第88話 帰ってきました


「よいしょっと……こんなもんかな」


 荷物をキャリーケースにしまいこんだ俺は部屋を見渡す。

 今日でこの部屋ともお別れ。何処か寂しさを感じながら俺は3ヶ月過ごしたこの部屋を後にした!


「豊さーん! あとは豊さんの荷物だけですよー!」

「今行くー!」


 1階から俺を呼ぶはなたに返事をして、急いで階段を降りては玄関を出た。

 

 目の前に停めてある鶴岡夫妻の車のトランクに急いで荷物を載せこみ、俺達3人の荷物が全てトランクに入った所でふと民宿「森と海」へ振り返ると、俺の傍で一ノ瀬会長も感慨深そうに建物を眺めていた。


「……あっという間だったな。そう思わないか? 時庭豊」

「そうですね」


 たった3ヶ月。長い人生では僅かな時間だが釧路に来て本当に良かったと胸を張って言える。


「なに2人でいい雰囲気だしてるんですか! 駄目ですよ会長! 豊さんの隣は私の居場所です!」


 後ろからはなたが俺と一ノ瀬会長の間に割り込むと、一ノ瀬会長は少しむっした表情を浮かべたような気がした。

 しかしそんな事は気にせず、はなたは俺の腕を組むと少し寂し気な表情で「寂しいなぁ」と呟きながら民宿を眺めていた。


 「おーい! そろそろ出発するわよー!」


 車から伊鈴さんが俺達を呼ぶと、真っ先に一ノ瀬会長が返事をした。


「わかりました! 2人とも、行こう」


 名残惜しくも「森と海」を後にした俺達は車に乗って、釧路駅へと向かった。

 助手席に乗り、少し寂しそうな表情を浮かべる伊鈴さんの隣でハンドルを握っている繫人さんは昨日の夜から涙が止まらないそうだ。


 あっという間に釧路駅に着き、改札を通って札幌行の特急が停まるホームに辿り着くと、一ノ瀬会長を始めとした俺達は改めて伊鈴さん達に感謝を伝えた。


「伊鈴さん、繫人さん。この3ヶ月間、本当にお世話になりました。お二人のおかげで私含め、時庭豊、そして涼森はなたも長い人生においてかけがえの無い経験を得る事が出来ました」

「また……いつでも来て頂戴ね! 私も繫人もあの民宿で待ってるから! ほらあなたも何か言ったら?」


 涙を拭く伊鈴さんがそう言って繫人さんの背中をポンと叩く。しかし繫人さんは顔を腕で隠しながら嗚咽を堪えるのが精一杯のようだ。


『まもなく2番線から札幌行き、特急電車が発車します。ご乗車の方は席にお座りください』


 乗車予定の特急のアナウンスが響く。俺達は改めて伊鈴さんと繫人さんに頭を下げて特急に乗る。

 そして車両の連結部分から自分達の座席がある車両に向かおうとすると女性の声がホームに響いた。


「時庭君ッ!」


 明らかに俺を呼んだその声に反応し、振り返ってホームを見渡すとこちらに駆け寄ってくる人物が1人……野崎だ。


「野崎!? どうしてここに!?」

「み、見送りに来たの! 時庭君、また会おうね! 私、今度は恵花市に行って時庭君に会いにいくから!」

「「え!?」」


 野崎の言葉に一ノ瀬会長とはなたがハモると同時に野崎を警戒するように睨みつける。しかしそんな事にも気づかず、野崎は俺の手をギュッと握った。


「時庭君! 元気でね! たまには連絡してね!」

「……あぁ、もちろん。野崎も元気でな。野崎が隣にいてくれて本当に楽しかったよ」

「ッ!!」


 野崎はぽろぽろと涙を流し始める。後ろではその光景を見ていた伊鈴さんが「若いっていいわぁ」と呟いている。

 

「な、泣くことないだろ!」

「ふ……うぅ……」


 どうにもできずあたふたしていると、電車の出発を知らせるベルがホームに鳴り響く。

 電車の扉が閉まり始めると野崎が握りしめていた俺の手を放す。すぐに涙を拭って笑顔で俺に向き直った。


「時庭君! 私、時庭くんの事が――ッ!」


 彼女が全て言い終わる前に扉は閉まる。聞き返そうとしたその時、後ろから一ノ瀬会長とはなたに首根っこを掴まれ席へ移動させられた。何故か彼女達は怒っていたが理由は教えてはくれなかった。


 ――そして電車で約4時間、釧路から恵花市帰ってきた俺を出迎えてくれたのは白花やじいちゃんを始めとした東やクラスメイト達。


 一ノ瀬会長とはなたは札幌に住んでいる為、恵花駅で降りたのは俺1人。

 そんな俺の姿を見るや否や、白花が主人を見つけた子犬のように猛ダッシュでそのまま勢いを緩めずに突進のような形で俺に抱きついた。


「ゆたかぁぁー!」

「ぐえっ!」

「ゆたかぁー! おかえりぃ!」

「た、ただいま白花。嬉しいのはわかるが今は抱きつかないでもらえると嬉しいな……」

「えへへ……豊だぁ……」


 まるで話を聞いていない白花に微笑みながらも俺はじいちゃんや東達に手を振る。


 しかしその光景に違和感を覚えた。

 勝手ながら今日は俺の事をここにいる人達のように出迎えに来てくれると思っていた人物がいない。


「――白花? 杏は来てないのか?」

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