第69話 良い初日でした


 緊張するなぁ……。


 釧路での生活が始まり、今日は学校初日。朝のホームルームの時間に俺は教室の外で待機していた。

 ドラマや漫画でよくあるシーンだ。担任が「今日からこのクラスに新しい仲間が増えます」的な言葉と共に転校生が現れてクラスがざわつくあれ。

 それが白花や杏のような美少女ならそんなシチュエーションもあり得るが残念ながら登場するのは不愛想な表情とよく言われる俺。

 

 残念だったな数秒後にクラスメイトになる皆……あれ? 緊張のせいか変な1人語りが多いな。


「よーし、じゃあ入ってきてくれー!」


 担任からの合図が聞こえると、深呼吸をして扉を開ける。

 すると、学ラン姿の俺に40人弱のブレザーを着た生徒達の視線が一気に集まった。

 男女の比率は……男子2割で女子が8割。昨日一ノ瀬会長から聞いて驚いたが、この学校の生徒はほとんど女子らしい。


「え~、今日から恵花市から交換学生としてこのクラスに来た時庭豊だ。3ヶ月という短い期間だが、仲良くしてやってくれ」

「と、時庭豊です。先生の紹介にあった通り恵花市から来ました。皆さん、よろしくお願いします!」


 自己紹介を終えた俺は少し深くお辞儀をすると、クラスメイト達は拍手をして迎えてくれた。

 その拍手が緊張を少し和らげてくれたのか、顔を上げた俺はホッと息を吐く。


「ねぇねぇ……中々イケてない?」

「わかる……彼女とかいるのかな?」


 女子生徒達のコソコソ話が聞こえる。正直俺のどこがイケているのかは疑問だが悪い気がしないのも事実だ。


「静かに。それじゃあ時庭、あそこの空いた席に座ってくれ」


 担任の指さす席へ向かい、椅子に腰を下ろした。

 なんだか白花が突然入学した時の事を思い出す。あの時はめちゃくちゃ驚いた……白花も今の俺と同じような気持ちだったのだろうか?


「ねぇねぇ時庭君!」

「ん?」


 声をかけてきたのは隣の席に座る黒の髪を後頭部で束ねたポニーテールの女子生徒だった。


「私、野崎朝顔のざきあさがお! よろしくね!」

「よ、よろしく……」

「ふふ、なんだか新しい友達ができるって嬉しいね! 困ったことがあったら何でも聞いてね! あっ後で連絡先交換しよ!」


 初対面にも関わらずグイグイ来る彼女に、少し押され気味の俺。まぁ悪い子ではなさそうだ。

 

 時間が進んで昼休み。昼食の時間だがもちろん一緒に食べる友達などいない俺は鶴岡さんが作ってくれた弁当を1人で机の上に広げた。

 白花と杏や東と俺、4人で一緒に食べていた向こうでの昼休みが如何にありがたい事なのか、今なら身に染みてわかる。


「とっきにわくーん!」

「うわ!」


 昼食を口に運ぼうとした瞬間、隣の席の野崎が机を勢いよく繋げてきては広くなった机の上に彼女も弁当を広げた。


「一緒に食べよー!」

「あ、あぁ……」


 突然のことに驚きつつも弁当を食べ始めると、そんな俺達の周りに他の女子クラスメイト達が集まってきた。


「あっ! 朝顔だけずるーい! 私も時庭君とお昼一緒にしたい!」

「なになに朝顔~、もしかして時庭君が狙い~?」

「ち、違うよ! ただ新しい友達が出来て嬉しかっただけだよ!」

「へぇ~じゃあ私、時庭君の事狙っちゃおうかな~?」

「こら! 変なこと言わない!」


 キャッキャッとはしゃぐ女子達の傍ら、俺は卵焼きを箸で摘まんで口に運ぶ。恵花市ではこんなことは無かったのに……もしかしたら俺は道東の人間が好みの顔立ちをしているのだろうか……いやそれは自惚れだ。きっと転校生が珍しいだけだろう。


「豊さーん! 一緒にお昼を食べ……ってええええぇぇぇ!?」


 女性陣に囲まれた俺を見て教室の入り口で騒々しくしているのは、俺と昼休みを共にしようと教室を訪れたはなただった。


「はなた?」

「豊さん……私という存在がありながら、初日早々こんなに多くの異性を垂らしこんだんですか!?」

「いや俺はなにも……」

「問答無用! やい豊さんの周りにいる先輩方! 豊さんの隣は私の場所だああぁぁぁ!」

「なになにー? この子、1年生の交換学生じゃん。かわいー!」

「きゃー!可愛い! お人形さんみたい!」


 弁当箱を振りましながら突撃してくるはなたに動揺する事無くクラスメイト達が彼女を囲むと、はなたの頭を撫でたり抱き着いたりとまるで幼子のように彼女を手玉に取り始めた。

 この光景をいつも事あるごとにはなたといがみ合っている杏にも見せてやりたいものだ。


「ゆ、豊さーん! 助けてー!」

 

 結局はなたはもみくちゃにされ、俺はその様子を見て微笑みながら弁当のおかずを口に運ぶのだった。


「あっ! 朝顔、時庭君に見惚れてるー!」

「み、見惚れてないよ! ご、ごめんね時庭君……こんな騒がしい昼食になっちゃって」

「え? むしろ助かっているぞ? 野崎が誘ってくれたおかげで楽しいよ」

「そっか……えへへ。なら良かった!」


 こうして俺の交換学生としての初日は想像よりも騒がしく、笑顔の多い1日だった。

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