第67話 まさか一緒だとは思いませんでした


「な、なななんでお前がここに!?」


 交換学生として釧路へ出発した俺に声をかけたのは見知らぬ顔ではなかった。

 小柄な体格にショートボブヘアーに可憐なルックスを持ち合わせた少女、涼森はなただ。


「なんでって私も豊さんと同じ理由ですよ?」

「お、お前も交換学生で釧路に?」

「はい。聞いてませんでしたか? 今回の交換学生は各学年から1人ずつ選ばれているんですよ。2年生は豊さん、1年生は私です」

「ま、まじかよ……」


 いまだ慌てふためく俺の隣の席にはなたが座る。選ばれたのは俺1人ではないと知っていたが、まさか彼女もその1人だったとは思ってもみなかった。

 通りで見送りに来なかった訳だ。見送る必要がなかったのだから。


「ふふ……ふふふふふ」

「は、はなた?」

「豊さんと3ヶ月も会えなくなることに枕を濡らしていたのに……進路の為に下した苦渋の決断がまさか……まさか英断になるとは!」


 目をキラキラと輝かせ、ジタバタと体を跳ねさせる彼女に俺はどことなく安心感を覚えた。長くはない期間とはいえ、見知らぬ土地で生活するにあたって顔見知りが近くにいるというのは心強いものだ。


「おいそこの1年生、静かにしないか」


 突如はしゃぐはなたに注意の言葉が投げかけられた。

 声の主は俺達の座席から通路を挟んだ反対側の席に座る腰丈まで伸びた黒髪の女性。

 眼鏡をかけ、片手には読書中の本を持ったその姿はまさに知的な雰囲気を漂わせていた。


「す、すいません……」

「わかればいい。それに隣の2年生の男子生徒、本来なら上級生の君が注意するべきだぞ」

「すいません……」


 同時に注意を受け、素直に謝罪すると眼鏡の女は小さく溜め息をついて本をパタンと閉じる。そんな彼女にはどこかしらか見覚えがあった。


「私達は学校の代表として行くのだ。くれぐれも学校の名に泥を塗るような真似はしないように」

「はい……あの、俺達を下級生と知ってる辺り、貴方が3年生で選ばれた交換学生ですか?」


 そう言うと、女は呆気に取られた表情を浮かべた。


「豊さん!? まさかこの人知らないわけじゃないですよね!?」

「えっ?」

「この人、うちの学校の生徒会長ですよ!」


 はなたの言葉で思い出した。彼女は俺達の学校の生徒会長だ。名前は確か……。


一ノ瀬いちのせ菫礼すみれだ。こうやって話すは初めてだな。時庭豊」

「こ、こんにちは一ノ瀬会長……って俺の事、知ってるんですか?」

「もちろん。3ヶ月共に仲間がどんな人物かは予め調べておいた」

「そ、そうですか……え? 同じ屋根の下で過ごすって言いました?」

「そうだが……まさか、知らなかったのか?」


 初耳だ。現地の民宿で生活するとは聞いていたが、彼女達も一緒だとは……。


「ふふふ……豊さんと共同生活……ふふふふふ」


 何を妄想しているのかはわからないが涎を垂らしながら、はなたは恍惚の表情を浮かべる。

 どうしよう、一気に不安が大きくなってきた。


「おい涼森はなた。我々は遊びに行くわけじゃないんだからな?」

「ふふふ……豊さんと同じ屋根の下……」

「おい! 聞いているのか!?」


 ちょっとした付き合いだからわかるが、このように自分の世界に入ってしまったはなたには外からの言葉は中々届かない。それは最上級生であると共に生徒会長の一ノ瀬とて例外では無かった。そのことも一ノ瀬本人も感じたのか、それ以上は何も言わず、不快そうに溜め息をつく。

 すると、自分の世界に閉じこもっていたはなたが何かを思いついたようにスマホを取り出した。

 

「そうだ! 折角の機会なんだから写真撮りましょう! 会長もこっちにきて!」

「お前は自分勝手な奴だな!」

「え? なんの話ですか? とりあえず後で聞きますから……ほら撮りますよ!」

 

 完全に俺達3人の主導権を握っている最年少のはなたに一ノ瀬は諦めを表すように、先程より大きな溜め息をついては嫌々ながら俺達の方にやってきてはスマホのカメラに顔を向ける。

 慣れた様子で3人を上手く画角に収めたはなたはシャッターボタンをタップすると、すぐさま撮った写真を確認する。


「……良い感じ! 豊さんは言うまでも無く素敵だけど、会長は凛としてるし美人ですよね!」

「そ、そうか……?」


 まんざらでもない様子の一ノ瀬は少し照れくさそうに微笑む。これまでの会話の内容でお堅い人物だとは思っていたが乙女の一面もあるようだ。


「この写真を……送信! これで良し!」

「今撮った写真、誰かに送ったのか?」


 何気ない質問にはなたがニヤリと笑う。


「えぇ……杏先輩に!」

「はぁ!?」


 はなたが写真を送った相手は先程涙の別れを済ませたばかりの杏。寂しいと言いつつも俺を送り出してくれた彼女とはなたは犬猿の仲であり、はなたが俺が映っている写真を杏に送り付ける理由など嫌がらせの他無い。


「ち、ちなみに……はなたも釧路に行くこと、杏は知っているのか?」

「知らないと思いますよ? だからこそこの写真を送ったんです」


 こいつ……なんて奴だ……。


 その後釧路に到着するまで、俺のスマホには杏と白花からの鬼電が鳴りやまなかった。

 

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