第68話 到着しました
釧路市。広大な北海道の東側、太平洋岸に位置する道東経済の中心都市であると共に「釧路湿原」や「阿寒摩周」といった2つの国立公園を有し、広大な北海道の中でも一際豊かな自然に恵まれたこの街に恵花市から約230キロの電車の旅を終えた俺達は駅のホームに足を降ろした。
「ついたー!」
長時間の移動で凝り固まった体をはなたがぐーっと伸ばす。
同じ道内だというのに空気が違う……気のせいかもしれないが。
「改札を抜けた先の出口で今回お世話になる民宿を経営するご夫婦と待ち合わせている。行くぞ」
一ノ瀬を先頭にキャリーケースを転がしながら俺達は改札口を抜け外へ出ると、見慣れない街並みが目に映る。
「おーい! こっちこっち〜!」
声が聞こえた方を向くと、少し痩せ気味で短髪の男と茶髪を頭の後ろで束ねた女の姿が見えた。
すぐに俺達へ声をかけた事からきっとこの人達が今回お世話になる民宿を経営する夫婦なのだろう。
「初めまして、今日から3ヶ月間お世話になります。3年生の一ノ瀬菫礼と申します。よろしくお願いします」
美しい姿勢で真っ先に挨拶をした一ノ瀬に釣られて俺とはなたも頭を下げた。
「2年生の時庭豊です。よろしくお願いします」
「い、1年生の涼森はなたです! よ、よろしくお願いします!」
「おー礼儀正しくて良い子達だねぇ! 私の名前は鶴岡
「……ようこそ」
「ごめんね~繁人は不愛想でね~」
伊織さんが大きな口を開けて笑いながら、繁人さんの背中をバシバシと叩く。どうも両極端な夫婦だ。
挨拶を終えた俺達は鶴岡夫婦の車に荷物を乗せ込み、後部座席に3人並んで座ると車は目的地に向かって走り始める。道中は伊織さんが車内を和ませてくれた。
「実は私達も恵花市に行ったことがあるのよ? お花畑がとても綺麗な場所があったの」
「綺麗な花畑というと……おそらく恵花ガーデンじゃないですか?」
「そうそう! また行きたいわぁ……」
世間話をしながら車は目的の民宿に到着する。
荷物を下ろし建物の中に入ると、木を強調した室内に、当たり前だが他人の家の香りが俺達を出迎えた。
「ここが君達が生活する民宿『森と海』、自分の家だと思って過ごしてくれると嬉しいな! 部屋に荷物を置いたら昼食にしよう! さぁ急いだ急いだ!」
伊鈴さんがパンパンと手を叩く。急かされるように俺達はすぐさま自室に向かった。
俺の部屋は……ここか。
時庭豊と書かれたプレートがかけられた扉を開く。
室内は思ったより広く、綺麗に手入れされたカーペットとシングルベッドに、まるで落ちていた木材をそのまま組み立てたような机。
それらが見事に調和してまるで高級コテージの一室。
正直実家よりも良い部屋だ。
「すげぇな…….」
思わず呟きながらベッドに腰をかけ、そのまま横になる。この部屋で3ヶ月を生活する……きっと長いようであっという間に過ぎ去っていくのだろう。
「おっといかんいかん……このまま目を瞑ったら眠ってしまう」
初日そうそう寝落ちして昼食を食べ損ねる前に体を起こすと扉がノックされた。
「時庭豊、ちょっといいか?」
扉の向こうからは一ノ瀬の声が聞こえた。「どうぞ」と言うと少しラフなパーカーに着替えた彼女が現れる。
「いきなりすまない、実はこの先の事を考えて連絡先を交換できればと思ってな」
「そうですね。せっかくですしお願いします」
ポケットからスマホを取り出し、画面を見るとある異変に気がついた。
「え……? 新着メッセージ1200件……?」
「1200件? 迷惑メールかなにかか?」
すぐさまメッセージアプリを開く。大量のメッセージの送り主は……白花と杏だった。
そういえば電車ではなたが俺達の写真を杏に送ってから、しばらく通知が鳴り止まなかったのでマナーモードにしたのを忘れていた。
「いや同級生です……」
「同級生……もしかして波里杏と時波白花か?」
「なんでわかったんですか?」
「わかるもなにも有名だからな……学校で1、2位を争う美少女を両手に抱える男子生徒、それが時庭豊」
「え!?」
待て待て、一ノ瀬の言葉には誤解がある。確かに俺は彼女達と仲が良い。しかしそれだけなのだ。
「確かにあの2人とは仲が良いですけど、べつにそんな関係じゃ……普通の関係です」
「本当か? 学校では有名な話だぞ? それに先日の文化祭も時波白花はステージの上でお前が大好きと言っていたじゃないか。波里杏も大勢の異性からの告白を断り、君にしか興味が無いように見える。これでも君と彼女達は普通の関係と言うのか?」
「うっ……」
否定できない。確かに客観的に普段の俺を見ると、そんな噂が広がってもおかしくない。
「なぁ……これは私個人的な質問だが、君はあの2人のどちらかと交際しているというわけではないのだな?」
「はい」
「そうか……ちなみに君はあの2人のどちらかに好意を寄せていないのか?」
「え……?」
自分でもわからない。俺は彼女達のことをどう思っているのだろうか?
大切でかけがえのない存在であることは間違いない。しかし彼女達に抱くこの感情がなんなのかは自分でもわからない。しかし、「そんな感情は全く無い」と否定もできず言葉に詰まっていると、1階から伊織が俺達を呼んだ。
「みんなー! ご飯よー!」
「はーい! 行こうか時庭豊」
「そ、そうですね」
昼食後、白花と杏に電話を折り返すと俺とはなたが同じ屋根の下で生活する事を知った彼女達はそれはもうご乱心だった。
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