第73話 気づいてしまいました
「ど、どうして杏が2人に!?」
わなわなと震えながら2人の杏に指差す私にいつも一緒にいる方の杏が頭に手を当てて深い溜め息を吐く。
「はぁ……私、白花が心配になってきちゃった……あのね、この人は私のお母さんなの」
「あ、杏のお母さん!?」
「どーもー! 杏の母、
片手でピースをして、ウインクをする真希さんに娘である杏の顔が少しだけ青ざめる。
「お、お母さんそのテンション辞めて……いろいろキツイよ……」
「あらいいじゃない? 女は常に若々しくありたい生き物なのよ?」
「娘の私の立場も考えてよ……それにお父さんは?」
「あの人は仕事の都合で明日到着なの。とりあえずお邪魔しまーす!」
「あっ! ちょっとお母さん!」
靴を脱いで、ズカズカと上がり込む真希さんは元々家の間取りを知っていたかのような足並みでリビングに入るとソファに座った。
「ふぅ~! 疲れたー!」
「もう……ほんとに勝手なんだから……ごめんね白花」
「ううん、私は別にいいよ! 杏のお母さん、とても明るい人だね!」
「娘としては年相応に落ち着いてもらいたいよ……あっ私、飲み物持ってくるね」
飲み物を取りに行った杏がキッチン入り、リビングは私と真希さんの2人だけになる。すると、真希さんはソファでくつろいだまま辺りを見回した。
「いや~相変わらずこの家は懐かしい匂いがするわね……あら? あれは……」
真希さんの目に留まったのは私が豊と初めて会った時に持っていた白い花。この家に来てから長い時間が経ったけど、枯れる気配は無い。やはり豊が言うように作り物の花なのだろう。
「綺麗な花ね……なんていう名前なの?」
「調べてみたんですけどわからないんです……それに造花なので本物じゃないんですよ」
「そうなの? それにしては良く出来てるわね……」
あの花はここに来る以前の記憶が無い私の唯一の手掛かり。もしあの花が本物であれば生息地などから手がかりを追うこともできたのだろうけど……。
でも正直な事を言うと私はもう過去の事はわからなくても良いと思っている。いや、このままわからないままであってほしい……だって、もし私の素性がわかって本来住んでいた場所がわかってしまったら私はそこに帰らなきゃいけない。つまりそれはこの家から……豊や杏と離れる事を意味する。
そんなの嫌だ……私はここにいたい。出来る事ならこのままなにも思い出さずに杏と一緒に笑って、源さんの美味しいご飯を食べて、そして何よりも大好きな豊のそばにいたい。
誰にも言えない密かな気持ちが胸の中でせめぎ合う。すると、キッチンからお盆に飲み物を乗せた杏が姿を見せた。
「おまたせ~はいお母さん、飲み物」
「ありがと……ってあんたサラッと人の家のキッチンから出てきたけど、まるで通い妻みたいね」
「や、辞めてよそんな言い方! そう言われても仕方ないとは思うけど……」
「ふふ……冗談よ」
真希さんはニヤニヤと笑う。久方振りに会った娘を揶揄うのが楽しいようだ。
「それでそれで杏? 豊とはどうなの?」
「ど、どうなのって特に何も無いよ!」
「はぁ!? こうやって毎日この家で過ごして進展も何も無いの!?」
「な、無いよ……」
驚いて大声を出した真希さんの言葉に杏は顔を真っ赤にして俯く。一見すると仲の良い親子の会話。それだけなのに、その様子を見ているだけなのに……胸がモヤモヤするのはどうしてだろう?
「かぁ~情けない! それでも私の娘なの?」
「う、うるさいなぁ……」
「可愛い娘の恋路の為に言わせてもらうけどね、このままだと手遅れになるわよ?」
手遅れ? どういうこと?
心の中でそう呟きながら、2人の親子のやり取りを見続ける。
「て、手遅れって言われても……」
「後悔する頃には遅いのよ? 豊、無愛想だけど他の女の子達から人気あるでしょ? 違う?」
「それは……うん……」
……どうして? どうしてこの2人の会話を聞いているとこんなに嫌な気持ちになるの?
私は豊が大好き、でもそれは杏も同じで豊が大好き。それでいいじゃない……なのにどうして……そう考えると胸が苦しいの?
服の裾をギュッと握る。説明できないこの感情に不快さすら覚えるのに何故かその場を動けずに2人の会話に耳を澄ましてしまう。
「私なんて大学時代にお父さんと知り合ったけど、彼に恋していると気づいたその時にキスしたものだわ!」
「……えっ?」
真希さんがそう言った瞬間、私は思わずを声を出した。
「ん? どうしたの白花ちゃん?」
「……」
「白花?」
杏と真紀さんが固まった私を呼ぶ。それはわかっているのだけど衝撃で反応できない。
この刹那、頭の中で点と点が繋がり線となる。
私は豊が大好き、杏や源さんも大好き。でも、豊への好きは杏や源さんへの好きとは違う事に違和感を覚えていた。釧路にいる豊の周りに女の子が多いことがわかってモヤモヤした事、キスをしてみたいと思うのは豊だけ。豊の事を思うだけでこんなにも胸がドキドキする理由。
ずっとわからなかった。
でも今わかった。気づいてしまった。
――そっか……私、豊に恋してるんだ。
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