物であると証明して見せた。


「しかしまぁ君のトラウマは厄介ですね。まぁこれ以上やっても無駄でしょうし……今日はここでおいとまさせてもらいます……それでは、お邪魔しました」


 由良さんは1人でにそう告げると、そのまま家を出て行く。

 追い掛ける気力も無く俺と白花はただ彼を見送る事しか出来なかった。

 

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