第74話 ギャン泣きでした
釧路生活全3ヶ月の内、すでに半分の時間が過ぎた頃、いつも通り1日の授業を終えた俺は帰り支度を始める。外を見ると北海道とはいえまだ気持ち早めの雪がちらついていた。
今年もこんな季節か……寒いのは苦手だ。
これから到来する厳しい冬に小さく溜め息をつきながら制服の上にウインドブレーカーを羽織るとスマホがブルブルと振動して着信を知らせる。相手は白花、徐に応答ボタンをタップしてスマホを耳に当てた。
「もしもし、白花?」
『豊! 学校お疲れ様!』
「ありがとう。白花もお疲れ、それでどうしたんだ?」
『えっと……特に用事は無いの! 豊の声が聞きたくなって……』
それで放課後になった途端に電話をかけてきたのか。相変わらずだな。
「そうなのか。杏は?」
『杏は委員会の集まりがあるんだって! でもすぐ終わるみたいだからこうやって教室で待ってるの! 豊は今から帰るところ?』
「そうだな……俺も……」
「そうだぜ白花、俺はこれから麗しいはなたと一緒に手を繋ぎながら帰るんだぜ」
「……おい」
突如スマホのマイクに顔を寄せて割り込んできた横槍に速攻で反応する。声の主は勿論はなた、授業が終わるや否やすぐにこの教室に来たようだ。
「お前……変なこと言うなよ! 白花が本気にしたらどうするんだよ!」
「豊さん、学校が終わって早々に女の子と電話なんて流石ですね……」
「べ、別に良いだろ? やましい理由があるわけじゃないし……あっ白花? わかってるとは思うけど今のは俺じゃないからな?」
『……嫌だぁぁぁ! 私も豊と手繋ぎたいよぉぉぉ!』
絶叫がスマホを通して耳にキーンと響く。
ほーら言わんこっちゃない。
「し、白花? 冗談だからな? 今のは、はなたの悪ふざけだからな?」
『びええぇぇぇ! ずるいよおぉぉぉ! 豊に会いたいよおぉぉぉ!』
駄目だ……完全に取り乱してしまって聞く耳を持たない。
『――ちょっと白花!? どうしたの!?』
どうしたものかと困り果てていると、電話から白花ではない女性の声が聞こえる。声からして杏だ。
『うぅ……ぐすっ……あんずぅ……』
『白花……? なんでそんなに泣いてるの?』
『今豊と電話してたんだけどね……豊、涼森さんと手を繋いで帰るんだって……うぅ……ずるいよぉ』
『はあぁぁぁぁぁあ!?』
通話をスピーカーモードにせずとも周囲に聞こえる程の叫び声に思わずスマホを耳から遠ざける。
まずい……嫌な予感がする。
『ちょっと白花、電話貸して! もしもし豊!?』
「よ、よお杏……」
『豊! 白花の言う事は本当なの!?』
「んなわけないだろ! はなたの冗談を白花が間に受けたんだよ……」
『なら良いいけど……最近白花の様子がおかしいから辞めてよね』
「様子がおかしいって、何かあったのか?」
『んー知ってると思うけど、白花って前から豊にベッタリだったじゃない? でも今はなんていうか……それに拍車がかかった的な? 今日はぼーっとしてると思ったらいきなり豊の写真を見てニヤニヤしてたし』
なにそれちょっと怖い。
杏の言う通り、確かに白花は俺にべったりだった。3ヶ月といえど離れ離れになる事に寂しい思いをさせてしまうと予想してはいたが、どうやら俺の想像以上にストレスだったようだ。帰ったら彼女の好物であるべっこう飴を沢山作ってやろう。
「そうなのか……悪い杏、白花の事頼むな」
『わかってますよ。でも……寂しいのは白花だけじゃないんだからね?』
「……わかってるよ」
『ならよろしい。体調に気をつけてね。じゃあ白花がまだ泣いてるから切るね』
「あぁ……またあとで連絡する」
「うん、じゃあね……ほら白花! 外すっごい雨降ってきたから急いで帰っ――」
会話の途中でスピーカーから杏の声が途切れる。すると、それまで俺のそばにいたはなたが申し訳なさそうに口を開いた。
「ごめんなさい、ちょっと意地悪が過ぎました。まさか白花先輩が泣くとは思わなくて」
「白花は子供みたいな一面があるからな。まぁ今後はそこを気にしてもらえると助かる」
「はい……あの、変な事聞きますけど白花先輩って本当に豊さんの親戚なんですか?」
「えっ?」
思わぬ言葉にドキッとする。女の勘という物だろうか? はなたの言う通り白花は俺の親戚ではない。ある日ランニング中の俺が立ち寄った神社で倒れていたところを保護したのだ。
しかし外では事実を話すよりも親戚という事にしておいた方がいろいろと都合が良かった為、この事を知る人間はわずかだ。
「どうして、いきなりそんな事を聞くんだ?」
「いや……その……なんていうか……」
はっきりしないはなたは目を泳がせる。いつも天真爛漫でハキハキとした言動の彼女とは違う反応に珍しさを感じつつも、俺は鞄を肩にかけた。
「……まぁいいや。ほら、変な事言ってないで帰るぞ」
はなたの横を通り過ぎ、教室の出口へ向かう。すると、しかし彼女はその場を動かなかった。
「待ってください豊さん!」
「どうしたんだ? まだなにかあるのか?」
「あの……白花先輩って――不思議な白い花を持ってませんか?」
「……ッ!?」
衝撃のあまり言葉を失った俺は足を止めて彼女へ振り向く。
極一部の人間しか知らないはずの情報を、突如はなたが口にしたのだから。
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