想いは想いのまま。貴方は熱を失う
第87話 楽しい時間は終わりました
12月某日。朝目を覚ました私はベッドから起き上がる。
固まった体をぐーっと伸ばすと、ベッドの横の棚に置かれた熊のぬいぐるみに挨拶をした。
「おはようジミー」
熊の名前はジミー。世界で1番大切な人がプレゼントしてくれた私の宝物。
ベッドから立ち上がった私は最近の日課である机に置かれたカレンダーの日付にばつ印を書いた。
でも、それも今日で終わり。明日の日付は予め丸で囲われている。ばつ印はその日までのカウントダウンだ。
ついに明日、待ちに待った日が来る。
3ヶ月もの間、夢にまで見た日……豊が釧路から帰ってくる日だ。
「……あっ、こうしちゃいられない」
のんびりしている暇は無い。
今もこうして豊の家で過ごしているであろう白花は自分の部屋ではなく、豊の部屋で眠っているだろう。
正直言ってずるい。
私だって豊の香りに包まれながら眠ってみたい。
白花が豊の枕を涎まみれにする前に起こさないと……。
すぐに洗面所へ向かい、顔を洗って髪を溶かすと歯を磨きながら着替える。
10分もせずに身支度を終えた私は急いで1軒隣の時庭家へと向かった。
家の前に辿り着いた私はインターフォンを押さず、豊から貰った合鍵で玄関の扉を開けて中に入る。
「お邪魔しまーす」
玄関で靴を脱ぎながら、自分が来た事を知らせるとリビングから源さんが私を出迎えてくれた。
「お~杏ちゃん、いらっしゃい」
「源さん! 出張から帰ったんだね!」
「あぁ……明日は豊が帰ってくるし、年甲斐も無く頑張って終わらせたんだ」
「ふふ、豊も喜ぶね。それで……白花は?」
「白花ちゃんはおそらく豊の部屋かな……そろそろ朝ご飯が出来るから呼んできてくれるかい?」
「わかった!」
心の中で「やっぱりね……」と若干呆れ気味で階段を上り、2階の白花の部屋を素通りした私はその隣、豊の部屋の前に立つと扉をノックした。
「白花ー! 起きてるのー?」
「あっ! 杏!」
私の予想とは裏腹にすぐに部屋の扉が開くと、羽箒を持ったエプロン姿の白花が現れた。
「おはよ! 杏!」
「おはよ白花……どうしたの? こんな時間から掃除なんて……しかも豊の部屋」
「だって豊は明日帰ってくるんだよ! 帰ってきて自分の部屋が綺麗だったら豊、喜ぶかなって」
嬉しそうに豊の部屋を見渡す白花。
明日が楽しみなのは私だけじゃない。彼女も私と同じ気持ちだ。
「そっか……でもそろそろ朝ご飯だから1度中断ね?」
「もうそんな時間!? 久しぶりの源さんのご飯! 杏、早く行こ!」
部屋を飛び出した白花は私を置いて1階へ降りて行った。
私は彼女についていく前に誰もいない豊の部屋を覗く。もうすぐこの部屋に豊が帰ってくると思うだけで胸がドキドキする。
豊が帰ってきたら豊を独り占めすると決めている。
だって白花は少し前に私に黙って釧路に行って豊と2人きりの時間を過ごしているし、涼森さんにいたっては3ヶ月もの間、豊と同じ屋根の下で過ごしている。
だから何を言われようと、豊が帰ってきたら少しばかり好き勝手にさせてもらおう。
私だって豊のそばにいたいんだから……。
まずはどうしようかな? とりあえず豊の隣に座って一緒にご飯食べる。その後は豊の部屋で膝枕してもらおうかな。そのまま豊の部屋にお泊りしちゃおう! あっどうしよう……考えただけでニヤニヤしちゃう! それから、それから……。
止まらぬ妄想に身を委ねていると、1階から白花が私を呼んだ。
「杏ー!? ご飯出来たよー!」
「はーい!」
我に返った私は鼻歌を歌いながら1階へ降りては、久しぶりに源さんが作った朝食を食べる。
明日にこの食卓に豊が戻ってくる。
豊……早く会いたいな。
「……ご馳走様でした!」
「ご馳走様でした!」
「お粗末様でした……そういえば醤油と味噌を切らしてたな……」
「あっ私買ってくるよ! 杏、一緒に行こ!」
「わかった! ……あっ私、スマホ自分の部屋だ。とってくるね」
駆け足で自宅へ戻り、玄関に置きっぱなしだったスマホを見つけた私はすぐ豊の家に戻ろうとした。
しかし家を出る直前、郵便受けに投函された1通の封筒が目に入る。
……なんだろう?
特に深く考えもせず封筒の封を切って中身を確認する。
中には折り畳まれた手紙が1通。
広げて中身を読むと私は言葉を失った。
『どうやら最近楽しそうじゃないか?
しかし忘れるな』
『――お前は殺人者だ』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます